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Fight 36. 平河希美

通知に出てこないですが、いいねも貰えるとかなり嬉しいですね…

「師匠、おれちょっと明日おにーさんの勝負見に行ってきますわ」


 慧秀と涙霧達との決戦前夜、新泉凜々志は白命流の道場の中で師に伝える。


「ああ、それは構わんが───。そんなに橋爪慧秀が心配かね?」


 鈴木秀興はそんな弟子に聞き返す。それに対し、凜々志は「まあね」と素直に肯定した。


「別におにーさんが負けたら助けるつもりってわけじゃないですよ。あくまで“バトル・ファッカー狩り”として次のターゲットに選んだだけです」

「ははっ、彼と違ってお前は素直じゃないな」


 やれやれ、と首を振る鈴木。長い付き合いで凜々志のそういう性格はわかっているとでも言いたげだ。


「まったく、皆川零花相手にももっと素直になってほしいものだ。自慢の一番弟子が、かつての同志の娘とインピオ・セックスで結ばれる光景を、私は心待ちにしているというのに」

「……最近思うんですけど、バトル・ファッカーよりアンタの方が社会にとっての有害度が高いかったりします?」


 また始まった、と凜々志はうんざりした顔で言う。


「何度も言ってるでしょう、皆川とはクラスが一緒で、偶然習ってる流派が親戚同士だったというだけですよ」

「私だって何度も言っているだろう? お前はかつて皆川零花を助けた事があるし、彼女とてお前の心を何度か癒してくれたはずだ」


 このやり取りはもう何度目だろうか。凜々志は内心でひとりがごちる。


「それに、去年のバレンタインで明らかに本命と思われる大きな手作りチョコをプレゼントされた事を私が知らないとでも思ったか?」

「えっ」


 思わず鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし、間抜けな声を出してしまった凜々志。

 何故それを知っている、という心の声が表情に書いてある。


「フッ───。そして、お前が背伸びして銀座のデパートまでホワイトデーに渡す高いマカロンを買いに行った事も。買ってきてからやっぱり手作りの方がいいんじゃないかと悩んで、やった事もない菓子作りに挑戦して不恰好なマフィンを焼いた事も。結局どちらかに決める事が出来ず両方渡した事も知っている」

「な、なんで知って───」

「渡す時の台詞もおおむね想像つく。『作ったけどあまりうまく出来なかった、不味かったら捨てていい。その時のためにマカロンも用意したから〜』とかそんな主旨だろう?」

「本当に気持ち悪いなこいつっ」


 何がキモいって、彼の想像した台詞が実際現実に凜々志が言ったそれとほぼ遜色なかった事である。


「凜々志よ。私は数多くの幼き純愛カップルが成立するのを手助けし、この目で見てきた。だから分かるのだ。お前と皆川零花はきっかけさえあれば必ず結ばれる。そして“インピオ・セックス”出来る」

「だからおれは別に───」

「これだけは言っておく。凜々志、お前は幸せになる資格がある。内心で自分自身をどう思っていようが、凜々志は誰かに愛されていいんだ」


 真剣な目で、真面目な声色で鈴木は凜々志に語りかける。

 彼はどうしようもない変態だが、同時に凜々志の師匠だ。その行く末を心配する心は本物である。

 それが分かっているからこそ、凜々志も言葉に詰まるのだ。


「……帰ります。明日に備えて早く寝たいんで」


 ありがとうございました、と礼をしてから凜々志は部屋を後にする。

 それを見送りながら鈴木は思案していた。


(あの子はきっかけさえあれば幸せを掴める。皆川零花という運命の女児ロリとインピオ・セックスをして結ばれるという幸せを)


