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Fight 29. 白命流武器術

早くも武器術の技を考えるのに難航しているなんて納得できない

 橋爪慧秀の前に突如現れた白命流武器術の遣い手を名乗る少年、新泉凜々志。

 まだ小学生の子供であるにもかかわらず、彼はプロバトル・ファッカーの竹田ひろみ率いるバトル・ファック部員達を一人で殲滅してしまった。


「おれに感謝してくださいよ、黎命流のおにーさん」


 凜々志は慧秀に語りかけてくる。


「コイツらアンタを集団リンチするつもりだったんですって。おれが直前に血祭りに上げたから阻止されましたけど。しかし、やっぱりバトル・ファッカーっていうのはどいつもこいつも人間性が腐り切ってますね」


 倒れてる者達に尋問し、聞き出した事を凜々志は慧秀に話す。

 バトル・ファック部に集団リンチされるような謂れなど、彼には一つしかない。


(なるほど……。この前、鹿島晴恵と大井川湘子を倒した事への報復か)


 あの二人は“肺裂拳”によって一生残る後遺症を負ったはずだ。それを考えれば確かに仲間が報復に来てもおかしくはなかった。


「ちなみに、おれはバトル・ファッカー狩りってのやってます」


 慧秀が礼を言うのを待たず、凜々志は自身の事を語り続ける。


「それはとある目的───簡単に言えばバトル・ファック界にいる“ある人物”を見つけ出してブッ殺したいがためにやってる事なんですが……。小学生のガキ一人で探すのにもいい加減限界を感じてきたところでしてね」

「助けてやった礼に協力してくれ、って事か?」

「話が早くて助かりますよ」


 凜々志は慧秀の問いに対し不敵に笑いながら答える。


「おれ以外にバトル・ファッカーと戦ってる奴がいて、しかも親戚筋の流派を使うときた。そんなの、おれの立場からすりゃ運命的なものを感じずにはいられません」


 凜々志は片手を差し出し、握手を求めてくる。


「橋爪慧秀さん、あなただってバトル・ファッカーには相当恨みがあるクチでしょう? ここは団結といきましょうよ」


 慧秀はその手を見つめ、しばし考える。

 拒む理由はない。彼とは出来すぎてるくらいに利害が一致している。仲間に加わればバトル・ファッカーとの戦いがかなり楽になるだろう。


 だが、慧秀はその手を取らずに口を開いた。


「……協力してもいいが、2つ条件がある」

「条件?」

「1つ目は───まず俺と戦ってもらう!」


 慧秀は言うと同時、鋭い蹴りを凜々志に向かって放つ。

 空気が破裂するような音があたりに響き、凜々志の身体が後退する。


「おいおい何のつもりだよおにーさん?」


 訝しみつつも、凜々志は楽しそうに口角を上げながら聞く。

 彼はすんでのところで腕を間に入れてガードしていた。当然、“気”による強化をした上で。


「こっちは訳あってなるはやで強くならなきゃいけない身でね。せっかくの機会を逃したくない」


 慧秀は構えながらそう答える。


「黎命流と源流を同じくする白命流……手合わせすれば師匠と姉弟子を納得させられるだけの“何か”が掴める。そんな気がする」

「なるほど。でもおにーさん、アンタじゃまだおれと闘るには早すぎるよ。今のアンタじゃおれには100パーセント勝てない」


 凜々志もナイフを構えながら断言してみせる。


 だろうな、と慧秀は内心で頷く。先程の蹴りがあっさりと防がれた時点で、慧秀は凜々志が自分よりずっと格上である事を悟っていた。

 白命流の情報も皆無だし、本格的な武器術を使う相手との交戦経験も無い。凜々志の言う通り、今の慧秀では万に一つの勝ち目はないだろう。しかし───。


「それでもいい。重要なのはこの戦いで“何か”を掴む事だから」


 自分より遥かに上の相手と戦って経験と発想を得る。それこそが今の慧秀にとって肝心な事であり、勝敗など二の次だ。


 凜々志はそんな彼を見て面白い、と笑う。


「そこまで言うならいいですよ。ただし、殺したくはないから真剣じゃなくてこっちで行かせてもらいますが」


 凜々志は真剣のナイフを仕舞い、代わりにゴム製の模擬戦用ナイフを取り出した。

 殺傷能力こそ無いが、凜々志のような達人が使えばこれでも充分な威力を発揮する。


(……それがリアルな彼と俺との差ということか)


 慧秀はそれに対し異を唱えたり抗議したりなどしない。そのくらいのハンデがないと勝負にすらならない事くらい、理解できる。


 双方の準備が出来たと同時、勝負は始まる。

 数秒の睨み合いの後、先に動いたのは慧秀だった。


「しゃあっ」


 先手必勝。慧秀は“気”で強化した脚により跳躍。凜々志の身長より高い位置から飛び蹴りを放った。

 “翔破猛禽脚”である。


「ちぃっ」


 凜々志は両腕で顔をガードし、その強烈な蹴りを受け止める。まともに食らえば一撃で終わりかねない。


「まだまだっ」


 初撃を防がれる事など想定内。

 慧秀は着地と同時、即座に次の技を放つ。


「黎命流“暴風脚”っ!」


 旋風脚と騰風脚を交互に連続で繰り出す暴風脚。先日の対決でバトル・ファック部員達を瞬く間に薙ぎ倒してみせた強力な蹴り技だ。

 絶え間のない嵐のような蹴撃が凜々志を襲う!


