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Fight 37. 幹捻り

筆の遅さをどうにかしたいのが私なんですよね

 鹿島と比べるとかなり出来るようだな、と涙霧は平河希美に対して率直に評価する。


(鹿島に反応出来なかった打撃に対応してきた……どうやらコイツがあの二人より強いのは間違いなさそうだ)


 あるいは戦いが勃発したタイミングの差か。

 鹿島と大井川は涙霧らの突然の訪問と奇襲を受け、その場ですぐ戦う事になった。それに対して近藤と平河は準備期間を設け、練習と対策をある程度してからこの戦いに臨んでいる。

 実際に戦った後輩からの情報も手伝い、涙霧の攻撃を凌げる程度まではディフェンス技術も上げられたのだろう。


(もっとも、元からまあまあ強かったからこの短期間でそこまでやれたのだろうけど)


 涙霧は先程掠った頬を意識しながら思う。

 平河希美はどうやら鹿島ほど楽に勝てる相手ではなさそうだ。


「今度はこっちから行くわっ」


 今度は平河が仕掛ける側に回り、顔面を狙って2回のジャブを放つ!


「しゃあっ」


 それが難なく防がれる事は想定済みだ。本命は意識を顔に集中させてからのローキック!

 先の戦いで鹿島がやられた事の意趣返しとばかりにコンビネーションが繋がった。


 「ちぃっ」と鬱陶しそうに呟きながら脚を上げてローキックをカットする涙霧。

 一瞬遅れて平河の腕を掴もうとするもタイミングが間に合わず、捉えられない。


「もらったぁっ!」


 涙霧が手を戻すより先に平河の拳が彼女の顔に突き刺さる。

 多くの者の予想を覆し、初撃を当てたのは平河希美だった。


「や、やった!」

「いや。まだだ」


 その光景を見て歓喜の声を上げる大井川に対し、近藤は険しい表情を崩さずにそう呟いた。


 見れば、平河の拳がクリーン・ヒットしたにもかかわらず、涙霧は微動だにしていない。


(な、なんだこの硬さはっ!?)


 打ち込んだ当人ですら、倒れるどころか仰け反りもしない涙霧に困惑していた。

 そんな一瞬にも満たない動揺の隙を突くかのように、涙霧のカウンターの掌底が飛ぶ。


「はうっ」


 それは内臓揺らし。黎命流の“浸透系の打撃”の中で最も基本的なものとされる技。

 文字通り内臓を揺らされ、込み上げる吐き気で思わず蹲る平河。そのままフィニッシュを決めるつもりか、涙霧は平河の頭を弾き飛ばさんと上段回し蹴りを放った!


「希美!」


 近藤が叫ぶ。

 親友の掛け声で自身に迫る脅威の一撃を認識した平河は咄嗟に腕を挟み、涙霧の蹴りをブロックしてみせた。

 当然、“気”を纏い威力が底上げされた涙霧の蹴りの威力を完全に殺す事は出来ず、そのままリングの床に倒されるが最悪の事態は回避した。


「ぐっ……そうか、それが“気”とやらか……」


 平河は立ち上がりながら呟く。

 黎命流は“気”という特殊なオカルトエネルギーを体内で練り、それを身に纏い内臓に浸透させ防御力を上げる。それを失念していた己の不覚を恥じていた。


 おそらく、さっきパンチが顔面にクリーン・ヒットしたのは半分わざとだろう。

 自分の顔を“気”で覆った上であえて攻撃を受け、衝撃から頭を守りつつカウンターに転じる隙を生み出す───。その作戦にまんまとハマった結果一撃KOされかけた。


(ちいっ、やはり単なる格闘じゃ勝ち目は薄いか)


 平河は構えながらもそう結論付ける。

 だが、バトル・ファックの技を使おうにもまずは打ち合いで隙を作らねばならない。両者スタンドの状態から始まる勝負では涙霧が有利だ。


 一方、涙霧の方もどう攻めようか考えあぐねていた。


 予想通り平河は自分より格は下だ。だが決して弱くはないし愚かでもない。

 完全ではないにしろ涙霧の動きに反応出来ているし、勝負の最中に作戦を組み立てる頭もある。

 少なくとも単なる近藤乃莉凪の前座という訳ではなさそうだ。


(なら───引き出しを開けるまでっ)


 涙霧は右中段蹴りを繰り出す。


「舐めるなっ それくらい目で追えるわっ」


 しかし、タイミングを合わせた平河はその蹴り脚をキャッチ。そのまま引き倒さんと持ち上げようとする。


「かかりましたね」

「なにっ」


 笑みと共に呟く涙霧。

 彼女はもう片方の足で地を蹴り、飛んであっという間に平河の身体を足で挟み込んだ。


「黎命流“幹捻り”」


 涙霧の声が耳に届くと同時、平河は己の身体の制御を失った。

 気が付いた時には尻餅をつき、倒されていた。


「な、なんだあれはっ」

「黎命流“幹捻り”───。アンタが喰らった枝折鋏の発展系ですよ」


 思わず驚愕の叫びを上げる大井川に対し、慧秀が解説する。


「要は枝折鋏と同じことを身体全体を使ってやるってだけです。ただ、流石にそれで人間の胴体をへし折るのは現実的ではないし、仮に出来ても本当にやってはいけない。故に幹捻りは“折る”のではなく“倒す”技として発展したんですよ」


 予想だにしない転倒は次の攻撃への反応を遅らせる。

 しまった、と平河が自分が床に倒された事に気付いた時には既に涙霧の拳が眼前に迫っていた。


 ゴッ、と鈍い音が鳴る。鋭い拳撃が平河の鼻と口の間を目掛けて振り下ろされたのだ!


