Fight 19. 翔破猛禽脚
1話3000〜4000くらいに収めようとしたら話の進みがどうしても遅くなることに今更気付いたのが私、麻婆流鏑馬です。
「うおおおおっ」
雄叫びと共に大井川が拳を振るう。慧秀には掠りもしないが、このままコーナー脇まで追い詰めればいずれは当たる。
そう信じて連打を続けるが───。
「あうっ」
ドスっと鈍い音が響く。
身体が伸び切ったところにカウンターを合わせられ、脇腹付近に被弾。連打が途切れた大井川はラッシュをお返しされるのを嫌って後ろに下がる。
「しゃあっ」
「ぎっ……!?」
しかし、そうなれば上に意識が向いてる隙を突かれてローキックが飛んでくる。
黎命流独自の整体法と鍼施術によって筋肉を強化され鍛え上げられた脚によるローキックは強烈な痛みを大井川に与えた。
「う、ううっ……」
脚に鞭を打ち、距離を取る大井川。
(ダメだ……全く当たる気がしない……!)
練度に差がありすぎる。こちらの攻撃は全く当たらず、相手の攻撃は避けられない。
(何で当たらないのか、何で防げないのか……それすら分からない……このままじゃジリ貧だ……)
戦意は折れていない。橋爪慧秀を殺したいという意思は全く衰えていない。しかし、勝てる気がしないのだ。
大井川は既に何発もいいのを食らっており、身体の至る所が痛むし血が滲んでいる箇所も複数ある。対して慧秀は未だ無傷。
おまけに相手は未だ現代格闘技の技術しか使っていない。それをどうにか攻略したところで黎命流殺人術の秘技という強力なカードを残しているのだ。状況は絶望的と言っていいだろう。
「顔色が悪いですよ、大丈夫ですか?」
慧秀が大井川を煽る。
一対一で向き合えば相手の調子の変化など簡単にわかる。戦いが始まった当初と比べてダメージの蓄積によりパフォーマンスが落ちている事は明らかだった。
「やかましいっ! この程度うちじゃウォーミング・アップよ……」
挑発に対し威勢よく言い返す大井川。
技術で劣っている以上、気合いと根性で負けるわけにはいかない。虚勢だろうと意地を張り自分をなるべく強く見せねばならない。
一方の慧秀はそれを見抜きつつ、決して油断はしない。
(思ってたより心が強いな)
普通、信念も覚悟もないゲスがここまで圧倒的な差を見せられたら多少は弱り、おとなしくなるはずだ。
実際、先日ボコった田岸とゲリューのレイプ魔・ブラザーズは簡単に降伏し、命乞いしてきた。
慧秀は大井川湘子も鹿島晴恵もそういうタイプの人間だと思っていたのだが、彼女らはまだ諦める様子がない。
少なくとも、このまま現代格闘技の基本的な打撃だけで倒し、折る事が出来るほど弱い心ではなさそうだ。
(クソッ、なんとか突破口を見つけるまで粘らないと……)
大井川は息を整えつつ、必死で頭を回していた。
心は折れていないが、現状彼女は劣勢も劣勢だ。このまま気合いと根性で耐えたところで待っているのは敗北しかない。
(避けられないならせめて当たり所をマシにしろ、なるべく受けるダメージを減らすんだっ)
大井川は覚悟を決め、前に飛び出す。
「しゃあっ!」
当然、慧秀はそれに合わせて仕掛けてくる。
恐るべき速さで繰り出される拳撃が大井川の顔面へと一直線に飛んでくる───!
「おおおぉっ!」
だが大井川はそれを避けない。足を止めず、そのまま自ら拳に当たりに行った。
「なにっ」
驚く慧秀の声がすると同時、大井川の顔に再び慧秀の拳がめり込む───。
(ぐおぉ……っ、だがさっきよりマシだっ)
腕が伸び切る前に自分から当たりに行ったことにより、まだ“マシ”なダメージで被弾する事に成功した。
そして同時に、ようやく自分の攻撃が当たる射程にまで入る事が出来たのだ。
「ふんっ」
慧秀の胴体狙い拳を捩じ込む。大井川の拳頭が彼の肋にヒットした!
「はうっ」
初めて被弾した慧秀。思わず口から声が漏れる。
「ちいっ、味なマネを!」
だが“気”で肋骨と脇腹の皮膚を覆い、防御力を上げていた慧秀はすぐさま反撃に移る。
腕を横に払い、バシッと大井川の顔を叩いて彼女を後退させた。
(当たった……!)
大井川は内心で思わず呟いた。ようやくまともに攻撃を当てた事に達成感を感じていた。
(やはりそうだ、あのオスガキも黎命流とやらも無敵ではないはずなんだ。当てる方法はある、倒す方法も確かに存在する───!)
