空飛ぶ橇と龍神様
そしてクリスマスイブ。
戌井家でのホームパーティには、瑠璃と小夜子、利幸と勝利が招かれていた。
瑠璃は準備の為に午後早目に行ったのだが、既に利幸と勝利が飛鳥と遊んでいた。
そこに紗の友達が集まってしまったので、顔が怖いという理由で利幸と勝利は、瑠璃が別室に閉じ込めてしまった。
「子供達が帰る迄だ。我慢してくれ」
『小夜子サンも来るんだろ?』
「少し遅れると言っていた」
『サンタは? 誰がするんだ?』
「青生がする。兎に角、静かに待て。
料理を増やさねばならぬのだからな」
返事は聞かず、居間へとスタスタ。
居間には莉子と夏菜の他に5人の女の子が来ていた。
その賑やかな中で澪は各々の家に電話していた。
「――ええ。ウチは大丈夫よ。
ええ。どうぞ。……そう? ありがとう」
とてもではないが出掛けられるとは思えない。
〈青生、買い物に行けるか?〉
〈うん。いいけど、何を?〉
〈もう庭に来ているのだな〉勝手口から外へ。
〈うん。橇を準備しているんだ。あ――〉
〈これを頼む〉メモを渡した。
〈まだ着替えていなくて良かったよ〉
笑って駆けて行った。
青生を見送った瑠璃が台所に戻り、調理を再開して少し経ったところに、俯いた紗が来て脚にしがみついた。
「どうした? 泣いているのか?」
脚から剥がして しゃがみ、抱き締めて背をぽんぽんとしながら、
「澪に内緒で呼んでしまったからか?」
尋ねると、泣きじゃくってしまった。
居間からは、まだ電話している澪の声と女の子達の はしゃいだ声が聞こえている。
「外に出るか?」
泣き止みはしなかったが、コクンと頷いた。
庭に出、青生が置いているサンタの上着を着せて泣き止むのを待った。
「ソリ……」
「見つけたのか?
今年は飛翔が来れぬのでな、青生がサンタをする。
だから橇も用意しているが?」
「とぶ?」
「去年と同じ橇だ。当然 飛ぶ」
「よかったぁ……」
「そうか。友に橇の話をしたのだな?
それで集まってしまったのだな?」
「……うん。ウソじゃないもん。
でもショウが……」
『それなら順に乗せようか?』ガサッ――
「アオせんせー♪」「青生……よいのか?」
「橇が小さいから1人ずつになるけどね。
それに騒ぎにならないように場所を移さないといけないね。
はい食材」買い物袋を瑠璃に渡した。
「ありがとう」「ソリのりたい♪」
「河原にでも行くか?」「うんっ♪」
「真冬の夜の河原ね。
それなら誰も居なくていいよね」
「では澪と話す」『あら、瑠璃?』「ん?」
玄関の方から小夜子が駆けて来た。
「何してるの? 打ち合わせ?」
「そんなところだ。
紗の友が来たのでな、料理を増やさねばならぬ」
「手伝うわ♪ 作るだけで帰るけど……」
「何か用が出来たのか?」
「そうじゃないけど……紗ちゃんと飛鳥くんならいいんだけど、今はまだ子供に囲まれるのは……ちょっとね」
「ふむ。では夕食分 持ち帰ればよい」
「ありがとう、瑠璃♪」
「では中に――青生?」
立っていた場所に居ないので見回すと、紗が橇に乗っており、青生は落ちないように背に手を当てていた。
「うん。紗ちゃん、中に戻らないとお母さんが心配するよ?」
「うん♪ アオせんせーサンタさん♪
よろしくおねがいしま~す♪」
青生に上着を返すと上機嫌でスキップして行った。
「では澪と打ち合わせる」「うん」
瑠璃と小夜子も勝手口に向かった。
―・―*―・―
きりゅう動物病院では、青生と瑠璃が留守なので、彩桜と狐儀が入院室のショウのケージの前で話し相手をしていた。
〈あ♪ あれれ~? 違った~〉
ショウが嬉しそうに頭を上げた後、残念そうに首を傾げた。
〈何がだよ?〉
〈黒瑯兄じゃなくてオニキス師匠だった~〉
彩桜が補足。
犬の姿で現れたオニキスがカクッとコケそうになる。
〈またゴハンだと思ったんだな?〉
〈うんっ♪
クロ兄とオニキス、おんなじ匂いだから間違っちゃう~〉
〈犬にとっても同じ匂いなのか?〉
〈おんなじ~♪〉〈うんうん♪〉
〈彩桜までぇ〉
父様に似てるって父様に思われるのって
すんごく嬉しい!♪
〈とてもよく似ていると私も思いますよ〉
クスクスふふふ♪
【フェネギは笑うなっ】【事実ですからね♪】
〈オニキス師匠、何しに来たの?
