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Fight 18. 甲矢沈め

図書館で図解付きの武術関係の本を読みながら登場させる技を考えてる時間が楽しくて麻薬みたいですね…。

「リングに上がりな。バトル・ファッカーの超絶技巧で足腰立たないようにしてからぶち殺してやる」


 大井川が慧秀と涙霧に宣言する。

 いよいよ開戦の火蓋が切って落とされようとしていた。


「じゃ、行ってきます」


 大井川の誘いに乗ったのは橋爪慧秀だ。


「橋爪くんて巨乳好きなの?」


 軽口を叩き、彼を送り出す涙霧。慧秀は笑いながらそれに返す。


「まあ大きいのは好きっちゃ好きですけど……。やっぱ男としちゃ金的は怖いんで」


 思ってもいない事を言ってのける慧秀。黎命流には金的対策などいくらでもある。


「それに───コイツの方が強そうなんで」


 そう言って慧秀は部室の中央に設置されたリングのロープをくぐる。


 どうせ闘るなら強い方と戦いたい。なんとも若く青臭い理由だろうか。しかし、涙霧はそれを特にどうこう言ったりはしない。


「わかった。じゃあ私は鹿島晴恵をブッ倒す」


 危なくなったらさっさと自分の勝負を終わらせ、すぐに慧秀を助けに行けばいいだけの話だからだ。


「ふんっ、余裕そうにしてられるのも今のうちよ」


 鹿島がリングを眺め、腕を組みながら釘を刺す。


「湘子があのオスガキをぶちのめした後は、あたしがアンタをリングのシミにしてやるわ」


 堂々と勝利宣言をしてみせる鹿島。その強気な言葉を聞いた涙霧はニヤリと不敵に笑い───。


「何を言ってるんです?」


 そして、躊躇なく鋭いローキックを鹿島の足に叩き込んだ。

 モーションを全く悟らせない、超絶技巧の一撃がまともに鹿島の脚部に直撃した!


「ぐあっ!?」

「もう始まってるに決まってるでしょう?」



「あ、あいつ! なんて卑怯な……!」

「どの口が言ってるんですか? アンタらだって争う気もない谷川先輩や和田垣先輩を不意打ちで暴行した……。因果応報ってやつですよ」


 リングの外で始まった涙霧vs鹿島の闘い。

 それを眺めながらリング上に立つ大井川は憤慨し、慧秀は開き直る。


「言ってませんでしたっけ? 黎命流は武術でも格闘技でもなく“殺人術”なんですよ。盤外戦術や奇襲・不意打ちの類はむしろ得意とするところです」


 嘯きながら構えを取る慧秀。


「もっとも、一番強いのは真正面からの戦いですけどね」

「上等だァっ」


 先に仕掛けたのは大井川。正確に正中線を狙ったストレートが慧秀の顔面を襲うが、彼は涼しい顔で弾く。

 勿論大井川の攻撃が一発きりで終わるはずもない。次々とコンビネーションを繋ぎ、素早く正確な拳を連続で繰り出す。


 しかしリング内にこだまするのはパパパパパパ、と慧秀の掌が高速のパンチを捌く音のみ。

 拳が顔面にクリーン・ヒットする破壊音が鳴ることはない。


(どういうことだ───まるで当たらないっ!?)


 大井川の顔に焦りの色が刻まれる。

 彼女の心の乱れ、そしてスタミナの切れを慧秀は見逃さない。


「ふんっ」


 連撃の乱れを突くかのようなカウンターのアッパー・カット。モロにくらった大井川の顔は仰け反り、身体が少し宙に浮く。


「がはっ!?」


 思わず膝をつく大井川。

 それを見下ろす慧秀は冷たい目で彼女を眺めている。


「やっぱりあの練習をしといて正解でしたね。本物の猛者達の連撃を見た後では淫売格闘技ごっこのパンチなど止まって見える」

「なにっ」

「宇喜多のパンチや本間先輩の薙刀の方が遥かに速く、そして重い。対してアンタのラッシュにはスピードも怖さもまるでない……。所詮は格闘技“もどき”ですね」


 大井川は頭へのダメージが残った状態だが、顎は割れていない。少しふらつくも冷静に立ち上がってくる。


「シッ!」


 それを見た慧秀は今度は自分から仕掛けた。

 直後、大井川の頭が何かに弾かれたように仰け反る。


「はうっ!?」


 頭への衝撃を感じたと同時、鼻から血が噴き出る。慧秀の拳が鼻にヒットしたのだ。


「しゃああっ」


 さらに慧秀が目にも止まらぬ速さのラッシュを叩き込む。ドドドドド、と一秒の間に何発ものパンチが自身の肉体に叩き込まれる音を大井川は聞いた。


「かっ、はぁ……っ」


 口から唾を吐き出し、思わず倒れ込む大井川。


(な、何が起こっ───見え───)


