学校一のイケメンがいとこになった……だから、なに?
高校の入学式で、とても目立つ男の子がいた。
私と同じ新入生だった。
上級生も彼を見て騒めいていた。
そんな彼と私は同じクラスになった。
けど、席は離れているし、彼が仲良くなった人達と私が仲良くなった人達に接点はなくて、話をしたのは日直の時に先生に頼まれて課題のプリントを集めた時だけだった。
それなのに、何の因果か彼と関係が出来てしまった。
五月のある日のこと。
叔父が結婚を決めたと連れてきたのが、結婚相手の女性とその息子。
それが彼だった。
そして、六月の大安吉日に叔父は婚姻届けを出した。
その後、身内だけでお祝いをしたのだった。
その週明けの月曜日のこと。
「俺、昨日から赤胴亜嵐になったから」
彼がクラスでそう宣言をしたら、クラスメイトの視線が私へと集まった。
私は素知らぬ顔で、本の続きを読んでいた。
もの問いたげな視線を向けられるけど、何か言われたわけじゃないから、そのまま気づかないふりを続けた。
「えーと、間崎君……じゃなくて、赤胴君。その……赤胴さんと兄妹になったの?」
「違うよ。兄妹じゃなくていとこになったんだ」
彼の答えに教室……どころか廊下でも騒めきが起こった。
彼の周りに人が集まりあれこれと聞いているのを、私は知らぬ振りを続けた。
一時限後の休み時間、何故か私の周りに人だかりができた。
次から次へと彼のことを聞いてくるけど、私が言葉を返す前に他の人が割り込んでくるので、会話が成り立たない。
仕方が無いので無言でいたら休み時間が終わるチャイムが鳴り、人だかりは私を睨んでから離れていった。
それが毎休み時間続いた。
昼休みになりいつもの友人たちと昼食を取ろうとしたら、今まで関わったことのない女子たちから昼食を一緒にと誘われた。
うんざりした私は席を立つと彼のそばに行った。
女子たちが目を丸くして私の行動を見ていた。
「彼女たちが一緒に昼食を取りたいんだって」
「はあ? 誘われていたのはお前だろう」
「あなたとの橋渡しを希望しているだろうから、それをしているのよ」
「……お前、まだ頼まれてないだろう」
「面倒は嫌なの。で、どうするの。彼女たちを引き取って、一緒に昼食をとってくれるわけ?」
彼は顔をしかめた。
昼食は男友達と取りたいのだろう。
けど、そんなことは私には関係ない。
「で、どうするの? このままの状態が続くのなら、迷惑を掛けられたと言うしかないんだけど」
顔をしかめたまま黙り込む彼に、私は小さく息を吐いてから再度口を開いた。
「ねえ、私に迷惑を掛けるなと言われていたわよね。初日からこれじゃあ、すぐに手続きされて全寮制の男子校に転校することになるんじゃないの?」
「み、みんな、聞きたいことがあれば、赤胴さんじゃなくて、俺に聞いてくれ。だけど、悪いけど、昼休みは遠慮してほしい」
私の言葉に青ざめた彼は立ち上がると宣言した。
そして、それだけ言って友達を促して教室を出て行ってしまった。
それを見送った後、私は自分の席に戻った。
私の席の周りにいた女子たちは問いたげな視線を寄越したが、私が睨みつけると気まずげに離れていった。
私は自分のお弁当を持つと友人たちのところに行った。
友人たちはニッコリと笑ってから、お弁当を持って立ち上がった。
教室を出たあと行ったのは、食堂の隣の多目的ホール。
食堂だけでは生徒が入りきれないので、昼休みの時間は第二の食堂として開放されている。
「で、さっきのあれ、どういうこと?」
「どういうことも何もないよ。言葉の通りだから」
中学から一緒の結莉が、パックジュースを一口飲んでから聞いてきたので、簡潔に答えた。
「ふ~ん、ということは、美稀のパパの弟……トオルさんだっけ? 結婚したんだ」
「そう」
から揚げを口に含んだところなので、一言だけ返事を返す。
「ねえ、顔を会わせたのって、昨日が初なの?」
と、高校に入って隣の席になり仲良くなった莉桜が聞いてきた。
「ううん、先々週……いや、その前の週かな? 多分三週間前だったと思う。祖父母に挨拶にきたんだよね」
「美稀ちゃんはその場にいなかったの?」
と、もう一人高校に入って仲良くなった愛生も、聞いてきた。
