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Fight 35. それぞれの胸の内

技がな…思いつかないんだよ

 あっという間に時間は経ち、近藤乃莉凪および平河希美との死闘が明日に迫っていた。


「橋爪くん大丈夫? 中間テストかなりヤバそうだったけど」

「ええ。なんとか赤点は回避したはずなので問題は……ないと信じたいです」


  慧秀と涙霧は最後の調整をかけるため、朝から黎命流の道場で軽い組み手をしつつ、明日に向けた作戦会議を行なっていた。


 その中で涙霧は慧秀の学業成績について心配そうな声色で聞く。普段から黎命流の稽古と部活掛け持ちで勉強の時間があまり取れていない上、中間テストが近づいてきてる時期になってさらに白命流の道場にも顔を出し始めた彼の点数が悲惨な事になったのではないかと、涙霧は思っていた。


「前日に涙霧先輩と雫子師匠が数学を見てくれたおかげで助かりました。ちょうどその範囲の問題が出題されたんですよ」

「それは良かったけど……。でも学業も疎かにしちゃダメだよ? 学生生活も大事にしろって師匠からも言われてるでしょ」

「あはは……」


 黎命流殺人術をいくら上達させたとて社会では何の役にも立たないのだから、いい大学行ってそれなりの人生を歩めるように勉強は頑張っておけ。

 それが雫子の口癖の一つである。


 もっとも、そうは言ってもそもそも勉強自体そんなに好きではない慧秀はなかなか身が入らないのだが。


「まあそんなことより明日のことですよ」


 露骨に話を逸らそうとしてくる慧秀に顔を顰める涙霧だったが、確かに今の自分らにとって一番重要なのは明日の戦いである。

 まったく、と呆れたように言いつつも作戦会議を再開する。


「さっきも伝えた通り明日は前みたいには出来ない。戦うのは一組ずつ、かつリングの中だけで。そう約束させられたからね」

「まあ、向こうからすればそうなりますよね」


 前回の涙霧は鹿島晴恵に対しローキックで奇襲し、リングの外で戦った。

 黎命流はあくまで殺人術であり、格闘技ではない。故にリングの中では不利。そう思って自分の有利な状況にするべく、加えて慧秀と大井川の戦いに横槍を入れられないようにする目的もあったが、あのような仕掛け方をしたのだ。


 だが、明日の戦いではそういった戦法は取れなくなってしまった。

 近藤乃莉凪の方から「勝負はリングの中で一組ずつ行う」事を約束させられたのだ。


 二人はそれを呑んだ、というより呑まざるを得なかった。

 警戒されてる時点で奇襲や不意打ちを成功させる難易度は跳ね上がるし、どのみち同じ事が通じるとも思っていない。たとえその申し出がなかったとしても行わなかっただろう。


「普段と勝手が違うのに加えて、“枝折鋏”や“甲矢沈め”の手の内も割れてますからね。同じ手は通じないでしょう」

「そうね……。あの二人は雑魚キャラではなさそうだし」


 “気”で強化した二本の指で相手の指一本を折り、寝技をかけられた状態から脱出するための“枝折鋏”。相手が打撃を繰り出してきたのに合わせて上から膝を落として腕の骨を破壊する“甲矢沈め”。

 両者とも初見殺し的な技であるが故に、一回披露したら決まりにくくなる。


「やっぱり基本は意表を突くような技には頼らず、地味で堅実に行きますかね」

「そうね。単純な地力と実力の勝負に持っていきさえすれば、私達が圧倒的に有利なはずだし」


 相手の予想外を突き合うような展開になれば、存在そのものが意味不明でどんな技が出てくるか想定しようのない競技である“バトル・ファック”の方が有利である。

 ならばそんな展開にはさせず、純粋なフィジカルと技量がモノを言う実力勝負に持ち込もう。


 それが慧秀と涙霧の方針である。


「ただ……戦法が上手く嵌ったとしても、近藤乃莉凪は手強いよ。あの人、普通の喧嘩も強いタイプだろうから」

「ええ、分かっています。だからこそテスト勉強を犠牲にしてまで白命流の技術を取り入れに通ったわけですからね」


 慧秀と涙霧は胡座を崩し、立ち上がる。

 休憩がてらの会話はこのくらいにして、再び組み手を始める。


「最終調整をしたいので、“滅空”の練習相手をお願いします」

「いいよ。いつでも来なさい」


 負けられない戦いのため、黎命流の若き闘士達は最後の追い込みに励む。

 一方、それは相手側も同じだった。



 ボッボッボッと空を裂く音が鳴ったと同時、サンドバッグから強烈な衝突音が響く。

 近藤乃莉凪はボクシング・グローブを手に嵌め、サンドバッグ打ちを行っていた。

 その様子を後ろで平河希美が見ている。


「……ふぅ。まあ、こんなものか」


 額に汗を浮かべた近藤はそう呟いてグローブを外す。職場の本番は明日だ。オーバー・ワークになってはいけない。


「……乃莉凪は凄いわね。あなたの本気の打撃は目で追うのがやっとよ」

「そう気に病むな。バトル・ファッカーは殴り合いの技術やパンチ力より、性技や精力の方が遥かに重要だ」


 近藤は近くに置かれたパイプ椅子に座り、スポーツ・ドリンクを一気に煽る。

 ペットボトルを口から離した直後、再び口を開いた。


「それに、この二週間ほど行ってきた調整は私が昔の記憶を思い出しながら一人で行ってきたものだ。プロの指導が付いた、ちゃんとしたものでは全くない」


 そう。近藤にとっての最大のディスアドバンテージはそこにある。

 バトル・ファックなんてものをやってる事自体、家族にも内緒にしなければならない近藤は実家の力を借りてトレーナーを付ける事が出来ない。

 内緒で公序良俗に反するような非合法競技をする部活に所属していた挙句、そこでトラブル起こして決闘をする羽目になったので昔習っていた武道の指導者呼んでください、なんて頼めるはずがない。


