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想い



 そして午後。

So-χの待機場所入り時間の15時半になっても奏は姿を見せなかった。


「それじゃあセトリは2で。

 もうセットチェンジだからな」


メンバーが神妙に頷く。


「ソーカイさん、スタンバイ願います」


「はい!」

爽の声にメンバーは もう一度 頷いて動き始めた。



―◦―



 Aステージの報道関係者エリアは後方の高い場所になっている。


「私達も此方で見させてもらいますね」

運営責任者の馬白社長を先頭にスーツ集団が続き、最後に八郎とお嬢様達が上がった。


「あなた方は?」


「運営とスポンサーと国際文化芸術機構、国際平和連合理事の方々ですよ」


「こっ――!?」


「今回の騒動には世界芸術賞の受賞者が絡んでおりますのでね。

 それにフリューゲル&マーズとキリュウ兄弟は戦争終結の功労者です。

 連合加盟国には出入り自由なくらいに世界から称賛されているのですよ。

 それなのにフリューゲル&マーズが邦和と英国を行ったり来たりしているという点で揚げ足を取ろうとしていたのでは?」


「そんな情報――」


「隠してなんぞおりませんよ。

 全世界に公開されております。

 それを知らないとは報道に携わる資格が無いのでは?

 ああ、始まりますね」



 So-χステージ最初の曲はレクイエムかと思える程に静かだった。

『Fly on the tomorrow window』だと気付くのに数小節は必要な程だった。

ステージ中央のマイクには奏の姿は無く、コーラスパートもシンセ音のみのインストゥルメンタルになっていた。


短く1曲目を終えると、響がコーラス用のマイクを寄せた。

『ご存知の通りの、昨夜からの過熱報道でお姉ちゃんは臥せってしまいました。

 地元ファンの皆さんなら理由はお分かりだと思います。

 でも、それを話すのも、お姉ちゃんの心の傷を(えぐ)ることになりますので、今は話さないようにお願いします。


 So-χのボーカルはお姉ちゃんだけです。

 でも、だからと言って全曲インストにもできません。

 なので朝からバタバタしながら曲を作りました。

 聞いてください。『想い』』



 奏がボーカルになって以降の So-χの曲は、ロックなので(ひず)んだギター音も入るが、奏の透明感そのものな声を生かした美しいメロディーラインを主体にしてきた。

なのでテンポを落とせば全てがバラードとも言われていたが、それでも構わないと貫いてきたのだった。


 響と奏の声質は同じと言っていいくらいに よく似ている。

基底(ベース)が同じな声にエッセンスとして月光を加えると奏。陽光を加えると響だとソラは思っている。

それをアレンジの際に伝えたので、これまでとの違いに気付いたファンの心配一色だった表情に、今は少しだけ浮かんだ安堵の笑みが増えている。



落ち込んだ時、辛い時、悲しい時。

そんな心の調子が悪い時も、身体の調子が悪い時と同じように休んでいいよ。

見守るから、待ってるから、ゆっくり休んで。

望んでくれるなら一緒に泣くし、一緒に悩む。

ずっと一緒だったんだから、これからも一緒なのは当たり前。

大好きだよ。大好きだよ。

だから心配もしてしまうけど、だから待てる。

大好きだよ。大好きだよ。

だから一緒に歩こうね。



―◦―



〈カナデ~。泣いちゃダメだよ~〉

モニターを見ていた視線を上げた。


〈大丈夫。これは悲しい涙じゃないから。

 ショウ、(かける)は?〉


〈寝てる~。

 寝るのも修行なの~。

 お兄も早く復活したいんだよ〉


〈そうなのね。

 ショウ……一緒に行ってくれる?

 外に出るのは怖いの。だから一緒に……〉


〈じゃあ歩かなくていい♪ サクラ~♪〉


〈うん♪〉現れて、触れて、瞬移♪



――待機場所。

〈ちょっと待っててく~ださい♪〉

白久が引っ張り出そうとしているメーアの背を押してステージへ。


「おいおい。迷惑かけたから自粛だつったろーがよ」

『迷惑かけたから自粛だって言ってるの~』

「まさか訳してるのか!?」

『訳されたくないって~!』「おいっ!」

『メーア悪くないよねっ!』「ヤメロ!」


「悪くないに決まってる!」「歌って!」

等々が一斉に爆発状態!!


