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Fight 3. 腐り果てた「学びの庭」

なろうは一話一話をなるべく短くまとめた方がいいのは分かる反面、物語の導入部分をなるべく丁寧にやろうとするとどうしても長めになってしまうのは仕方ないだろと言いたくなります。

「よしっ、こんなもんで大丈夫かな」


 バトル・ファック部なる謎の淫売野蛮人集団に襲われ、危機一髪だったところを謎の武術家女子中学生冴木(さえき)涙霧(なみきり)に助けられた橋爪はしづめ慧秀けいしゅう。そんな彼は今、恩人の涙霧によって保健室に運ばれ、手当を受けていた。


 先生はいなかったが、処置は全て涙霧が全て完璧に行ってくれた。


「あ、ありがとうございます。本当に助かりました、手当までしてもらって……」

「礼には及ばないわ。殺人術なんか習ってると、こういう手当のやり方は自然と身に付いちゃうものよ」


 そう。殺人術。


 冴木涙霧は確かに、自分は”黎命流殺人術”なる人殺しのための武術を扱う者であると言った。


 彼女の鬼神の如き強さを目の当たりにした慧秀はそれを中二病の戯言と受け流す事は出来ない。彼を助け出した涙霧の姿は冷酷無比な殺戮者にも義憤に燃える高潔な武人にも見える、恐ろしくもあるが同時に美しいとも感じさせる何かを持っていた。あのような者はMMAを習っていた頃ですら見た事がない。


「橋爪くん。こうなってしまった以上、君には説明しなければならないわね」


 ガーゼや消毒液などを元の場所に戻し、涙霧が真剣な顔をしながら話し始めた。


「説明……?」


 てっきりその”黎命流殺人術”とやらに関して説明してくれるのだろうか、と思った慧秀だったがその予想は外れる事になる。


「あの”バトル・ファック部”の連中について、私の知る限りの情報を話すわ。巻き込まれてしまった君には知る権利があるし、何より自分の身を守るためにも知っておいたほうがいい」


 あ、そっちか。思わず内心でそう呟く慧秀。


 だが、確かに気になるところではあった。涙霧の使う謎の殺人武術のインパクトが大きすぎて失念してまったが、慧秀を襲ったバトル・ファック部という集団も随分謎である。


 バトル・ファックとは格闘とセックスを融合させた“裏”の競技である、と連中は説明していたが……。そのようなアホな異常性癖者が考えるエロ小説に出てきそうなスポーツが現実に存在するとは俄には信じられない。


「私の調べた限りでは、あいつらは少なくとも10年前ぐらいにはうちの学校に既に存在していたみたい。その頃は目立たないようにコソコソしていたみたいだけど、ここ数年のうちに数多くの非道を働く野蛮人集団と化したようなの」

「俺以外にも、被害者がいるって事ですか?」

「ええ。あいつらによる暴行や性被害に遭った被害者達は少なくない」


 涙霧はギリ、と歯を食いしばりながら言う。


 その口調からは被害者達を救えなかった事への悔しさが滲んでいた。


「例えば───。学校でバトル・ファック部員と個人的なトラブルになったある女子生徒は、放課後一人でいるところを無理矢理連れ去られて……とても人には言えないような辱めを受けた上にそれを動画に撮られて強請りのネタにされ続けている」

「なっ……!?」


 慧秀は思わず絶句する。そんなの、紛う事なき犯罪ではないか───。


「他にもいるわ。ある男子生徒はバトル・ファック部の女子部員をいやらしい目で見たとか盗撮したとか着替えを覗いたとか、全く事実無根の因縁をつけられた。彼は後日、話し合いの場を設けるも連絡を受け部室に呼び出されたわ。でも話し合いなんて嘘だった」


 その男子生徒はバトル・ファック部の根城でリンチされた。拷問のような苛烈な暴行、男としての尊厳を粉々に砕かれるような凄惨な恥辱を受け───しまいには無理矢理その場で自慰行為をさせられた。しかもその様子を写真・動画に撮られたのだという。


「彼は今でも、その時の記録をネットにばらまかれたくなければと脅されて、金銭を毟られ続けている」

「……俺も、一歩間違えればそうなっていたって事ですね」

「そうだね。今回は間に合って本当に良かった」


 より一層、涙霧への感謝が深くなる。

 あのまま彼女が助けに来てくれなかったらどうなっていたことか……。


「あの部活の連中は基本的に全員ロクでもない人間だけど、特に悪名高いのは鹿島晴恵と大井川湘子ね」


 その名には聞き覚えがあった。慧秀に危害を加えようとした二人だ。


「君に乱暴しようとしていたあの二人、野蛮人揃いのバトル・ファック部の中でも群を抜いて凶悪だと聞くわ。被害者達は皆、口を揃えて人の皮を被ったけだものだと形容する───」


