廃ビル街
この作品は外伝となっております。
殺人鬼にあったことはあるだろうか?
人の死をなんとも思わずに平気な顔して痛ぶり殺しては人の努力を生きた証を奪い取り踏み躙る。そんな極悪非道な殺人鬼にあったことはあるだろうか?
僕はたまたま偶然そんな殺人鬼に遭遇してしまった。
友達と都会に遊びにきていた僕は、廃ビル街という存在を知らずに中に足を踏み入れてしまった。
時刻は夕方五時過ぎ。夏真っ盛りであったにも関わらず一歩足を踏み入れるだけで冷たい空気と日が入らない真っ暗な世界が僕を包み込んだ。
とても奇妙でとても陰鬱としていて、一瞬にして肝が冷え切った。でも、僕はさらに足を進めてしまった。
お化け屋敷にでも来たようないわく付きの場所に来たかのようなそんなドキドキとした興奮が僕を支配していた。
感覚としてはお化け見たさに幽霊屋敷に入る人たちとおんなじだ。
都会にもこんな寂れた場所があることに驚いたし、こんなに背の高いビルが全て誰も使わずに放置されていることも不思議だった。
暗くて怖くて独特の雰囲気を持つこの場所がなんだか秘密の場所みたいで人ならざるものが居そうでとても楽しかった。
だから、時間を忘れて散策してしまったんだと思う。
後で僕はひどく後悔することになった。
何時間か経った頃、そろそろ帰ろうかと来た道を戻った。少し狭いビルとビルの間にある道なき道や大穴の空いた建物の中、ズレた排水溝の入り口から入れるチカチカと今にも消え入りそうな電球の付いた地下通路。
確かに来た道を戻ったはずなのに、外には出られなかった。
どこで道を間違えたのか分からずに再び来た道を歩いた。けれど今度は地下通路を見つけられなかった。
完全に迷ってしまった。
空を見上げても真っ暗なくせに星一つ見えないからどちらが北かすらもわからない。
帰れないと思うと先ほどまでの好奇心からくるドキドキとした興奮が全て恐怖心へと変わってしまった。
一生帰れないのかもしれない。
ここで永遠に彷徨って死ぬのかもしれない。
もしかしたら僕はもう死んでいるのかもしれない。だから帰れないんだ。
そんな恐怖心からくるネガティブ思考が頭を埋め尽くした。
いつの間にやらその場に座り込んでしまった。
どうしよう、どうしようとそんな言葉だけが頭の中をぐるぐると回っていた。
しばらくの間蹲って滅入っていると、タタタタと誰かの足音が聞こえた。やけに急いでいて走っているようなそんな足音。その後にトットットットッとゆっくり歩いている小さい足音も聞こえた。
誰かいる!もしかしたらここから出る術を知っているのかもしれない!!
そんな淡い期待を持って、僕は足音のする方に走って向かった。
この場で留まっていた方が安全だったにも関わらず。
音が反響していて、具体的にどこに人がいるのかは分かりづらかった。音のする方に歩いても行き止まりが多く何度も何度も似通った道を通って心が折れそうになった。
それでも諦めずに歩いて歩いて歩いた末にようやくすぐ近くまで足音が聞こえる場所まで辿り着くことができた。
早くに諦めていればよかったのに。
足音がすぐ近くで聞こえる。目の前にある少し開けた場所に行けば人と会えるかもしれない。
そう思って足早にここから出られる希望を持って向かった。
もう少し、後ほんの少し
目の前で人が走り去った。
声をかけようと大きく息を吸ったところで、目の前の人が叫んだ。
「やめろ!くるなぁあー!!」
咄嗟に隠れてしまった。
そして後から来る小さな足音がすぐ隣を通り過ぎたとき、体全身からドッと汗が噴き出た。
ニンマリと笑った道化師の仮面
血で真っ赤に汚れたフード付きのコート
両手に握られた血を滴らせるナイフ
悲鳴を上げそうになった口を両手で押さえて、震えることしかできなかった。
「……死ね」
殺人鬼の口から発せられるのは端的な言葉。
「嫌だ!!やめろ!!死にたくな……」
耳を塞ぎたくなるほどの大きな悲鳴が鼓膜の奥を震わせた。
大の大人が大粒の涙をこぼして、駄々をこねる子供のように手足をばたつかせて、赤子のように泣き叫びながら息を引き取った。
そんな惨状を物陰から見ていた僕は、あまりのグロさと恐怖で胃の中のものを全て吐き出しそうになった。それでも、殺人鬼に居場所がバレるかもしれないと、僕も殺されるかもしれないと必死に飲み込んだ。
目を塞いでカタカタと震えながら来たことを後悔しながらその場でただただ小さく縮こまって震えることしかできなかった。
トットットットッとゆっくりと足音が近づいてきた。
殺人鬼が戻ろうとしてるのかもしれないと思いさらに縮こまって奥歯を噛み締めて口を押さえて声が出ないように努めた。
足音は遠のきやがて聞こえなくなると、僕は息を吐いてゆっくりと目を開けた。
