Fight 4. 道場への道!
今回は前半がバトル・ファック部視点、後半から主人公サイド視点の話となります
一方、慧秀と涙霧が去ってから少しして。バトル・ファックの部室に二人の女子生徒が入ってきていた。
「おい、なんだこの有様は。一体何があった」
そう問うのは美しい黒髪をポニー・テールにまとめた、凜々しい雰囲気と声色の女子高生。
その視線の先には倒れた部員達と、白目を剥いている島金の姿があった。
「こ、近藤先輩……。こ、これは練習中の事故でして……」
鹿島は慌てふためいた顔で先輩であり次期部長である近藤乃莉凪にそう答える。
新入生を騙して無理矢理入部させようとした挙げ句、謎の中等部女子一人にそれを阻止され多くの部員を叩きのめされた、など言えるはずもない。
「鹿島! あんたねえ、そんな嘘であたしらを誤魔化せると本気で思ってる?」
呆れたように言うのは近藤の傍らに立っていたもう一人の女子生徒、バトル・ファック部の次期副部長の座は確実と言われている平河希美である。
近藤とは対照的な短いボブ・カットの茶髪が特徴的で、顔立ちは美人というより可愛らしい造りをしている。だが、今の彼女の表情は険しかった。
「大事な新歓の時期なのにこんなに怪我人を出して、一体どうしてくれるの? 何があったのかちゃんと説明しなさい」
「そ、それは……」
鹿島が言葉に詰まる。今このタイミングで上手い言い訳を思い付けるわけもない、しかし本当の事など言えるはずもない。鹿島は無言になるしかなかった。
「聞こえなかった? 一体何があったのかって聞いてるのよ?」
無論、鹿島がただ口を閉ざしたままでいるのを許すはずもない。平河の詰めにより鹿島の頭がパニックになりかけていたその時。
「申し訳ありません。先輩」
突如、大井川が土下座の姿勢を取る。しかもいつの間に脱いだのか、全裸で。
「……土下座しろ、なんて言ってないわ。説明をしろと言ったの」
「わかっています。しかし、それはどうしても言えません」
大井川は額を床に擦り付け、平河に詫びる。事のあらましを説明出来ないことを───。
「言えない? どうして」
「これは私達の個人的な問題に起因することなんです。部を巻き込むわけにはいきません。我がバトル・ファック部は非公認、どころか決して公に存在を知られてはいけない団体です。個人的なトラブルに部を巻き込んでしまえば、我々の存在が露呈し潰されかねません。先輩達に迷惑はかけられないんです」
大井川が選んだのは素直に自分らの思惑を述べることだった。何かあったのは事実だ、しかしその仔細は言えない。だから全裸での土下座という最大限の詫びを見せる、と。
下手に嘘のストーリーを作るよりも素直に「言えない」と言った方が不信や追求を買わなくて済む可能性の方が高いと彼女は判断していた。
鹿島も大井川の意図に気付き、同じく着ているものを全て脱いで土下座する。
「も、申し訳ございません! 本当に言えないんです、どうかご容赦を……っ!」
平河はそんな彼女らの様子を見て、どうやら本当にただならぬ事が起きたらしいと察する。であれば尚更問いたださねばならない。そう思って口を開こうとした矢先───。
「わかった。ならもう何も聞かん」
「ちょ、ちょっと乃莉凪!」
傍らに立つ近藤が、あっさりと引き下がってしまったのだ。
「希美、気持ちは分かる。だが、今は怪我した部員達を医者に運ぶのが先決だ。特に島金の怪我は酷い」
近藤はそう言って無事な部員に指示を出し始める。確かに、部員のダメージは相当なものだ。
島金ほど重傷でなくとも、流血や嘔吐、骨折などをしている者もちらほらいる。そう言われては平河も引き下がるしかない。
「だが、一つだけ聞こうか」
目論見が上手くいって安堵する鹿島と大井川に、近藤は一つだけ聞く。
「強引な勧誘など、間違ってもしていないだろうな?」
鋭い眼光に睨み、低い声で威圧する。
先輩からの何かを疑うような眼差しに、鹿島も大井川も必死で動揺が顔に出ないようにしながら答える。
「い、いえ! けしてそのようなことはしていません!」
「言いつけはちゃんと守ってます!」
近藤は二人の返事に対し、数秒間無言で見つめる事で返す。その言葉が本当かどうか探っているかのような視線だった。
「……そうか」
彼女が一言そう呟き、鹿島と大井川に背を向けて負傷した部員の元に向かった時、二人はどっと背中に冷や汗をかく。
(あ、危なかった……)
鹿島は内心そう呟く。
だが、今回はあくまで鹿島達への追求より怪我をした部員達の救護を優先させただけだ。疑念が晴らせたわけではない。
特に平河は近藤以上に彼女らを怪しんでいるだろうし、かなり不信感を買ってしまったはずだ。今後も今までと同じような距離感で接する事が出来るとは思わない方がいいだろう。
(それでも……私達は……。この部を……近藤先輩を……っ)
(支え続けなければならない!)
服を着ながら、鹿島と大井川は心の中で決意を再確認していた。
◇
新歓で思わぬ暴力沙汰に巻き込まれ、危機一髪のところを涙霧に助け出された慧秀。翌日の放課後、彼は涙霧の所属する『2年C組』に赴いていた。
今日は彼女の通う道場に案内してもらう約束だ。入学したばかりの彼にとっていきなり上級生の教室まで行くのは緊張を伴う行動だったが、これくらいで気後れしていては殺人術などとても身に付かない。
(いるかな……)
教室に辿り着いた慧秀はドアから中の様子を覗き見る。
探していた冴木涙霧の姿はあっさり見つけられた。友人と思われる何人かの女子と楽しげに会話している。その様子に慧秀は少し面食らう。
(あの人が、本当に昨日……バトル・ファック部の野蛮人達をボコボコにした涙霧先輩なのか……?)