 下着で絡み合い、互いの際どい所に手を入れていた二人の上級生。慧秀をリンチしようと部員達をけしかけた主犯。

 その二人について涙霧が言及したその時、急に保健室のドアの方からガタンと音がした。


「……誰かいるの?」


 涙霧が音のした方向に向けて話しかける。

 すると二、三秒してからドアが開き一人の男子生徒が現れた。


「あなたは……杉原先輩?」


 涙霧は入ってきた男子の顔に心当たりがあった。

 中学3年生の杉原正範。県の書道コンクールに入賞した書道部の現中等部部長にして、中学生徒会の書記を務めている者である。


 杉原は申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。


「その……盗み聞きするつもりはなかったんだ。ただ、君たちがその───鹿島先輩と大井川先輩の話をしてたから、つい……」

「二人について何か知ってるんですか?」


 涙霧が聞く。生徒会に名を連ねる者がバトル・ファック部を認知しているのなら連携を取って奴等を追い詰める事も出来るかもしれないからだ。

 涙霧の問いに、杉原は神妙な顔をして語り始める。



 去年、杉原は書道コンクールで入賞した。彼の作品は廊下に掲示される事となった。

 無論、書道に興味のある者など少ない。多くの生徒が興味なさげに作品の前を素通りしていく。

 しかし、とある女子生徒はじっくりと興味深げに観てくれたのだという。


「君が杉原くんか? とても美しく繊細な作品で思わず見入ってしまったよ」


 輝くような笑顔でそう言ってくれたその女生徒の名は近藤乃莉凪(のりな)。加美山学園の高校生徒会の副会長であり、将来会長になるのは確実だとされていた人物だ。


「あ、ありがとうございます!」


 容姿端麗、頭脳明晰、文武両道、そして人望も厚い。学園の人気者で男女問わず慕われ憧れる者も多い。そんな近藤に自身の力作を称賛され、杉原は舞い上がった。


「確か、中学の生徒会でも頑張ってくれてるんだろう? 凄いな杉原くんは」

「いえいえそんなっ! 近藤先輩に比べればとても───」

「そう卑下するな、私はお世辞抜きに杉原くんは凄い男だと思うぞ。是非これからも頑張ってほしいな」


 そんな会話をしたらしい。

 この出来事がきっかけで杉原は近藤乃莉凪に惚れてしまい、悩み抜いた末に告白する。


「すまない。私に恋人はいないし君はいい男だとは思うが……。今の私には恋愛に時間を割く余裕がないんだ」


 彼の恋はあっさりと終わった。申し訳なさそうな表情と共に、近藤は至極丁寧に杉原を振ったのだ。


「申し訳ないが、私は杉原くんの気持ちに応えられない。なに、君は凄い人間だ。もっといい人がそのうち現れるに違いない」


 という具合に、彼女は悔いも遺恨も残らぬ断り方をしてくれたという。ダメ元だったし、自分の気持ちに整理をつけるためにした告白だったので、別に引きずってもいない。


 問題が起きたのはその後だった。

 告白して振られてから数日後。一つ上の学年である、二人の女子に呼び出されたという。


 鹿島晴恵と大井川湘子だった。


 結論から言えば、杉原は人気のない場所に呼び出され二人に襲われたのだ。


「な、何をするんです、いきなりっ!?」


 鹿島に突然金的を蹴られ、痛みで悶絶する中でも杉原はそう聞いた。

 二人の人非人は悪びれもせずこう答えた。


「悪いのはお前だよボクゥ? 近藤先輩に告白なんかしやがってよォ」

「先輩に纏わりつく気持ちの悪いオス蠅は私らが駆除してやるのよ」


 当然、杉原は納得がいかない。


「告白の何が悪いんだっ、僕は普通に告白して普通に振られただけだぞっ! 近藤先輩にも君達にも迷惑なんてかけてないじゃないか!」

「うるせぇんだよクソオスがよォっ!」


 ドスッと鹿島のつま先が杉原の腹に突き刺さる。


 胃の中身が込み上げるのを必死で抑えようとする杉原を鹿島と大井川は繰り返し蹴り、踏み、そしてなじった。


「近藤先輩は“バトル・ファック部”の主力として大事な大会が控えてんだよっ、テメェみてえな雑魚オス如きに使うリソースはねぇんだ!」

(ば、バトル・ファック……?)


 散々暴行を受けながらも、杉原は大井川が叫んだその言葉だけははっきりと聞こえた。


 そうしてリンチを続けて杉原が動かなくなったところで、不意に大井川が制服を脱ぎ、トップレスになった。


「仕上げだ」


 そして自らの爆乳で息も絶え絶えな杉原の顔面を挟み込んだという。


「もがっ、むぐっ、んんっ!」


 口と鼻を乳肉で塞がれ、呼吸ができなくなった杉原は必死でもがくが暴行を加えられ続けた彼にはもはや抵抗する力は残っていない。


 さらに、鹿島が彼のズボンを下着ごと下ろし下半身を露出させた。驚くべき事にそのまま男性の象徴を鷲掴みにして扱いてきたという。


 窒息で薄れゆく意識の中、杉原は聞いた。


「あんたのこの情けな〜い姿、動画に撮らせてもらってるから」

「余計な事したら学校中にばら撒かれると思え」


 と。



「……という事が、あったんです」


 お願いですから誰にも言わないで下さい、と杉原は頭を下げる。

 慧秀は拳を握りしめ、怒りに震えていた。


(こ、こんな事が……許されるのか……っ!)


