廃ビル街②
ジャラっと鎖が擦れる音がして目を覚ました。
体が重たくて、目を開けるのすら億劫で、頭痛は治まっていたが蹴られたお腹が鈍く痛んだ。
瞼を開ければ1メートル先すら見えない真っ暗闇が広がる場所に転がされていた。
寒い部屋の中冷たいコンクリートがさらに身体を冷やしてくる。皮膚に食い込むほど強くキツく装着されている鉄の手錠のせいか寒さのせいか指先の感覚がなかった。
痛むお腹を摩りながら寝ぼけ眼で起き上がる。
動くたびにジャラジャラと鎖が擦れる音が部屋中に響いた。
胡座をかくように座れば、足首にも手錠が嵌められ鎖に繋がれていることに気づいた。
「……っ!?」
落ち着くために声を出そうとしても声が出なかった。まるで話し方がわからなくなったみたいに、話そうとしても声が喉を通っていかない。口がぱくぱくと動くのみだった。
その驚きと声が出ない恐怖から一気に目が覚めた。
「———っ!!」
唯一喉から出る音はか細く声とすら呼べないほどの掠れた空気を吐き出したような音。それだけの音を喉から出すだけでも酷く喉が痛んで、咳き込んでしまった。
首元を手で覆うと複雑な図形のようなローマ字のようなものが首をを囲むように描かれ皮膚がボコっと浮き上がっていた。
おそらく声が出ないのはコレのせいだと思う。
立ち上がってみれば足に力が入らず膝をついてしまった。キーンっと頭の中に甲高い音が響くいて治っていた頭痛がぶり返してきた。
頭を押さえて蹲ると誰もいないはずなのに耳元から囁くような声が聞こえてきた。
「きみはだれ?」
幼さの残るその声は聞き覚えのある声だった。
でも、どこで聞いたのかは思い出せない。
「……聞こえてない?」
「き、ききききき、きこ、こここ、こここここええええ、ええ、えええてててて、ててるるる、るるるる」
まるで壊れた機械みたいに途切れ途切れで時折声が裏返りながら僕の口から紡がれた。
首が酷く熱くて息がしづらかった。
「そう。それで、きみはだれ?」
「かか、かかかす、すすす、すすみみみみ、こここここたたた」
僕の意思とは反して口が勝手に開き、途切れ途切れの言葉で時折声が裏返りながら質問に答えていく。
「かすみこた?」
「こぉぉぉぉたぁぁぁぁぁ」
馬鹿みたいなアホくさい話し方。
「かすみこおた?」
「そそそそそ、そううう」
声を発するたびに首が喉が焼かれるように熱くなった。
息ができなくなっていく。
「こーたの能力は、なに?」
「のうりょく?」
スッと声が出た。
焼かれるような喉の痛みも、息のし難さもない。
少したどたどしくて赤ちゃんみたいに呂律が回っていなくとも普通に声を発することができた。
「わからない?」
「うん」
まただ。
また、喉の痛みも生き苦しさもなく、すっと声が出た。
偶然かもしれない、感覚が麻痺してきただけなのかもしれない。
でももしかしたら、抵抗しなければ、少しでも嫌だと思わなければ普通に問われたことのみに対してなら話せるのかもしれない。
「そう、ならいいや」
幼さの残るその声は心底興味なさげに呟いた。
「ばいばい」
そして興味なさげにそう告げる。それから耳元で囁くように聞こえていたその声は聞こえなくなった。
でもそんなことはどうでもよかった。きっと興味が無いのは出会った当初からだから。
どこかで聞いたことのある声の正体がわかって僕は驚いた。それはもうすっごく驚いた。
だって、こんな僕になんか興味ないとどうでもいいと思ってそうな奴がこんなことをしているのかという疑問の方が大きかったから。
耳元で囁かれた声はあの仮面の殺人鬼が機械を通さずに『ばいばい』と言ったあの声とそっくりだったのだ。
あの恐ろしい殺人鬼ならば別にあの場で僕を捕まえてもよかったはずなんだ。わざわざ違う人に捕まえさせる理由なんてないくせにどうして?
この疑問が解決されるのは年単位で先の事だった。
あの殺人鬼の声が聞こえなくなってから、冷たいコンクリートの上でどれくらい過ごしただろう。
動くことはできてもやることもなければ目が慣れたからと言ってなにも無いこのコンクリートの部屋では見甲斐のあるものすらない。
寝る以外することがなかった。
それでもあまりの寒さに起きてしまう。最近ではお腹も空いてきて終始お腹が鳴っている。お腹が空きすぎて痛いくらいだ。
身体の感覚は時間が経つ毎になくなっていっている。最近では肘、膝より下の感覚がない。
僕はこのまま私ぬのだろうか?
父さんは探してくれているのかな?
母さんは心配してくれているのかな?
妹は寂しくて泣いてないだろうか
弟は僕のことを忘れてしまっているんじゃないか
家族に会いたい。
少しでもそう思ったらひどく虚しさと寂しさと悲しさが押し寄せてきた。
会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。
父さんと秘密基地を作りたい
母さんのご飯が食べたい
妹と家の手伝いをして
弟とたくさん遊びたい
会いたい会いたい会いたい会いたい
あんな当たり前の日常に何気なく過ごしていた楽しい日々に戻りたい。
戻してください!神様!!
涙が溢れた。
目頭が熱くなって、鼻を啜りながら、家族に会いたいと泣いた。
あの何気ない日常が今になって幸せだったと感じられる。
その光景を思い出しながら瞼の裏にその光景を映し出しながらただただ泣いた。
その日見た夢は、僕が戻りたいと願った家族の夢だった。