 対して、冴木涙霧と橋爪慧秀はおそらく優秀な指導者がバックについている。

 “黎命流”と名乗った事から古武術か何かの流派に所属しており、名を隠していない事からバトル・ファック部との戦いも師から承認を受けているのだろうと推測できる。


(そして奴等の背後にいるであろう師の優秀さと強さは先の出来事から疑う余地はない)


 大井川も鹿島も「あの二人と自分らの差は圧倒的だった」と語っている。

 そんな弟子を育てられる師は、当然もっと強いに決まっている。


(仮に我々が勝てたとして、展開次第では……その指導者とも闘う羽目になるかもしれない)


 先日の僅かなやり取りでかつてないほどの戦慄を近藤に抱かせた冴木涙霧より、さらに強いであろう彼女の師。

 そんなのと連戦で戦うかもしれないとなると、流石に面子がどうこう言ってられない。

 現実的には涙霧に勝って、そこで手打ちを申し入れて相互不干渉を締結するのが一番ベストな落とし所だろう。


(……なんだか、しんどい事ばかりだな)


 新人戦に参加させてくれる新団体を見つけ、ようやく板挟みの状態から抜け出したと思ったら、今度は外敵による部の存続の危機に巻き込まれるなんて───。


 こっちはこれから受験もある身だというのに、と思わずにはいられない。


「乃莉凪? 大丈夫?」


 平河の声で近藤ははっと我に帰る。

 見れば、心配そうな顔でこちらを見つめる親友がいた。


 どうやら自分は相当思い詰めた顔をしてしまっていたようだ、と近藤は内心で反省する。


「私は大丈夫だ。今日はもう帰ろう、お互い明日に備えないとな」


 笑顔を浮かべ、平河を安心させようと努めながら近藤は練習を切り上げるのだった。



 その帰り道、近藤の目の前に一人の男が立ち塞がった。

 他校の制服を着ており、謹厳実直とは真逆の下衆な性根が浮き出てきているかのような笑みを浮かべていた。


「……どちら様でしょうか?」

「なにっ、俺を覚えてねーのか!?」


 男は憤慨したように表情を歪ませた。


「俺は去年の冬の大会でお前と対戦した佐堂さどう弓吉きゅうきちだっ! あの時の敗北射精の借りを返しにきたのよ」


 そう言うと佐堂は懐から警棒を取り出した。


「ヒャヒャヒャこれで貴様も終わりだっ! 聞いたぜ? 部員のほとんどが謎の武術家やバトル・ファッカー狩りに倒され、今お前を守る者は誰もいないそうじゃねえか」


 佐堂は目をぎらつかせながら警棒を握りしめ、振り上げる。


「つまり───今がお前をボコる最大のチャンスという事よっ!」


 そして躊躇なく殴りかかる。

 振り下ろした初撃は避けられるものの、警棒という優位性がある佐堂は全く意に介さない。


「はっはー! バトル・ファックでなけりゃメスブタなぞ圧倒的な暴力で甚振って終いよっ」


 バトル・ファックでは勝てなくとも、リングの外にいる時にルール無用で襲いかかって病院送りにする事は出来る。そう考えて佐堂はこのような狼藉を働いたのだ。

 佐堂は次々と警棒を振り回し、やがて民家の壁まで近藤を追い詰める。


「死ねぇっ」


 そしてトドメとばかりに頭目掛けて警棒を振った───。


「なにっ」


 だが、その一撃は上段受けで防がれていた。

 警棒を握りしめるその腕の手首の部分が近藤の腕に抑えられ、それ以上下に下がらないようにされていたのだ。



「ごぶっ……!?」



 さらに次の瞬間には、佐堂の顔面にカウンターで繰り出された近藤の拳がめり込んでいた。

 近藤がそのまま拳を振り抜くと、今の一撃で歯を何本か折られた佐堂が「はがっはがっ」と呻きながら逃げ出そうとする。


「あのな。私は今、ものすごく虫の居所が悪いんだ」


 苛立ちが篭った声で話しながら、近藤は後ろから佐堂の髪を掴み、引っ張り上げる。


「殺されたくなきゃ失せろっ!」


 そのまま、渾身の頭突きをその鼻っ柱に叩き込んだ!


 かひゅ、と口から空気の漏れる音と共に佐堂は意識を手放し地面に倒れこんだ。


「……少しは憂さが晴れたかな」


 小さく呟いて近藤はその場を後にした。

 そして、加美山学園バトル・ファック部の命運を決める一日が幕を開ける。


勝負の行方は───?


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