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Fight 16. 暴風脚

16話かけてようやく最初の本格的な敵との戦いという遅さ。

「指突っ込むのが遅い! 今のタイミングじゃ相手を感じさせるまでに三回は手コキでイカされてるわっ」


 鹿島晴恵が叫びながら男子部員の背を木刀で叩き伏せていた。その部員はもう何度も叱責を受けているらしく、背中はところどころ赤く腫れ上がっている。


 加美山中高の校舎裏にある、ひっそりと目立たない場所にあるボロい小屋。生徒の八割が廃屋と認識しているであろうその場所で、今日もバトル・ファック部の部員達は活動していた。


 指導役を任されている上級生は四人。その中心は高校二年の鹿島晴恵と大井川湘子のようだ。


「い や あ あ あ あ あ あ あ 」

「悲鳴上げてる暇あったら反撃しろっ!!」


 鹿島が男子部員を指導している横で、大井川は中等部の女子部員相手にスパーリングをしていた。部員の際どい部分に手を入れ、容赦なく責め立てている。

 やがて部員が立たなくなり、身体をビクビクと震わせながらその場に蹲ってしまう。


 続行不可能になったと判断した大井川は舌打ちしながら手を止め───。


 いきなり彼女の髪を掴んで無理やり引っ張り上げた。


「い、痛いっ」


 思わず叫び声を上げる女子部員。だが大井川はその抗議を意に介さず、思いっきりその頬を引っ叩いた。

 バチンと甲高い音が部室内に響き、見ていた他の部員達は思わず震え上がる。


「やる気ないなら今すぐ死ねよクソザコま◯こがよっ」


 言い放つと蹲って泣き始めた彼女に蹴りを入れ、捨て置いたかのように踵を返した。


「おい、次だ。早く来い」


 鋭い眼光でスパーリングの順番を待っていた下級生達を睨み付ける。

 先の女子部員が受けた仕打ちを目の当たりにした後輩達は恐怖で身体が竦むが、かといって恐ろしい先輩に逆らう事など出来るはずもない。


 一人の部員が死地へ向かう兵士のように顔を蒼くしながら大井川の方に歩こうとした、まさにその時だった。



 バゴンっ、と強烈な破壊音が部室に響いた。



 「な、なにっ」「なんだあっ」と騒めくバトル・ファック部員達。


 音のした方、つまり扉を見るとそこには男女二人組が立っていた。


「相変わらず───しょうもない淫売格闘技ごっこに明け暮れ弱い者虐めで自尊心を満たしてるみたいだな」


 一人は中等部の女子生徒であることを示す赤いネクタイを首元に付けた少女だった。


「ええ。一年前と何も変わらない、社会性や良心とは欠片も縁の無さそうな鴟目しもく虎吻こふんの顔つきをしてますね。ぶちのめすのに一才の躊躇も抱かずに済みそうです」


 もう一人は、同じく中等部在籍であることを示す青いネクタイを付けた男子生徒。


 二人とも170cmほどの背の高さで手足も長かった。男子の方はまだ声変わりが終わっていない成長期のため中二くらいだろうが、それにしてはかなりの体格の良さだ。


「実際、一人ぶん殴りましたけど全く心が痛まない」


 しかも、右手には見張りに立っていたバトル・ファック部員の男子の首根っこを掴んで持っている。その部員は鼻血を顔から出してのびており、彼にやられたのだと誰の目にも明らかだった。