 橋爪慧秀。黎命の若き新星との出会いが、もしかするとそのきっかけとなってくれるかもしれない。

 鈴木はそんな考えを抱き始めていた───。



 バトル・ファック部との戦いが最終局面を迎えるその日、部室に集った者の中には意外な人物の姿があった。

 中等部三年、谷川宗光と和田垣あけみの二人である。


「……ありがとうございます、お二人とも。再びここに来る事は先輩方にとってとても辛い事なのに、応援に来てくれて」


 涙霧が頭を下げる。

 それに対し、谷川も和田垣も顔を上げてくれと促す。


「もともとは自分らの問題なのに、冴木さん達に代わりに戦ってもらってるんです。最後くらい自分の目で見届けないとって思ったんです」

「私たちのために、冴木さんも橋爪さんもとても苦しい思いをして頑張ってくれてるんです。ただこの部室に来て応援する、その程度の事で臆してたら、お二人に対してあまりに失礼だと思って……」


 いても何か出来るわけでもない。せいぜい外から声援を送るぐらいだ。勝敗という面では、来る意味などない事くらい分かっている。

 それでも、二人は恐怖やトラウマを堪えて、今日この場に来た。

 否が応でも、一生消えない傷を付けられたあの瞬間の記憶が蘇る忌まわしき場所に。


 これから死闘をする者として、涙霧と慧秀はその勇気に元気付けられる。


 意を決して四人は部室の中に入る。

 そこには既に近藤乃莉凪と平河希美の二人、そして先の戦いで選手生命が終わった大井川湘子と鹿島晴恵がいた。


「……!」

「……っ」


 大井川と鹿島は慧秀らと、彼等に続いて入ってきた谷川と和田垣を睨む。

 思わず身がすくむ二人だったが、慧秀は落ち着かせるように静かに呟く


「大丈夫です、もうあいつらは戦えません。先輩方を逆恨みしていても、もはや襲いかかる力すらありませんよ」


 しばし睨み合いが続く中、近藤が口を開く。


「逃げずに来たようだな」


 その言葉に涙霧は不敵にフッと笑いながら返答する。


「そちらこそ、そこの淫売野蛮人二匹の有様を見てなお黎命流と戦おうとする勇気は褒めてあげますよ」


 ピク、と近藤の眉が少し動く。後輩を愚弄された事が僅かに心を乱したようだ。

 しかし、その挑発に乗って舌戦を繰り広げるつもりはない。

 近藤は後ろにいる元後輩達を見て、そちらに声をかける。


「久しぶりだな、谷川くんに和田垣さん。何故君達がそちら側にいるのかは知らないが、元気だったか?」


 谷川と和田垣は近藤の挨拶に返事をしない。

 代わりにギリッ、と歯を食いしばりながら鋭く近藤と平河を睨みつけるだけだ。

 元気だったか、だと? どの口が言っている?

 まるでそんな風に言いたげだった。


(……?)


 二人の態度を疑問に思う近藤だったが、その真意を聞こうとする間もなく平河が前に出てパシンと拳を鳴らす。


「さあっ! まずは私が相手になるわ! さっさとリングに上がりなさい」


 彼女は慧秀に向けて言ったつもりだった。

 近藤と戦うのはてっきり、先日彼女と打ち合いをしていた冴木涙霧だと思っていたからだ。必然的に自分は橋爪慧秀と戦う事になる、そう考えていた。


 だが。


「ええ、さっさとやりましょう」


 前に出てきたのは涙霧だった。

 それに平河も近藤も、大井川と鹿島も目を剥いた。


「なっ!?」

「そんなに驚いてどうしました? ビビってるんですか、平河先輩」


 挑発してくる涙霧。

 平河は相手の意図が分からない。


(どういう事……!? あの男子が乃莉凪と戦うっていうの!?)


 橋爪慧秀と冴木涙霧を比べれば、強いのは間違いなく後者のはずだ。大将戦は彼女が適任のはずなのだ。

 自分で言ってて悲しくなるが、平河は自分が近藤よりずっと劣る事を自覚している。だからこそ、向こう側の最高戦力が近藤を無視して自分と闘おうとする真意が見えない。


「別に深い意味はないですよ。単にうちの弟弟子がどうせなら強い方と闘りたいってゴネただけです」


 涙霧はさっさとリングに上がり、あっさりと理由わけを明かす。

 当人としては別に隠す事でもないから事実を話したまでだが、平河はそれも何かの作戦かと疑う。


(勝てるの……? 私が……? あんな化け物に───)


