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Fight 15. 決戦前夜

序章に14話もかけるとは思ってなかった…そんな私です

「……なんて事をしてみたんですよ」


 決行日の前日。雫子の道場に立ち寄った慧秀は姉弟子の冴木涙霧に先日行った友人・先輩達との組み手について話していた。


「そこまでする必要があるのか分からないけど……。まあ、一年でそのレベルになったのは確かに凄いと思う」


 涙霧は呆れつつも姉弟子として慧秀のその成長を認め、褒める。

 実際、熟練の薙刀使いを相手に十手避け切ってみせた彼の回避スキルは相当なモノだからだ。


「谷川先輩や和田垣先輩たちからの情報提供があるとはいえ、“バトル・ファック”の技がどんなものかはまだまだ未知数ですからね。可能な限り多くの攻撃パターンに対処出来るようになっておいた方がいいかと思いまして」


 それに、と付け加えて慧秀は自身の身体を見て言う。


「今の俺、去年と比べてかなりデカくなりましたからね。当たり判定が広がった分、防御は磨かないと」

「当たり判定って……」


 何だそりゃ、と思いつつ。


 涙霧の───いや誰の目から見ても慧秀の身体は異常な成長を遂げていた。

 出会った当初は152cmほどだった彼の身長は今や170cm。わずか一年で18cmも伸びているのだ。


 無論、変わったのは背丈だけではない。骨格もかなりがっしりしたものへと変わり、筋肉量も周りにいる同級生と比べて何倍も多くなっている。

 体育の着替えの時間に全身についた筋肉を見られ、「いったいどんなスポーツをやってるんだ?」と聞かれる事があると本人が語っていた。


(師匠の施術って本当に凄いんだな……)


 ここまで慧秀が様変わりしたのは本人の努力もあるが、7割方は二人の師である皆川雫子による鍼や整体や薬効などによる黎命流のオカルト施術によるものである。


 限界を超えた成長ホルモンの分泌を促すツボ、身体の骨や筋肉を作る働きを加速させるツボ、身長を伸ばすツボ、摂取した栄養を体組織に変える速度を極限まで上げるツボ……。

 ありとあらゆる点穴ツボを鍼もしくは“気”で刺激する整体法を道場に来るたびに受け、さらにそれらの働きを後押しする秘伝の薬を飲み続けた。

 結果、慧秀の肉体改造は当初の目論見以上に上手くいき、今や彼は大人と遜色ないくらいの体格を手に入れたわけである。


(さらに凄いのは着る服に困らないよう、筋肉の肥大化を絶妙に抑えている事ね……)


 学生の身の上である慧秀らにとって体格が良くなりすぎて制服が着られないなんていうのは死活問題である。

 慧秀も流石にボディビルダーやプロレスラーのような体型になるのは困ると思っていたため、雫子の配慮と調整は有り難かった。


 彼女の視線に気付いた慧秀は少し恥ずかしそうにする。


「あはは……ちょっとデカくなりすぎましたかね」

「知らない人に一年前の橋爪君の写真を見せて、この人と同一人物ですよと言っても誰も信じないと思う」

「ですよねぇ……。まあ、まだ涙霧さんの方が背高いんですけど……」


 現時点での涙霧の身長は173.5cm。去年から結構伸びたが、それでも見た目の変化は慧秀の方が遥かに激しかった。


「私は幼い頃から師匠に同じ施術受けてるからね。もう伸び代はほぼ使い切っちゃったのよ」


 実際、今年で15歳の彼女はそろそろ成長期が終わる。これ以上は伸ばせないだろう。

 小学生の頃は雫子のおかげでクラスどころか地区内で最も背の高い女子と言っても過言ではない長身だった彼女だが、今後はもう背の高さに注目される事はなくなっていくのだろう。


「関節の方はどう? 戦いにおいて可動域の広さは体格の次に重要よ」

「バッチリですよ。この通り」


 そう言いながら慧秀はその場で180度の開脚をしてみせた。


「うん。確かにいい感じね」

「一年前は自分が股割り出来るようになるなんて想像もしてませんでしたね……それが今じゃ簡単にハイキックが打てる」


 雫子の施術は体格の向上だけに留まらない。あらゆる締め技や関節技に対抗出来るようにするため、身体中の関節可動域を極限まで広げるツボを突き、整体で身体を柔らかくした。