 鹿島は女子生徒の方を見て彼女が誰だか分かったようで、顔に鬼の形相を浮かべながら忌々しげに呟く。


「冴木……涙霧……っ!」

「へぇ、覚えてたんですか。小さくてスカスカの脳みその割には大した記憶力ですね、鹿島晴恵先輩」


 突如現れた女子生徒───冴木涙霧は挑発するような愚弄と共に鹿島を見据える。


「俺のことも覚えてます? ……って、見た目変わりすぎてて分かんねーか」


 その傍らに立つのは無論、橋爪慧秀である。

 去年から18cmも身長を伸ばし、筋量もかなり増えた彼が一年前に集団で暴行しようとした無力な一年生と同一人物だと気付ける者はいないだろう。


「お前ら何をしにきたっ」

「何って……」

「見ての通りバトル・ファック部を解散させに来たんですよ」


 そんな事も言われないと分からないのか、と言いたげな呆れた表情と共に鼻で笑いながら涙霧は返す。


「感謝してくださいよ? 殺さず病院送りで済ませる、というのも楽じゃないんですから」


 数々の愚弄に部員達の怒りが溜まっていく。

 そんな中、二人の少女が前に出てきた。


「ちょっとぉ、黙って聞いてりゃ好き勝手言ってくれるわね」

「病院送りになるのはあんた達の方よ」


 背の低く、まだ幼さの抜けない背丈と容姿の双子だった。プールのないこの学校では使うはずのないスク水を着用しており、しかも直前まで練習をしていたのか全身がローション塗れになっていた。


 胸の名前を書く欄にはそれぞれ「心愛」「みくる」と書かれている。


「先輩方が出るまでもない───ここで二人とも不能にしてやるわっ」

「二度と射精も潮吹きも出来ない身体にしたらぁっ」


 凶悪な目つきと共に襲いかかる心愛とみくる。

 それぞれが獲物と定めた侵入者の股間目掛けて突撃していくが……。


「はうっ」

「ごぶぇっ!?」


 次の瞬間には両者の腹にカウンターの掌底が突き刺さっていた。

 心愛には涙霧の、みくるには慧秀の掌がそれぞれ捩じ込まれている。


「黎命流───」

「───内臓揺らし」


 二人がその技の名を呟き、双子の腹から手を離す。

 その次の瞬間だった。


「お……」


 心愛もくるみも腹と口を押さえ始めた。顔からはどんどん温度が消え、青白くなっていく。そして───。


「おげええええええっ」

「ごげええええええっ」


 その場で嘔吐し始めた。

 部室の床にゲロが撒き散らかされ、悪臭が漂っていく。


「な、なんだあっ」

「新入生の中でも特に有望株の磯目姉妹イソメ・シスターズがやられたぁっ」


 どうやら今瞬殺された姉妹は部内でも実力者だったらしく、バトル・ファック部達は慌てふためき騒がしくし始める。


 黎命流“内臓揺らし”。


 “気”を相手の体内に打ち込む“浸透する打撃”の基本中の基本とも呼べる技である。

 その名の通り体内で練った“気”を掌底で相手の体内に打ち込み、直接内臓を激しく「揺らす」技である。防御を取るか直撃を避けるかしないとたちまち強い吐き気に襲われ、まともに立ってられなくなる。


 涙霧が以前使った“脳揺らし”はこの技の派生系であり、同じ原理で腹の内臓ではなく脳を揺らして意識を奪う応用技である。


「ひ、怯むんじゃないっ」

「多勢に無勢だいっけぇっ」


 磯目姉妹イソメ・シスターズがあっさりダウンさせられ、部員達は鹿島と大井川の指示も待たずに二人を袋叩きにしようと突撃する。


 反射的に迎撃しようとする涙霧だったが、傍らに立つ相方がそれを制止する。


「橋爪くん……!?」

「涙霧先輩、ここは自分に任せてください」


 そう告げるや否や、慧秀は暴徒と化したバトル・ファック部員達に突っ込んでいく。


「しゃあっ」


 身体を捻り、先頭の一人目を中段蹴りで一蹴する。


「あうっ!?」


 慧秀の蹴りが腰にヒットした部員はそのあまりの重さに驚愕の顔を浮かべる。次の瞬間、彼の身体はバットに打ち抜かれたボールの如く後方に吹っ飛んでいった。


「ぐえっ」


 宙を舞う部員の身体は後方にいた別の部員達を数名巻き込み、倒れ込んでいく。


(橋爪くん……脚全体を“気”で強化しているようね)


