ある朝
三題噺もどき―さんびゃくろくじゅういち。
静かにカーテンを開くと、外はまだ暗い。
早起きをするようになって、初めての秋……いやもう冬?
この暗さには慣れたが、寒さにはまだ慣れない。
「……」
夜も冷えはするが、朝の方がより冷たく感じるのは気のせいだろうか。
朝は夜程人の気配もしないしなぁ……。
どこか静かで、冷たく感じるのかもしれない。
と、ここ最近思い始めた。
「……」
カーテンを開いたついでに、窓も開く。空気の入れ替えをしなくては。
早起きとは言ったが、今日に限っては徹夜明けに近い。寝ていないので。
色々と煮詰まったり考え込んだりで、眠るに眠れなかったのだ。
そうこうしているうちに起きる時間になった。
まぁ、寝直してもいいのだが……そんな気にもならなかったので、今に至っていたりする。
不眠のままで朝を迎えた。
「……んん」
しかしなんだか、今日はやけに視界が騒がしい。
寝ていない事の弊害か何かだろうか。
そんなにやわではないはずなんだけど……
ってあぁ、あれか。
「……」
窓の外に見える標識…の近くに立っている街灯。
それの電気が切れかけているのか、点滅を繰り返している。
こないだ地域の何かで直すと言っていたと、風の噂で耳にしたが……まぁ、噂だし。
この辺は夜に人が出歩くことはないから、必要に迫られてはいないんだろう。
あれじゃ標識に見づらさが、素晴らしいことになっていそうだが……。
「……さて」
まぁ、視界の不快さの原因も分かったことで……少し何かをいれるとしよう。
冷えた上に、点滅下視界のせいで、再度思考の傾きが起きそうになっている。
それのせいで眠れなかったのだから、今更どうにも出来なさそうな気もするが。
何か暖かいものでも飲もう。
そうすれば少しは落ち着くかもしれない。
「……」
小さく軋むリビングを横切り、キッチンへと向かう。
ガランとしたキッチンにどうも、生活感の無さがうかがえてしまう。
自分が生きることに執着していないように見えてならない。
まぁ、そこまでではないから正解ではあるけれど。
今はこれがよくなかったりもする―かと言って汚す気はないが。
「……」
冷蔵庫の横にある棚の上。
コンセントの関係でそこに置かれた電気ケトルを手に取り、中に水を入れる。
特にこだわりはないので水道水。
適量を淹れたら、セットし、ボタンを押して放置。
初めは静かだが、時間が経てば、くつくつと音がしだす。
その音が案外好きだったりする。
「……」
お湯が沸くまでの間に他の準備もしていく。
ケトルの置かれた棚の中。
1人暮らしの癖に無駄な量の食器がある。
その中から、1つの白磁のティーカップを手に取る。
「……」
普段はマグカップで済ませているが、今日はなんとなくこの気分だ。
まだ生きていることに積極的だったころに、一目惚れして勢いで買った品だ。
真白で、何も装飾はない。形もシンプルなもの。
もちろん、美しい模様が入っているものも好きだ。
マグカップなんて全部柄物だし。
「……」
ただ今は、こういうシンプルが嬉しい。
雑念とは言わないが、考えすぎるのが自分の悪癖だと分かっているので、疲れている今は、これが望ましい。あの頃の自分に感謝だ。
「……」
白磁のそれをキッチンに置く。
やっぱり白くていいなぁとぼんやり思いながら、棚に置いてある籠を漁る。
中には数種類のインスタントが入っている。コーヒーはない。苦手なので。
ココアとか紅茶とか緑茶とか。最近ははちみつ紅茶というのをもらった。
その中から、市販の紅茶のティーパックを取り出し、カップの中においておく。
ついでに棚の引き出しから、スプーンも取り出しておいて。
「……」
くつくつと音がしだした。
そろそろ終わりそうだ。
ん……しかし寒いなぁ。これが入れて終わったら窓を閉めよう。
あぁ、そうだ。忘れるところだった。
「……」
冷蔵庫を開き、牛乳を取り出す。
おしゃれにミルクといってもいいが、まぁ、ただの牛乳だ。
紅茶好きではあるが、すぐには飲めないので、ミルクティーにするのだ。
猫舌のせいでアツアツは飲めない。かと言って氷を入れると薄くなる気がして嫌。というのでこうなった。
「……」
カチ―という音が聞こえ、沸騰していた水が少し静かに鳴る。
ケトルを手に取り、ティーカップの中にゆっくりと注いでいく。
「……」
ジワリと滲みだす紅茶の匂いと、色。
白磁のティーカップの中に、赤が広がる、
自然と、ほぅと、ため息が漏れた。
「……」
思っていたよりも緊張していたらしい。
何に、かは分からないが。
ゆるりと、何かがほどけた気がした。
「……」
半分ほど入れたあと。
ティーパックをとりだし、シンクに置いておく。
湯気の立つその中に、ゆっくりと牛乳を入れていく。
こぼれてしまってはいけないし、丁度いい暖かさというものもなくては。
「……」
軽くスプーンでかき混ぜながら、ティーカップを手に取る。
ん。丁度よさそうだ。
手に持ったまま、キッチンを出て、窓へと向かう。
未だ街灯が点滅しているが、今は。さほどうるさくない。
「……」
ぼうっと外を眺めたまま、ミルクティーを一口飲む。
……これを飲んだらベッドにでも入ろうかな。
今日は休みだし、ゆっくりしよう。
お題:ミルクティー・白磁・標識