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Fight 33. 新泉凜々志の哀しき過去……②

キン肉マンのアニメ面白いーよ

「───凜々志はその出来事によって深く傷付き、心を閉ざしてしまった。通い始めたばかりの学校にも行けなくなるほどに」


 鈴木秀興は語っていた。凜々志の、自身の一番弟子の身に起きた出来事を───。


「……凜々志師匠に、そんな過去が」

「もしかしたら、だからこそ似たような目に遭いそうだったところをギリギリで助けられ、復讐者になったという君を他人事に思えなかったのかもしれないな」


 鈴木はそう述べると話を続ける。


「凜々志は誰にもその事を打ち明けられなかった。しかし両親の判断で引っ越して転校する事に決め、この街に来たというわけだ」


 そして、その引越しでまたも凜々志の運命は変わる。

 彼が越してきたのは白命流武器術の道場があるこの街だった。そして彼の人生の転換点となる、鈴木秀興との出会いを果たしたのだ。



 一ヶ月に及ぶ不登校期間の後、凜々志は親の判断により引っ越すことになる。

 出来たばかりの友達とは碌な挨拶も出来ずに別れ、知らない土地の学校に転校した。


 心に負った傷が深すぎるが故、凜々志は誰にも自分の身に起きた事を明かせなかった。口に出してより鮮明に記憶をフラッシュ・バックさせてしまうのが嫌だったのだ。


 相談相手もいない孤独な彼の心の傷が癒えるはずもなく、凜々志は口数が減り、常に暗い表情を浮かべ、いつも俯いて歩き───家に帰ればベッドの上で布団にくるまり丸くなってただひたすら啜り泣くだけの日々を過ごしていた。


 そして、そんな彼に追い討ちをかけるような事件がまたも起きてしまった。


「グヘヘヘヘ、見つけたぞあの時のオスガキぃ……!」


 あの時、麻矢子の周りにいた取り巻きの一人に見つかってしまったのだ。

 その男の顔を凜々志は覚えていた。忘れたくても忘れられるはずがない。自分にたくさん酷い事をしてきた男の表情も、声も、手つきも、記憶の底にこびりついて剥がれない。


「あっ、あぁっ……」


 凜々志の身体は恐怖で震える。

 足がすくみ、心臓は狂ったようにバクバクと激しい動悸を始めた。


「もう逃げられねえぞブヘヘヘヘ」


 じりじりとにじり寄ってくる男。

 涙を浮かべ、首を横に振り、後退りしながらも凜々志は必死で声を絞り出す。


「たす……けて……だれか……」


 頭の中に浮かぶのは忌まわしく残酷な記憶。

 信じていた麻矢子お姉さんに必死で助けを求め、そして裏切られたあの時の記憶。


「助けて……」


 凜々志の心には諦めに近い感情が浮かんできた。

 どうせ叫んでも誰も助けてくれない、自分は一度見捨てられたんだ。また見捨てられるに決まっている。


「助けて……っ!」


 それでも、口を必死で動かした。

 喉を懸命に開いた。

 浮かんでくるネガティブな考えを押し殺した。


「助けてっ!! 誰かぁぁっ!! 誰か助けてぇぇぇっ!!!」


 それは僅かに残っていた自尊心がそうさせたのかもしれない。あるいは生きようとする本能か、それとも最後に残った勇気か。


 いずれにせよ、凜々志は力の限り叫んだ。


 それが彼の人生を運命を大きく変えた───!


「おい静かにし───」


 男が苛つきながら凜々志に掴み掛かろうとしたその時。

 ザンッ、と。何かを切り裂くような鈍く重い音がその場に鳴った。



「───大丈夫かね?」



 誰かから心配な声をかけられた。

 見れば、凜々志を襲おうとしていた男は目を見開きながら前のめりに崩れ落ちるところだった。


 男が倒れ込んで視界から外れると同時、その後ろから道着姿の男が現れた。

 彼は凜々志を襲おうとしていた男を後ろからナイフで斬りつけ、一発でその意識を刈り取ったのだ。


「もう安心だよ。立てるかね?」


 差し出されたその分厚い手を、凜々志はそっと掴んだ。


 これが、新泉凜々志と鈴木秀興の出会いである。



「その後は……まあ大体想像付くだろうが、互いの身の上や事情を明かしあった後、凜々志は我が白命流武器術の門を叩いたのだ」


 そして現代。

 鈴木は慧秀に、自らと凜々志の出会いについて話していた。


「凜々志師匠は……復讐をする事にしたんですね」

「ああ。あまりにも深く大きく一生癒えることのない心の傷が、凜々志を修羅にしたのだ」


 彼の復讐に手を貸す事にした鈴木は自らの伝手やコネを駆使し、高階麻矢子らについて調べ上げた。

 そして彼女らとバトル・ファックの結び付きを突き止めたのだという。

 

 高階麻矢子が進学した学校には加美山学園同様、非認可非合法の“バトル・ファック部”が存在し活動していたのだ。

 そして何らかの経緯で麻矢子はそこに入部し、バトル・ファッカーとなり、そのせいでやがて人格が歪む。

 そして、かつては真っ当なものだった凜々志への親しみの情もバトル・ファッカーとして生きていく中で変質してしまい、ついにはあのような蛮行に及んだ───。


「私の手で鍛え上げられた凜々志は一年前、自らの手で自身の仇を討った。わずか10歳にして、かつて慕っていた者をその手で切り捨ててみせたのだ」


 それはどれほどの覚悟を要するものだっただろうか。

 大好きだった、一時は心の底から信じていた者を己の手で斃す事は、誰にでも出来るような所業ではない。

 小学生の子供には尚更だ。


「あの子の金髪や浅黒く焼いた肌や言葉遣いは、言うなれば己の身を守る鎧であり刃だ。気弱だった自分を捨て修羅になるため、あるいは姿を変える事で辱められ傷付けられたかつての自分と別人になるため───。凜々志はあえてあのような尖った格好をしているんだ」