こうして友と談笑している姿を遠目から見る分には、本当に普通の中学生にしか見えない。いくら何でもギャップがありすぎだ。
「あ、橋爪くん」
そう考えているうちに、涙霧はこちらに気付く。ごめんね、用事があるのと友人達に断りを入れると彼の元に駆け寄ってきた。
「ごめんね、待たせちゃったかな」
「い、いえ。こちらこそすいません、友達と楽しんでる時に」
「いいっていいって。それじゃ師匠のところ行こうか」
それから学校を出た二人は道場までの道のりを共に歩き始める。最寄り駅とは反対方向の方角に進む事を訝しむ慧秀に涙霧は「道場はこの近くにあるの」と説明する。
曰く、涙霧は幼い頃から“黎命流”の道場に通っており、加美山学園への進学を決めた理由も道場から近かったからだという。
道中ではまず、互いの小学校時代の事や中学受験の時の思い出話などを語り合い、親交を深めた。
「ほんとは第一志望は風冷防学園だったんですけど、小六の夏休みで『お前の成績じゃ厳しい』って塾講師にはっきり言われて諦めたんですよね」
「あー、それ聞いちゃったら私も思い出すなぁ〜。小五の時にやんわりと『あなたはどう頑張っても已武雀女学院の偏差値には届かない』って言われた」
「そんなの本人が一番分かってた、とはいえ面と向かって言われたのは割とショックですよね……」
ある程度互いを知った後は涙霧の方から加美山学園に関する話を沢山してくれた。
自分が体験したこの一年間の学校生活の事、どの教師が優しくてどの教師が嫌われているか、自身の交流した先輩から聞いた学校豆知識などを慧秀に伝えたのだ。
中学生なりたての慧秀としてはどれも有り難い情報だった。まだ入学したばかりの慧秀を気遣い、涙霧なりに学校の事について色々教えてくれているのが伝わってくる。慧秀は彼女がかなりいい人である事を確信しつつあった。
「あ、ちょっと待って」
そんな他愛もない話に華を咲かせている中。涙霧は途中、あるフルーツサンド屋の前で止まる。そこで輪切りにされたオレンジとクリームが挟まったサンドを二つ購入し、片方を慧秀に差し出した。
「はいこれ」
「へ?」
「とても美味しいんだよ、この店のフルーツサンド。私、近くに寄ったらいつも食べちゃうんだ」
差し出されたオレンジサンドを慧秀は緊張の面持ちで受け取る。
(こ……これ、は……なんか、凄くデートっぽくないか……?)
心臓の鼓動が早くなり、顔が熱くなっていくのが分かる。彼は女子と並んで歩き、同じ物を買い食いするなんて経験はした事がなかった。
12歳という思春期まっただ中の若さも拍車をかけ、たったこれだけの事でも異性との特別な時間だと意識してしまうのだ。
「あ、ありがとうございます……! いただきます!」
どぎまぎしながら受け取った慧秀。胸の中に沸いてくる興奮と歓喜を表にあふれ出さないように必死で押さえ込みつつ、そのオレンジサンドを頬張る。
(う、うまい……)
今まで食べたサンドの中で最も美味しく感じた。
そんなやり取りをしつつ歩いていると、道場の看板が肉眼で見える場所まで着く。だが、そのまま進もうとした慧秀を涙霧が手で制す。
「待って、なんか誰かいるっぽい」
「へ?」
「ここで様子を見てよう」
涙霧と慧秀は電柱の影に隠れ、道場の入口の様子を窺う事にした。慧秀が少し電柱から顔を出し、涙霧の視線の先の方向を見る。
道場の入り口には二人の人間が立っていた。
一人は袴姿の美しい女性、年齢は30半ばから40ほどか。長く美しい黒髪を後ろにまとめている。
もう一人は女性より少し若そうな男だ。短く刈った頭とタンクトップが特徴的で、かなり筋肉質な身体つきをしていた。
「あの女の人がうちの師匠」
涙霧がそう教えてくれた。ではもう一方は? と思ったその時だった。
「あんた、ここの道場主か?」
男が女性───涙霧の師匠に聞いた。
「ええそうです。で、貴方はどちら様かしら」
「オレはキックボクサーの水流龍敬ってもんだ」
男は自己紹介をする。張り付いたその笑みはとても友好的な者のそれではない。
「どうも、私は黎命流体術の経営をしている皆川雫子です。何かご用でしょうか?」
涙霧の師匠にして黎命流殺人術の現宗家は名乗り返す。
どうやら殺人術と名乗るのは今のご時世には適さないのか、表向きは単なる武術の道場としているらしい。
彼女は明らかに堅気ではなさそうな水流に対し、全く物怖じしていない。
面倒くさそうな表情と声色を隠そうともしないが、あくまで丁寧な態度を崩さないまま対応している。
「用? 決まってんだろ、道場破りだよ」
水流はパァン、と掌を自らの拳で叩き、好戦的な薄ら笑いを浮かべて雫子を睨む。
その人相には品行方正とは無縁な彼の性格が滲み出ており、雫子の都合も意思もどうでもいいと言わんばかりの傍若無人さを隠そうともしない。
「なんだか面白いものが見れそうだね」
涙霧は師匠のピンチにもかかわらず、全く心配する様子も見せずにそう呟くのだった。
次回、戦い勃発か───?