まだ春休み
「ソラ~。寝坊なんて珍しいね♪」
「え? ……あっ!」ガバッ!
「大丈夫よ♪ まだ時間は十分♪」
「良かったぁ」ほ。
自分を浄化して食卓へ。
「トーストと目玉焼きだけでゴメンね。
ね、昨日は? 何してたの?」
「やっぱり気づくよね」苦笑しつつパク。
「目玉焼き、黄身が絶妙♪」
「ありがと♪
それで昨日のソラは誰なの?」
「狐儀様の分身。
昨日は琉球に行ってたんだ」
「ええ~いいな~」
「良いと言えば そうかもだけど大変だったよ。
昨日の記憶は狐儀様から貰ってるから大丈夫。
どっちも何やら合わそうと必死だったよね♪
響も わざとらしく驚いたり♪」
「そりゃそうなるでしょっ。
ソラが居ないのはワケアリってのだけは確定なんだから!」
「揶揄ってゴメンね。ごちそうさま♪」
もう一度、自分を浄化して服も変えた。
「行こう♪」「うん♪」
外へ。大学は近く、徒歩でも5分程だ。
「今日もお昼は輝竜教授の部屋?」
歩きながらソラの顔を見上げる。
「そう決まったんだよね?」
「黒瑯さんも行ったり来たり?」
「うん」
〈でも車じゃなくて狐儀様に運んでもらってるんだ。
ボクが響を運ぶのと同じだよ。
ユーレイ移動だって神様の力なんだから〉
〈じゃあ私も できるようになる?〉
〈なるかもね♪ ユーレイなら確実♪〉
〈修行、頑張らなくっちゃ!〉むんっ。
「御榊教授は居ないんだよね?」
「学会なんだって~♪
だから勝手に研究室 使えないでしょ。
本田原教授トコ直行しよ♪」
「そうだね」
〈響は本田原教授のは気づいてない?〉
〈何が? 東京の元締さんでしょ?〉
〈スザクインさんに会ったの忘れた?〉
〈ああっ! ソックリよね!〉
〈うん。お孫さんだからね〉
〈誰かに似てると思ってたのよね~〉
〈金錦お兄さんに会って、御榊教授で疲れて、それどころじゃなかったんだよね?〉
〈そうなのよぉ~。
ソラ、金錦さんが教授なの知ってたんでしょ〉
〈知ってたよ。
受験の時も遠くから応援してくれてたよ〉
〈そうなの!?〉
〈響が緊張するだろうからって、いつも遠くから。
だからボクも話せなかったんだ。
響との大学院生活が楽しみだったから。
ヤメって言われたくなかったから〉
〈そっか。だよね。
でも、もう大丈夫よ♪
昨日も話せたし♪
紗ちゃんの発表会のも頼んじゃったし♪〉
〈響は……まだ知らないの?
縛りを解いてもらったのに調べてない?〉
〈何が? 輝竜さんはマーズなんでしょ?
他にもあるの?〉
〈その話は私も一緒でいいかしら?〉
〈あ……〉〈あれ!〉
芸術音楽棟の本田原研究室の窓から身を乗り出している金髪美女が微笑んでいた。
〈いらっしゃい♪ 歓迎するわ♪〉
―・―*―・―
この日は高校生までにとっては春休み最終日。
沙織に呼び出された慎也は緊張しつつ、指定された道場に入った。
「沙織さん?」
「はい。お待たせいたしました」
着替えていたらしく奥の部屋から出て来た。
凛々しい袴姿に鉢巻き。手には薙刀。
気合いが入っているのは神眼でなくとも一目瞭然だった。
「お手合わせをお願いいたします」
「はい? 私は薙刀は初めてですが?」
「何の武術でも かまいません。
一般的な武芸でなくてもよいのです」
「そう、ですか……では」
同様の袴姿に。鉢巻きも締める。
「素手、ですか?」
「棒術でしたら少々は。ですが私には……。
兎に角、先ずは何も持たずに。
お願いします」
向かい合って礼。
各々が構えた。
―・―*―・―
龍笛で二重奏したソラと響は、本田原に手招きされた談話コーナーのソファに並んで落ち着いた。
「この部屋は普通の防音も、心話の結界も完璧だから何も気にせず話していいわ。
さっきの話の続きね」
クルリとノートパソコンを響に向けた。
「私の父は欧州総括スザクインの息子。
その画面では指揮者ね。
母はビオラのソリストよ。
バイオリンとチェロは両親の友人。
ピアノが輝竜教授のお父様で――」
パソコンを自分に戻して操作。また響に向ける。
「――ソプラノが輝竜教授のお母様よ」
「って、まさかキリュウ夫妻……?」
「あら、知っていたのね♪」
「キリュウ夫妻って――」
トートバッグをゴソゴソしてノートを出して大きく書いて見せた。
「――『桐生』じゃないんですか!?」
「それ、邦和で最も多いキリュウさんよね♪
珍しいキリュウさんだからこそ、邦和人ですら読めないかも、ってカタカナにしたそうよ」
「じゃあ、まさか、音楽一家?」
「そうね♪」
またクルリと自分に。そして響に。
「兄弟揃ってデビューさせられた時のものよ。去年の9月ね」
スピーカーを繋いで音も流した。
「綺麗で……優しくて……心に響く……」
「でしょう?