「……もごっ……ごっくん。……挨拶の時にはね。その後顔合わせ的なことをしてねえ」
よく食べながら話す人がいるけど、器用だなと思う。
私には無理なので口の中のご飯を飲み込んでから言葉を返した。
「ふ~ん。……で、なんで美稀に迷惑を掛けると、全寮制の男子校に転校しなければいけないの」
言ったのは結莉だけど、二人も興味津々という顔をしている。
……いや、このホールにいる人全員が、興味津々で聞き耳を立てているようだ。
私は「食べ終わってから」と言って、残りのお弁当を出来る限り早く食べた。
お茶を一口飲んで人心地ついてから、顛末を語った。
……語ったと言っても、大した話ではなかったけど。
「さっきさ、顔合わせ的なことをしたって言ったでしょ。彼と私が顔を会わせて『あっ』って、言ったら彼の母親が豹変しちゃったのよ」
「豹変?」
「ん。本当は叔父たちが帰るところに、たまたま部屋から出てきた私が鉢合わせしただけだったんだけど、私たちが顔見知りだと気づいた彼の母が「ちょっとお部屋を貸していただけませんか?」と、すんごい圧のある笑顔で言いだしたの。で、再度座敷に戻って尋問をうけたのよ」
「尋問?」
「座敷って? リビングじゃないの?」
「あー、うちは古い家で昔ながらの畳の部屋ばかりなんだよね。部屋にそれぞれ呼び名があるというか……」
「その説明は、今はいいから。それより尋問の内容!」
つき合いが長くうちの間取りを知っている結莉が、脱線しそうになった話を軌道修正してくれた。
「えーと、いろいろ聞かれて……高校で一緒のクラスなのを話したら、息子を睨みつけたのには驚かされたけど」
「息子を睨んだ?」
「そうなの。それで、今のところ関わりがほぼないと言ったら、ほっとした顔をしていたね」
「えっ? 美稀と関りがないことに安心したってこと?」
「うん、そう言ったよ。それから入学してから今までの学校での様子を聞かれて、わかる範囲で答えて。何やら考え込んだあと叔母さまは、叔父や祖父母、うちの両親に今までのことを話したの」
「話した? って、何を」
「女の子のトラブル」
「女の子とのトラブル~! って、ええ~!」
これまで静かだったのにホールのあちこちから、騒めきが聞こえてきた。
いろいろな憶測が飛び交いそうだけど、昼休みの時間も残り少ないのでさっさと燃料を投下し終えることにする。
「トラブルといっても、良い仲になってどうのこうのっていう話じゃないんだなー」
ピタリと話し声が止んだ。
「それって、恋愛的なものじゃないの?」
察しの良い結莉が嫌そうな顔で聞いてくれる。
「女の子たちはそうしたかったんでしょうね。彼にはその気はなかったみたいだけど」
「ねえねえ、それって、もしかして女の子たちが争うのを、ただ見ていただけなの? それとも煽ったとか?」
「う~ん、どうなんだろうね。私が聞いたのは、小さい頃から女性に構われまくっていたみたいで、彼を巡ってトラブルが多発したらしいの。そのせいで叔母さまは精神的にきちゃって、夫婦仲も悪くなって別れたんだって」
「ちょっと」
彼の家のプライベートなことを話しだした私に、結莉は慌てて遮ろうとした。
「ああ、大丈夫よ。この話をしていいって、叔母さまから許可をもらっているから」
「許可って……」
「聞かれたら答えて良いとね。それでね、小学校の頃はまだ大人が間に入って大事にはならなかったようだけど、中学の時に思い詰めた女子が刃傷沙汰起こしちゃって、引越しせざるえない状況になったそうなの。叔母さまは引越したあと倒れて、しばらく入院したそうよ」
さっきまでとは違う静けさがホール内に漂った。
「さすがに彼も自分のことで母親が体調を崩したことが堪えたようで、転校先では女の子のトラブルは起きなかった……いや、起きたんだったね。卒業後にクラスで遊びに行った時に、女子たちが彼を巡って争ったそうなの。叔母さまがそのことを知ったのはまた引っ越した後だったそうで、再び倒れてしまったそうよ」
ニコッと笑みを浮かべたけど、相槌でさえも返ってこなかった。
仕方が無いので続きを話してしまうことにする。
「そういうことがあったから、高校で親戚になったばかりの私に、迷惑を掛けるんじゃないかと心配になったようなの。叔母さまったら、その場で一筆したためたのよ」