二撃目を当てるため、頭をもう一度フル回転させる大井川。ようやく希望を見出した彼女をよそに、慧秀は決める。
「なるほど……。こちらも出し惜しみはしない方が良さそうですね」
黎命流の技を使う事を。
それまでの『ベースに現代格闘技を置きつつ必要に応じて黎命流を使う』スタイルから、『黎命流をベースにして現代格闘技で補助する』スタイルへと変える事を。
なんだと、と大井川がその発言に聞き返す間もなく慧秀はその場でジャンプし跳ぶ。
次の瞬間には彼の身体は一瞬のうちに大井川の身長より高い位置にいた。
「なっ、なんだあっ」
人間の能力を遥かに超えた跳躍能力。
“気”で脚の筋肉を強化した上で、跳ぶと同時に足裏から“気”を放出する事で異次元のジャンプを可能とする。
「黎命流───“翔破猛禽脚”」
相手の背丈を上回るほどの高さまで飛び、防御不能の滑空蹴りを見舞う───!
それはまるで羽を広げた鷹や鷲が獲物を仕留めんと上空から襲撃をかけているかのようだった。
腕を顔の前に持ってきて防御しようとする大井川。しかしそれは無意味な行動だ。グローブをつけていない素手でのガードなど穴の空いた網のようなもの───。
慧秀の脚は腕と腕の間をすり抜け、彼女の顔面を正確に撃ち抜いた!
「ご、ふっ……」
たまらず仰向けに倒れ込む大井川。
“気”を用いたこの蹴りは無論、“浸透する打撃”でもある。
身体の内部を直接攻撃出来るこの技の威力は今まで被弾した現代格闘技的なパンチやキックとは段違いだった。
「……」
大の字に倒れた大井川。微動だにしないまま一秒、二秒と時間が過ぎていく。
「…………はっ」
五秒を数えたところで大井川は意識を取り戻した。
「う、ぐ……うぅっ!」
まだ頭に衝撃が残っているのか、ぐらぐらと揺れるような感覚に襲われる。それでも大井川は仰向けからうつ伏せになり、腕を使ってリングの端を目指す。
(く、そ……なんて威力だ……)
ふらふらになりながらも大井川は這ってリングロープを掴む。
彼女は身をもって“翔破猛禽脚”の威力を感じていた。あれを喰らってなお意識を取り戻せたのは奇跡に近い。
(どうする……どうすればいい……?)
ロープを掴み、ふらふらと立ち上がる。大井川の身体はもう限界が近い。今のような奇跡は二度と起こらない。
次に翔破猛禽脚か、あるいはそれに準ずるような高威力の技を喰らえばもう立つことは出来ないだろう。
「せ、先輩……!」
絶体絶命の状況で、大井川は後輩の声を聞く。
先程黎命流コンビによって一蹴された磯目姉妹の片割れ、みくるの声だった。
まだ吐き気が止まらないながらも必死に声を絞り出し、尊敬する先輩に助言を試みている。
「か、格闘で勝負しちゃダメです……っ! 相手の土俵に立ってしまったら私たちに勝ち目はありません……。逆に相手を“バトル・ファック”の土俵に引き摺り込むんです……!」
「みくる……!」
みくるの言葉で大井川はハッと気付かされた。彼女は大切な事を見失っていたのだ。
(そうだ……。私はあくまで“バトル・ファッカー”だ。格闘家でも武術家でも、ましてや喧嘩屋でもないっ)
バトル・ファックの中にはミックス・ファイトの要素を含む試合もある。
故に多少の格闘技的な動きは必須項目として身に付けてはいる。しかし、それはあくまで、殴り合う事より犯し合う事に比重を割いたバトル・ファッカー同士の勝負で使う事を前提としたもの。
慧秀や涙霧のような、命を奪り合う状況を前提とする殺人術を修めた本物の武術家との戦いで使う想定などしていない。
(殴り合いや蹴り合い、そして極め合いは向こうの専門分野なんだ……。それらで勝負をしても勝機はない……。『私たちの専門分野』で勝負して初めて勝ち目が生まれるんだっ!)
大井川の顔から焦りや恐怖が消える。
身体はボロボロだが、大切な事を思い出した彼女の心は落ち着きを取り戻し、頭も冴えている。
(そのためにはまず───)
大井川は自らの着ているものを脱ぎ捨てた。
上半身を隠すものは何もなくなり、白く瑞々しい肌と女子高生離れした驚異の爆乳がリング上で曝け出される。
「……何のつもりです?」
慧秀は眉ひとつ動かさない。黎命流での精神修行と雫子直伝の瞑想法により、異性の裸で心を乱さないよう徹底的に対策を行なっている。
「黎命流でもMMAでも、好きな技を仕掛けてみな」
大井川は挑発するようにニヤリと笑ってみせる。
「加美山学園バトル・ファック部が誇る超絶技巧の性技で───絶頂に連れて行ってやる」
超絶技巧の性技とは───!?