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Fight 2. 出逢い

タイトルを決めてから運営にキレられてBANされないか常に心配している……そんな私です

 乱入してきた涙霧に対処するため、鹿島晴恵と大井川湘子は慧秀を離し、足をどける。

 それにより慧秀は何とか這うようにして壁際まで逃れ、一応の安全圏を確保する事が出来た。


「何だお前……こいつの知り合いか?」


 鹿島が涙霧を睨み、問う。涙霧は首を横に振った。


「いいや、これが初対面。偶然、新入生が怪しい奴に連れられて人気のない校舎裏まで移動してるのを見たって耳にしたので助けに来ただけですよ。先輩」


 上級生と一対一で会話するからか、涙霧は敬語を使って返事する。もっとも、その声色には尊敬の念など込められているはずもないが。


 鹿島はそんな涙霧の態度に苛立たしそうにしながら言う。


「部外者ならうちの新歓を邪魔しないで欲しいね」

「実態と名前を隠して、騙すような形で連れてきて、逃げたら暴力で従わせようとする事をこの部活では”新入生勧誘”と呼ぶんですか? どこぞの仏教系カルトみたいで怖いですね」


 言いながら涙霧は何らかの武術のような構えを取る。拳は握らず、右手を上に、左手を下に。格闘漫画とかでよく見るような構えだ。


「そういう人種は嫌いじゃないですよ。自分が“正義の拳”を振るっているという気になれる」

「上等だッ! やれぇっ」


 鹿島の号令で部員達が涙霧に襲いかかる。


「死ねぇ!」


 最初に彼女に殴りかかったのは一人の女子部員。身長体重は涙霧と大差ないが、攻撃に躊躇いがなく一直線に顔面を狙って拳を振るう。


 しかし涙霧はそれを意にも介さない。拳が届くより先に鋭いローキックをその女子部員にたたき込み、動きを止めてみせた。


「はうっ!?」


 思わず苦悶の表情と共に悲鳴を上げる女子部員。その怯んだ隙を見逃さず、涙霧はその顔面に鋭く早い鉄拳を叩き込んだ。


 メリ、と顔に突き刺さった拳をそのまま振り抜き、女子部員は後ろに吹っ飛ぶ。彼女はその軌道の直線上に立ってた部員を一人巻き込んで倒れ、そのまま白目を剥いて動かなくなってしまった。


(な、なんて威力の打撃だ……っ!)


 MMA経験者である慧秀にはわかる。涙霧の今のパンチもローキックも並大抵のものではない。人を吹っ飛ばせる威力の打撃なんて、普通は涙霧の歳で身につくようなものじゃない。

 ローキックの完成度も、打つタイミングの良さもプロ格闘家並みかそれ以上だった。彼女は間違いなく相当な実戦を積んでいる。


「しゃあっ!」

「死ねえ!」


 今度は高等部らしき男子部員と女子部員が二人同時に襲いかかる。左右から挟み撃ちのように仕掛け、逃げ場を無くして確実に仕留めにかかるが───。


「ごぶっ!?」


 次の瞬間、タックルのような姿勢で掴みかかろうとしていた男子部員の顔面に涙霧の膝が叩き込まれていた。


 涙霧はさらにその勢いのまま身体をよじり、上半身の回転の勢いを上乗せした裏拳を放つ。手の甲が女子部員の顔に直撃し、鼻骨を砕いて鼻の穴から鮮血を撒き散らした。


「あ、あう……」


 顔を押さえながら崩れ落ちる二人。それを見下ろす涙霧。


「弱すぎません? まあ淫売どものお遊びなんてこんなもんでしょうけど」


 涙霧は薄ら笑いを浮かべながらバトル・ファック部の部員達を愚弄する。誰の目にもそれが挑発である事が明らかだが、力の差を見せつけられた部員達は身がすくみ、動けない。


 部室内の空気に緊張が走る。その時だった。



「おどれ調子に乗るなぁ!!!」



 突如、涙霧の背後から怒声が響く。同時に巨大な影が彼女を襲い、上から強烈な拳を振り下ろす。


 紙一重でそれを避け、返す刀で涙霧はカウンターの掌底を突如現れた何者かに叩き込む。


 しかし───。


「なんじゃあそらあっ?」


 あれほど強烈な涙霧の打撃が効いていないのか、その者はすぐにまた拳を突き出す。


 涙霧はとっさに腕で防御し受けるも、少し後ろに後退させられる。


島金しまがね先輩!」

「高一の島金しまがね先輩だ!」


 部員達の顔が色めき立つ。

 ほう、と涙霧はその様子を見て呟く。どうやら少しはマシなのが出てきたようだ。


「私と闘るつもりですか?」


 涙霧は聞きながら島金しまがねと呼ばれた部員を見上げる。


「当たり前じゃ。うちの部員が随分世話になったみたいやなあーん?」


 島金しまがねという女子部員はかなりの巨漢、いや巨女だった。2メートル近くあるように見える体躯、身体全体あますところなく付けられた分厚い脂肪。その姿はまるで力士だ。


