居酒屋ガス爆発事故の一周忌
翌朝、テレビは樺太がロシアから譲渡されたと大騒ぎだったが、輝竜兄弟は ようやく日常に戻れたのでチラリと見ただけで職場に学校にと出掛けて行った。
「瑠璃、今日はいいから法事に行ってね」
頷いて無理矢理に笑みを浮かべる。
「では我等の城を頼む」
この日は居酒屋 春菜のガス爆発事故の一周忌で、午前中に小夜子の法要が真喜多家で、続いて春菜が在った近くの中大寺で合同法要が行われるので、瑠璃は両方に参列する予定にしていた。
「でも亥口(利幸)さんのは? しないの?」
「東合で元気に修行中なのでな。
慎也殿にでも拝んでもらえば十分だろう」
「それがいいね。じゃあ行ってらっしゃい」
まだ心の傷は癒えていないのだろうと抱き締めて背をぽんぽん。
「青生……」
「うん。忙しさで普段は忘れられても、今日は泣いていいんじゃないかな?」
「……ありがとう」
―・―*―・―
煌麗山大学の大講義室でサーロンと並んで増馬教授の数学講義を楽しく受けている彩桜は、講義が始まって直ぐに一瞬だけ見え聞こえたものが気になるのと、青生が居ないのが寂しいのとで話し掛けてみた。
【青生兄~】
【どうかした? さっき聞こえた声かな?】
【うん、真っ暗で紅火兄の匂いしたから禍の滝の箱だと思うのぉ】
【そうだね。魔女と一緒に何方かを封じてしまったのかもしれないね。
魔女は多くの神様を取り込んでいたみたいだからね】
【うんうん。
でも明日? 瑠璃姉、今日ダメでしょ?】
【そうなるだろうね。でも……】
【その前にザブさん?】
【そんな気がするんだよね。
何が起こるのかは見えないんだけどね】
【だよねぇ】【彩桜?】
【ほら、サーロンが心配しているから講義に集中してね】
【ん♪
あのねサーロン。また神世で何かあるの。
ソレ青生兄とお話ししてたの】
【何が見えたの?】
【たぶん~ザブさんが何かしちゃうみたいなの~。
瑠璃姉が……すっごく怒る? のかにゃ?】
【それだけ? あ、そうか。確定だから見えないんだよね?】
【そぉなの~】
―・―*―・―
垣間見えた2つが気になりつつも彩桜は久し振りの教室へ。
「みんな~♪ おっそよ~♪」
増馬教授の都合で2限目が休講になったので、そんなには遅くない。
「彩桜♪」一斉に大歓迎♪
休み時間なので祐斗の席周りに集まっていた。
「なんか久しぶり~♪ あれれ? 鮒丸は?」
「今朝、餌やりに来たら消えちまってたんだよ」
「来た時も突然だったけど、居なくなるのも突然だなんてね。
僕達は元の飼い主が連れ帰ったと信じてるんだけどね」
堅太と祐斗の言葉に皆が頷く。
「そっか~。仕方ないよねぇ。
戻れて良かったにしとこ~。
お世話ありがと~♪」
「それで大学のは?」「解決したのか?」
「していないんだよね?
ほら、この記事のここ。
エジプトの砂に隠されたピラミッド発掘でも活躍したんだね、輝竜(金錦)歴史学教授の弟の輝竜(彩桜)教授」
凌央が新聞の切り抜きを机に広げて指差した。
「金錦教授の従弟の翔 颯龍教授も載ってるけどね」
「教授 違うのぉおぉおぉ~」ふえぇえぇ~ん。
「でも全国版の記事だしニュースでも言ってたから、もう否定は無理だと思うよ。
それでも僕は中学生としての彩桜に挑み続けるけどね」
「それでこそ凌央だよなっ♪」バシッ。
「っ……でも気合いは入ったかな。
それでサーロンは? 期末テストに来るの?」
「7月はコッチなの~♪
俺達と一緒にオーストリアに音楽修行しに行くの~♪」
「いつ!?」一斉。
「夏休みに行くのは聞いてたけどな。
8月じゃなく7月に行くのか?」
「終業式の日なの~。
飛行機とか、いろいろ都合なの~」
本当はカイロのライブから帰宅したら居間で待ち構えていた稲荷から、その日から自由の身になっておくべきだと言われた為だ。
「そっか。そんじゃあジオラマは進めとく。
昨日、土台は終わったからな♪」
「ふええっ!?」
「そんな驚くことかぁ?」
皆が視線を交わして頷き合う。
「だって、もう始めないと間に合わないし。
だから狐松先生と慎也さんに安土城の幻も見せてもらって作り始めたんだ」
「赤バスで行ったよな♪」
「紅火お兄さんのバスだよ」
「赤いバスだろ?」チャイムが鳴る。
「もういいから席に着かないと」
「今日の5時間目は ちゃんと体育だぞ♪」
「今日は ちゃんとあるんだ~♪」るんっ♪
「彩桜が元気になったからいいか♪」
わいのわいの賑やかな集団は自分の席へと楽し気に向かった。
登校できなかった間に変わった事もあったが、変わらない仲間に囲まれ、包み込んでくれる優しい居場所に身を委ねるように幸せに過ごす彩桜だった。
―・―*―・―
落ち着く為に、乗り越える為にと瞑想修行をしていたザブダクルが目を開けて、首を傾げた。
「マディア、今日は誰も来ぬのか?」
「今ピュアリラ様より、本日は人としての用があるのでと連絡を受けております」
「人として? 今日は何かの日なのか?」
「それは……」
「ん? 何だ?」
《邪魔者ウンディを滅するのだ》
「また声が!?」「最高司様っ!?」
《ウンディを滅さねばならぬ》
「……そうか。ウンディであったな……」
「最高司様?」
「1年経ったのだな。
ウンディが浄滅されたのかを確かめよ」
「はい……」
マディアは連絡板に向かった。
首輪に伝える考えは浄化最高司補と保魂最高司補への問い合わせにしたが、入力は今ピュアリラにザブダクルの異変を伝えた。
―・―*―・―
真喜多家を後にした瑠璃が中大寺の駐車場に入った時、連絡板から指名で緊急だと示す着信音が神耳に伝わった。
神眼で確かめるとマディアからの古獣語で、ザブダクルが呪の意思に操られている可能性があるとの事だったので車を出した。
【青生、緊急だ。
呪の意思塊がオモテに出たらしい。
神世に向かう】
【そう。診察を引き継ぐからね。
でも大丈夫?】
【そう心配するな。間も無く帰城する】
―・―*―・―
「浄化域よりの返答は?」
「まだ連絡がついておりませんので――」
「今ピュアリラを呼べ!
