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Fight 31. 足捌きと歩法

なんか修行パートが長すぎを超えてますね

「凜々志から聞いたかも知れないが、白命流で最も重んじているのは実は武器の扱い方ではなく“距離の取り方”だ」


 広大な敷地面積を誇る白命流の道場、その一室にある修練場の一つ。主に刀やナイフなどの修行をする際に用いられる部屋に慧秀達は移動していた。

 正座で座る慧秀。その横には凜々志が胡座をかいて座っており、二人の視線は目の前の白命流について説明している鈴木秀興に向けられている。


 慧秀は自分の身の上と凜々志と知り合った経緯、白命流に興味を持った理由など全てを鈴木に打ち明けた。

 全てを聞いた鈴木は「凜々志が気に入った相手ならいいだろう」と言い、慧秀に教えを授ける事を了承したのだった。


「相手の攻撃は届かず、こちらの攻撃は当たる安全圏を確保し一方的に斬り付ける───。そのような絶妙な間合いを瞬時に見抜き、その位置関係を維持し続ける。それが白命流の基本中の基本だ」


 極論を言えば、徒手による攻撃とは違って武器による攻撃は当たりさえすれば一定のダメージを与えられる。

 どんな滅茶苦茶な振り回し方をしても、ナイフの刃が相手の肌に触れさえすれば流血させる事が出来るのだ。


 力の入れ方、当てる場所、タイミング、姿勢など様々な要素を考慮した上で打って当てて初めて威力が出る素手での打撃に対し、武器による攻撃はどれほど雑な振り方をしても当たりさえすれば効く。


「そのような考えから、白命流では武器の扱いより先に独自の“足捌き”や“歩法”を教える。極端だが、最適な間合いさえ確保していればどれほど武器の扱いが稚拙でもダメージは入るわけだからな」


 なるほど、と思いながら慧秀は興味深そうに鈴木の話を聞いている。

 確かに凜々志と戦った時、慧秀の攻撃は一つも当たらなかった。拳も蹴りも何故かすり抜け、まるで霞を相手に打ち込んでいるかのような感覚に陥ったのだ。

 その秘密は白命流独自の足捌きにあったというわけか───。


「無論、今言ったのはあくまで極論だ。実戦では相手も武器を持っている場合もあるし、武器相手の戦闘に慣れている者もいる。白命流とて無敵ではないから猛者相手に有利な間合いを確保し続けるのも難しい。実戦を考えるならやはり“武器術”も身に付ける必要がある……」

「要するに、足捌きの方が身に付ける優先順位が高いだけで決して刃物の振り方や斬り方を蔑ろにしているわけではないって事」


 師の言葉を補足するように凜々志が付け足す。

 その通り、と弟子の言葉を肯定する鈴木。


「ただ、橋爪君の場合は徒手が本領だ。やはり白命流から何かを取り入れるなら素手で使える技の方がいいだろう」

「では、俺にも早速教えてくれませんか? その白命流の足捌きと歩法を!」


 慧秀は浮き足立ちながら身を乗り出して鈴木に頼み込む。暴風脚の連撃を一切寄せ付けなかった白命流の足捌きを会得出来れば近藤乃莉凪に勝つのも難しくない───彼はそう考えていた。


「すまないが、それは無理だ」


 しかし、鈴木は首を振ってその案を却下した。


「何故っ!?」

「君に教えたくないわけではない。ただ、白命流の足捌きと歩法───通称“統間とうま”は一朝一夕で身に付けられるものではないのだ」


 鈴木はそう言うと懐から鍼を取り出した。


「黎命流の人間である君なら、薄々察しがつくだろう? 白命流うちもまたオカルト武術であると」

「!? ……なるほど、そういうことですね」


 黎命流の親戚である白命流もまた、“気”の概念がある奇想天外なオカルト殺人武術。

 当然、鍼や整体による人体の強化も当たり前のようにやっている。


「そう。白命流の足捌きや歩法は、“気”を用いた特殊な整体法で長い時間をかけて空間認識能力、距離感を測る能力、動体視力などさまざまな能力を強化する事が前提なのだ。二週間弱程度の短い期間でモノにするのは不可能なんだよ」