 “気”で表面を覆い、内部にも浸透させた手足はとても硬く頑丈になる。そのまま打撃や蹴りを放てば並の格闘技経験者など遥かに凌駕する威力の重い一撃を放つ事ができる。

 慧秀がやっているのはそれである。


 そして、慧秀の攻撃は一撃では止まらなかった。


 蹴りの勢いのまま一回転し、さらにもう一度蹴りを放ったのだ。今度は飛びながらの上段蹴りとでも表現すべきか、宙に浮きより高い位置への攻撃を可能とする蹴りだった。


 その一撃は襲いかかってきた二人目の部員の頭に正確にクリーン・ヒットし、瞬く間に昏倒させた。


「せ、旋風脚っ!?」


 いや違う、涙霧はバトル・ファック部員の誰かが叫んだのを聞き心の内で否定する。

 それなりの数の雑魚部員達を自分一人でなんとかする、と言ってのけた慧秀がただの旋風脚を選ぶはずがない。


「しゃあっ」


 目にも止まらぬ速さで二人の部員を倒した慧秀。しかし彼の蹴りは、回転はまだ止まらなかった。

 着地すると同時、今度は先ほどとは逆回転の方向で同じ蹴りを繰り出したのだ。


「はうっ」

「がっ」


 騰風脚。旋風脚の逆回転バージョンである。先程の旋風脚と同じようにさらに二人を続けて倒してしまった。


(なるほど───確かに橋爪くんが好きそうな技だし、一人で大勢を倒すのに向いている)


 涙霧はとっくに慧秀の繰り出そうとする技の正体に察しがついていた。

 “気”で強化した脚で行う一撃必殺級の威力を持つ蹴り、加えて“気”を体内でスタミナに変換する事で発動が可能となる大技。


 その名も───。



「黎命流“暴風脚”っ!!」



 “気”で威力を底上げされた旋風脚と騰風脚を交互に、スタミナの続く限り放ち続けるその技は瞬きする間に一人また一人と部員達を薙ぎ倒していく。


 男女の区別もなく次々と人を吹き飛ばし、打ちのめして地に伏せていくその様はまさに荒れ狂う暴風のようだった。



「───ふぅ」



 気がつけば、慧秀による嵐のような蹴撃でバトル・ファック部員達はそのほとんどが床に転がっていた。

 もはや無事なのは鹿島晴恵と大井川湘子の二人だけである。


「ば、馬鹿な……」

「先輩達が、たった一人に……」


 まだ腹を抑えて蹲っている磯目姉妹が呆然とその光景を見ながら呟く。

 慧秀は軽く乱れた息を整え、鹿島と大井川の方を向き、彼女らに指差して言う。


「───次はあんたらだ」


 圧倒的な破壊力を見せつけられた直後だ。彼の視線と声色が二人にはとても冷たく、無機質なものに感じられた。


「ぐっ……」

「やるしかないか……」


 万事休すの状況に追い込まれた鹿島と大井川。若き殺人術の遣い手二人と拳を交える覚悟を固めつつあった。

 その時だった。


「───と、言いたいところなんですがね」


 不意に慧秀が両手を上に上げて待ったをかける。


「雑魚を片付けて少し疲れました。少し時間稼ぎをさせてもらいます」


 入ってきていいですよ、と慧秀が扉のあった場所を向いて呼びかける。

 すると……。



「クーククク。淫売女子高生のオ◯コにワシの正拳突きとマグナムをぶち込んねやるぜ」

「後ろめたい事してるメスガキ共はワシらみたいな悪い大人の大好物なのよブヘヘヘヘ」



 道着姿の男が二人、続けて部室内に入ってきた。両方とも野蛮人である事を隠そうともしない、醜悪な表情と言動を見せている。


「……橋爪くん、道中ずっと気になってたけどあの二人は一体誰なの?」


 と、二人の怪しい男を見て問いかける涙霧。

 慧秀はそれに答える。


「紹介しましょう、拳闘けんとう空手の田岸たぎし雄文よしふみさんとゲリュー石橋いしばしさんです」


 二人の怪しい空手家はニタァと笑っていた。

この空手家は何者───?

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