学校で広まる噂
教室内のざわめき、クラスメイトの視線、聞こえてくるひそひそ話――
朝からずっと、私は息苦しさを感じていた。
「ねえ、昨日の文化祭で見た?」
「うん、見た見た! 七原先輩と有紗ちゃん、すっごい仲良さそうだったよね」
「まるでカップルみたいだったって、みんな言ってるよ」
「えっ、でも兄妹でしょ?」
「でもさ、普通の兄妹ってあんなにべったりする?」
机にうつ伏せながら、必死に耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいだった。
どうしよう……
昨日の文化祭で、お兄ちゃんとたくさんイチャイチャしてしまった。あのときは幸せだったけど、まさかみんな見られていたなんて――
放課後、校門を出たところで智希が私を呼び止めた。
「有紗!」
振り返ると、智希がゆったりとした足取りで近づいてくる。
「帰るぞ」
私は少し迷ったが、智希の隣に並んで歩き始めた。
「……どうしたんだ? なんか元気ないな」
私はぎゅっと唇を噛みしめた後、意を決して口を開く。
「……今日、学校で……私たちのこと、噂されてたの」
智希は少しだけ眉を上げた。
「へぇ……どんな噂?」
「その……文化祭のとき、すごく仲良さそうだったから……普通の兄妹じゃないんじゃないかって……」
一瞬、智希の足が止まった。
「……そっか」
「……うん」
私は不安でいっぱいだった。
「ねえ、お兄ちゃん……どうしよう。私たち、みんなに変な目で見られてるかもしれない……」
すると智希は、ふっと笑った。
「なんだ、そんなことか」
「えっ?」
「俺も今日、男子にからかわれたぞ」
「えっ!? お兄ちゃんも!?」
「『妹とイチャイチャしすぎじゃね?』とか、『彼女と間違えられちゃうんじゃね?』とか……そんな感じ」
「……ご、ごめん……私のせいだ……」
「はぁ? なんで謝るんだよ」
「だって……私が文化祭で……」
「バカだな」
「え……?」
智希は私の頭をポンっと撫でた。
「別に、からかわれるのなんてどうでもいい。俺は有紗と一緒にいたいからな」
「……でも……」
「それに、俺たちがどれだけ仲良くしようが、他人が何言おうと関係ないだろ?」
「……お兄ちゃん……」
「大体、変に言い訳したり誤魔化したりするから怪しまれるんだよ。もっと堂々としてりゃいいんだよ」
「で、でも……」
「俺が有紗を守るからさ」
「……!!」
涙が出そうになった。
「だから、怖がるな」
「……うん……」
智希は私の肩を優しく引き寄せた。
「それに……別に俺は有紗と噂されるの、そんなに嫌じゃないしな」
「えっ?」
「だって、俺にとって有紗は特別だからな」
顔が一瞬で熱くなる。
「お、お兄ちゃん!!」
「ははっ、冗談冗談」
「も、もうっ!!」
智希は私をからかいながらも、その手はしっかりと私を守るように優しく握られていた。
翌日。昼休みの教室。いつも通りのはずなのに、私には空気が違って感じられた。
「ねえ、昨日も有紗ちゃん、お兄さんと一緒に帰ってたよね?」
「しかもさ、めちゃくちゃ距離近くなかった?」
そんな声がちらほら聞こえてくる。胸が苦しくなる。どうしよう……。
そのとき――
ガラッ——
突然、教室のドアが開いた。
「よぉ、有紗。」
「えっ……お兄ちゃん!?」
目を疑った。まさか、智希が私の教室に来るなんて思ってもいなかった。
「ちょ、どうしたの!?」
「別にいいだろ? 俺の妹に会いに来たんだから」
「で、でも……」
私は慌てて智希のもとに駆け寄る。教室内が一瞬にしてざわめきに包まれた。