「施術を終えるには最低でも二ヶ月はかかるし、並行で進めたとしても“統間”の習得にはそれからさらに時間が必要です」


 鈴木は鍼を仕舞いながら言い、凜々志がそれに付け足す。

 白命流きっての天才児と言われた凜々志でさえ、“統間”を完全に会得するには三ヶ月かかっている。二週間もない残り時間で慧秀がそれを身に付けるのは現実的ではない。


 慧秀はがっくりと項垂れ、ため息をつく。


「完全に振り出しに戻った……」

「いや、そうでもないぞ」


 がっかりした様子の慧秀に鈴木は声をかける。


「確かに“統間”の会得は現実的ではないが、君の戦いに役立ちそうな技は他にもある。あくまで黎命流をベースにしつつ、白命流の技をいくつか身に付けて補助として使う戦法を取るといい」


 親戚流派だから似通っている部分があるし、他の流派を今から探すよりはよほど手っ取り早いはずだ、と鈴木は言う。


「白命流は武器術とはいえ素手でも使える技はある。それに、その近藤乃莉凪とやらとの戦いは“私闘”であって“試合”ではないのだろう?」

「ええ、まあ……そうですね。形式としては喧嘩に近いものかと思います」

「なら武器を使うのも選択肢に入るのではないか?」


 その提案に面食らう慧秀。

 だが鈴木は平然と、何の問題があるとばかりに言葉を続ける。


「黎命流は格闘技ではなくあくまで“殺人術”だ。つまりは平等な条件で戦って勝つ事ではなく、とにかく相手を仕留める事こそが本懐───盤外戦術や武器の持ち込みも、必要なら当たり前にやる流派なのではなかったかね?」


 その通りだ。

 黎命流を習い始めた当初、雫子は何度も念押ししていた。

 殺人術とは文字通り人を殺し命を奪うためのもの。格闘技のような使い方は想定されていない。素手での戦闘はあくまで手段の一つで、必要ならばどんな手も使うのが本来の在り方だと───。


「無論、君があくまで徒手でやるのに拘りたいというならその意思は尊重する……。ただ、“絶対に負けてはいけない戦い”にはその姿勢は合っていないと、私は思うがね」


 鈴木はそう言ってから「さあ始めるぞ」と慧秀と凜々志に促す。

 慧秀はどう答えるべきか、即答出来なかった。



「今日のところはこんなもんでいいでしょ」


 鈴木と凜々志の指導が始まって数時間。凜々志は壁にかかった時計を見て切り上げる事を決めた。

 彼はまだ小学生。あまり遅い時間になれば両親が心配する。


「見込み通り飲み込みが早いですし、週2ぐらいのペースで通ってもらえば一つ二つくらいなら技を会得出来ると思いますよ」


 凜々志は素直な所感を述べながら帰り支度を始める。

 彼の言ってる事はお世辞ではない。数刻前に手を合わせた際に感じた、慧秀はかなりの才能があるという予感は本物であったと今の稽古で確信していた。


「それじゃ。おれはこの辺で───」

「待ちなさい凜々志」


 帰ろうとする凜々志を師が止めた。

 鈴木は背を向けたままの凜々志に問いかける。


「お前、慧秀を“自分の目的に協力してもらう”という条件で白命流に連れてきたんだろう?」

「……ええ」

「そして、彼がバトル・ファッカーと戦うに至った事情も聞いた……。すなわち、いずれ共に戦う同志である慧秀の過去を既にお前は聞いたというわけだ」


 鈴木は一呼吸置き、振り返って慧秀の方を向いてから問う。


「ならば、お前の過去も慧秀に話すべきではないのかね? 相手の事情に踏み込んだ以上、お前の方も自分の事を話さなければフェアではないだろう」

「……確かに。自分の事を話さないまま協力してくれ、なんてのは筋じゃないですね」


 鈴木の指摘を受け入れる凜々志。

 だが、彼はそのまま部屋の襖に向けて歩み出した。


「おれの事情は師匠の方から説明しといてください。今日は疲れたので帰ります」


 そのまま襖を開け、さっさと出ていってしまったのだった。

 鈴木はふぅ、と軽いため息をつき呟く。


「……やはり、自分の口から語るのはまだ辛いようだな」

「彼に何があったんです?」


 慧秀は問う。元々、凜々志の事情を詮索するつもりはなかった彼だが、こんな展開になっては聞かざるを得ないし気になって仕方がない。


「仕方がない。当人の希望通り、私の方から凜々志の過去を話そう」


 鈴木は座布団の上に座り、慧秀に語り始める。

 一人の子供が幼い身の上でありながら、殺人術の達人にならざるを得なかったその経緯を───。



「あの子は───。凜々志はバトル・ファッカーによる性加害の被害者なのだ」



 白命流武器術師範代、新泉凜々志。その心に負った傷はとても深く、いまだ癒えることなく彼を蝕み続けている───。


新泉凜々志に哀しき過去───。


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