ケーキなら黒瑯兄が焼いてたから俺ん家に行ってね♪〉
〈あ、ソレだソレ!〉〈ケーキ?〉
〈じゃなくて用事の方だよ。
オフォ――じゃなくて、さっきキツネ様が帰って来たんだよ〉
〈良かったぁ。長かったねぇ〉
〈予定の3倍、結界 作ったらしいからな。
けど、こんなかかったのは結界のせいじゃなくてモグラを拾ったからだとよ〉
〈〈モグラさん無事だったの!?♪〉〉
彩桜が身を乗り出し、ショウが立ち上がる。
〈ショウも落ち着けよなぁ。
まだ安静に、なんだろ?
無事だよ。
キツネ様が介抱したんだからな。
近くまで帰って来てて気配を感じて寄り道したら、廃屋の中で倒れてたんだと。
で、ずっと治癒してて遅くなったらしい。
だからモグラは今、社で寝てるよ〉
〈モグラさん、黒い縄で縛られたから?〉
〈ソレで呪に掛かったのは確かだ。
けど、神力射の矢も受けてたそうだ〉
〈つまりモグラも此方側と見なされたのですね?〉
〈だろーな。
これまでは自由に行き来してたみたいだからな。
キツネ様は敵神の縛りの力も鍵だったのかもと仰ってたよ。
いくつかある鍵の1つだろう、ってな〉
〈幾つか……確かにリグーリ達は縛られておりませんからね〉
〈モグラさん、何しに行ったの?〉
〈まだ寝てっからなぁ。
話すなんて、まだまだ先――〉〈俺 行く!〉
もう部屋から飛び出している。〈待てよ!〉
オニキスが消え、龍の姿で彩桜の襟首に爪を引っ掛けて戻った。
〈今はキツネ様とバステート様が話してるから明日な〉
〈ぶぅ~~~〉
〈ショウも連れて行きたいだろ?〉
〈うんっ! ……行けるの?〉
〈元気そうだから行けるだろ〉〈ん♪〉
〈あ、おい狐儀、どこ行くんだよ?〉
〈これから馴鹿をしなければなりませんので〉
笑って消えた。
〈トナカイ? って???〉
〈〈クリスマスイブだから~♪〉〉
〈そのトナカイをアイツが!?〉
〈去年もしたんだよ~♪〉
〈飛翔さんと青生兄がサンタさんしたの♪
今年も青生兄がするの♪〉
〈へぇ~♪〉父様がサンタ♪ 見たい!
〈見に行くか?♪〉〈〈いいの!?♪〉〉
〈空から見よ~ぜ♪〉〈〈うんっ♪♪〉〉
―・―*―・―
街外れの河原で、サンタな青生が狐儀トナカイを橇に繋いでいると、ぬくぬくに着込んだ女の子達とその保護者達の団体が到着した。
少し離れて利幸と勝利も来ている。
〈クリスマス仕様のシートベルトか?〉
〈うん。紅火が来て付け足したんだ〉
〈流石だな〉
〈うん♪ 皆さんへの説明はお願いね?〉
〈任せておけ〉
にこにこサンタは橇に乗った。
女の子達は口々に嬉しそうな声を上げて橇に集り、ぺたぺたと触っている。
瑠璃は保護者達に微笑みを向け、
「操縦士は私の夫です。
大掛かりな装置が見えぬよう夜しか飛べませんが、各所認可も頂いております。
安全なものですので御安心ください」
つらつらと嘘八百を並べた。
来る迄にも、飛翔が子供達の為に計画していた事だとか、大勢乗れるものではないので口外しないようにとか虚実交えて話していたのだった。
「確かめさせて頂けませんか?」
誰かの父親が手を挙げた。
「大人の方には窮屈でしょうが――」
〈重さはお気になさらずですよ♪〉トナカイから。
「――どうぞ此方に」
「レールやワイヤーは……?」
橇を入念に調べている。
「パパぁ、なにしてるのぉ?」
「ママの所に居なさい」
「ママー! パパがジャマするぅ!」
駆けて行った。
「子供達の夢を叶えるんですから見えるようになんて不粋な事はしていませんよ。
ですので乗って確かめてください」
サンタはにこにこ。
「そうは言うが――」
「お~い、乗りたいんなら早く乗れよな。
子供の夢、壊す気かぁ?
