だって仲良しだもん
智希と相合傘をした日の翌朝、学校に着いて靴を履き替えていると、後ろから友達の声が聞こえた。
「ねえ、有紗」
振り向くと、友達の麻衣がこちらをじっと見つめていた。
「……何?」
なんとなく、嫌な予感がする。
麻衣は少し口を尖らせて、私に詰め寄った。
「昨日さ、学校の前でお兄さんと相合傘してたでしょ?」
「……っ!」
思わず肩が跳ねた。やっぱり、見られてた!?
「うん、してたよ?」
でも私はあえて、堂々と答えた。変に動揺する方が怪しまれるし、もう決めたんだ。お兄ちゃんと仲良しなのを隠すのはやめるって。
「だって傘忘れちゃったし、お兄ちゃんが入れてくれたんだもん」
さらっと言ってのけると、麻衣は少し睨むような目をして言った。
「それにしても……普通、兄妹で相合傘ってする?」
「え? するよ?」
私は首をかしげた。
「だって雨降ってたし、家族なんだから一緒に帰るのは普通でしょ?」
あえてさらりと言い放つ。
「……それはそうかもしれないけど……なんか、有紗とお兄さんって仲良すぎない?」
麻衣は腕を組みながら言う。
「お揃いのストラップもつけてるし、お昼も一緒に食べてるし……それに、昨日の相合傘。なんか普通の兄妹じゃなくない?」
「……」
やっぱりそう思われるんだ。
でも私は、ここで引き下がらなかった。
「もしかして、麻衣……羨ましいの?」
ニヤリと笑って言うと、麻衣は「は!?」と驚いた顔をした。
「ち、違うし!! 別に羨ましくなんかないし!!」
「ふぅん? ほんとに?」
私はさらにからかうように麻衣を見つめる。
「麻衣って弟いるんだよね? じゃあ弟と仲良くすればいいのに」
「それは絶対に無理!!」
即答する麻衣に、私はクスクスと笑った。
「まあ、うちは仲良し兄妹だからね! 自慢しちゃお」
「……なんかもう、すごいね、有紗」
麻衣はあきれたように笑っていた。
その時——。
「ん?」
私は視線の先に見覚えのある姿を見つけた。
ちょうど廊下の向こうから、智希がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「すごいタイミング!」
私はぱっと笑顔になり、思わず智希の方へと駆け寄った。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
智希がこちらを向く。
私はそのまま智希の腕にすがりつくようにして——しっかりと腕を組んだ。
「——っ!?」
智希の体が一瞬ピクリと固まるのが分かった。
「お、おい、何してんだ?」
驚いた智希が私を見下ろしてくる。
「ふふっ」
私は満足げに笑う。
麻衣はというと、目をまん丸にしてこちらを見ていた。
「……ちょっと待って、有紗……」
「何?」
「腕、組んでるんだけど!? え、何それ!? どういうこと!?」
麻衣が驚くのも当然だろう。兄妹で、しかも学校でこんなふうに腕を組むなんて普通はありえない。
でも——私は堂々としていた。
「ん〜? 兄妹で腕組んじゃダメなの?」
「いや、ダメとは言わないけど……でも……」
「ふふっ、羨ましい?」
またからかうように言うと、麻衣は「ち、違うってば!!」と慌てて顔を赤くした。
智希はそんなやり取りを聞きながら、少しあきれたように私の頭をポンと軽く叩いた。
「ったく……有紗はほんとに甘えん坊だな」
「えへへ」
私は満面の笑みを浮かべた。
「まあ、仲良いのはいいことだけど……こんなとこで堂々と腕組まれたら、俺が困るんだけど?」
智希がため息まじりに言う。
「え〜? でもいいじゃん。お兄ちゃん、嬉しいでしょ?」
ニヤリと笑って見上げると、智希は少し目をそらしながら「……さあな」とつぶやいた。
——ほんとは、ちょっと嬉しそう。
私はそれを見て、さらに満足げに微笑んだ。
「さて、麻衣! じゃあまたね!」
私は麻衣に手を振ると、智希と腕を組んだまま歩き出した。
「……うん……」
麻衣はまだ何か言いたそうだったけど、結局「ほんとにすごいな……」と呆れたように苦笑していた。
廊下を歩きながら、智希は私を横目で見てきた。
「……で、なんで急に腕なんか組んできたんだ?」
「ん〜? ふふっ」
私はちょっといたずらっぽく笑う。
「……実はね、『学校でお兄ちゃんと腕を組んで歩く』っていう願いをノートに書いてたの」
「……マジか」
智希は苦笑しながら、呆れたようにため息をついた。
「有紗、どんだけ甘えん坊なんだよ……」
「えへへ、いいでしょ?」
私はニコニコと笑う。
「叶えたかったんだもん」
「まったく……」
智希はそんな私を見て、頭をポンポンと優しく撫でた。
「しょうがねえな」
そう言いながらも、智希はどこか嬉しそうだった。
……ほんとは、お兄ちゃんも少し嬉しいんでしょ?
私は心の中でそう思いながら、智希と腕を組んだまま歩き続けた。
——堂々と、兄妹の絆を示すように。