ベルリンから来た男
件の馬術競技会の朝。
前日に稲荷山の赤虎工房から帰った時には無かったバスが輝竜家の駐車場に増えていた。
「いつもの白が俺のバス♪
んで奥の渋~い小豆色が紅火のバスだ♪」
白久が運転席に乗って白バスを出す。
「弁当、運んでくれるかぁ?」
横っ面トランクを開けている。とにかく素早い。
「はい!♪」歴史研究部2年生一斉。
「僕も!」拓斗が動き、1年生が次々と追う。
積み込んでいる間に紅火の赤バスも外へ。
「玄関の大きな箱に入ってるオヤツ袋と飲み物を持ったら席に着け~。
好きに座ったらいいからな♪」
好きにと言われると、それはそれで大騒ぎだったが、予定時間通りにバスは出発した。
―・―*―・―
「ソラ~、今日はバンド練習ナシだって~」
「ライブハウスどうかしたの?」
「夜にライブ予定のバンドが昨日から来てて、朝からリハしたいからって~」
「じゃあ彩桜の馬術競技会に行かない?」
「行こ♪ また怨霊とか出ちゃうかな……」
「縁起でもないこと言わないでよね」
「ん。ドライブデートね♪」「だね♪」
響を連れて駐車場へ瞬移した。
――〈ホント便利よね♪〉運転席へ。
〈ユーレイを有効活用♪〉助手席へ。
「会場は此処」
カーナビは付けていないのでロードマップを開いて指した。
「ん♪」発車♪
【彩桜、応援に行くからね♪
また夕方だよね?】
【うん♪
でも悟はお昼前。竜騎は2時くらいだよ。
お弁当はあるからね♪】
【遅くなっても11時には着くよ♪】
【じゃあ、お昼一緒ね♪】
【ありがと♪】
「また彩桜クンと話してるんでしょ」
「うん。お弁当あるって♪」
「私達、数に入ってたの?」
「予備かもね。
彩桜なら余っても完食するから♪」
「カワイイよね~彩桜クン♪」
「うん。可愛イイ奴だよ♪」
「親友だもんね♪
ね、お兄さん達も応援?」
「そうだよ」
「じゃあマーズはお休み?」
「今は世界ツアーで外国だから夜中にマーズしてるよ」
「そういえば夜中、よく消えてるよね~」
「週末だけね。昨日と今日はニューヨーク」
「いいなぁ~」
「そんな遠くまでは響を連れて安全にユーレイ移動なんて無理だからゴメンね」
「解ってる~。でもライブ観たいな~」
「国内、次は渡音フェスだから待ってね」
「ん♪ ソラ、忙しいね♪」
「全力で楽しむよ」So-χとマーズと馬頭少年団。
「まさかマーズがバイトになるなんてね~♪」
「うん。ビックリしたよ」
「額もビックリよね~♪」
「あれでも正当なギャラの1/200なんだって」
「えええっ!?」
「何しろフリューゲルと組んでるからね。
マーズもビッグスター扱いらしいよ。
それと芸術評価点も高いんだって」
「So-χが もしも売れたら……」
「だから頑張ろうね♪」
「そうよね!♪」
―・―*―・―
【ねぇねぇ青生兄 瑠璃姉、またザブさん来てるよ。何だろねぇ?】
【見張っておく。彩桜は集中しろ】
【ほえ~い】
集中しろと言われても競技順は まだまだずっと先の夕方。
白桜をブラッシングしているだけだ。
【ルルクルぅ、また何かあったら乗せて飛んでねぇ?】
【モチロンだよ。
彩桜と一緒に跳ぶのも飛ぶのも大好きだからね♪】
【ん♪ ちょっと走る?】
【走りたい♪】
―・―*―・―
「マディア、今チェリーは何をしておるのだ?
馬神に乗って戦いに行くのか?」
「そうではないようです。
集まっている人々の気は陽で、禍や怨霊の気配すらもありません。
人が好んで行う祭なのではないでしょうか」
「神に乗って、神に奉るのか?」
「僕の勝手な想像ですが、奉り事ではなく、陽の気を貯める為の『お祭り』なのではないでしょうか」
「ふむ。これも平和への活動なのだな?」
「そうだと思います」
「音楽は?」
「職域時間の深夜に奏でていたようです」
「深夜だと!?」
「これも勝手な想像なのですが、場所は古の人神様の地の真下だったそうですので、あの地に隠れて眠っている方々に届けようとしているのではないでしょうか。
とても明るくて大きな音だったと報告が入っていましたので」
「まさかルサンティーナに届けようと?」
「7日程前にも少し違う場所ですが、そちら側で奏でていたそうです。
あの地も今の『神世』と同じくらい広いのですよね?
