Fight 25.部長と副部長
カグラバチ面白いーよ
「は、橋爪くん!」
一瞬、頭が真っ白になって呆然としていた涙霧だったが、すぐに自らのやるべき事を思い出して慧秀へ発破をかける。自らもそのまま鹿島晴恵に駆け寄った。
その呼びかけに慧秀もハッと我に返り、急いで倒れた大井川湘子に駆け寄る。
二人はそれぞれ“肺裂拳”を二度連続で打ち込んでしまった相手の胸の辺りに掌を当て、深く息を吸い込んでから叫ぶ。
「黎命流“邪気除き”!」
ドンッ、と掌から大量の“気”を放出する。
ビクンッと一回、大井川と鹿島の身体が跳ねた。
「危なかった……危うく殺すとこだった」
「何とか……応急処置は出来たかな……?」
はぁーっ、と息を吐いて緊張を解く慧秀と涙霧。
意識こそ取り戻してはいないが、正常な呼吸をしていることは確認出来る。とりあえずは一安心だと判断して二人は手を離した。
黎命流“邪気除き”。
肺裂拳のような、相手の体内に自らの“気”を送り込み内部を直接攻撃するタイプの技に対して有効な「応急処置」である。
その原理は至極単純だ。整体や指圧などに使うような身体に無害なタイプの“気”を大量に練り、攻撃を受けた箇所に放出する。
体内に送り込まれた無害な“気”は、技が当たると同時に内部に打ち込まれた殺傷のための有害な“気”をかき消し、それ以上内部が傷付く事を防ぐ。
慧秀が黎命流の道場を初めて訪れた日、雫子の娘である零花がやっていたのもこれと同じようなものだ。
あとはここの部員達が病院なりに運ぶだろう、と涙霧は考える。殺しそうになったから思わず助けてしまったが、元々自分らは大井川湘子と鹿島晴恵をぶちのめすために来たのだ。これ以上手を貸してやる義理も責任もない。
肺裂拳による後遺症は残るだろうが、それは彼女らの因果応報である。受けて当然の報いが降っただけだ。
今日のところは帰ろう、慧秀にそう言おうとしたその時だった。
「───おい、何だこれは」
突如、背後から声がした。
振り向けばそこには二人の上級生が立っていた。
「お前達は何者だ。何故うちの部員達が倒れている?」
涙霧はその顔に見覚えがあった。
(近藤乃莉凪……)
この学校の高等部生徒会長にして、バトル・ファック部の現部長。涙霧と慧秀が次のターゲットと定めた相手だ。
(とすると、その横にいるのが平河か)
バトル・ファック部副部長、平河希美。涙霧には面識も見覚えもないが、大体近藤といつも一緒にいるショートボブの高三女子という情報と一致する。
「っ! 鹿島! 大井川!」
涙霧が近藤の問いかけに答える前に、彼女は血を流して倒れている鹿島晴恵と大井川湘子に気付いた。
「しっかりしろっ!」
明らかに他の部員よりも重いダメージを負っている二人。近藤が涙霧を押し除け鹿島に駆け寄り、平河はリングに上がって大井川の様子を見る。
「……大丈夫よ乃莉凪、湘子はちゃんと息をしてるわ」
「よかった……鹿島も呼吸は安定してる」
ひとまず後輩らの無事は確かめた後、近藤は鋭い目で涙霧を睨む。
「それで……。これはお前達がやったとした思えないが、間違いないな?」
「ええ。その通りです」
最上級生の問いかけにも一切動じず、涙霧は答える。
「私は中等部3年C組の冴木涙霧です。バトル・ファック部をブッ潰しにきました」
そして宣戦布告。
それを聞き、近藤と平河の目の色が変わる。
「……随分と舐めた口を聞いてくれるな、中等部。我々を潰すだと?」
「ええ、もちろんバトル・ファック勝負を挑んで負かす〜とかアホが考えた同人CG集みたいな意味じゃありませんよ。正義の拳と暴力と技を以て、骨を折り肉を裂き臓腑を壊し───叩き潰すという意味です」
そう言いながら殺気を剥き出しにする涙霧。今まで相対した事のない、かつてないほど禍々しく荒々しい闘気に思わず近藤はたじろぐ。
(こ、コイツ……!)