(なにっ!? まるで当たらない───)


 しかし、驚愕に目を見開いたのは慧秀の方だった。

 慧秀の蹴りは悉く躱される。凜々志の身体に全く掠りもしない。まるで霞を蹴っているかのようにすり抜ける。


「武器術において最も重要なのは“間合い”と“位置取り”」


 慧秀の暴風脚の中を掻い潜りながら凜々志は呟く。


「相手の攻撃は届かず、しかし自分の攻撃は当たる───その絶妙な“位置”を見極め確保し続けるのがウチでは基本とされています」


 言い終わると同時に、凜々志はゴム製ナイフを横薙ぎに振るい、一閃。

 直後、慧秀は己の太腿の裏側に強烈な痛みが走るのを感じた。


「ぐあっ!?」


 思わず叫ぶ慧秀。暴風脚を止め、素早くバック・ステップで後退。凜々志との距離を空ける。

 痛む箇所に手を当てるが、血は出ていない。どころか服すら裂かれてはいない。


 一体なんだこれは、そう思うや否や凜々志が種明かしをする。


「驚きましたか? 白命流は柔らかいゴム製のナイフでも、本物に斬られたかのような痛みを与える事が出来るんですよ」


 まあ本当に斬られたわけじゃないのですぐに痛みは引きます、と凜々志。


「これが本物のナイフだったら、今頃アンタの半腱様筋は断裂してたでしょうね」


 凜々志の言う通りだ。彼が真剣だったら今ので終わっていた。

 慧秀は改めて力の差を痛感する。凜々志はおそらく、自分が黎命流に打ち込んできた時間よりずっと多くの時間を白命流に費やしているのだろう。


「今度はこっちから行きますよっ」


 攻守が入れ替わり、凜々志が攻勢に出る。

 2本のナイフによる刺突・斬撃が次々と慧秀に襲い掛かった!


「なめるなっ、そのくらい見える!」


 慧秀とて伊達に黎命流を学んできたわけではない。日々の修行での鍛錬だけでなく、雫子による施術でツボを点かれた事により彼の反射神経と動体視力は大幅に強化されている。

 加えて、彼が普段スパーリングを頼む相手はあの皆川雫子と冴木涙霧である。彼女らの鋭く速い打撃を見慣れてる慧秀の目は大半の攻撃を捉えられる。

 正面からなら凜々志のナイフも見えるし、捌くことも出来るのだ。


(へぇ、凄い。初見で反応している)


 ギリギリとはいえ、慧秀が自分の攻撃をちゃんと目で追って避けている事に凜々志は素直に感心していた。

 得物は真剣でないし本気も出していない。しかしそれを差し引いても白命流と相対するのが初めての人間が、自分レベルの遣い手とこれほど渡り合っているという事実には驚きを隠せない。


(おれと同じく天才型のようだ)


 凜々志は心の内でそのように結論付ける。

 白命流史上最年少で師範代になった自分と同じく、橋爪慧秀も無限のポテンシャルを秘めていると───。


「けど今はまだ発展途上だ」


 凜々志はぼそっと呟き、勝負を決めにかかる。

 彼はまず慧秀の頸動脈を狙って斬りつけた。


(首狙いか、見える……!)


 殺傷能力の無いゴム製ナイフとはいえ、自身の急所を狙われた慧秀の意識がその斬撃に集中する。

 だがそれはフェイントだった。


「なにっ」


 ナイフは軌道を変え、慧秀の前で空振りする。首に刃が到達するのを避けようと上体を少し反らした体勢になった慧秀は左脇腹がガラ空きだ。

 凜々志はそこをめがけもう一方のナイフで刺突を繰り出す!


「ぐっ……!」


 ギリギリで反応する慧秀。上から腕を下ろしてナイフをはたき落としにかかる。

 しかし次の瞬間だった。


 凜々志の刺突がそのガードをするっとすり抜けたのだ。


(なっ───!?)


 驚くのもつかの間、慧秀の脇腹に凜々志のナイフが突き刺さった!


「がはあっ!」


 強烈な痛みが慧秀の脇腹に走る。

 技をクリーン・ヒットさせた凜々志は口を開き、そっと呟いた。


「白命流”転脱てんだつ突き”」


 それは白命流の"突き"の一つ。”気”を用いた独特の体捌きから繰り出される特殊な突きは不規則に揺れ、喰らった相手はまるでガードをすり抜けたかのように錯覚する。


 凜々志は”転脱突き”によるダメージで動きの止まった慧秀をさらに袈裟に斬り、決定的な一打を与えた!


 模擬戦用のゴム製ナイフとは思えないほどの衝撃、そして痛み。まるで小刀でざっくりと斬られたかのような感覚と共に慧秀は大の字に倒れた。


「がふっ、……参り、ました」


 慧秀は自らの負けを認め、勝負の終わりを宣言する。

 凜々志の方もそれを了承し、ナイフを懐に収めた。


「それで、さっき言っていた”何か”とやらは掴めましたか?」


 戦いが一区切りした凜々志は問う。

 それに対し、慧秀は付き合わせて申し訳ないと言いたそうなバツの悪そうな表情で慧秀は答える。


「いや、まだ全然……。けど、2つ目の条件は決まった」

「何です?」


 慧秀は口角を上げ、凜々志に言う。



「俺に、白命流の技を教えて欲しい」



 凜々志との立ち合いで慧秀は確信していた。

 近藤乃莉凪を倒す術は、雫子と涙霧を納得させるだけの”何か”は白命流武器術の中にある。自分がより強くなるための道を見つけたのだと───。


完敗を喫するも何かは掴んだ───。


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