集めている何か
ガタガタと音を立てて開きにくい店の戸が開き、県内トップの進学校・櫻咲高校の制服を着た女の子が隙間から顔を覗かせた。
「すみませ~ん」
「うわっ、マジで客だっ」そそくさっ。
「黒瑯、何故 逃げる?」
『お前の店だろっ』住居の方から。
どうにか開けたらしく足音が近づき――
「あの~、御札用紙ください」
「む」
頭にタオルを巻き、後ろで縛っている男は、振り返りもせず紙束をカウンターに置いた。
「あるだけ いただいていいですか?
たくさん必要なんです」
「ふむ」奥の襖の向こうへ。
待つ間、女子高生は棚の物を眺めていた。
「これ何? 小さな木魚?」
柄付きの小木魚と、柄の長さに比べると先が極小の小槌を持ってみる。
「武器なのかな?」カポン♪「可愛い音♪」
足音が近付いているので慌て気味に木魚を棚に戻した。
「お待たせしました~♪」
襖が開いて出て来たのは、小さめの段ボール箱を持った女性だった。
箱の上にも紙束を積んでいる。
「あれ?」
「ああ、無口な旦那さんは奥なの♪
これだけで足りるかな?
もっと必要なら明日また来てもらえる?
あ、近くの紗桜さん家のお嬢ちゃんよね?
配達しましょうか?」
「いえ、来ます♪
面白い物たくさんだから♪
おいくらですか?」
「紅火~、コレいくらなの~?
あ、そう♪ 500円ですって♪」
「えっ? 何か聞こえましたか!?
それより! 500円ってウソでしょ!?」
「えっとね~、束の方は前の残りなの。
で、箱のは改良版の試作品なんですって♪
だから残り分は纏めて500円で、箱のはタダよ♪」
「ホントに!?♪」
「ホントよ~♪ いい時に来たわねっ♪
あ、使った感想聞かせてね♪
いつでもいいから♪」
「はい♪ ありがとうございます♪」
「あ、試作品だけど品質は確かよ♪
それにしても祓い屋さんって大変ねぇ。
紙代もバカにならないでしょ」
「でも紙がイチバン安いから~。
水晶とかバイト代じゃどうにもならなくて。
大学に入ったら考えますけど~」
「そっかぁ。
じゃあ旦那さんに安くて良い物 見つけてもらうわねっ♪」
「えっと……祓い屋さんなんですか?」
「違うけど~、祓い屋さんの道具なら何でも扱ってるわ♪」
「そうなんですね♪
じゃあ今度はもっとゆっくり見に来ます♪
あ……ヒヤカシにしかなりませんけど~」
「いいわよ♪ いつでもど~ぞ♪」
―・―*―・―
その日の深夜――
〈あれれ? タカシ、アレなぁに?〉
――ふと目覚めたショウは星空を飛び交っている何かを目で追っていた。
〈ユーレイだよ。
きっとこの街の結界を補強しているんだ〉
〈ユーレイ?〉
〈僕もそうなんだけど、死んで身体を失ったけど生きている人達だよ〉
〈タカシ、ユーレイなの?〉
〈ショウと重なってしまったから、今は どちらとも言えないんどけどね、たぶんユーレイだよ〉
〈ふぅん。結界ってなぁに?〉
〈この街の結界は、死神からユーレイを護るものなんだ〉
〈死神ってワルモノ?〉
〈悪くはないんだろうけどね、まだまだ やりたいことがあるユーレイにとっては捕まりたくない存在なんだよ。
成仏させられてしまうからね〉
〈連れてかれたくない、ってコト?
成仏ってイヤなの?〉
〈嫌なことでも悪いことでもないんだろうけどね、少なくとも僕はまだ成仏したくないんだ。
だから死神には会いたくないね〉
〈ふぅん。
僕もここがいいから連れてかれたくな~い〉
〈ショウは生きているから大丈夫だよ〉
〈そっか~♪ タカシ、アッチのなぁに?〉
〈あれは……どうやら怨霊だね。
あの力……ちょっと替わってね〉
〈うんっ♪〉
ショウと入れ替わった飛翔は器用に首輪を外し、塀の穴から外へと跳んだ。
〈僕もそ~やって出ていい?♪〉
スタッと着地。その勢いのまま駆け出した。
〈首輪が外せたらね〉〈うんっ♪〉
怨霊に向かって家と家との隙間を駆け抜けた。
―◦―
〈サイオンジ様、御札は全て貼り終えました〉
〈避難誘導完了しました!〉
〈そんじゃあアイツを捕獲用結界に誘うかぁよ〉
〈サイオンジ! 囲みも出来たわ!〉
〈響チャンありがとうなぁ。
今どこだぁ?〉
〈囲みの後ろ。
街の結界の外に居る斎さんと合流しようと向かってるの。
囲みの口にはナンジョウさんが居るわ〉
〈そっかぁ。そのまま頼むなぁよ〉
〈まっかせて♪〉
〈ん?〉駆け抜けたものを心眼で追う。
〈どうしたの?〉
〈い~や。なぁんもだぁよ〉妙な犬だぁよ。
〈そう? じゃあ行くわねっ♪〉
〈追い込みに掛かるぞぉ〉〈〈はいっ!〉〉
―◦―
〈コイツ! 千手観音の怨霊かっ!?〉
〈捕まるなぁよぉ〉
囲み近くまでは難無く連れて来れたのだが、唐突に抵抗を始めた怨霊は何本もの手を出してユーレイ達を捕らえようとしていた。
〈こりゃあ彼奴が近くに来てるんだぁよ〉
〈まさか操られてるってんですかっ!?〉
〈だろうなぁ――退けっ!!〉
怨霊が無数の手各々に剣を成した。
〈具現化……〉〈だぁなぁ。厄介だぁよ〉
〈動きを止めるわ!〉御札が空を切る!
