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Fight 6. 黎命流殺人術

一昨日くらいに熱出して寝込んでたため、更新が出来ませんでした。

もしかしてこんな小説書いてるのが原因なんじゃないですか?

「始めに言っておくとね、黎命流はあくまで“殺人術”だ。格闘技でも武道でもないよ」


 道場に通され、稽古場に案内された慧秀は雫子から黎命流に関する説明を受けていた。


「いや、より正確に言うなら───。黎命流の中にも格闘術・武術の要素はあるが、それはあくまで殺人の手段の一つとして存在しているに過ぎない。そう表現するのが一番しっくりくるかな?」

「ということは武術以外の要素もある、と?」


 涙霧が昨日見せた武術のような技。慧秀を魅了してみせたあれですら、黎命流のごく一部でしかないというのか。

 雫子は慧秀の問いに対し、「そうだ」と頷く。


「例えば、自分に有利な状況を作り出す盤外戦術のやり方。人を殺めても動じないメンタルを身につける瞑想法……。あと流石に今は封印されたが、昔は拷問術や死体の処理方法なんてのも伝えられていたくらいだ」


 最後のは殺人術とは少し違くないか、と慧秀は思わず突っ込みそうになった。


「だが───最も特徴的なのはやはり“身体作り”と“気”だろうな」

「“身体作り”と“気”!?」


 含みのある言い方に思わず聞き返す慧秀。


「生き物の強さは身体の強さ。黎命流はそう考えているって事だ。技の前にまず、独自の整体法・鍼施術・薬功によって強靭な身体を作りフィジカルを高めるのが重要視されている」

「なるほど……」


 戦いというのは多くの場合、技術よりも体格や筋肉の方が圧倒的に重要である───MMAを習っていた頃、講師がそう言っていたのを慧秀は思い出す。

 あらゆる格闘技や武道の大会が体重別で階級分けされている事こそ、技術では体格差をひっくり返すのが困難である証左だ。だから格闘技を習ったからといって期待するような喧嘩の強さはあまり身につかないぞ、とよく釘を刺されたものだ。


(でも、涙霧先輩は体格で大きく勝る相手を簡単に倒していたような───)


 慧秀の内心で抱いた疑問に答えるように雫子は次の言葉を紡いだ。


「そして───黎命流はフィジカルや体格で勝る相手との差を埋める方法も確立している。それがさっきも言った“気”だ」


 やはりか。慧秀の中でパズルのピースが嵌る。

 昨日、涙霧が呟いていた“浸透系の打撃”というのがおそらくその“気”と関係しているのだろう。

 

「そ、それはどのように───」

「おっと。その前に聞かなければならない事がある」


 食いつく慧秀を制止する雫子。“気”に関する事項は黎命流の中でも秘匿性が高いもの。まだ部外者に過ぎない彼に教えられる事ではない。

 それを言えるかどうか、つまりは慧秀を入門させるかどうかは今からする質問に彼がどう答えるかにかかっている。


「橋爪慧秀くん。君はなぜ黎命流を会得したいんだ?」

「!?」

「最初に言った通り、黎命流は武道でも格闘技でもない。あくまで殺人術だ。どれほど黎命流が上達したところで現代じゃ役に立つ場面なんかほとんどない」


 雫子はそう断言する。

 今が動乱の世だったならともかく、平和が長く続く令和の時代において殺人術にどんな使い道があろうか。

 護身やファイトマネーが目的なら、黎命流よりも適しているものがいくらでもある。


「もし君が格闘技で食っていきたいだとか思っているなら他を当たってほしい。格闘技の試合に勝てるのは、格闘技を研究しルールとフィールドに合わせた最適な戦法を編み出しその為の技を練習する格闘家だけだからな」


 黎命流で身につく技術はリングや金網の中での試合にはほとんど役に立たない、雫子はそう断ずる。


「殺傷能力が高すぎて相手を殺しかねない、とか裏格闘が表の格闘技界より強いと思っている陳腐な格闘漫画みたいな事を言っているんじゃない。テニスプレイヤーが卓球やっても勝てないように、雀士だからポーカーに強いというわけではないように、どれほど黎命流殺人術を身に付けても格闘技に強くはならない。格闘技で勝ちたいなら格闘技を学ぶしかないということだ」


 見た目は似ているかもしれない、共通点は多いように見えるかもしれない。しかし本質は全く違う。

 雫子はそう言いたいのだろう。小学校の頃にMMAを習っていた、という慧秀の経歴を聞いたからそのように言い聞かせようとしているのだ。


 だが、慧秀は毅然とした態度で言う。


「……俺は、プロ格闘家になりたいなんて思っていません。趣味として習うのは楽しかったですが、ジムで指導してくれた先生達の暮らしぶりを見てると、その道で食っていこうなんて夢想はとても持てないですよ」