『無冠の超新星キリュウ兄弟』と呼ばれていて、高い芸術性が評価されているの。
だから兄弟揃えば出演料は億の桁だと言われているわ」
「もしかして私、凄いお願いしちゃった?」
不安そうな瞳をソラに向けた。
「大丈夫よ。
その高い評価を最も嫌がっているのはキリュウ兄弟自身なのだから。
だからこそ顔を隠して、儲けない活動をしているのよね。
そうでしょう? ソラ君♪」
「あ……はい」
「だから身内だけのコンサートなんて大喜びで出るわ♪
私も出させてもらうわね♪」
「「いいんですか!?」」
「いいのよ~♪
キリュウ兄弟の音色を間近で聴くチャンスですもの~♪」
スザクインさんソックリだ……。
どうしても苦笑が浮かぶソラだった。
―・―*―・―
本浄道場での手合わせは激しく、しかし静かに続いていた。
「そこまでになさい」入口にトモヱ。
止まって離れ、礼。
足音も立てずに沙織に近寄った。
「沙織さん。答えは見えましたか?」
沙織が目を閉じて暫し。
外の小鳥の囀りまでもが聞こえる程の静寂に、ただ待つばかりの慎也の緊張は高まる一方だった。
「はい、おばあさま。
慎也様、ワタクシ…………を、弟子にしてくださいませ!
お願いいたします!」
「へ?」
我ながら間抜けな声が出たものだ、とは冷静な部分が思っていたが、拍子抜けも甚だしく、暫くは言葉が出なかった。
「沙織さん……」
トモヱまでもが呆れて言葉にならないようだ。
「あの……駄目ですか?
神様に弟子入りは無理なのでしょうか?」
「そうではありません。
ですよね、狐松様」
「そうですね。
弟子を迎えない訳ではありません」
どうにかこうにか。
「少々、沙織と話したく存じます。
息子夫婦とも話さねばなりませぬ。
明日の夜、改めて。でいかがでしょうか?」
「はい。では境内を浄化しておきます。
失礼致します」
まだまだ唖然呆然感は大きいままだが、逃げるように去った慎也だった。
―・―*―・―
その頃フリューゲル&マーズは秋小路家の大広間で楽しく演奏し、歌っていた。
飛行機は とっくに空の上で、邦和時間の16時頃オッテンバッハ空港に到着予定だ。
勿論、空では飛んでいない。
オッテンバッハ社に販売してもらう邦和ならではの精密緻密繊細な商品がギッシリ乗っている。
【やっぱり良いわよね~♪】
【このまま くっついてベルリンに行きましょ♪】
【そうね♪】
高い天井近くには大勢の神とユーレイが漂っている。
【トクちゃんもツカサちゃんも行きましょうね♪】
【モチロン邦和総括もジョージくんも一緒にね♪】
寿とスザクインは行く気満々だ。
と言うかスザクインは欧州総括なのに邦和に居てばかりでいいのだろうか?
【おいおい、オイラもかぁよ?】
【トクちゃんだけにする気?
先生も行くのは当然でしょ♪】
【トウゴウジよぉ、あの龍神様は?
今も野放しかぁよ?】
【瞑想していますよ。真面目に♪】
【そんじゃあ行くんだなぁよ?】
【【【【はい♪】】】】
やれやれだぁよ。
相変わらず大忙しの心友を思って零れ落ちそうになった溜め息は、心の内だけに留めたサイオンジだった。
―◦―
その下では、3曲終えたので深く礼をした兄弟が撤収しようと頷き合ったところに3総帥が近寄っていた。
「昼食を用意していますので、このままに」
「昨日の琉球での武勇伝をお聞かせ願えますか?」
「15時に忍者移動すれば十分ですよね?」
白久が素早くメーアを探した。
「メーア! 食後にアンコールだ!」
「いいぞ♪ ギリギリまで楽しもうぜ♪」
「では食後にも3曲で。
武勇伝て……朱里城を復元しただけですよ?」
「大統領から悪霊を祓ったと聞きましたよ」
「うわ……」青生を見る。
「確かに祓った。それだけですよ」にっこり。
「総理とも話したとか」
「それは兄さんですね」にこにこ。
「おい、言うなよなぁ」コソッと。
「では昼食にしましょう」
頗るご機嫌な隆文を先頭に、ぞろぞろ続いて昼食の場に向かった。
高校生までの新学期は明日から、という日です。
大学はもう少し後でスタートなんですが、一部研究室は活動を始めています。
前日の響とソラ(狐儀の分身)の大学での様子は、本編の最後の方にあります。
リグーリと沙織は……まだまだ落ち着かないんでしょうかね?