「がっ!?」

「“人中”は人体の急所のひとつ───。殺人術らしく執拗に狙わせてもらいますよ」


 ゴッゴッゴッと連続で容赦のないマウント・パンチが振り下ろされる。

 尋常じゃない痛み。あまり多くもらうのは不味い、そう思った平河は腕でガードしたり額で受けるなどして二撃目以降のダメージを極力減らす。


「確かに額で受ければさほど痛くないが……黎命流相手にそのセオリーは通じない」


 だが黎命流には防御力を無視する“浸透系の打撃”がある。

 涙霧は拳を開いて掌底に変え、そのまま内臓揺らしと同じ原理で相手の脳を揺らす“脳揺らし”を平河の額に打ち込んだ!


「はうっ!?」


 突然、平河の思考が消えた。

 続いて身体の機能が停止し、全身から力が抜けていき───。


「がああっ!!」


 すぐに我に帰った。

 激しく抵抗する相手の上に乗った状態で体勢が不安定だったため、その状態で打った“脳揺らし”の威力が不完全だったのだ。


 そして“浸透系の打撃”は相手の身体のより深い部分に“気”を浸透させねばならない関係上、通常の打撃より当てている時間が長くなる。

 その欠点を突き、意識を取り戻した平河が涙霧の手を両手で掴む。


「なにっ」

「しゃああっ」


 そして不意に腰を浮かせて涙霧の体勢を崩し、そのまま転がって彼女を振い落とした!


(ぐっ……マウント取られ返されるのは不味い!)


 涙霧は平河を引き剥がそうと掴まれてる腕に“気”を集中させる。強引な方法だが、強化した筋力による力づくで振り払う。


 しかしここで涙霧には予想だにしない出来事が起きる。


 平河が掴んでいた涙霧の腕を離したのである。


(なにっ!?)


 すっぽ抜けた腕を見つめ、困惑を隠せない涙霧の隙をつくかのように平河の腕が伸びる。


「油断したなっ、私たちバトル・ファッカーが狙うのは常に“ここ”よっ」


 平河の手は流れるようにスムーズな動きで涙霧のジャージ、そして下着の中に入っていった!


「な、何して───ふぎっ!?!!」


 次の瞬間、今まで味わった事のない刺激が涙霧を襲う。

 平河の性技による刺激が股間から全身に広がり、足腰から力が抜け、ガクガクと震えだす。


「涙霧先輩っ!?」


 これには流石の慧秀とて狼狽する。

 彼らとて性技のスペシャリストであるバトル・ファッカー相手に性感帯を攻められる想定をしなかったわけではない。だから耐えられるように性的快感をシャット・アウトする瞑想法を体得するなど対策を積んできたのだ。

 それなのに何故平河の攻撃が効いている……?


「我々を甘く見てたんじゃないか? 黎命流」


 それを見た近藤乃莉凪が口を開く。


「我々バトル・ファッカーは、貴様ら武術家が格闘に費やすのと同じかそれ以上の時間を性技に注いでいるんだぞ?」


 リングの上では容赦のない責めが涙霧を襲っていた。

 密着している平河にはダイレクトに伝わってくる。涙霧が感じている事も、慣れない刺激に晒されている彼女の動揺も。


(やっぱりコイツは処女……そうでなくともセックスへの耐性がロクにないのは確実。このままやり続ければ勝てる……!)


 このまま絶頂まで持っていき、放心したところをタコ殴りにすれば自分の勝ちだ。

 ジャイアントキリングへの道が拓けた、そう思った平河はより一層手マンへと集中する。


「いい加減に───しろっ!!」


 故に気付かなかった。迫ってきていた涙霧の肘に。


 ゴッ、と平河の側頭部から鈍い音が響く。

 涙霧の肘がぶつかった音だった。


「ううっ……!」


 一瞬、平衡感覚がおかしくなる。

 思わず手で被弾した側頭部を押さえてしまった事により、涙霧への責めが中断される。


 体勢を立て直した涙霧は平河を引き剥がし、再び立ち上がった。


「なっ! あんな体勢から肘鉄をっ!?」


 今度は近藤が驚く番だった。

 それに対し、慧秀は意趣返しとばかりに口を開く。


「フッ、そちらも殺人術を甘く見過ぎでいたようですね」

「なにっ」

「黎命流のオカルト整体は筋肉だけでなく関節も鍛えられる。幼い頃から受けてきた涙霧先輩の腰の可動域もヨガの達人並みに広がっているんですよ」


 涙霧はゆらりと立ち上がり、殺意と怒りの篭った目で平河を見下ろす。


「殺す……!」


 その呟きを聞いた次の瞬間、平河は自身の目の前に迫る涙霧の脚が目に入った。


「っ!?」


 間一髪、腕を挟んでガードするもあまりの衝撃の大きさで吹っ飛ばされる平河。

 なんとか受け身を取り、ズキズキと痛む腕を押さえながら立ち上がる。


(……不味いな)


 目の前で繰り広げられる攻防を見ながら慧秀は汗を流す。


(涙霧先輩……完全にキレている)




戦いがよりヒート・アップする───。


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