「じゃあ、何のためにうちの道場に来た? どうして涙霧の誘いを受けた?」


 慧秀は試されているかのようなその質問を受け、言葉に詰まる。


「そ、それは……」


 慧秀はあの校舎裏での出来事からずっと、考えてきた。


 何故、黎命流に興味を持ったのか。何故、涙霧に着いてきたのか。


 何故、涙霧の強さと、彼女が使う得体のしれない技を目撃した記憶がずっと頭から消えないのか。



「強く、なりたくて───」



 答えは単純だ。

 涙霧の強さにどうしようもなく惹かれてしまった。その強さを、技を、自分も身につけ使えるようになりたいと思ったからだ。


 では、何故彼女の強さが欲しくなった?


(……忘れられないのは、涙霧さんの戦う姿だけじゃない)


 頭の中に何度もフラッシュバックするのは彼女に助けられた時の安堵と、その強さへの憧憬だけではない。


 悪意に満ちた顔で、慧秀を騙し襲ってきたバトル・ファック部の部員達。急所を踏み付け、蹴られて悶絶する自分を見下ろして嘲り笑った鹿島晴恵の顔。痴態を動画に撮って脅そうとしてきた大井川の悪辣な表情。それを見て笑っていたバトル・ファック部の部員達。


 そして、そんな人間性が畜生未満の下衆達相手に、何も出来ず一方的に嬲られ、無様で屈辱的な姿を晒していた自分の姿───。



「ぶち殺したい奴等がいるんです」



 慧秀は認める。涙霧の強さが欲しいと思った理由、次々とバトル・ファック部を薙ぎ倒した彼女に憧れと尊敬の念を抱いた理由が、己の中に芽生えた復讐心だという事を。

 受けた仕打ちを何倍にもして返し、心に植え付けられたコンプレックスを、恐怖を屈辱を消し去りたいから人を殺す術を学びたいと思ったのだと。


 そして慧秀はそんな自身の心情を、本心を偽らず答える。


「俺の事を陥れ、辱めようとした連中に仕返しがしたいから強くなりたいんです。ぶち殺したいぐらい憎い相手がいるから、殺人術を学びたいと思いました」


 殺人術、つまり人殺しのための技術。


 昨日の出来事を思い出すたびに、激しい屈辱と殺意を覚えるようになった慧秀にとって、今一番欲しいものだ。


 皆川雫子に───黎命流殺人術の宗家に対し、慧秀は己の心持ちを正直に伝えた。


「格闘技の試合で役に立たなくても、現代社会で何の使い道もないような技術だったとしても、喧嘩に強くなるなら喜んで時間も金も捧げます」


 何故なら、目の前にいるのは自分の師となる存在なのだ。慧秀に、彼の望む強さを与えてくれるかもしれない人なのだ。


「強くなって、俺が味わった以上の屈辱と痛みを、あの腐れ淫売共に与えてやりたいんです。お願いします。どうか、俺にも人を殺すための術を教えてください」


 ならば。何を為そうとしているのか、どんな強さが欲しいのかを具体的に伝え、授けてほしいと頭を下げるのが道理だ。

 自分の望みを、腹の底を打ち明け、何も隠さず正直である事。それが、弟子入りを願う者として最低限の誠実さなのだと、慧秀は考えた。


 深々と頭を下げた慧秀を見た雫子。フッ、と口角を上げる。


「なるほど、わかった。それでは今日から君も我が門下生だ。よろしく、慧秀」


 雫子は慧秀に顔を上げさせ、その手を握る。

 その手は温かく、表情は朗らかな笑顔が浮かんでいた。


「ぶち殺してえ奴がいるから……か。なるほど気に入った。殺人術を会得したい理由において、これ以上のものなんかないって感じだ。今日から私がビシビシ鍛えてお望みを叶えさせてやるよ」


 雫子はそう言うと涙霧の方を向き、とある指示を飛ばし始める。


「よし、じゃあ早速慧秀に“気”を使えるようになってもらおうか。涙霧、“アレ”の準備をしてくれ」

「えっ、まさか“あの方法”でやるんですか……?」


 雫子の言葉に驚愕の表情を見せる涙霧。二人が何を話しているのかわからず、慧秀は困惑する。


「ああ、なるはやで強くなるには、涙霧のように何年もかけてじっくりというわけにはいかないからな。多少荒っぽい方法で目覚めてもらうことにする。あの子と三人がかりでやろう」


 気……? 目覚める……? あの子……? 一体自分は何をさせられるのだ。


 訝しむ慧秀を他所に、やや慌ただしく二人の女性は何かの準備を始めるのだった。

次回、慧秀の身に何かが起こる───!?

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