 結果、慧秀はバレエや新体操選手顔負けの柔軟性を手に入れたのである。


 ちなみにここまで柔らかくなればもう用はないと思った慧秀は既に体操部を退部している。一応明日の戦いが終わった後、別の部活に入ってみるつもりはあるらしい。


「悪い悪い、零花の三者面談で遅くなった」


 そんな話をしているうちに、遅れてきた雫子が稽古場に入ってくる。

 彼女は慧秀を見るや否や、そっとファイティング・ポーズを取り言う。


「よしっ、それじゃあ早速やるか」


 慧秀は頷き、同じく戦闘の構えを取る。

 ビュッ、と空を裂く音と共に繰り出される拳。雫子の前腕がそれを受け止め、バシンと音が響く。


「……上出来だ」


 雫子の腕はビリビリと痺れている。

 彼女は腕に“気”を纏い防御していた。普通の打撃なら全くダメージを与えられなかっただろう。

 しかし慧秀は同じく、“気”を用いた浸透系の打撃によって攻撃していた。慧秀の気が雫子の気を相殺し、ダメージを通したのだ。


 これは慧秀がきちんと“気”による打撃を体得しているかの最終テストのようなものだったのである。


「一年でよくぞここまで“気”を扱えるようになったな……。師としては感慨深いし、とても嬉しいぞ」


 雫子はそう言って慧秀の頭をわしゃわしゃと撫でる。彼女の笑顔を見れば、本当に慧秀の成長を喜んでくれているのがわかる。


「……ありがとうございます!」


 彼女のこういう部分が思春期真っ盛りの慧秀には少し恥ずかしい。だが、それ以上に尊敬する師からの賛辞が嬉しかった。


「師匠のおかげです。親身に指導してくれたし、鍼や整体だって来るたびに毎回やってくれました」

「なに、導く者として磨揉まじゅう遷革せんかくの教えを心掛けたまでだ。師としては当然の行いだよ。私は“気”を練り扱うための器官を目覚めさせ、慧秀の努力が実るようサポートしていただけさ」


 丹田を目覚めさせた後も、雫子は定期的に“気”に関係するツボを鍼で点き、自身の“気”を指圧で送り込み刺激した。この手助けもあって慧秀の身体は今や完全に“気”に適応している。


「涙霧」


 そして、彼女が気にかけなければならない弟子は慧秀だけではない。


「お前の技も一応見ておこう。少し打ち込んでこい」

「わかりました」


 涙霧は言われるや否や即座に構える。

 一瞬のち。ボッ、と空が爆ぜたかのような音と共に豪速の拳が打ち出された───!


 常人には捉えられないほどの速さ。慧秀も少し前まで目で追えなかったその鋭いパンチを、雫子はビシッと音を立てながら払い、いなして見せる。


 無論、涙霧の手はそれでは止まらない。


 続けて繰り出される反対の拳、その次は下段蹴り、もう一度パンチ……。流れるように連続で攻撃が繋がっていく。

 しかし、雫子は顔色ひとつ変えずにその全てを払い、避け、受けて防いでいく。


 慧秀はその目まぐるしい攻防を見ているだけで圧倒されてしまう。


「ふむ。迷いはないようだな」


 数十秒ほど打ち合った───厳密に言えば雫子がひたすら涙霧の打撃を受けていただけだが───あと、雫子はそう呟く。


「ええ。今の私は一年前よりも格段に強くなりました。あの頃は持てなかった確信が今ははっきりと持てます」


 決意を固めた目で、涙霧は拳を握り言う。


「今の私なら“絶対に”バトル・ファック部に勝てる───やろうと思えば“100%確実に”あの淫売共をぶち殺せます」


 ようやく、ようやくだ。

 とうとう連中に傷付け辱められ尊厳を奪われた被害者達の無念を、恨みを、憎しみを、慟哭の叫びを晴らす事が出来る。


 一年前の涙霧はまだ自身を未熟だと思っていた。故に衝突に踏み切れなかった。


 しかし、彼女はこの一年間で更なる研鑽を積んだ。

 肉体も精神も鍛え上げ、技もより洗練されたものになった。正義の殺人拳を振るい、確実に成し遂げられるという自信が湧いてくるほどに。


(そして、私が高みに登れたのも橋爪くんの存在があってのもの)


 あの日、これ以上の被害者が生まれるのを見過ごせなかった涙霧が半ば衝動的に動き、救った少年。

 彼は今や、涙霧と共に切磋琢磨し、同じ思いを共有して一緒に肩を並べて戦ってくれる逞しい仲間となった。


 涙霧が一年前より何倍も強くなれた最大の理由は、橋爪慧秀という同じ目的のもと互いを高め合う存在に出会えた事だと彼女は確信している。


「今日はもう帰って早めに休め。しっかり食べてしっかり寝て、明日の戦いに備えるんだ」


 雫子は二人の愛弟子をぎゅっと抱きしめ、その背をポンポンと軽く叩く。


「お前達なら絶対に勝てる。これは励ましや気休めじゃなく、客観的に見た事実だ。故に私は何も心配していない。迷いなく送り出せる。だからお前達も、ちゃんと勝ってこの道場に戻ってくるんだぞ」


 はいっ、と。

 師の激励に対し、慧秀と涙霧は大きな声で返事をした。


 明日、いよいよ戦いが幕を開ける。

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