 いつの間にか部室に入ってきていた島金しまがねは怒りの籠もった目で涙霧を見下ろしている。


「おどれらは手え出すな。コイツはワシでなきゃ相手にならん。一対一で勝負じゃ」

「あんた自分が私と同格だとでも思ってるんですか? 参りましたね……そんな頭で一応進学校のはずのこの学校にどうやって入ったんだろう、って疑問に思っちゃいます。淫売らしく理事長にでも身体売りました?」


 涙霧の愚弄に島金しまがねの額に血管が浮き上がる。

 だが、彼女はそんな島金しまがねの怒りなど意にも介さず軽口を続けた。



「あ、でもこんな腐ったブタみたいな淫売を買う奴なんていないか」



 島金しまがねはその一言にブチ切れ、顔を怒りで歪ませながら涙霧に襲いかかる。


「このババタレがぁーっ!! ブチ殺して風呂に沈めたらぁーーっ!!!」


 振り下ろされる鉄槌のごとき剛腕。一瞬前まで涙霧がいた場所の床に拳大の穴が空き、床材の破片が宙を舞う。その威力は島金の身体に付いている肉には脂肪だけでなく、筋肉も多分に含まれている事を示している。


「いくら避けようが無駄じゃあ! おどれの打撃なんざワシには効かないんじゃあーっ!」


 ブン、と空を裂く音がする。島金しまがねの振るった丸太のような腕が涙霧を捉えようと襲い来る!


 だが、涙霧は涼しい顔で島金しまがねの攻撃を全て見切り、完璧に外す。


「打撃が効かない、ねえ」


 大ぶりのパンチを躱すと同時、涙霧は素早い動きで島金しまがねの背後に回る。図体のでかい島金しまがねでは後ろに回り込まれたらすぐには対処出来ない。


「じゃあ、“浸透する打撃”でも受けてみますか?」


 島金しまがねの耳に涙霧の声が届いた次の瞬間だった。

 彼女は島金しまがねの膝関節の裏側に、蹴りを叩き込んだ。



「黎命流“継ぎ目崩し”」



 ぼそりと呟いた涙霧。慧秀はその呟きを確かに聞いた。


(黎命流……?)


 なんだそれは、と思う間もなく───。



「う ぎ ゃ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ っ っ っ !!!!!!!」



 島金しまがねの絶叫が部室内に響いた。


 その場に崩れ落ちた島金しまがねの片足は、あり得ない方向に曲がっていた。


「し、島金しまがね先輩がやられたぁっ」

「関節が完全に破壊されている!」


 涙とよだれを垂れ流しながらのたうち回る島金しまがねを一瞬だけ見下ろす涙霧。だがもう立ち上がれないとわかったのか、すぐに視線を慧秀に移すと駆け寄って彼の身を起こす。


「もう大丈夫だよ、安心してね」


 先程までの容赦の欠片もない鬼神の如き様子とは正反対の、優しく朗らかな顔で慧秀に語りかけ肩を貸す涙霧。思わずどきりとときめいてしまう。


「さて───淫売格闘技ごっこに明け暮れ、罪のない一年生を痛めつけるのが好きな人畜生の皆さんに警告でもしていきますか」


 慧秀を連れ、バトル・ファック部の部室から出て行こうとする涙霧は去り際、鹿島や大井川達に語りかける。


「そこのブタみたいになりたくないなら、せいぜい大人しくしてる事ですね」


 二人が出て行った後、バトル・ファック部には静寂だけが残された。



「あの……ありがとうございます。助かりました……」

「ううん、当然の事をしたまでだよ。こういう力って、正しい事に使ってこそだからね」


 涙霧に肩を貸されながら保健室まで運ばれる途中、慧秀は彼女に礼を言っていた。本当に危ないところを間一髪で助けられた。感謝してもしきれない。


(黎命流、か……)


 そして、それと同時に慧秀は冴木涙霧の使っていた技に大きな興味を抱き始めていた。


 途中までは普通の格闘技術、慧秀の習っていた総合格闘技などによくあるものと大差ないように思えた。だが、島金しまがねと戦った時に見せた動き、そして慧秀を騙した上級生に放った掌底、あれらは慧秀の知る格闘技とは全く違ったものに思えて仕方がないのだ。


「あの、冴木先輩……」

「涙霧でいいよ。何か気になる事があるの?」

「黎命流……というのは、何なんですか?」


 涙霧は少し驚いたような顔をする。慧秀が自分の技に興味を持つのは予想外だったらしいが、彼女はすぐに得意気な笑顔になって慧秀の問いに答えた。



「殺人術だよ」



「え?」

「わりと何でもありな、人殺しのための技術。それが黎命流殺人術」


 物語というのは、得てして“出逢い”から始まる。


 少年が少女に出会い、弱き者が強き者に出会い、普通の世界に生きる人間が特異な世界にいる人間と出会う。


 ここでもまた、一つの闘いの物語が幕を開けた。

黎命流とは一体───?

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シマキンやないケーっ
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