兵器廃絶に向けて
陽が落ちてからマーズはキツネの社に集まった。
と言っても青生と彩桜は ずっと居たのだが。
「静かだと思ったら彩桜は治癒係してたのかぁ」
白久が寄って来た。
金錦も白久を追って来ていたが足を止め、部屋から出た。
〈兄貴?〉〈電話だ〉〈そっか〉
青生の前は金錦の為に空けて、白久は彩桜の前に座った。
他は少し離れた場所に座った。
「治癒も得意だも~ん♪」ニッコニコ。
「ど~したぁ?
その笑顔、無理矢理カラ元気だな?」
「違うもん」
「魔女を説得できなかったと落ち込んでいるんですよ」
「違うってばぁ」
「あの魔女を説得だなんてなぁ、青生でも無理だろ」
「はい。そう言ったんですけどね」
「んもぉ、落ち込んでなんかにゃいの。
悔しいけどぉ~」
「そりゃまぁ悔しいよなぁ。
で、何でまた そんな無謀チャレンジしたんだ?
数十億年ヒネクレて生きてきた魔女を説得とか無理も甚だしいだろ」
彩桜は答えずに俯いて背を向けた。
なので青生が苦笑しつつ話し始めた。
「敵神が悪神から掛けられた呪は全て魔女由来です。
遺伝的継承した術や、習った術ばかりだと、俺達は拾知したヒントから考えたんです。
悪神は怠け者で修行も勉強もせずにカーリザウラ様の神力を使っていただけですから。
今、術に長けた女神様方に少しずつ解呪して頂いていますが、呪が絡み合っている上に解呪術が無いものまで掛けられているんです。
発動しなければ消えない呪や、被術者である敵神が乗り越える事で消える呪なんかが多くあるんですよ」
「乗り越える?」
「例えば、オーロザウラは無敵で恐ろしい、勝てる望みなんて皆無な存在だと魂核に植え付けられて縛られているんです。
実際は修行も勉強も積み重ねてきた敵神の方が遥かに強いのに」
「あとね、滅されるの怖い怖い病も。
落ち着いて考えられない病も。
興奮すると暴走しちゃう病も。
すぐに忘れちゃう病も。怒っちゃう病もなの。
追いかけ回しながら少しずつ重ねてってるの。
ザブさんホントは穏やかで優し~いヒトなの。
カーリの神力で生まれたんだから」
「つまり、そのコンガラガッチャンコな呪を魔女に解かさせようと考えたんだな?」
「うん……」
「それが最善ですからね」
「けどま、そもそも無理だったんだから、これまで通り少しずつ解いてくしかねぇだろ」
「にゃんだけどねぇ……」
「焦ってもいけないとは思うんですけど、そんなに猶予が無いんですよ」
「猶予が無いなんて、どういう意味だ?
何が起こるんだよ?」
白久の視界の隅でサーロンがハッと顔を向けた。
「サーロンも何か知ってるんだな?」
「そんな恐ぁい お顔しちゃダメなのぉ」
「皆様が まだ無理そうですから、その話をしようと彩桜と話していたんです。
俺と彩桜は拾知で、お稲荷様とサーロンは先読みでチラチラと拾っていたんですが、邦和でなら今年か来年の夏に大災害か戦争かが起こりそうなんです」
「夏なんて すぐそこじゃねぇかよ。
なのに そんなにも見えねぇもんなのかぁ?」
「防ぎようも逃げようもない、確かに起こる事象ほど不明瞭にしか見えないんですよ。
邦和でなら夏、と言ったのも走っている人達が半袖らしいってだけなんです。
邦和でなければ赤道に近い地域とか、邦和が冬の時期に南半球でとか、考えられる要素や可能性を多分に含んでいる、暗くてフォグの強い景色しか見えないんです」
「だから その原因になりそうな魔女と悪神集めとか、敵神の解呪とかを急いでたんだな?