「えっ、有紗ちゃんのお兄さん!?」
「ねえ、やっぱりこの二人おかしいよね?」
「マジで仲良すぎない?」
ざわざわと、みんなの視線と噂話が私たちを取り囲む。私はどうしたらいいかわからず、ただ智希を見上げた。
「……なんか、噂されてるみたいだな。」
私はうつむきかけた。その瞬間――
智希が私の肩を引き寄せた。
「えっ……!?」
教室内が一瞬で静まり返る。智希は私の肩に腕を回し、堂々とした態度で立っている。
「お、お兄ちゃん……!?」
「お前らさ。」
智希の声が教室に響く。みんなが固唾を飲んで見守る中、智希はあくまで余裕たっぷりな態度だった。
「仲良しな兄妹がそんなに珍しいか?」
「えっ……いや、でも……」
「おかしいとか言ってるけどさ、お前らが勝手に深読みしてるだけだろ?」
バッサリと言い切る智希。私の肩を抱きながら、まるで王者のような態度を崩さない。
「本当は羨ましいんじゃないの?」
「ち、違うって!」
「そうそう、兄妹が仲良くしてるだけで変な目で見るとか、マジでお前らの方が変じゃね?」
教室内の空気が一瞬で変わった。兄の智希堂々たる態度に、誰も反論できない。
「だいたいさ、うちの妹、めっちゃ可愛いだろ?」
「えっ……」
「だから近くにいたくなるんだよ。仲良しで悪いか?」
余裕たっぷりの笑顔で言い切る智希。私は顔を真っ赤にしながら、心臓がバクバクしていた。
「じゃあな、有紗。帰り、迎えに来るから。」
そう言い残し、智希は颯爽と教室を後にした。私はみんなの視線を浴びながら、恥ずかしさと嬉しさで胸がいっぱいになっていた。
智希が教室を出ていった後、しばらく教室内は静まり返っていた。私は顔を真っ赤にしたまま、まだドキドキが収まらない。
「……すごかったな、今の。」
誰かがぽつりと呟くと、それをきっかけにクラス中がざわめきだした。
「ていうか、あんなお兄さん、マジでカッコよすぎでしょ……」
「わかる。あの堂々たる態度、反則じゃん。」
「いや……ていうか、私たち、ちょっとひどかったかも……」
一人がそう言うと、周りの数人もハッとした表情を見せた。
「確かに……ただ仲良いだけなのに、私たちが勝手に変な目で見てたよね。」
「それなのに、七原先輩、全然怒らずにちゃんと言い返してて……なんか、私たちの方が恥ずかしいよ。」
「ごめん、有紗ちゃん……変なこと言っちゃって……」
私は驚いた。まさか、みんながここまで素直に反省してくれるなんて思ってもいなかった。
「ううん、気にしないで……」
私は精一杯の笑顔を見せた。でも、心の中では智希のことを思い出して、胸が温かくなっていた。
「てかさ……普通に羨ましいよね。」
「え?」
「あんなカッコいいお兄さんがいて、しかもあんなに仲良しなんてさ。マジで憧れるんだけど。」
「わかる。私もあんなお兄ちゃん欲しい~!」
クラスメイトたちの反応が、明らかに変わっていた。
「なんかさ、二人が仲良くしてるの、普通に微笑ましくなってきたわ。」
「だよね。もう変な目で見たりしないようにしよ。」
「むしろ応援したい感じ。」
「わかる!」
私はほっと胸をなでおろした。良かった……みんなが変な目で見ることは、もうなくなるかもしれない。
——でも。
胸の奥がずきんと痛んだ。
みんなは「ただ仲の良い兄妹」と思ってくれている。でも本当は——気持ちだけは恋人同士。
みんなを騙してる。そう思った瞬間、胸が締め付けられた。私は、みんなに嘘をついてる……。
でも、お兄ちゃんを想う気持ちは止められない。
私は胸の中で葛藤を繰り返した——