響と斎が放った御札が宙で展開して怨霊を囲み、包むように貼り付いた。
怨霊の動きがピタリと止まる。
〈さぁて、どう囲みに動かすか――おやぁ?〉
地の一点から紐のようなものが伸び、怨霊に絡み付いたかと思った刹那、怨霊が消え、囲みの内に現れた。
〈おいおい何事だぁ?〉〈念綱だぁよ〉
〈誰がそんなこ――?〉〈考えるのは後だぁよ〉
サイオンジとナンジョウが囲みへと飛ぶ。
〈何か通り抜けた!?〉〈確かになぁ〉
〈さっきの念綱のヌシか!?〉
〈怨霊から力を抜き取ったなぁよ〉
〈えっ!?〉
〈ほ~ら、剣が消えちまってるよぉ。
ま、敵じゃあなさそうだからよぉ、囲みごと此奴を追い出すだぁよ〉
〈あ、はい〉
―◦―
〈タカシ♪ ソレなぁに?♪ おいしいの?♪〉
〈何だろうね。
でも集めないといけない気がするんだ。
僕の前世にでも絡んでいるのかな?〉
〈ふぅん。ね♪ さっきのなぁに?♪
ヒュン! パッ! ってなぁに?♪〉
〈前から出来ていたんだよ。
これを集める時、そうしていたんだ。
それだけで説明できないんだけどね〉
〈あれれ? 持って来たの、入っちゃった〉
〈持っていた不思議な力と合わさったね〉
《ありがとう、アーマル》
〈〈えっ?〉〉
《集めてくれて……ありがとう……》
〈聞こえたよねっ♪〉
〈聞こえたね。力の声、なのかな?〉
〈アーマルって言った?〉
〈うん……どういう意味だろうね〉
〈お名前な気がする~♪
あ♪ きっとタカシの前世♪
さっきタカシ、前世って言ったもん♪
でも前世ってなぁに?〉
―・―*―・―
「彩桜、夜中に屋根の上なんぞで何を見ている?」
「ユーレイ♪ 紅火兄 何してたの?」
明かりが灯っている作業場を指す。
「紙漉き」
「御札のお姉ちゃん来てたの?」
「明日また来るそうだ」
「そろそろ俺も店番した~い」
「中学に入ってからだ」
「うんっ♪ 物とお話ししていい?」
「客が入る前に奥に行け」
「だから戸を直さないの?」
「それもある」
「表札は? 看板は?」
「そのうち直す」
「ねぇ、なんで?」
「もう寝ろ」
「なんで? ねぇねぇなんで?」
「寝ろ」ぷいっ。庭に下りた。
「なんで赤くなってるのぉ???」
スタスタと作業場へ。
妻・若菜と二人きりで物作りだけしていたいから店だと知れ、客が増えると困る、などとは口が裂けても言えない紅火だった。
飛翔が集めているのは龍神アーマルの師であり四獣神のひとりでもある蛇狐神トリノクスの魂の欠片です。
今のところアーマルは眠っており、飛翔は訳も分からず集めているんですけどね。
まだ高校生な響や現役祓い屋な斎、サイオンジ達ユーレイ祓い屋が登場しましたが、ユーレイ外伝 第一部では本編の主役達はチョコチョコ顔を出す程度です。
同じ街で暮らしていますので、どうしてもチラチラ通りすがってしまいます。
龍神ドラグーナの1/7ずつな輝竜兄弟は、ユーレイ外伝では人側の主役と言えます。
どうして紅火は祓い屋の道具を作っているのか? 作れるのか? は、少しずつ明らかになります。
力丸の方は?
修行させられているようですが……。
それもまた追々――というか、すぐにまた登場します。