 それに、平河にとっては近藤とまともに打ち合い彼女に冷や汗をかかせてみせた涙霧は恐ろしい存在に見えている。

 鹿島の傷はかなり酷かった。念入りに甚振られ、心身共に徹底的に折られたのが一目でわかるほどだった。

 部内でもかなりの実力者である鹿島が何もさせてもらえず、一方的にやられた相手。果たして自分に太刀打ち出来るのか……。


「希美」


 不安に駆られる彼女に、近藤が声をかける。


「お前なら大丈夫だ」

「で、でも……」

「臆する気持ちも分かる。私だって本当はあんな連中と戦うのは怖い」


 近藤はそう言いながら希美を抱きしめる。


「だけど大丈夫だ。希美の強さは私が一番よく知ってる」

「乃莉凪……」

「自分を、自分が積み重ねてきたものを信じよう。私たちのバトル・ファックは人に誇れるものではないかもしれないが、殺人術よりはよほどマシだ」


 親友にして、平河にとって最も“強い”者が自分にだけ向ける励ましの言葉。

 完全に恐怖が消えたわけではないが、それで幾分か身体の震えや緊張は取れた。


「……うん。行ってくる」

「ああ。頑張れ」


 いつも試合の時にするように、近藤は平河を送り出す。

 覚悟を決め、平河はリングに登った。


(……なんか調子狂うな)


 その一連の様子を見ていた涙霧は心の内で呟く。

 バトル・ファック部の首領格はもっとこう、悪人らしい悪人の下衆を想像していたのだが。

 今のやり取りはまるで、友情に厚い普通の女子高生のようではないか───。


(普段見せてる、皆に慕われる生徒会長の顔は仮面じゃなかったとでもいうのか?)


 そこまで考えて、涙霧は思考を打ち切る。

 今となってはどうでもいい事だし、どうであれバトル・ファック部による被害者が大勢存在する事に変わりはないのだ。近藤や平河が善人でも悪人でも、いずれにせよ何らかの形で責任は取らせなければならない。


 リングインした平河は自身の服を脱ぎ、バトル・ファッカーとしての姿を現す───。



 その出立ちは乳首部分と尻部分が切り抜かれて丸出しになったビキニ水着だった。



「………………」


 やっぱりぶち殺そうかなコイツ、と涙霧は考え直す。

 こちらは今日の死闘のために命懸けてきてるというのに。


 リング外では慧秀も呆れた顔をしていた。


「戸惑っているようね」

「……一応聞きますけど、もうちょいまともな格好に着替えてくる気はないんですか?」

「これが私達の正装よ」


 平河が構えを取る。本当にその格好でやるつもりらしい。


「私が絶対に勝ちたい試合に臨む時はいつもこのユニフォームよ」

「私なら500億円くらい積まれても絶対に着ません」


 その時。カーン、と前回の戦いでは鳴らなかったゴングの音が響いた。

 慧秀が音のした方を見れば、大井川湘子が鳴らしている。


 それを開始の合図だと理解した涙霧は電光石火で仕掛ける───!


「しゃあっ」


 ボッボッボッと高速の拳が飛ぶ。

 加減はしない。最初から終わらせるつもりで本気の打撃を放つ。


 しかし、平河は全ての打撃をいなしてみせた。

 パンパンパンと手のひらに拳がぶつかる甲高い音が響く!


「ふんっ」


 連撃の嵐の隙間を縫って平河が打撃を返す。

 避けられたものの、彼女の渾身の左ストレートが涙霧の頬を掠め、僅かに出血させた。


「……ほう」


 涙霧は一度バック・ステップで後ろに下がり、自分の頬に触れる。


「希美を甘く見るなよ」


 涙霧に対し、近藤が外から声をかける。


「希美は私の親友であると同時に───私が唯一好敵手ライバルと認めた相手でもあるのだからな」


 それが聞こえているのかどうかは分からない。

 だが、今の攻防で涙霧の目付きは完全に変わった。



いよいよ本気の戦いが始まる───。


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