 他者の尊厳を平気で踏み躙り、脅して口を封じて好き放題する事を強さだとでも思っているのか。慧秀はこのような蛮行を平気で行えるバトル・ファック部を同じ人間とは思えなかった。


「ありがとうございます、杉原先輩。思い出すだけでも辛いでしょうに、私に話を聞かせてくれて」


 涙霧は杉原の手を取る。あの日に味わった恐怖を思い出したのか、その手は震えていた。


「あなたのその無念、怒り、絶望……私がきっと晴らします」

「えっ?」

「私は先輩の味方です。あなた以外にもバトル・ファック部の被害に遭った人達を何人も知ってます。お願いです、信じてください。今日話してくれた事は絶対に口外しません」


 杉原は自らの手を取った涙霧の手を見て、そして彼女の目を見る。

 やがてその目に涙が溢れ出し、小さく嗚咽を上げて泣き始めたのだった……。



「思ったより状況はまずいかもしれないわね」


 杉原を見送った後、涙霧は呟いた。


「まさか───よりにもよって次の生徒会長がバトル・ファック部の親玉だなんてね」

「近藤乃莉凪……でしたっけ?」


 先程名前が出てきた人物の名を慧秀は呟く。


 杉原の証言が確かなら、近藤乃莉凪は鹿島晴恵と大井川湘子の先輩───つまりはバトル・ファック部の一員という事になる。


「ええ。杉原先輩が話してた通り、加美山学園の中でもトップ・カーストに位置する人よ。夏の生徒会長選挙で当選するのはまず間違いないわね」

「それって……バトル・ファック部潰しに生徒会の協力は期待出来ないって事ですか!?」

「それどころか学校や警察に通報しても無駄かもしれない。近藤乃莉凪は理事長の姪で、親は政財界に顔が効く大物フィクサーだから」


 慧秀は愕然とする。

 この学園において権力側に位置付けられる者が、軒並みバトル・ファック部の味方かもしれない事実に。


「それを抜きにしても近藤乃莉凪は人望が厚く、シンパも取り巻きも学校中にいる……。被害を訴えたところで信じて貰えるか怪しいし、告発した結果さらに被害者達の立場を悪くしかねない」

「そんな……じゃあどうすれば……」


 不安げな慧秀。しかし涙霧はニィっと不敵に笑いながら言う。


「心配しないで橋爪くん。殺人術の遣い手には、それに相応しいやり方ってものがある」


 涙霧はそう言うと立ち上がり、虚空に向かって神速の突きを放った。

 パァン、と空気を叩く音が保健室の中に響き、衝撃が慧秀の髪を揺らした。


「バトル・ファック部の蛆虫共を全員……黎命流でぶちのめす。結局、当初から私が考えていた方法でやる事になりそうね」


 彼女の目は再び、先程バトル・ファック部員達を蹴散らした時のような温度を感じない凍るような目になっていた。


 それは恐ろしくもあり───同時に気高く美しくも感じた。


 迅速に人を殺すための技、的確に人を傷付ける術。だからこそその拳は力無き者ののために使われなければならない。

 そんな信念を、確かに宿した瞳だった。


「あ、あのっ!」


 慧秀は気付けば口を開いていた。

 彼の頭の中には自分を救い出してくれた涙霧の勇姿があった。


「お、俺も───俺も闘います!」

「えっ?」


 突然の申し出に涙霧は驚き、目を丸くする。

 慧秀は続けて言った。



「俺も涙霧先輩みたいに黎命流を会得して、あいつらをブッ倒したいです!」



 慧秀の突然の宣言に、涙霧はポカンと口を開けたまま固まる。

 はっ、と我に帰った慧秀は慌てて捲し立てる。


「そ、それにほらっ、涙霧先輩一人でやるより二人でやった方が成功率も上がるし───」

「あははっ、いいよ!」


 涙霧は可笑しそうに、しかし嬉しそうに笑った。

 ついさっき見せた冷酷な表情とは正反対の、眩く可愛らしい笑顔で慧秀の申し出を受けた。


「明日、道場に案内するよ! 師匠に頼んで入門させてもらおっか!」

「は、はいっ!」


 何故こんな申し出をしたのか。その理由は慧秀本人にも分からなかった。

 ただ一つ確実なのは、彼が冴木涙霧の持つ強さにどうしようもなく惹かれてしまったという事だけだった。

次回、黎命流の道場へ!

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