「したためたって、何を?」
「だから、教室でも言ったけど『私に迷惑を掛けたら、直ちに全寮制の男子校に転校させる』と、書いたのよ。私はそこまでしなくていいと思ったけど、早速やらかしたじゃない、彼。叔母さまの英断だったと思うわ」
もう一度ニッコリと笑ったら、慌てたようにホールから出て行く女生徒が何人かいた。
それを睥睨してみていた結莉が声のトーンを落として言った。
「それで、どこまでが本当のことなの」
「あら、心外ね。作ってないわよ」
「えっ、じゃあ、マジ話なの」
「ええ」
「うわ~、最低野郎じゃん」
「そういうけど、彼の立場なら歪んでも仕方ないんじゃないかな?」
「擁護するの?」
「しないよ。ただねえ、育った環境を考えるとねえ」
「えっ、と、そんなに?」
「うん。考えても見てよ、五歳児に母親より年上の女が真っ赤な口紅を塗った唇を近づけてくるんだよ。トラウマものでしょ」
「うわー(ドンビキ)」
「だからって女子たちを争わせるなんて駄目でしょ」
「ねえ、その争いを止めなかったの、彼」
「みたいよ」
「わぁー、愉快犯かよ」
「そうみるわよね」
四人で顔を見合わせて、ブルリと体を震わせた。
「でもねえ」
「うん。あれはないよね」
「彼と仲良くなりたいからって、あからさますぎ」
「親しくないのは見てればわかりそうなのに」
「学校一のイケメンがいとこになったんだから恩恵があるでしょ……とでも、思われたんじゃないの?」
「橋渡しくらい当然、って思ったのね、あの子たち」
「私からみれば『だから、なに?』なんだけど」
「「「そうよねー」」」
先ほど絡んで来ようとした女子たちの態度を思い出し、四人は顔を見合わせて笑った。
「というか、みんなはいいの? 彼、顔はいいわよ」
「えー、私はパス」
「私も」
「好みじゃない」
すっぱりと言い捨てる三人に、私は見る目があると笑った。
「で、あの人はなんて言ったの」
「えー、関係なくない?」
「いや、中学生の美稀を見初めて交際にこぎつけた男よ。手を打たないわけないでしょ」
「いや、本当に何もしてないから」
「それこそ嘘よ。今どきじゃあり得ない、野暮ったい恰好を美稀にさせてるあの男が、手を打たないわけないから」
「本当に何もしてないよ」
結莉はジトーとした目で私を見つめてきた。
「本当なら美稀と楽しく高校生活を送るはずだったのに」
「私は十分楽しいよ」
「じゃなくて、そんなおさげ髪じゃなくてカッコかわいい髪形にしてさ、遊びに行きたかったのー!」
「それは休日でいいでしょ」
「その休日だってあの男を優先じゃん。もっと遊ぼうよー」
私は駄々をこねる結莉を宥めたのだった。
翌日から、赤胴亜嵐はとてもおとなしくなった。
女子に声を掛けられても、丁寧に応対しながらも誘いのすべてを断っていた。
あのあと私のそばに来る女子もいなくて、平穏な日々を過ごしたのでした。
補足的な?
・美稀には五歳年上の彼氏がいる。
中学一年生の時にナンパしてきたが、彼女の冷たい対応に落とそうと必死になり、気がつけば落とされていた人。
美稀の美貌が気づかれないように、今どきには珍しいおさげ髪を強要。
ついでに前髪も長めにさせて、おまけで平凡な顔に見えるメイクもさせている。
・亜嵐は小さい頃から可愛さが天元突破していた。
成長するにつれ精悍さもプラスされていった。
幼少時のあれで女性に対してトラウマが出来た。
それなのに年齢問わずに囲まれることに辟易した。
ちょっと言葉で誘導しただけで、女の子たちが思い通りの行動をするので、それで憂さ晴らしをしていた。
気がつけば親の再婚相手の親族に、危ない奴認定されていた。
やらかした日の放課後、早速美稀の彼氏に絞められた。
マジ死ぬかと思った。
触らぬ神に祟りなしとばかりに、美稀との距離を置いた。
ちなみにバラされたことにより高校での立ち位置は微妙に。
ただ見た目はいいので観賞用にされている。
・結莉は普通のお友達。
美稀の彼氏の束縛具合に引いている。
唯一その彼氏に張り合える人。
・莉桜&愛生
美稀の彼氏が用意した友達兼護衛。
美稀は全然気がついていない。
結莉はなんとなく怪しんでいるけど、普通に友達している。