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Fight 28. 新泉凜々志

いつかはランキングを練り歩けるようになりたいですね……

「おやっ、懐かしいものが出てきたな」


 慧秀と涙霧がバトル・ファック部にカチコミをかけた翌日。

 黎命流の道場の倉庫から鍛錬用の器具を運び出していた雫子はふと、古びた版本を見つけ、手にしながら呟いた。


「何ですかそれ?」


 倉庫には涙霧の姿もあった。普段は慧秀と一緒に来る彼女だが、今日は彼に委員会の用事があったため、先に道場に向かったのである。


「古い友人───いや、“同志”から借りたものだよ。返すの忘れてた」

「そんな貴重そうな古本を借りパクしたんですか……」


 見たところ、どうも江戸から明治くらいに書かれた武術家何かの指南者のように見える。

 一瞬、黎命流のものかと思ったが、それならば創始者の直系の子孫であり現宗家である雫子に所有権があるはずである。他人から借りているのはおかしい。

 ならば、他流派のものか?


「何の本なんですか? それに同志というのは……」

「ああ、そういえば涙霧には話した事なかったか。まあお前もそろそろ15だ、付き合いも長いし教えてもいいだろう」


 少し笑いながら雫子は手に持っている本の正体を明かす。



「黎命流と祖を同じくし、派生した流派───“白命流びゃくめいりゅう武器術”のことをな」




 同じ頃。バトル・ファック部の顧問、竹田ひろみは謎の少年、新泉にいずみ凜々志(りりし)と相対していた。


「お、お前がバトル・ファッカー狩りだとっ!? こ、こんなガキが……!?」

「意外でしょ? でも残念ながら事実だよ。アンタらバトル・ファッカーは小学校も卒業してないガキにまとめてぶちのめされた……それが現実だ」


 凛々志はニヤリと笑う───しかし目だけはとても冷たく冷静だった。


「アンタには聞きたい事がある。だから喋れる程度の怪我になるように特別な配慮をしてやるよ」

「舐めるなぁっ」


 挑発された直後、竹田が飛び出す。武器を持っているとはいえ、年端もいかない子供に完全に格下扱いをされて血が上っていた。


「しゃあっ」


 大人と子供の歩幅は違う。瞬く間に懐を侵略して拳を当てた───かに思えた。


「なにっ」


 捉えたと思えた拳は空を切る。どういうわけか、凜々志はいつの間にか拳の制空権からいなくなっていたのだ。

 それだけではない。


「はうっ!?」


 突き出した竹田の右拳に強烈な痛みが走る。

 見れば彼女の拳面の指が四本とも切り裂かれ、横一文字につけられた傷から鮮血を流していた。


「白命流”拳落とし”」


 何が起こったか理解出来ていない様子の竹田に種明かしするように言い放つ凜々志。


「相手がパンチしてくるのにタイミングを合わせて刃を振るい、拳面を切る───ただそれだけの単純な技だよ」


 タネは至極単純。しかし言うは易く行うは難し。それでも凜々志ほどの遣い手であれば平然とやってのけてみせる。


「本来は指を切り飛ばす技なんだけど、おれみたいに師範代レベルにまでなればちょーっと切る程度まで加減出来る。感謝しろよ」


 とはいえ、その刃は骨に触れるまで達している。竹田はこの戦いにおいて右手を失ったのだ。

 どう見ても勝ち目は薄い、凜々志がバトル・ファッカー狩りとして幾つもの団体を潰してきたのも本当の事だと彼女は確信する。

 逃げた方がいい、そう判断しそうになった時だった。



「しかし、バトル・ファッカー達ってのはどうしてどいつもこいつも雑魚キャラばっかりなのかねぇ……。倒す事より殺さないように気を付ける事の方が難易度が高い」


(雑魚キャラ……?)


───成人する前からバトル・ファッカーとしてリングに上がり続けた自分が……?

───自分より体格も精力も勝る男相手にも一歩も引かず攻め続け、数々の子種と勝利を搾り取ってきたこの私が……?



 凜々志の愚弄によって自尊心を傷付けられた竹田はその瞬間、引くという選択肢を頭から消した。



「舐めるなクソガキがあっ! チ◯ポもキ◯タマも精通前に使い物にならなくしてやらぁっ」



 憤怒の表情で側頭部を狙った蹴りを繰り出す竹田。

 凜々志はそれを鼻で笑いながら避け、同時に一閃。下から竹田の太股の裏を切り裂く。


「う ぎ ゃ あ あ あ あ あ あ あ っ」


 あまりの痛み。切られた部分を焼かれるような熱さが襲う。

 片足に力が入らなくなった竹田はバランスを失いもんどり打って倒れる。


「それじゃ質問」


 言いながら凜々志はもう片方の脚もナイフで突き刺す。


「ぎゃあっ!?」


 絶叫を上げ白目を剥く竹田。両足を封じられ、もう逃げられない。

 凜々志は彼女の首筋にナイフの切っ先を押し当て、口を開く。


「お前は、”ある人物”の居場所を知っているか?」



「白命流武器術は黎命流殺人術と祖を同じくする殺人術だ。言わば、同じ親から枝分かれした親戚同士の関係だ」


 黎命流の道場にて。皆川雫子は弟子である冴木涙霧に白命流についての説明をしていた。


「白命流は”武器術”と称しているように、ありとあらゆる武器・凶器を用いて戦うのが特徴だ。言うなれば徒手での戦いに特化したのが黎命流、武器での戦いに特化したのが白命流、という風に差別化されたわけだな」