「……ええ。わかります」


 慧秀もまた、バトル・ファック部を潰すと決め、黎命流に入門してから少しずつ性格が変わった。意識的にそうした部分もある。

 彼には凜々志の気持ちが理解出来た。


「さらに、凜々志の復讐はまだ終わっていない」


 鈴木はこれが本題だと言わんばかりに語気を強くしながら言った。


「高階麻矢子をはじめとした凜々志を傷付けた当事者、および彼等が所属していたバトル・ファック部は凜々志の手で壊滅した。しかし、あと一人。最後の仇敵が残っている。あの子はそいつを探し出すためにバトル・ファッカー狩りなんて事をやっているんだ」

「最後の仇敵……」


 おそらく、その最後の一人に関してはいまだにあまり情報がないのだろう。故に凜々志は手当たり次第にバトル・ファッカーを襲って、その人物に関して聞き出そうとしているのだ。


「橋爪慧秀。君もバトル・ファッカーと戦うのであれば、どうか凜々志に協力してやってくれ。同じ目的を持つ仲間がいれば、あの子も少しは楽になる」

「勿論です」


 元々、慧秀は凜々志に協力するという条件で立ち合ってもらい、白命流の道場に連れてきてくれたのである。彼が約束を果たした以上、慧秀も応えねばなるまい。


 それに、そんな過去を聞いてしまった以上は助けてやりたくなるのが人情というものだろう。


 鈴木は慧秀にありがとう、と礼を言う。

 しかし、その顔は険しいままだった。


「だが、あの子の面倒を見てきた立場として本音を言うとな。最後の仇敵を討ったとしても、凜々志の心の傷が癒えるとは思えないのだ」

「鈴木師匠……」

「白命流は所詮、どこまで行っても殺人術だ。どれほど打ち込んだところでセラピーのような効果は期待できない」


 自嘲するように笑い、鈴木はそう言う。

 人生の大半を白命流の武術家として過ごしてきた彼の言葉は有無を言わせぬ重みを感じる。


「それに、復讐というのは停まっていた時間を進める事は出来ても心の傷の治療にはならない。本当に大事なのは凜々志が最後の仇敵を討った後にどうするかだと私は考えている」


 師として、鈴木は凜々志の行末を真剣に考えていた。

 何が凜々志にとっての幸せか、彼が今後どのような人生を歩むべきなのか、復讐を終えた後の彼をどう導くべきなのか。考えない日はない。


「私では凜々志の傷を癒す事は出来ない。私は所詮、時代錯誤で野蛮な殺人術の継承者。人を壊し、殺す術を教え復讐の手伝いをする事は出来ても心身に深い傷を負った子供を救う事は叶わない」

「鈴木師匠……そんな事は───」



「やはり男児ショタ を救えるのは女児ロリだけなのだ」



───────ん?


 自分を卑下する鈴木に励ましの言葉をかけようとしていた慧秀は一瞬、思考が停止する。


 聞き間違いか?

 今、何やらおかしな台詞が鈴木から発されたような気がするのだが……。


男児ショタは運命の女児ロリと結ばれる事で真の幸福を掴み、女児ロリは運命の男児ショタと結ばれる事で真の幸せを得る───。凜々志に必要なのは、彼と一緒に生涯を歩み苦楽を共にする運命の女児ロリを見つけ、この世で最も至高にして純粋な情愛……“インピオ・セックス”をする事だ」


 は? えっ? なにっ?

 慧秀の頭の中が困惑と動揺で埋まる。処理不可能な情報を大量に放り込まれたコンピューターのような気分を味わっていた。


「そして凜々志を真の意味で救える女児ロリ───凜々志が“インピオ・セックス”で結ばれるべき唯一の相手。その者の名は既にわかっている」



 皆川零花。



 鈴木は慧秀もよく知る人物の名を出した。


「彼女こそ凜々志を救える唯一の人間だ。二人のインピオ・セックスは限りなく尊く美しいものになるに違いない───」

「あ、あの……」

「黎命流の橋爪慧秀よ、これは個人的な頼みなのだが……」


 鈴木はこれまでで最も真剣な顔で慧秀の目を見る。まるでこれこそが本題なのだ、と言わんばかりに。



「君の方からも、皆川零花に頼んでくれないか? どうか凜々志と恋人になりインピオ・セックスして彼を救ってほしいと」



 慧秀は思い出していた。白命流の道場に来る直前、凜々志から言われた言葉を。


─── うちの師匠はかなり……。いや、極めて癖が強くてイカれてるから気を付けてください。


 その意味がようやくわかった気がした。


「……鈴木秀興さん」

「なんだね?」

「あんたは今ここで殺さなきゃいけない人間な気がする」


 新たな師匠である新泉凜々志のため。

 雫子や涙霧の次くらいに尊敬している姉弟子である皆川零花のため。

 そしてごく普通の良識を持つ一人の人間としての良心に従い。


 黎命流の若き新星は目の前の異常性愛者を今この場で斃す事を決めた。


「黎命流“肺裂拳”っ!」


 渾身の力を込めた必殺の拳が鈴木に襲いかかった───。


次回、慧秀の運命は───?


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