サンタの橇は神様が作った橇だ♪
タネもシカケもねぇよ♪」
父親が声の方を向くと、怯えや怒りの混ざった泣きだしそうな子供達の視線と、困っている母親達の視線が突き刺さった。
「怖いんなら俺が乗ってやるぞ♪」
「重過ぎる。壊す気か」ポコッ。
「ってぇなぁ、瑠璃ぃ」
笑いが湧いた。
父親を乗せた橇が音も無く空を滑る。
いや、微かにシャンシャンと鈴の音が聞こえている。
「マジで どーなってるんだ?」
「だから神様の橇なんだよ♪」
「乗りてぇなぁ……」
「瑠璃に殴られるぞ?」
「睨まれてるぞ?」
「ん? ゲ……」
―◦―
「あ……」
青生が上を向き、軽く手綱を引いた。
〈狐儀殿、上にお願いします〉〈はい〉
「青生兄~♪」〈アオ先生~♪〉
〈お前ら! 呼ぶんじゃねえっ!〉
〈〈ナンで???〉〉
〈乗ってるヤツがビックリするだろっ〉
〈〈ナンで???〉〉
「なっ、なっ、なっ――」
〈ほらなっ!〉「おじさ~ん♪」ワン♪
〈呼ぶなっ! 手を振るなっ!〉
〈〈ナンでぇ~???〉〉
〈犬は特にダメだっ! ちゃんと犬してろ!〉
「龍神様、メリークリスマスです。
彩桜、『おじさん』は失礼だよ。
俺よりお若いんだからね」
「りりりゅりゅ龍神様っ!?」
「ああそうですね、龍神様にメリークリスマスは変ですよね♪」
「そそそそそんなっ! こ、事よりっ!」
「試験的に飛んでいた間に よくお会いしたんですよ。
龍神様は街をお護りくださっているんです。
人は何も知らずに暮らしていますけどね。
人が気づいていない事は多いんですよ。
実は、この橇も そうなんです。
ワイヤーも何も無いでしょう?
本当に神様の橇なんですよ。
ですが……せっかく知って誰かに話しても誰も信じてくれないでしょうね。
おかしくなったと思われてしまうだけですので、お話しにならない方が賢明だと思いますよ」
口止めだと理解した男は何度も何度も頷いた。
〈彩桜、ナンでオレを撫でてるんだ?〉
〈ちょっとね~♪ あ♪ 抜けた♪〉
〈何がだよ?〉
〈えへへ~♪〉
彩桜が身軽に橇に移った。
「はい♪ 龍神様の髪の毛♪
と~ってもいいお守り♪」
渡してオニキスの背に戻った。
〈抜けた髪なんてゴミじゃねぇかよ!〉
〈そんなコトないよぉ〉
「俺もお守り袋に入れているんですよ。
いろいろと良い事ばかりです。
あとは子宝だけかなぁ」にこにこ。
「……そ、うですか……」
手にくるくる巻いて纏め、内ポケットに仕舞った。
「では降りますね。
龍神様、失礼致します」
空飛ぶ橇、再びです。
紗の話を信じなかった女の子達。
橇に乗っても信じていない誰かの父親。
きっと下で見ている親達も信じていません。
そんな事は慣れっこな青生は、この夜ずっと笑顔で何度も橇を空に走らせました。




