二人きりの旅行
夏休みも終盤に差し掛かる頃、私たちは二人きりの旅行に出かけることになった。
これも、ノートに書いた願い。
「お兄ちゃんと旅行……楽しみ!」
私はリュックを背負った姿で、駅のホームで智希を見上げる。
「有紗が計画立てたんだから、ちゃんと案内しろよ?」
「もちろん!」
今回の旅行は、山の観光地や温泉街などを一泊二日で巡る。両親は海外にいるし、二人きりの旅行は特に問題なかった。
電車に揺られ、のんびりと景色を眺めながら過ごした後、目的地に到着。
「まずはロープウェイで山の上に行こうよ!」
「有紗、高いとこ大丈夫なのか?」
「お兄ちゃんと一緒なら大丈夫!」
私たちはロープウェイに乗り込み、少しずつ山の上へと登っていく。
「うわー……すごい景色!」
「確かに、なかなかいいな」
智希も窓の外を見ながら、小さく微笑む。
山の上には展望台があり、そこからの景色はまさに絶景だった。
「お兄ちゃん、こっち来て!」
私は智希の腕を引っ張り、一緒に展望台の柵にもたれる。
「いい感じ! 写真撮ろう!」
「またかよ……」
「せっかくの旅行なんだから、思い出残さなきゃ!」
私は智希の腕にぴったり寄り添い、自撮りをする。
「お兄ちゃん、もうちょっと笑って!」
「はいはい……これでいいか?」
「うん、バッチリ!」
智希のちょっとぎこちない笑顔に、私は思わずくすっと笑ってしまう。
次に向かったのは、古い町並みが残る温泉街。
「お兄ちゃん、温泉まんじゅう食べよう!」
私は嬉々として温泉まんじゅうを買い、智希にも差し出す。
「ほら、お兄ちゃんも!」
「……まぁ、せっかくだしな」
智希は一口食べて、少し目を丸くする。
「うまいな」
「でしょ?」
温泉街を歩きながら、食べ歩きを満喫する。
足湯にも寄り道した。
「お兄ちゃん、気持ちいいね!」
「……確かに、悪くない」
並んで足を浸けながら、のんびりと話をする時間が心地よかった。
夜、旅館に着くと、部屋にはすでに布団が敷かれていた。
「うわ、一緒の部屋……!」
「当たり前だろ、別々の部屋なんて取るわけないし」
「そ、そうだけど……」
広い和室に二組の布団が敷かれている。でも、少し離れている。
「お兄ちゃん、これ、くっつけない?」
「……は?」
「だって、せっかく二人で旅行なんだし!」
智希は少し考えた後、ため息をつきながら布団を寄せた。
「……まぁ、好きにしろ」
「やった!」
私は満面の笑みで、くっついた布団の上にゴロンと横になった。
智希も隣に寝転ぶ。天井を見上げながら、二人でしばらくのんびりと話した。
夜も更けてくると、辺りは静寂に包まれた。
私は布団の中で、そっと智希の方を見る。
すると——
智希が手を伸ばしてきた。
「……お兄ちゃん?」
「……手、握っていいか?」
私は一瞬ドキッとしながらも、そっと手を伸ばし、智希の手を握った。
「……あったかい」
「有紗の手、小さいな」
智希の手は大きくて、包み込まれるような安心感があった。
静かな部屋の中、私たちはしばらく手を繋いだまま、何も言わずにいた。
そのとき——
「有紗」
「……なに?」
「……俺、言いたいことがある」
智希の声は、いつになく真剣だった。
「……え?」
私は驚いて、智希の顔を見た。
薄暗い中で、智希の瞳が真剣な光を宿しているのが分かった。
胸がドキドキする。
お兄ちゃん、何を言おうとしてるの?
期待と不安が入り混じる。
智希の、ぎゅっと私の手を握る力が少し強くなった。
それがまるで、彼自身も緊張していることを表しているようで——
私はますます、心臓の鼓動を抑えられなくなった。
握る手のぬくもりを感じながら、私は智希の目をしっかりと見つめ返した——