目の前に立つ女子中学生が紛れもない猛者、強者であると瞬時に理解した近藤。戦えばただでは済まないだろうと分かる。
しかし。
「そうか……なら今すぐここで叩き潰してくれるっ!」
近藤乃莉凪は引く事なく、涙霧に仕掛けた。
ボボボッ、と近藤の拳が空を裂く音がこだまする。
「しゃあっ」
だが涙霧が反応できないわけがない。パンパンパン、と打撃を正確に弾く音が室内に響いた。
連打の隙間を縫って涙霧が反撃。強烈なフックが放たれる近藤はバック・ステップでそれを避け、目の前を涙霧の拳がブアッと音を立てて通り過ぎる。
涙霧は前に出て今度は自分から打ちに行く。
ボボボボボッ、と一瞬で5発もの打撃が飛んだ!
「チィッ」
だが、近藤には当たらない。パパパパパ、と高速で乾いた音が鳴る。鹿島がロクに反応出来なかった涙霧の打撃を弾いてみせたのだ!
「ほぅ……。私と互角に打ち合うとは……」
思わず感心する涙霧。コイツは相当できる、と内心で確信を持つ。
一方の近藤も涙霧がただ者ではないという直感が正しかった事を肌で感じていた。
(こいつ……強い……っ!)
自分の打撃を全て弾いたどころか反撃までしてきた。しかも一発一発がとても鋭く、重い。鹿島が完膚なきまでにやられたのも頷ける強さだった。
涙霧と近藤の戦闘が本格的に始まるかと思われたその時だった。
近藤の視界に遥か高く跳躍し、自分目掛けて蹴りを放とうとしてくる橋爪慧秀の姿が映った。
「なにっ」
「しゃあっ 翔破猛禽脚っ」
正確に近藤の頭を狙って放たれる強烈な蹴り。
相手の身長より高い位置から繰り出されるその蹴撃は回避・防御不能の一撃必殺───。
だが、慧秀の蹴りが近藤に当たる事はなかった。
彼の足がめり込んだのは近藤の顔面ではなく、突如乱入してきた平河希美の尻だった。
「なにっ」
頭に当たれば大ダメージは必至の翔破猛禽脚。だが平河の強靭でしなやかな尻肉がその衝撃を吸収し、止めてみせた。
平河に蹴りを防がれた慧秀はリングの外に着地し、彼女を正面から見据える。
「おいおい、ヒップ・アタックで乱入するとかそんなんアリか?」
呆れたような表情で言う慧秀。
相手を唖然とさせる意味不明な技の豊富さだけは褒めてもいいかもしれない。彼はバトル・ファックについてそう思い始めていた。
「アタシの尻の強さを舐めるんじゃないよ」
と、啖呵を切ってみせる平河。近藤とともに双璧を張るだけの実力は持ち合わせている。
だが、相手の予想以上の実力に驚いているのは彼女とて同じだった。
(凄まじい威力の蹴りだ……。毎日ケツバット100回受けて鍛えているアタシの尻にダメージを通しやがった)
折れてこそいないが、平河は先はどの一撃で久々に肉を超えて骨まで響いてくる衝撃を尻に受けた。ジンジンと痛む自らの尻を少し撫でながら、大井川がやられるのも無理はないと思う。
慧秀は涙霧の横に並び、臨戦態勢に入る。
それに近藤と平河が並んで向かい合い、対峙する。
戦いの火蓋が切って落とされる寸前、誰がどう見てもそう思うような顔つきをその場に立っていた四人全員がしていた。
「……いや、やめにしよう」
しかし、ここで近藤乃莉凪が冷静になる。
彼女は鹿島晴恵と大井川湘子、そして部室内に倒れている大勢の部員達を見て言う。
「まずはやられた者たちを医者に診せるのが先だ。あの二人との決着はまた別の機会につける」
「構いませんよ、ただ中間テストが終わってからにしてくださいね?」
「構わん」
涙霧もそれに応じ、改めて対戦の場を設ける事に合意する。
近藤と平河が部員達の救護を始めたのを見計らって、慧秀と涙霧は部室を後にした。
◇
「橋爪くん、どう思った?」
「あの二人、おそらく強いですね」
帰り道、慧秀と涙霧は先程遭遇したバトル・ファック部の部長と副部長について話していた。
「特に近藤乃莉凪……。多分、俺より格上です」
戦いが終わり、約束通り師の元へ帰る二人。しかし、次なる戦いが早くも待ち受けていたのだった。
果たして勝てるのか───!?
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