原点回帰
持久戦とも言える浄化は邦和が昼近くになっても続いていた。
【暴れなくなった】
【うん。吼えるのも止まったね】
堅固を維持している紅火と、消音を維持している青生の言葉で、ようやく兄弟にも安堵が漂った。
【試しに消音を解いてみるよ。相殺解還】
すると、啜り泣きが聞こえてきた。
【スタリーナ様、もう苦しくはありませんよね?】
泣くばかりで返事が無い。
【スタリーナ様?】
〖私とお兄様が完璧になるのをどうして妨害するの?
私には……お兄様と結婚できないのなら、ひとつとなって結婚よりも強く結びつくしかないのに。
お兄様は真核をくださると言ったのに!〗
嗚咽に変わった。
兄弟は やれやれと溜め息を溢したり、肩を竦めたり。
そんな中でラピスリだけは瞳に怒りの炎を宿して進み出た。
その行く手をドラグーナが阻む。
【待ってラピスリ。浄滅は最終手段だよ。
皆も聞いてね。
これはもう根底から修正するしかない。
こんな状態では人世には連れて行けないよ。
鍛え方が違うけど、基底神力は俺と同じ。
そもそも龍は基底が高いんだからね。
罷り間違って逃げられでもしたら、スタリーナが災厄源になるのは確定だよ。
だから此処で、俺が作った複製核を込めてみるよ。
その上で説得してみるからね】
各々が兄弟を支えていたが集結し、浄破邪の桜花鱗になって白闇呼玉に寄った。
【彩桜、人世でと約束していたけど……ごめんね】
【うん。仕方ない思うのぉ】
【ありがとう】
悲し気に微笑んで白闇呼玉に手を翳した。
【スタリーナ】〖お兄様♪〗【うん】
〖私に真核をくださるのですよね!〗
【これを……受け取ってね】
煌めく滴を落とした。
〖はい♪ 私の魂核に入りました♪〗
【馴染むまで保護珠の中で待ってね】
〖はい♪ これで私は完璧になれるのね♪
お兄様の神力で最強の女神に!〗
【静かにね。
気を鎮めていないと馴染むのが遅くなるよ】
〖はい♪ では瞑想して待ちますね♪〗
ドラグーナは静かになった白闇呼玉を手に取り、光で包んだ。
【ドラグーナ様、ソレ……反転治癒でしょ?】
ドラグーナは彩桜の問いに対して言葉にはせずに小さく頷いた。
【どして――ドラグーナ様ダメ!】
大丈夫だよ。滅したりしないから。
【でも……】
俺に任せて。ね?
ドラグーナの悲しい覚悟が伝わってしまった彩桜は頷くしかなかった。
そんな彩桜に青生が寄って後ろから抱き締めた。
(大丈夫だよ。ドラグーナ様は消えたりしない。
俺達から出ているように見えるけど、ドラグーナ様の魂は俺達の魂に包まれているんだからね)
(あ……そっか。
ドラグーナ様の魂核、俺の中なんだ。
出て行けないんだよね?)
(だから見守ろうね)
(うん。最悪、俺達がドラグーナ様を護ればいいんだよね)
(そうだね)
ただ ひたすら待つばかり。
不要な焦りがムクムクと湧く度に、どうにか気を取り直してプチプチと潰しているだけの時を過ごしていた。
ドラグーナも微動だにせず、じっと白闇呼玉を見詰めている。
そろそろ彩桜の空腹が限界に達したのではないかと兄達が心配していたが、彩桜よりも先にスタリーナが声を発した。
〖お兄様、いつまで待てばよいのですか?
私は強くなったのでしょうか?〗
その言葉で皆、何も変わっていないと察した。
【スタリーナ、どうして そんなにも強くなりたいの?】
〖どうして、って……龍は強い神なのだから当然でしょう?
お兄様だって修行ばかりして獣神王と呼ばれるほどに強くなったのでしょう?
強くなりたくて修行していたのでしょう?