「なるほど……。大元となった流派には素手と武器両方あったんですね」

「ああ。ただ、黎命流や白命流の本家本元らしい”無命流むみょうりゅう”に関しては、あまり詳細な記録が残ってないんだ。詳しくは分からん」


 雫子は傍らに置いたアルバムから、とある一枚の写真を取り出し涙霧に見せる。数人の若者が黎命流の道場の中で並んで立っている集合写真だった。


「んで、私らの世代ではたまに技術交流を行っていたんだ。これがその時の写真だ」


 これが若い頃の私、とポニー・テールの美人を指差す雫子。

 今と比べるとまだあどけなさが残っているように見える。


「そんでその横にいるのが鈴木。この本の持ち主だ」


 パシッと軽く借りパク中の版本を叩く雫子。

 仮にこの写真を撮った頃に借りたのだとしたら、一体どのくらい返してないんだろうか、と涙霧は内心で考える。


「あの……本当にただの思い付きで聞くだけなんですけど……」

「なんだ? 黎命流とどっちが強いかって話か?」


 心を読まれたのか、と言いたげにビックリした表情を見せる涙霧。少し呆れたような表情をして雫子は答える。


「中学生のしそうな質問くらいわかるわ。そうだな、私と鈴木の組手の勝敗は五分五分だったが───それはお互い相手の手の内をある程度知ってるからだからあんまり当てにならんだろうな」

「じゃあ、やっぱり遣い手の実力次第ですかね」

「いや、そうでもない」


 雫子は写真に映る鈴木という男を見ながら、何かを思い出すようにして言う。


「手の内をある程度知ってるならまだしも───初見だとどんな流派でも白命流に勝つのは厳しいんじゃないか?」



「……なんだこれは」


 ようやく委員会の用事が終わり、黎命流の道場に向かっていた橋爪慧秀はいつもの道に広がる異常な光景に度肝を抜かれていた。


 死屍累々───いや、よく見れば全員息はしているので正確には違うが───とにかく何人もの男女が血を流して倒れ伏しており、凄惨の一言に相応しい場面が目の前に広がっている。


「というかあれ……竹田先生だよな」


 倒れている者の中には慧秀の通う加美山学園の教員、主に高校のクラスを受け持っている竹田ひろみの姿があった。

 鹿島らによる被害者達から実は彼女がバトル・ファック部の顧問だ、と聞いた時は驚いたものだ。彼女も加害行為に加担していたという証言があるため、叩き潰す対象に入っていた。


(部員と違ってプロらしいから一筋縄ではいかないだろう、と見立てていたんだが───)


 竹田から視線を外し、慧秀は一人無傷で立っている少年に目を向ける。


「……お前がやったのか、これ」


 ランドセルを背負った小学生の少年に、慧秀は警戒しながら話しかけた。彼の両手に握られている血塗れのナイフが慧秀の背筋を冷たくさせる。

 少年───新泉凜々志は慧秀の声に反応し振り返る。



「ああ、アンタが橋爪慧秀か。黎命流の」

「!!」



 黎命流、という単語が少年の口から飛び出した事に驚きを隠せない慧秀。


「一体何者だ? 何故俺の事を知っている?」

「おれは新泉凜々志」


 凜々志は名乗り、そしてナイフで辺りに倒れている者達を指し示す。


「そこらに転がってる連中から聞いたんだよ。おれが潰そうと思っていた加美山学園バトル・ファック部にカチコミかけて、沢山の雑魚と主力二人をブッ倒した謎の武術使い二人組がいるって。しかも黎命流殺人術と名乗ったときた」


 興味深そうに慧秀を見る凜々志。

 その目は興味深い相手を見つけた武闘家のそれに似ていた。



「親戚筋である”白命流”の人間としちゃ、それはちょっと聞き逃せないだろ?」



 ゾク、と。

 凜々志の得体の知れない雰囲気と闘気に当てられ、思わず身震いする慧秀。


(でも、何でだろうな)

(怖いと同時に───ひどく気分が高揚するっ)


 涙霧を納得させるだけの「何か」に出会えそうな予感がした。


激突必至!? 次回、慧秀の運命は───?


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