思い出したくもない思出話②
近くの高木に皆で逃げた後リグーリは、マディアとフェネギに治癒を重ねているラピスリを見つつ、神眼を人神達に向けた。
マディアとウンディの鱗を剥いだ人神はティングレイスの制止を聞かず、どんどん森の領域に近づいていた。
が、声が聞き取り難い。
原因は背後から聞こえる賑やかな声で、アーマルとユーチャリスが治癒を当てているウンディからだった。
痛いのだから仕方ないし、元気そうで何よりだとリグーリは神耳を高めた。
―◦―
「もう限界だから止まれって!!」
ティングレイスは剣を抜いて飛んだ。
「へぇ、抜いたね。切れば?
伯爵家を敵に回したいのならね、男爵殿」
笑いながら踏み込んだ。「うわっ!?」
根に捕らえられられた人神は、一瞬で森近くまで引き寄せられてしまった。
「だから止まれって言ったろ!!」
〈ごめん、切らせてねっ〉
ティングレイスは根を断ち、人神の襟首を掴んで草地へと瞬移した。
草地では、暴虐人神が根に引き摺られる直前に現れた別の人神達が、手に光る縄を構え、
「そこまでだな、ダグラナタン」
「幼い子への虐待、及び、男爵閣下への暴言の罪にて拘束します」
ダグラナタンと呼ばれた暴虐人神に巻き付けた。
「その縄、何?」
「神力封じの縄です」
「森のように吸い取って死に至らしめたりはしませんけどね」
「それで、この人神どうするの?」
「都に連行しなければなりませんが……」
「うん。一緒に行くよ。
あ、その前に。ちょっと待っててね」
森の前まで瞬移して森を飛んで抜け、戦い終えたばかりのドラグーナを連れて戻った。
「また来たのか……こんな果てまで」
ドラグーナが呆れ果てたと言わんばかりの眼差しを向けた。
「そっちじゃなくて、こっちに早く!」
立ち止まったドラグーナを引っ張り、瞬移してリグーリ達の眼下に現れた。
「早く治療してあげてください。
僕は彼を王都に連れて行きます。
気づくのが遅くなって すみません!」
子供達の状態に気づいたドラグーナが鱗を瑠璃色に変え、木ごと治癒の光で包んだ。
「彼の負の感情だったのか……」
「え?」
「禍の根源は、神の負の感情なんだよ。
さっきの禍は強大でね、こっちに気を回す余裕すら無かったんだ」
「僕が離れてさえいなければ……」
「早く見つけてくれて ありがとう。
ちゃんと皆居る。グレイのおかげだよ」
〈よく頑張ったね。しっかり治すからね。
この辺りに二度と邪なものが入らないよう結界も張るからね。
でも……もしもまた現れたなら、もう止めないでね。
森に喰わせればいい。
この負の感情の塊みたいな人神を喰らって禍が凶悪になろうとも、皆が苦しむより遥かにマシだよ。
誰かが欠けるなんて考えたくもないからね〉
―・―・―*―・―*―・―・―
〈フェネギが気づいたのは、すっかり治ってからだったよな?〉
〈いや……ドラグーナ様の御言葉は微かに覚えているよ。
助かったのだな……と、また意識が遠退いたのだけれどね〉
〈そうか。
で、俺が問いたかったのは、フェネギは人神全てを敵だと信じていそうだが、俺が見たままの、このティングレイスを見て、どう感じた? って事だ〉
〈皆を助け、森が喰らうのを阻止し、ドラグーナ様を呼んで、あの忌々しい人神を王都へと送った……〉
答えを探るように額の傷痕に触れた。
〈全てが事実だ。
これまで、こんなにも強い結界が成せなかったから話せもしなかったが、これが事実なんだよ。
ティングレイスと、くっついてた4神は違うんじゃないのか?
ティングレイスは、本当に四獣神様の友になれてたんじゃないのか?
なぁフェネギ〉
〈過去はそうだとしても……現状は?
結局の処、ティングレイスも敵。
四獣神を堕神とし、神世を護らず、禍を延さばらせている。
何故ティングレイスは王と成った?
何故、高めていた力を使わない?