私だってお兄様と同じように強くなれるの。
元々は1つだったのだから同じでなければおかしいのよ。
でも……何度も何度も足りないとか、欠けてるとか言われたの。
だから完璧にならないといけないのよ!〗
【何が足りなくて、何が欠けているのかは分かったの?】
〖それは……強さなのでしょう?〗
【確かに強さだけど、心の強さだよ。
神としての強い心。
信じる強さ、神としての正しい道から外れない生き方を貫く強さだよ。
思いやりや優しさも心の強さから生まれるんだ。
スタリーナに足りないのは、そういう神としての心の強さだよ。
欠けているのは神としての正しい道を理解する力だよ】
〖何を言っているのか分からないわ。
神は強くなければならないのでしょう?〗
【そう……分からないんだね。
本当に根底から直さないといけないんだね】
〖お兄様? 何をしようと?
私を滅すればお兄様の真核も消えてしまうのよ!〗
【俺達は神なんだ。
スタリーナの考え方は危険なんだよ。
だから――】〖結婚の絆を結んでやる!〗
【それは――】〖この真核と結ぶの!〗
【そう……残念だよ】
〖お兄様の神力は私のものよ!〗
【スタリーナ……今度こそ神として生きようね。原点回帰】
〖ぉ――〗
ドラグーナは泣いていた。
それでも保護珠を成しては白闇呼玉から何かを移し取っていた。
その無言の作業が終わると、アミュラの結界壁に白闇呼玉を入れ、保護珠は全てラピスリに渡した。
【中身はラピスリなら分かると思うよ】
【父様、何をなさろうと?】
【禁忌を使ってしまったからね。
裁きの場に――】
【ですから、何をなさるおつもりなのですか?
父様は今は堕神。あの兄弟に包まれているのです。
自由には出歩けないのですよ。
兄弟諸共に浄滅されようと言うのなら私は封じてでも連れ帰りますのでっ!】
【ねぇねぇアミュラ様ぁ、さっきの禁忌なの?】
〖さぁねぇ。
アタシの頃は禁忌じゃなかったし、此処は今の『神世』じゃないんだろ?
もしも今は禁忌だとしても、神王とやらの範疇外じゃないのかねぇ〗
【だよね♪
それに証拠不十分てのもアリだよね♪
だって目撃者ナシなんだも~ん♪】
【目撃者だらけだと思うけど?】
【だ~ってアミュラ様もカイさんもカーリも今の神世のヒトじゃないもん♪
俺達、人世のヒトだも~ん♪】
【だよな♪ これぞ神王の範疇外ばっかだ♪】
【ね♪ 瑠璃姉もランちゃんも人世のヒトだもんねっ♪】
【ふむ。確かにな】【うんうんっ♪】
【だからドラグーナ様は無実なの~♪
勝手に裁判所 行ってもドラグーナ様の魂核 俺の中だも~ん♪
浄滅ムリムリなんだも~ん♪
あ、それで白闇呼玉の中身は?
スタリーナ様どぉなったの?
瑠璃姉にゃ~に貰ったのぉ?】
【これは……称号、神力、想いの欠片、神力、神力、術知識、これも称号だな。
残りは全て神力だ】
見ては浮かせ、見ては浮かせとしていると、ラピスリの周りは保護珠だらけになった。
弱い弱いと言っても流石はドラグーナの双子の妹だ。神力満タンな珠の多さが半端ない。
【称号て静寂と陽活?】
【そうだ。タートシンキ様は人世だが、帰る前に鳳凰の里に行かねばな】
〖その神力、全てドラグーナが持っときな。
倍増には程遠いが災厄に備えるには必要だろ?