 鼻から鼻血が垂れる。口の中が切れて唇の端から血が滴り落ちる。

 しかし、大井川の心を最も恐怖させていたのはその痛みでも自身の血でもなく、自分がいつの間にこれほど被弾していたのか全く分からないという事だった。


「俺はまだ黎命流の技を使ってませんよ」


 慧秀は大井川を見下ろしながら言う。


「まだ、現代格闘技の基本的な技術───しかも打撃系のそれしか使ってません」


 慧秀はまだ全く本気を出していない。いわばコントローラーのボタンを一回押すだけで出来る通常攻撃しかしていないのと同じである。

 大井川はそれにすら碌に反応出来なかったのだ。


「……舐めるなぁッ」


 客観的に見て勝ち目は絶望的だ。

 しかし大井川は立ってくる。


「バトル・ファック部を散々愚弄し、荒らしたお前は許さないっ! チンコ勃たなくなるまで痛め付けてやるわ!」

「こっちの台詞です。アンタらに地獄に落とされた被害者達の苦しみや痛み……。少しずつ丁寧に、その腐ったはらわたに刻んでやりますよ」


 二人の目には互いへの殺意が宿る。この戦いはどちらかが完全に破壊されるまで終わらない。


 そして、それはもう一方の戦いも同じだった。



「ぐあっ!?」


 涙霧のローキックによる奇襲。とても歳下の女子中学生が放ったとは思えない、あまりの威力に鹿島の太腿が悲鳴を上げる。


「ちいっ!」


 悶絶しそうな痛みをなんとか堪え、鹿島は前に出て殴りつける。当然苦し紛れなど当たるはずもないが、涙霧を後退させ距離を取ることには成功した。


「卑怯なんて言わないでくださいよ? あなた達が一年前、リングで戦ってる橋爪くんに何をしたのかよく思い出すことですね」


 橋爪……? 一年前……?

 鹿島は横目でリングの上で大井川湘子と戦う男子生徒を見る。


(ま、まさか……あの時の……っ!?)


 鹿島はようやく、涙霧とコンビを組んで攻め入ってきた橋爪慧秀という男子が去年の新歓で集団リンチした一年生と同一人物であることに気付いた。


(ば、馬鹿な……。わずか一年で、まるで別人じゃないか!?)


 涙霧の言う事が正しければ、橋爪慧秀はわずか一年で10センチ以上も背を伸ばし、体重も筋量も凄まじいほどに増やし、さらに部員十数名をまとめて薙ぎ倒すほどの技と身体能力を手に入れたことになる。

 一体どのような修行を積めばそんな事が可能になるんだ、と鹿島は戦慄せざるを得なかった。


「黎命流マジックですよ。我々に代々伝わる秘伝のオカルト整体術で慧秀くんを改造しました」


 鹿島の考えてる事を見透かしたのか、涙霧はニィ〜と笑いながら得意げに話しかけてくる。


「年がら年中エロマンガごっこをしてるだけで強くなった気でいる格闘家気取りの淫売野蛮人どもと、私たちでは住んでる世界が違いすぎるんですよ」


 淫売。涙霧は鹿島達をそう断じ、吐き捨てた。

 性行為の対価として金銭を得ているわけでもないのにそんな愚弄をされ、鹿島の額に青筋が浮かぶ。


「うおおーっ! 舐めるなぁっ」


 鹿島が涙霧に突撃し、殴りかかる。

 狙うのは胴体ボディ

 先程“内臓揺らし”で嘔吐させられた磯目姉妹イソメ・シスターズの意趣返しだと言わんばかりの一撃が涙霧を襲う。


 しかし、彼女の拳が届く事はなかった。



「───黎命流“甲矢はや沈め”」



 繰り出された鹿島の腕の前腕部に、涙霧の肘が降ろされていた。


「うぎゃああああっ」


 尋常ではない痛みが腕に走る。

 当人には知る由もないが、彼女の橈骨は涙霧の“甲矢沈め”によってヒビが入っていた。


「見ての通り……相手がパンチしてくるのに合わせて腕に肘を落とし、破壊してしまう技です。その気になれば折る事も出来ましたけどそこは加減しました」

「なにっ」


 涙霧を睨む鹿島。

 そんな彼女に、若き殺人術の遣い手は絶対零度の視線を返す。



「正確に言えばですね、私達は先輩方を倒しにきたんじゃないんです。地獄を味合わせにきたんですよ」



 ぞくっ、と鹿島の背に冷や汗が流れる。

 目の前に立つ相手が───今まで自分が出会ったどんな存在よりも遥かに恐ろしい相手である事を本能で理解したのだ。


「お前達に甚振られ、苦しめられ、一生残る傷を心身に沢山付けられ───。その上口も封じられて屈服させられ、泣き寝入りせざるを得なかった数多の被害者達がいる。私は彼等、彼女等の受けた苦痛と屈辱を兆倍にして返すためにここにいるんです。秒殺失神KOなんてさせるはずがないでしょう?」


 殺される。

 鹿島の頭はその言葉でいっぱいになっていた。


 冴木涙霧は鹿島達を逃がすつもりなどないし、あらゆる命乞いや謝罪にも絶対に耳を貸さないだろう。



「簡単に死ねると思うなよ、クソ淫売」


(殺さないと───殺される……っ!)



 鹿島の目の色が変わった。

 そして、あまりにも激しく苛烈な戦いが幕を上げる。

いよいよ黎命流が本気を出す───。

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