なので届けようと試してくださっているのだろうと考えました」
「そうか。ルサンティーナの為に……」
「今は奏でないと思いますが如何なさいますか?」
「ふむ。また夜中に報告が入ったならば儂を起こしてくれ。
確かめに行かねばな」
「では戻りますね?」
「うむ。おおそうか。
あれを如何に上手く飛び越えるのかを競っておるのだな。
そうか。鍛練も兼ねておるのか。
今チェリーは何時飛ぶのだ?」
「聞こえて参りました声から判断しますと、上級者ほど後の順になっているようです。
今チェリー様でしたら最終ではないでしょうか?」
「ふぅむ……その可能性は大いに有りそうだな。
エィムを呼び、順が近付いたら報告せよと伝えよ」
「はい♪ ……伝えました♪」
「エィム只今参りました!」「チャムです♪」
「伝えました通り、お願いしますね」
「「はい!」♪ あれれ~?」「む!?」
「あれは! 最高司様お逃げください!」
「今ピュアリラ様、今ブルー様も動いておられます!
エィムとチャムは無理をせぬよう!
では退避します!」大瞬移!
―◦―
地上では彩桜を除く輝竜兄弟と妻達が、天を睨む男を遠巻きに囲んだところだった。
【堅固、拡張。結界強化】
先ずは自身が纏った堅固を大きく拡げる事で浮遊霊を押し出し、更に入れないようにした。
【男を人々から離すよう。東へ】
【はい!】返事一斉。
男の位置からだと東が会場から離れる側だ。
東側に居た藤慈とリリスが大きく、その両側の青生と若菜が少しだけ後退して道を空ける。
西側の白久 みかん 金錦が『気付いているぞ』『追い詰めるぞ』と気を発して睨みながら男に迫った。
あからさまではあるが、だからこそ裏の裏が有りそうにも思えるし、動かずに捕まるのも愚かとしか言いようが無い。
男は罠と認識した上で東に動いた。
【堅固、神道形成】
南北も狭めて、新たに生じたトンネル状の堅固壁に沿って道を成すように動く。
藤慈とリリスは男に背を向けて、ただのデートだという雰囲気を醸して東へ東へと普通に歩いた。
「おい、何処に行くつもりだよ?
デートの邪魔なんかしたら馬に蹴られちまうんだぞ?
馬だらけなんだからな♪」
背後、数cmからの声だと感じた男は振り返り様、胸ポケットから取り出した物を向けようと――「何故!?」――ただ手を見詰めるだけとなってしまった。
「へぇ~♪ ドイツ人か♪
ギャング仲間に置いてきぼり喰らったかぁ?」
聞こえたのがドイツ語だったのでドイツ語に。
「貴様らが仲間を拐ったのか?」
また胸ポケットに手を入れている。
が、何も無いのは神眼で丸見えだ。
「指ピストルなんかで脅せると思ってるのか♪
お前こそ答えろよな。
どうして邦和くんだりまで来たんだぁ?
答えなかったら身体の端から撃ってくのがお前らのヤリ方なんだろ?」
男の胸ポケットに入っていた銃をクルクルと玩んだ後、ビシッと狙いを定めた。
「邦和人には撃てないと思ってるだろ?
試してみるか?」
真顔になったり崩したりと表情豊かだが、視線は鋭いままだった。
「グ……」
【白久兄って悪役ピッタリ~♪】
【そうですね♪ 迫力ありますよね♪】
【うんうん♪】
【ところで彩桜は囲んでいませんよね?】
【うん♪ 俺、真上~♪】
ルルクルに乗って飛んでいる。
【闇呼吸着♪】
「おああああ!?」ジタバタ上昇中。
【またオジサンごと来ちゃった~】あ~あ。
「お~い、その餡こ玉くれ~」【ん♪】シュッ。
パシ。【双璧だ♪】
男が反転急降下。「なああああ!」
「ほい。捕まえた♪
これなら誰が撃っても当たるよな♪
おい、どっちのギャングだよ?
俺達ならドイツ語でも問題無いからな♪」
――と白久が楽しく胸ぐら掴んでいる間に、姿を消している青生と瑠璃が男の背後に寄って魂片を摘出した。
【完了です。今回は目覚めて間も無い、にも拘らず居心地が良すぎて融合していたオーラマスクスです。
彼は眠らせてオッテンバッハさんの所にお願いしますね】
【で、何処のヤツだよ?】
【ベルリンの俺達が行った団のボスの息子です】
【つまり親から貰った欠片かぁ?】
【そうでしょうね。
あの夜はアジトを抜け出して、彼女の家で酔って寝ていたようです。
朝、出勤して驚いてメッセージを確かめると
『忍者に襲撃されている』『至急戻れ』と。
忍者なら邦和だろうと来て、あとは導きに従って此処に】
【導きって、オーラマスクスのかぁ?】
【はい。
さっき上を見ていたのは、何だか胸騒ぎ程度で敵神が見えていたわけではありません。
睨んでいるとしか見えませんでしたが、ただ目つきが悪かっただけのようです。
摘出ついでに拾知したのは、そのくらいです】
【そっか♪】
【ザブさん慌てて逃げちゃったけどね~♪】
【来ていた目的も聞いておく。
青生、行こう】
【彩桜は友達が来ているから居てね】【ん】
【不満そうだけど、ほらソラ君も来たよ】
【あ♪
青生兄 瑠璃姉、行ってらっしゃ~い♪】
ベルリンギャング団のボスの息子というのが来てしまいましたが、馬術競技会からは離せましたので今回は騒ぎにならずに済みました。
ザブダクルの勘違いは……ま、ほっときましょう♪