人世に残っておらぬのかを確かめよ!」
「はいっ!」「何事です?」
マディアが連絡板に書き込むより早く、現れた今ピュアリラが冷ややかな視線で見下ろしていた。
「名を呼ばれれば察知するのが神。
そう不思議そうな顔をなさいますな」
マディアとポンポン挨拶中。
「それで何用なのです?」
ザブダクルと対峙して座った。
「ふむ。早速なのだが、浄化域と保魂域にてウンディの行方を調べてもらいたい。
浄滅されておらねば人世でも調べてもらおう」
「ウンディを? 何故?」
【青生、やはり操られている】
【そう。なら作戦通りに】
「浄滅されたのかが知りたい。それだけだ」
「丁度1年前、堕神ウンディを事故死させたのは貴方でしたね。
あの爆発事故はウンディのみを狙ったものだったのですか?」
「そうだ」
「ならばウンディのみを拐えばよいものを。
多くの巻き添えに、どれ程の人々が嘆き悲しんだのかをお考えになられた事は御座いますか?」
「……怒って、、おるのか?」
「貴方にとっては『たかが人』なのでしょうが、人にとっては『たかが』ではないのです。
人の中で生きる神にとっても同じく『たかが』ではないのです」
【目が戻った】【続行で】【ふむ】
「人としての私の友も亡くなりました。
人は神のように再誕なんぞ出来ぬのです。
怒りしか御座いません」
「そうであったのか……」
「加えて申せば、ウンディも我が弟。
魂の行方は申さずともお分かりでしょう」
「まさか……保護しておるのか!?」
「身内でなくとも、同じ獣神。
浄滅なんぞ、させる筈が御座いますまい」
「今すぐウンディを渡せ!!」
「お断り致します」
【また操られた】【やっぱりね】
「ならば奪い取るのみ!!
その死司の証も返せ!!」
「喜んでお返し致します」
余裕を漂わせて光球にした装束やらの死司物一切合切を飛ばした。
そして立ち上がり、
「では、次に遭い見えましたならば敵として全力で戦わせて頂きます」
「エィムとチャムの指導も金輪際 要らぬ!
マディアにも近寄るな!!」
「エィムとチャムの指導は終えますが、マディアは弟。好きにさせて頂きます。
それでは――」
美の極みな笑みを悠然と残して消えた。
「最高司様……」
ハッと正気に戻ったらしくビクンと肩を震わせたザブダクルが恐る恐るとも思える ぎこちなさでマディアの方を向いた。
「治癒玉も音楽も、もう届きませんよ?
解呪の女神様方も」
「あっ……」
『シマッタ!』『どうしよう!』と両頬に書いているかのようだった。
以前からの身体との不適合らしい激しい消耗に加えて解呪の消耗も重なり、ここのところラピスリの治癒で身体を保っていると言っても過言ではない状態のザブダクルは、嫌な警鐘が響く頭で考えを巡らせようと焦りまくっていた。
「エィムとチャムを呼び出しますか?
今ピュアリラ様と会わせてしまったら師弟関係も終わりますので」
「大至急だっ!」
―・―*―・―
しかし術移したラピスリの方が早く、既にエィムと話していた。
【次にマディアと会ったならば、この手紙を渡してくれ。
ま、指導ならば社で幾らでもだ。
マディアを頼んだぞ】
【姉様は どちらに?】
【ウンディの様子を見ておく】
清々しい笑顔で瞬移した。
ピコン。
「指名緊急連絡の音?」
エィムは死司杖を振って連絡板を開いた。
「最高司様から呼び出し、ね」
【チャム、来て】「なに?♪」
「早いね」「トーゼンでしょ♪」
【敵陣に行くよ】【わかったわ】大術移♪
瑠璃は本当に怒っていたのか?
青生と話しながらでしたから解呪なんでしょうけど、怒りも真実なんでしょうね。
もうすぐ7月。災厄が迫っています。
解呪を急がなければなりませんからね。