俺達にも話さずに」
「よく見えない一瞬の光景に不安を覚えて焦っていたのは確かです。
でも話さなかったんじゃなくて、話せなかったんですよ。
ギリギリ話せるくらいに整理できたのが昨日で、神世と行ったり来たりしながら瑠璃 彩桜と話していて ようやく纏まったんです」
「ホントに隠してたじゃにゃいのぉ。
言葉にも出来なかったのぉ。
そしたら女の子されちゃったしぃ」
「白久、魔女と闇禍で奔走していた間だ。
責めるべきではない」
口を開こうとした白久を止めた金錦の手には まだスマホがあった。
何事も きちんと片付ける金錦なので、弟達には それだけで緊急だと伝わった。
「戦争だけは止められそうだ。
ロシア大帝城に行こう」
「相手は皇帝だったのかぁ」
立ち上がる。青生と彩桜も。他の皆も。
「ロシア皇帝とアメリカ大統領だ。
続いて邦和の総理からも掛かった」
「呼ばれたのはマーズか?」
手招きして皆を集め、円陣を組む。
「マーズとキリュウ兄弟だ。
マーズは世界中のトップを運ばねばならない。
行くぞ」
「おうよ」「はい!」他一斉。
輝竜兄弟は分身し、一斉瞬移した。
――ロシア皇帝の執務室。
「失礼致します。マーズ、参上致しました。
早速ですが各国の長をお迎えに上がりたく、ご指示をお願い致します」
「ありがとう。
此方の国々は既に快諾し待機してくれている。
マーズだけで行っても構わないだろう」
皇帝がリストを金マーズに渡した。
「問題は此方だ。
説得せねばならないから私を連れて行ってもらいたい。
皇帝陛下はホストとして城に残らねばならないからな」
大統領からのリストは銀マーズへ。
「けっこう多いな……。
出迎えは妃殿下方々に任せ、キリュウ兄弟の音楽で和ませては?」
「そうか。そうしよう」皇帝、立ち上がる。
「半減か。ありがたい」大統領ニヤリ。
「妃達への説明も頼めるかな?」
少し申し訳なさそうだがキリュウ兄弟に。
「はい、お任せください」金錦が微笑み返す。
そしてマーズと米露の長は動き始めた。
―・―*―・―
金マーズが受け取ったリストは青マーズに渡り、青の指示で事は順調に運んだ。
問題が有る側は金と皇帝、銀と大統領で説得しては代表団を運ぶという流れになっていた。
国主と政治の長が異なる国では、揉めたり押し付け合いになる前に その両者を運んだ。
議会に持ち込まなければと渋っていた国の長には、ロシア軍本部基地での出来事と、マーズが捕獲した闇禍の映像を見せて寄生タイプの宇宙人だと説明すると、多くの者には知らせられないと同行してもらえたので、想定より随分と早く世界中の長をロシア大帝城に集める事が出来た。
各国1人ともゆかず大人数になったので、大広間を狐術拡張した上で足場客席を組み、紅火特製座布団を渡して着席してもらった。
同時通訳用のイヤホンを渡す方がメインだったのだが。
演説台は大広間の中央、擂り鉢の底にある。
其処にロシア皇帝とアメリカ大統領が並ぶと騒めきは静まり、嫌が応にも漂う緊張感が人の熱を冷やしていった。
集まっている人々は全て、ロシア軍本部基地で寄生タイプ宇宙人が起こした事の映像を見ているので、皇帝は城内で起こった事も付け加えて、地星が狙われている今、兵器は抑止力ではなく本当に地星を滅ぼすものに変わったと訴えた。
『――我が国は邦和の忍者マーズに救われました。
そして閉鎖的だからこそ真っ先に狙われたのだと教わり、考えを改めたのです。
真っ先に――つまり次は何処に現れるか知れたものではないのです。
現在、多くの国が保有している兵器の通用しない異星人達は、今回 撃退された事くらいでは地星を諦めてはいないでしょう。
繰り返しますが、現状の兵器は異星人に対する武器にはならず、地星を滅亡させる危険物でしかないのです。
どうかどうか、至急 廃絶に向けて動いて頂きたい』