『歌わないと帰さない~♪

 新曲♪ 俺、奏お姉さんパートねっ』


会場の声を拾ってメーアに訳し、どんどん喋る彩桜の言葉も訳し、と白久も忙しい。


「新曲なぁ。ソーカイは練習してたのか?」


『次はフリューゲル&マーズwith So-χの新曲で~す♪

 でもSo-χさんには今日(さっき)楽譜 見せたトコなんです。

 まだメーアが作ってる最中でタイトルも決まってません。

 そんなだから俺達サポートメンバーズこのまま頑張りま~す♪』


「ま、繋ぎだな?

 そんなら持ち時間を埋めるくらいは手伝わないとな」

マイクの前へ。


『じゃあ~、仮タイトルは『エニシ』ねっ♪

 昨日メーアが言ってたから~♪』


苦笑している兄達とソラと響が、どう見ても必死な爽とワタルを支えて奏でる。


メーアと彩桜の声が乗った。



―◦―



 ヤスは自分が抜けた後の曲だからと、真心(まこ)を連れて そっと待機場所に退いた。

メンバーも気付いていたが、理解を示してくれていた。


「あ、奏さん大丈夫?」「ムリしちゃダメよ?」


「ありがとう。でも次は歌うわ。

 この歌……」


「これ。次のコラボ曲」楽譜を渡した。


「ありがとう」

歌詞を読み、目を閉じて音に集中した。



〈この曲キレイ~♪ 大好き~♪〉

ショウの尻尾が楽し気に拍を刻む。


「この犬カワイイ♪」

奏の邪魔をしないように小声で。


「うん。ショウは賢いんだよ。

 メンバーは奏さんの婚約者だったカケルさんなんじゃないかって思ってるんだ」

そっと背を撫でた。


ショウには聞こえていたが、カケルは眠っているし、カナデは集中しているからと静かにしていた。



 間奏に入ると奏は立ち上がり、ひとつ頷くとステージに向かった。


彩桜が気付いて笑顔で手招きしながら後ろに。

フルートで奏パートのガイド音を流すつもりで、すぐ後ろに位置取った。


大きな歓声に迎えられてマイクの前に立った奏は、声を出す直前まで礼をしたままだった。


奏の声がナチュラルに伴奏に寄り添う。

笑みを浮かべたメーアが3度下に重ねて(いたわ)るように支える。

まだまだ考え中の曲なので、これも即興だ。


『メーアって、こんな優しい声で歌えるんだ』

大方の感想が、まず これだった。


もちろん奏へのエールも、まだまだ心配な思いも大いにあったが、繊細さと儚さを纏う透き通った歌声には、ひと筋シッカリ芯が強く通っているので、次第に安堵が(まさ)っていった。