人神としてならば頂とも言える程ではなかったか?〉
〈そこなんだがな……ロークス達がずっと調べてくれていたんだが、あのダグラナタンって忌々しい人神こそが黒幕だとしか思えないんだ。
トリノクス様とマリュース様に禁忌を使わせたのはティングレイスじゃなく、ダグラナタンに違いない。
証拠とされたのは人神達の記憶だ。
神力が弱い人神では、神眼も使えず、相手の神力を読み取るなんて無理だ。
だから記憶にも留まらない。
記憶に残っているのは相手の姿や声、ただの人でも記憶できる程度の上部に過ぎない情報だけだ。
だとしたら、ティングレイスの姿と声さえ真似できれば、罪を擦り付けるなんて至極簡単だ〉
〈では、マリュース様の御力を盗み、玉座を簒奪したのも――〉
〈ダグラナタンだろうよ。
アイツは連行された後、罪神として玉牢に封じられた。
縄を掛けた人神達が、そう四獣神様に報告していたから安心していた。
二度と出られやしないと信じていたんだ。
が、王の交代に依る恩赦とやらで出てる。
そんな無関係な事を理由に出してしまうなんて、人神というのは果てしなく愚かだと思うが、これは記録にも残っている事実だ。
その後の足取りは途絶えているが、奴は名や姿を変えて生きている筈だ。
ここからは推測なんだが、伯爵家から追い出されたダグラナタンは、何処かに潜んで修行し、姿を変えた。
そして更に修行を積み、浄化神と成った。
勉強だけは出来たらしいからな。
そこで魂の浄化方法だけでなく、神力封じの縄の成し方を会得したんだろう。
浄化域では神力を抜く時に使うからな。
王子達も持っている あの縄だが、ティングレイスには知り得る機会なんぞ無かったろうよ〉
〈彼奴だとして、何故そこまでティングレイスに固執する?
獣神に対する感情ならば、まだしも理解出来るが……〉
〈己に出来なかった事を成功させたから。かな?
それにティングレイスさえ居なければ玉牢に封じられ、家からも追い出されなかったと逆恨みしたんだろうな。
爵位は弟が継いだらしいからな〉
〈簒奪の後、マリュース様の御力でティングレイスを操り、玉座に座らせたとするならば……。
全てを擦り付け、極悪神王として名を残す為に、か?〉
〈だろうよ。
その上、神力が強いティングレイスが支配を解いてしまわないよう奪って細かくし、三千もの子にしたんだろうよ〉
〈では、力丸達を作ったのも……〉
〈子にしてしまえば、罷り間違ってティングレイスが目覚めようとも、子から奪い返すなんてしないだろうからな〉
〈奪えば、その子が死んでしまうから……〉
〈どうだ?
ここまでで何か矛盾を感じるか?〉
〈いや……それで、姿や名を変えているとして、怪しいと踏んでいる者は?
目星を付けているのだろう?〉
〈ウチの最高司様だ〉
〈なっ……〉
〈偽名すらも芸が無い。
ナターダグラルだなんてな。
目星どころか確定だよ。
人世に来ていたのはフェネギが遠出している日だったが、ショウとモグラはアイツにヤられたんだからな。
おいおい、その鬼火みたいな目、間違っても降りて来たアイツに向けるなよ?
疑ってるのバレたら元も子もないだろ。
最近また被ってやがる穏和な笑顔って仮面の裏の素顔を暴いてやるのが楽しみなんだからな〉
今はマディアがナターダグラルをしているとは知らないリグーリだった。
長く考え込んでいたフェネギが顔を上げた。
〈しかし……ティングレイスに関しては全てが憶測。
確かな証拠を掴む迄は、私だけでも疑い続けなければ足下を掬われるやも知れません〉
リグーリが肩を竦める。
〈ま、そうじゃなきゃ兄様じゃないよな。
それじゃあ、この話は ここまでだ。
あとは緩い話なんて どうだ?〉
〈緩い話、とは?〉
〈そうさなぁ……この結界を強化した時、ラピスリが――〉
〈ラピスリ様を緩いとはっ!〉
〈否っ、そーじゃなくっ!
ったく~、ラピスリの事となると盲目的なんだからなぁ〉
〈リグーリの言い方が悪いのですよ〉
睨んでいるが、染まった頬が可愛く見えて仕方ない。
〈そんじゃあエィムとチャムなんだがな。
エィムが――〉〈気になります!〉
〈は?〉
〈ラピスリ様の話の続きが、ですっ〉
〈どちらかと言うと結界の話なんだが……〉
もう真っ赤っか。
〈兎に角っ! 途中で有耶無耶にしないでくださいっ!〉
声量で誤魔化しているのが見え見え。
うん♪ 兄様カワイイ♪
〈その目と緩んだ口元は何なのです?〉
〈ああ~っと、続きだな♪
ラピスリが、この結界を――〉
なんだかんだって二神は仲の良い兄弟。
意見が違おうが、それはそれ。
違う事、それ自体は悪い事ではないと互いに思っていた。
弟は頑なな兄に、兄は憶測でものを言う弟に苦笑したものの、じゃれ合うように楽しく朝まで話し続けた狐達なのだった。
頑ななフェネギですが、リグーリの話で少し揺らいでいるようです。
長い思い出話で すみません。
『おさらい ~その2~』後半でした。
会話中に出てきたロークスはオフォクスの子で、浄化域に潜入しています。
弟のラナクスは保魂域。
どちらも魂に直接関わる職域で、だからこそ調べ易いと、熱心に、静かに調査を続けているんです。
そう言えば……。
この同代、神として結婚してるのはアーマルとマディアだけ? ……ですね。