大統領は今回の事で別の可能性も考えたと、大災害が起こった場合に誤作動で発射に至ったならというシミュレーション映像を流して兵器廃絶を訴えた。
『――人の営みからの気候変動、地星規模の地殻変動周期から現在は地震頻発期に入った事、それらを考えれば抑止力だと保有していた兵器が、これら災害の際に誤作動しないとは言い切れない。
地星人類として1つとなる為に、地星人に向けるべく備えていた兵器は平和利用できるものに変えてもらうとロシアと我が国は決めた。
千年来の紛争の地であったエルサムも武器を棄て、他者の信仰を尊重する1つの国として歩み始めた。
この今こそが地星人として一致団結する時だと私は思う!』
半数程は拍手で賛成だと表明した。
頷き、納得だと示している者も多い。
しかし大国であればある程、渋い顔をしている。
それを見たエルサムの代表が挙手しながら立ち上がった。
『戦争で得られるものは何一つとして無いのです。
エルサムの地に在ったであろう遺物は全て長きに渡る戦乱で砂塵と化してしまったのです。
歴史を、文化を大切にしている大国の皆様、どうか善なるご決断を!』
『ありがとう。全くその通りだ。
個人的な話になるが、私の祖父は第二次世界大戦中に邦和に攻め込み、琉球王朝の朱里城を完全に破壊した。
戦時中だからこそ許されてしまった暴挙だ。
戦争は多くの命を奪い、歴史的に貴重な遺物を破壊してしまう。
占領した地に自分達の文化を押し付け、その地の文化を消し去ってしまう。
地星は文化を大切にする星だ。
それは地星人の誇りだ。
どうか兵器廃絶に賛同してもらいたい。
国に持ち帰らなければ決められないのならば、災害時の誤作動という理由のみで話し合ってもらいたい』
一旦、言葉を止めて見回していると、大勢が駆け足で入って来て演説台を囲んだ。
「世界遺産管理局と各国の歴史的建造物保全を行っている団体の責任者達です。
これまで守ってきたものを未来に向けて守り続けられるよう、私達も この場に居させてください」
頷いた大統領が紹介する。
『世界各国の遺跡を守っている皆様です。
これまで守ってきた事が無とならぬよう、また今後も守っていけるよう、成り行きを見守りたいそうです』
「宇宙人扱いの悪魔の存在も存じております。
漢中国を視察した際に大騒ぎになりましたのでね」
「では反対意見が出ないうちに」ウインク☆
『?』と保全関係者達が振り返ると、金錦と金マーズが礼をして、通訳席の方を手で示した。
「どうぞ彼方に」 「博士達もコッチ~♪」
席で彩桜がニコニコ手招きしている。
『サクラだ♪』と喜んでぞろぞろ。
周りの音を拾わないように両横に衝立のある通訳席には、ヘッドセットマイクを着けたマーズとキリュウ兄弟が居り、各々が主要言語に同時通訳していた。
機械翻訳よりも正確で感情も伝わるだろうと皇帝から頼まれたからだった。
ただし紅火と赤と紫マーズは通訳ではなく、この場の機械全ての調整をしつつ、何やら作っていた。橙と白も手伝っている。
【【ソレ何だ? スプレー缶? 手榴弾?】】
消えたと思ったら団体を連れて戻った黒と灰が席に戻りつつチラリ。
【闇禍が現れた際の時間稼ぎ用だ】
【中身は青生と彩桜に込めてもらうんだよ。
それよかリーロンは訳せてるのか?】
【っせーな理俱! 漢語ならマスターした!】
英語は尾に詰め込まれたばかりだ。
【漢中国人だったな♪】
【んな設定にされたら覚えるっきゃねーだろ!】
【設定に関して俺に怒られてもなぁ~♪】
【だったなっ! って皆で笑うなっ!】
【どぉして神様なのに1コしかマスターしてにゃいのぉ?】
【っせーよ! 管轄外なんだよ!】
【ふ~ん♪】まだ皆が心話で笑っている。
もちろん通訳は真面目にしながらだ。
【だーっ! ったく集中させろよなっ!】
【うんうん♪ 頑張ってね~♪】
文化や芸術に重きを置く地星ならではの観点から話が進んでいます。
地球も こんなふうに話し合えたらいいのになぁ。