そして、喉が潰れんばかりの大きな悲鳴を上げた。
目の前にはニンマリとした道化師の仮面が僕を覗き込むようにして見ていた。
僕より低い背は圧倒的存在感と畏怖の念からとても大きな存在だと錯覚した。
「……うるさい」
殺人鬼はポツリと呟くと同時に喉元にナイフを押し当てる。
一瞬にして叫ぶのをやめて緩めていた手で口を強く抑えた。口の中で歯がカタカタと音を鳴らしているのが嫌に頭に響く。
殺人鬼は僕の首から少しナイフを離した。
「……見た?」
僕は首を激しく横に振った。
「……ホント?」
今度は縦に首が折れそうなくらい激しく振る。
目の前の殺人鬼が少しでも動くたびに声を発するたびに僕の心臓は痛いくらいに大きく跳ねた。今までにないくらいの大きな音と速さで脈打つ心臓。震える身体。自然とこぼれ出す涙。終いには生暖かい何かがズボンを濡らした。
「……汚い」
殺人鬼は僕から距離をとった。仮面の下の表情はきっと侮蔑と汚物を見る目で見ているのかもしれない。
「……見てないなら、いい」
そんなの嘘だってことなんてわかりきっているはずなのに、殺人鬼はゆったりとした足音を立てながら僕に背を向けて歩き出した。
「……ばいばい」
今までは機械音声の混じった声だったにも関わらず、最後は幼さのあどけなさの残る子供の声でそう告げられた。
危険は殺人鬼は去った。
僕は心からの安堵のため息を吐き、立ち上がった。
どこが出口かもどこに向かえばいいのかもわからない。そんな場所のままなのに、ひどく心は凪いでいた。
きっとどうにかなる。歩いてれば外に出れる。
そんな楽観的な思考で埋め尽くされていた。
「おやおや、そこにいるのは迷子かな?」
ほら、誰かが近くを通って僕を見つけてくれた。きっと、外に返してくれることだろう。
この時僕は、殺人鬼という恐ろしさの極限にあったことで思考が止まっていたんだと思う。考えることを放棄していたんだと思う。
だからこそこの楽観的な思考に陥ってしまった。
僕は後ろを向けば科学者のような風貌をした女性がメガネをクイっと上にあげていた。
「ここで会ったのも何かの縁。着いてきなさい」
僕は短く返事をした後に女性の後をついていった。
「いやはや驚いたよ。こんなところに迷う子供がまだいたなんて。怖かったかい?」
「あ、そうそう殺人鬼には会ったかな?もし見かけても近づくことはお勧めしないよ」
「ここは廃ビル街と言ってね。随分と前に人が立ち入ることをやめてしまった場所なんだ」
「君は何の魔法を使えるのかな?もしよければ教えて欲しい」
前で歩き進める女性の言葉に相槌を打ち時には返答しながら、疑問に思ったことを口にした。
魔法を使うというのはどうゆうことか、と。
そんな漫画やアニメの話にしかでてこない創造の超ブツをこの女性は僕が使えると断言した。それが不思議でならなかった。
そして、僕は厨二病を大人になっても拗らせている痛い人なんだと心の中で思い込むことにした。
「おや、そうかい。ならば都合がいいかもしれない」
最後に女性が言った言葉の意味を僕が理解したのはしばらく経ってからのことだった。
それから女性は口を開くことがなくなった。
先程まで愉快そうに口を開いてニコニコとしていたのに、悪い笑顔を浮かべたかと思うと急に黙りこくった。
不気味に思いながらもここまでついてきてしまった手前側から離れることもできずに背を見つめながら後ろを歩いた。
頭の奥から響くように痛む頭痛がまるで警鐘を鳴らしているかのようだった。
明かりの付いているそこまで古びてない建物の前まで付くと女性が口を開いた。
「もうこんなところには来ちゃいけないよ。最も出られればの話だがね」
一歩、二歩と後退り逃げようとした時にはもう手遅れだった。
歩いている時から頭に響いていた痛みがより一層強くなった。あまりの痛さに膝をつき歩けなくなる。だんだんと視界もぼやけてきた。
「知らない人について行かないよう、危険な場所に足を踏み入れないよう、パパやママに言われなかったのかい?」
不敵な笑顔を浮かべる女性が僕の腹をヒールの靴で蹴り飛ばした。
「ここに来たのは完全に君の自業自得さ」
遠のく意識の中、笑い声と共にそんな言葉が聞こえてきた。
本編と書き方を変えてみましたが、どうでしょうか?
個人的にはとても楽しく執筆できたので満足しています。
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誤字があっても多めに見て、「仕方ないから教えてやるか」という寛大な心で許してください。
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外伝を読み本編が気になった方がいましたら、ぜひそちらもご拝読ください。