ラピスリ、完全に無垢に戻してやるから持って来な〗
【はい】
何やら唱え、
〖これも助けてもらった礼だ。受け取りな〗
ポイポイポイッとラピスリへ。
【ありがとうございます】
〖さてと、スタリーナも完全無垢に戻すよ。
変に残ったりなんかしたら、ま~た厄介娘になっちまうからねぇ。
ドラグーナ、もう少し足しな。
今度はお前さんの娘になるんだからねぇ〗
【あ~、はい】壁に入った。
結界壁内の音は聞こえなくなったが、アミュラに指示されて、頷くと言うよりはペコリペコリとしながら従っているドラグーナを皆で眺めた。
【ねぇ瑠璃姉、ドラグーナ様てば嫌々なの?】
【恥ずかしくなっているだけだ】
【そぉなんだ~♪】
ドラグーナが白闇呼玉を手に出て来た。
【器の女の子に近付ければ戻るようにして頂いたからね。
彩桜、お願いね】
【は~い♪ それじゃ帰ろ~♪
俺、お腹ペコペコなのぉ。
あっ、鳳凰の神様 見たいの~♪
一緒に行くの~♪】
―・―*―・―
アトリエのスタジオでは、メーアアレンジに変わった曲をどうにか通しで演奏し終えたところだった。
「あとは歌を乗せるだけだが、先に昼飯にしないか?
もう昼なんか とっくに過ぎているんだろ?
食ってるうちにサポートメンバーズが揃うかもだしな♪」
「そうですね。訳しますね」
そうして皆で居間に向かったのだった。
―・―*―・―
御榊研究室でも――
「終わった~♪ お昼にしよ♪」
【今日も金錦教授の部屋?】
【今日は居ないよ。学食に行こうよ】【ん♪】
「先輩も ありがとうございました」
「乗せてもらう分だから足りていないよ」苦笑。
「でも「ありがとうございます♪」」
「どの学食に行くの?」
「煌麗山大学定食 食べてみたいな~♪ 近いし♪」
「それって『料亭』の? あの『御膳』を?」
『料亭』は通称だが、学食の中では最も高額なメニューが並んでいるのは確かだ。
「ソラのお財布で♪」【いいよね♪】
「掃除のお礼です♪」【いいけどね】
「いや、そんな。悪いし」
「行きましょ行きまっしょ~♪」
背を押して出て行った。
「響! ボクは鍵を返してから追い掛けるから!」
『はいは~い♪』
苦笑しつつ最終確認。ソラも廊下に出た。
彩桜、もう帰ってるかな?
神眼で空を見上げる。
来週も一緒に勉強できるね♪ 早く帰ろ♪
鍵をかけて御榊教授の部屋に向かった。
―・―*―・―
【皆は此処で待っていてくれ。私だけで行く】
着地。背に乗っていた兄達が降りる。
【ええ~っ!】ぶぅぅ~。
ランマーヤも着地。
【鳳凰は気難しい。イーリスタ様は特別だ。
穏やかなイーラスタ様もな】
【彩桜、俺達は人神様に間違えられるんだから近寄らないでおこうね】
【仕方にゃいにゃ~ん】
【でも瑠璃も大丈夫なの?】
【私はドラグーナの娘だ。問題無い】
更に南、こんもりとした緑が見える方へと飛んで行った。
スタリーナは人で言えば受精卵くらいまで戻されてしまいました。
ですがアミュラ様にも原因が分からなかったので、無垢に戻しても再び思慮欠如神になる可能性があるそうです。
ア『オーガンディオーネも おんなじさね。
生み方が悪かったのでも
育て方が悪かったのでもないんだよ。
時々、ごく稀に生まれちまうモンだと
考えるべきなのかねぇ』
凜「ドラグーナ様にも そう伝えたんですか?」
ア『ドラグーナにも見えていたんだよ。
第二のオーガンディオーネになっちまうと
感じたからこそ原点回帰したんだ。
まぁ、次に生まれる頃にゃあアタシの本体が
目覚めてるだろうからねぇ。
ドラグーナが泣かないように対処するさね。
とにかく先の話だ。
災厄源にならなかっただけでも
スタリーナは幸せだと思っておくれよ』
凜「私、そこまで書きませんよ?」
ア『アタシも知らないよ♪』
桜「ちゃんと『めでたし めでたし』してよぉ」
凜「うわ出た。
彩桜達が神世暮らししてる頃の話なんて
書けないからねっ」脱兎!
桜「あ~あ~あぁ。逃げちゃったぁ」