 曲が終わり、奏が再び深々と礼をして留まる。

その間にギターを置いた響が駆け寄って

「お姉ちゃん!」

抱き着きつつ起こして向かい合い、抱き締め直した。


奏が持っていた紙が はらりと落ちる。

メーアが拾い、白久が寄る。

『そうか、ベース譜か。

 これからの曲だからと引っ込んだヤスが渡したらしい。

 それを覚えて出て来てくれたんだ!』


歓声が大きく弾け、涙を流している者も多く見える。


『お姉ちゃん戻ったからフライオンねっ♪

 あ! メーアさんてば、どこ行くの!!』


「ヤスとマコを連れて来ないとな♪

 もう持ち時間が終わっちまうぞ。

 卒業式なんだろ?」

言いながら引っ込み、本当に連れて戻った。


その間に白久が訳していたのでヤスの再登場にも大歓声だ。


ヤスの背を押して、一緒に前に出てマイクの前に立ったメーアだったが、

『もう時間的にラスト1曲だからな。

 ヤスの卒業式はソーカイだけでないとダメだろ。

 サポートメンバーズは耳に焼き付けるぞ!』

笑って待機場所に向かった。


キリュウ兄弟も訳し終えた白久に並んで礼。

『奏お姉さん、風に乗ってね♪』

最後尾の彩桜がメーアのスタンドマイクを運びながら言って退場した。



―◦―



 マーズは報道関係者エリアに揃って居た。

「さっきのデュエットを聴いて、また恋仲とか報道したら今度こそマーズの敵とするからな。

 忍者に睨まれて好き勝手が続けられると思うなよ」


「メーアの妹さんは、メーアが中学生の頃に亡くなっています。

 その妹さんが生きていたならと、奏さんに重ねている可能性が高いと俺達は考えています。

 つまり、あの穏やかな歌声は恋愛感情からではなく、記憶の中の妹さんへの懐かしさを含む兄としての優しさの現れだと思うんです」


「メーアと妹ちゃん仲良し♪

 奏さんと響さんも仲良し♪

 キリュウ兄弟も仲良しなんだよ♪

 恋愛しか仲良しナイなんて違うんだよ。

 なんでも恋愛にしちゃうの迷惑なるし、騒ぐの下品だと思うの~」


銀、青マーズの言葉が心に刺さり、声変わりすらしていない桜マーズにトドメを刺されて、どんどん縮こまる報道関係者達だった。



 ステージ、大勢の観客、報道関係者、運営やらとマーズ、の後ろにカメラを構えた撮谷が居た。


『美しい歌声とマーズの言葉。

 メーア=ドンナーの音楽に対する真剣さが、この美声を発掘し、強い友情の絆を結び得るに至らせたのです。

 フリューゲル&マーズと、キリュウ兄弟とソーカイの今後、更なる飛躍が楽しみで仕方ありません。

 皆様も、そうですよね』

撮谷と並んでいる見田井が静かに締め括った。



―◦―



 曲が終わり、So-χメンバーが待機場所に向かっていると、すれ違って出たメーアがステージ中央に残っているマイクを取った。

『おーい、撤収忍者達♪

 時間超過したらしいからソッコー頼む!♪』


白久がマイクを奪って訳し終える前にステージに現れた忍者達が全て連れて消えた。

メーアは豪快に笑いながら退場。


『ったくメーアは自由過ぎるんだよ!』

笑いが沸く中、白久も追って退場した。



 前を歩いていたメーアが振り返る。

〈次はBか?〉


〈Bだが19時からだ。

 前半はクラシックだから仮眠してろよな〉


〈あの少年達がAのラストか?〉


〈だよ。有名事務所のダンスユニットだ〉


〈マーズの方が断然いい動きしてるぞ〉


〈ありがとな♪〉


〈B、今は?〉


〈乱入するなよ?

 女の子達の大所帯ユニットだからな〉


〈そんじゃあマジで寝るからな〉


〈女の子に興味ナシかよ?〉


〈ん~、アイドルな女の子には興味ナイな〉


〈じゃあメーアの好みって?

 そのくらいはあるんだろ?〉


〈あるぞ♪ ベストは三男(アオ)の嫁だな♪〉


〈瑠璃サン!?〉


〈最高だ♪ だから『次』を探してるんだ♪〉


〈青生には言うなよ?〉


〈解ってるし、手なんか出すもんかよ。

 パーフェクトな理想が彼女ってだけだ♪

『タカネのハナ』ってんだろ?〉


〈よくそんな言葉知ってるな〉


〈キク婆様から聞いたんだ♪〉


〈そんならサッサと和語覚えろよなぁ〉




(るり)マーズ、とっても顔が赤いよ?】

【見えるものか! 神眼不通面だっ!】

【うん♪ 可愛い♪】

普通心話なので全て聞こえていた。






響の想いが伝わり、奏は再びマイクを持ちました。


メーアが結婚すれば奏との恋愛騒ぎなんて もう起こらないでしょうが、理想が瑠璃サンて……これは結婚できないんじゃ?

え? 結婚したらしたで浮気だとかの報道になる? あ~、そうかもですよね。



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