夏祭り、近づく距離
蝉の声が響き、夜になると涼しい風が吹くようになった。夏も中盤に差し掛かる頃、町では夏祭りが開催される。
「お兄ちゃん、今日の夏祭り、一緒に行こう!」
リビングでアイスを食べながらくつろいでいた智希に、私はワクワクしながら声をかけた。
「夏祭り?」
「うん! ノートに書いたでしょ? 一緒に夏祭りに行くって!」
智希はソファから身を起こし、少し考えた後、ゆっくりと頷いた。
「まあ、いいけど……有紗、浴衣持ってたか?」
「あるよ! それを着て行こうと思ってるの!」
私は満面の笑みで答えた。
「……ふーん」
智希は何かを考えるように目を細めた後、そっぽを向いた。
「ん? なに?」
「……いや、なんでもない」
もしかして、浴衣姿を想像して照れてる……?
そう思うと、なんだか嬉しくて、私はさらにウキウキしながら準備を始めた。
夕方になり、私は浴衣に着替えた。白地に淡い桜の模様が入った浴衣で、帯はピンク。鏡の前でクルッと回ってみると、なかなかいい感じ。
「お兄ちゃん、待たせたー!」
リビングに行くと、智希はすでに浴衣姿で待っていた。
「お……」
私を見た瞬間、智希は言葉を詰まらせた。
「……ど、どう?」
「……似合ってる」
「ほんと?」
「まあな」
智希は少し目をそらしながら答えた。耳が赤い。
やっぱり照れてる!
私は思わずニヤニヤしながら、智希の腕にしがみついた。
「お兄ちゃんも似合ってるよ!」
「ああ……さ、行くぞ」
智希は私の手を引いて、夜の町へと歩き出した。
お祭りの会場は、たくさんの人で賑わっていた。
「わあ、すごい!」
色とりどりの屋台、光る提灯、浴衣姿の人々——全部が夏らしくて、胸が高鳴る。
「有紗、何から回る?」
「んー、じゃあまずはりんご飴!」
私は智希の手を引き、りんご飴の屋台へ向かった。
「お兄ちゃんも食べる?」
「別にいい」
「えー、一口あげる!」
「有紗のじゃなくて、普通に買えばいいだろ」
「だめ! ほら、あーん!」
私はりんご飴を差し出した。智希は少し困った顔をしたが、諦めたように一口かじる。
「……甘いな」
「ふふっ、私の方が甘々な気持ちだけどね!」
「何言ってんだ、有紗」
智希は苦笑しながら、私の頭をポンポンと撫でた。
その後、射的やヨーヨー釣りを楽しみ、たこ焼きを食べたりして、夜はどんどん更けていった。
そんな楽しい時間の中、突然、大きな怒鳴り声が聞こえた。
「なんだよ、てめぇ!」
「お前こそ、ぶつかっといて謝らねぇのか!」
見ると、浴衣姿の男性二人が、屋台の近くで怒鳴り合っている。
「う……」
私は思わず智希の腕にしがみついた。
ケンカの現場なんて、見たことがない。声が大きくて、すごく怖い。
「お、お兄ちゃん……」
「大丈夫」
智希は私の肩を抱き、私を背中にかばうように立った。
「こっち行くぞ」
私は頷きながら、しっかりと智希の浴衣の袖を掴んだ。
「怖かった……」
「有紗、あんな場面、見たことないよな」
智希はふっと息をつくと、私の手をぎゅっと握った。
「大丈夫だ。俺がいるから」
「……うん」
私は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
そのとき——
智希が私をそっと抱き寄せた。
「えっ……?」
「有紗が怖がってるから」
優しい声。
私の頭が、智希の胸にそっと埋まる。
智希から、ほんのりとシャンプーの香りがした。
「……お兄ちゃん」
私は心臓がバクバクと鳴るのを感じながら、智希の浴衣の裾をぎゅっと握りしめた。
私たち、抱き合ってる……お兄ちゃんが、こんなに近くにいるなんて……。
智希との心の距離も、グッと近づいた気がした。
少し落ち着いたあと、私は智希と手を繋ぎながら、祭りの続きを楽しむことにした。
そして、フィナーレの花火が打ち上がる。
夜空に咲く、大輪の花火。
「綺麗……!」
私は夢中になって花火を見上げた。
その横で、智希はふと私を見つめる。
「……なあに?」
「いや、有紗、ほんとに子どもみたいに楽しそうだなって思って」
「えー、なにそれ!」
私は頬を膨らませたが、智希はクスッと笑った。
「楽しいなら、いいけど」
私はその言葉がなんだか嬉しくて、そっと智希の浴衣の袖を引っ張った。
「お兄ちゃん、今日はありがとう」
「……有紗が楽しいなら、俺も楽しい」
「ふふっ、お兄ちゃん、大好き!」
「……ああ」
智希は少し戸惑いながらも、私の頭を優しく撫でた。
その手の温もりを感じながら、私は心の中で思う。
お兄ちゃんがいるから、私はどんな時でも大丈夫。
花火が大きく弾け、夜空が明るく染まる。
その下で、私たちはそっと手を繋いだまま、夜の風に吹かれていた。