入社式前日
翌早朝、犬の散歩に帰る彩桜に合わせて兄達も帰宅すると決めた。
白久は青生と藤慈に手伝ってもらって、横浜 尾張 浪花から保護した者の中で悪神の器だった者や、怪我や病気の治療を終えた者達を連れて帰った。
「皆、けっこう真面目に勉強してるからな。邪魔するなよ。
まだ身体が万全でないなら寝てたらいい。
飯やら風呂やらは仲間に聞け。
そんじゃあ真剣に『これから』を考えろよ」
それだけを言って、次はメーアの所へ。
「喉の調子は? 神力は落ち着いたか?」
「すこぶる良好だ♪
これなら紛争地域に行っても、何の設備も無くても歌を届けられる♪」
「そっか♪ けど今日だけは無理するなよ?
ヤバいと思ったら俺達に振ってくれよな」
「おう♪ ありがとな♪」『白久サ~ン!』
「呼ばれてるぞ♪」
「だな。
そんじゃあ出発まで ゆっくりしててくれ」
部屋から出ようと襖を開けるとヤマト。
「そんな急いで ど~したぁ?」
「うわ。メーアの部屋だ……」
「だから滞在してるってぇ」
「そっか。えっとな、中学、行きたいんだと。
浪花と尾張のヤツらの中に中学生いるって」
「居間か?」
「うん。集まってる」
居間に行くと音鳴家で暮らすと決まった孫3人が朝食を食べに来ていて、その周りに本来なら中学生達が居た。
「話聞くから食ってるヤツ囲んでないで集まれ~」
炬燵エリアに行く。
聞いてもらえるのが嬉しいのか笑顔で集まった。
白久が各々の目を見てから
「学年別に纏まってくれ。こっち1年な」
と場所を指すと素直に動いた。
本当に行きたいらしい。
「3人、4人、3人か。
先ずは小学校は? 卒業まで通ったのか?
学んだ内容は覚えているか?
右端、ツムからな」
「みんなの名前、覚えてるん?」
「引き取ったからには当然だろ。
つまり脱走すれば即バレだ。
で、卒業は?」
「4年の2学期で家出した」
「ん。勉強も そこまでなんだな?」
「もっと前にダメやった。
やからイジメられて家出してん」
「そうか。いい選択だ」
「え?」
「命を捨てるよか ずっといい。
それに苦労もしただろうし、学校じゃあ学べねぇ勉強をガツンとしてきただろーからな」
「そんなん言われたん初めて……」
「他も同じだ。
自分が選んだ道には誇りを持て。
ただし違法含めて他人に迷惑を掛けた分は、その誇りの上でシッカリ償え。
いいな?
そんじゃあ次、キューヤ。ってナンで笑ってるんだよ?」
「俺らオトナ扱い?♪」
「親の保護下から出て生きてきたんだからオトナだろーがよ。
ま、成人してねぇから世間一般じゃガキだ。
けどな、この家は常識外だ。
だからオトナとして扱う。
オトナなんだから、甘えられねぇ道を自ら選んだと覚悟キメて これからも生きてけよ。
で?」
「えっと、小5すぐ。理由はツムと似た感じ」
「ん。サリは?」
「家出してないから卒業したよ♪」
「家から中学に通うんなら帰ってもいいぞ?」
「勉強ダメやしぃ、教えてもらいたいしぃ、ミサトも一緒にコッチ来てもらいたいんよ~」
「ミサトちゃん?」
「たぶん家。カゼ熱で、こないだは来てなかったから、ここにも来てないんよ」
「そっか。後でミサトちゃんの家に行こうな」
「ん♪」
―・―*―・―
朝用にと貰っていたパンを食べた琢矢と桐渓は、早くから机に向かっていた。
ノックの音がして、来たのは紗桜部長だった。
「入社式にスーツは要らないと伝えたが、用意しているなら着てもいい。
これは作業服も兼ねた制服だよ。
最初は3着ずつだからね。
購入も可能だから足りなければ いつでも」
「日曜日にスミマセン!」礼っ!
琢矢も急いで桐渓と並んで礼。
「あと、これも読んでおいて。
社規の抜粋だからね。
桐渓君は、こっちね」「はい!」
「光威君のは制服と一緒に入っているからね」
「はいっ」
「目に光が宿ったね。
昇級は随時だから頑張って」「はいっ」
紗桜部長が隣室へと移動すると、手提げ紙袋を持って部屋の真ん中の炬燵へ。
中身を出して確かめる。
「ん? 抜粋は1枚だけか?
アルバイト用!?」
「うん」
「面接でも泣いていたのか?」
「もっとヒドかったかも……」
「だから昇級は随時なのか。ふむ。
それなら今度受ける資格は絶対に取らなければならないな」
「ん?」
「いくつか書いているが、資格1つで準社員」
琢矢が持って読んでいる紙の下の方を指した。
「準社員試用1ヶ月以上後の試験か面接で正社員だと」
「頑張るよ。3年間しかないから」
「3年?」
「前はイヤだったけど……継ぐって決めたから。
3年後には戻らないといけないんだ。
そしたら責任ズッシリになるから」
「お坊ちゃんも大変なのだな」
「『坊ちゃん』からも卒業したいし」
「バカにされたくないのだな?」
「常務が一人前になるまで『坊っちゃん』て呼ぶって。全社員にも そう呼べって。
恵まれてるってのも、甘えてるってのも、少しだけど分かったから。
今は そう呼ばれても怒れないってのも分かってきた。
だから卒業したい」
「そうか。
ミツマル建設と栄基土木は二人三脚している。
だから俺はサカモトを選んだ。
紗桜部長を目指すと決めた。
白久サンと二人三脚したいからな。
いつかは俺と二人三脚しよう」
「あ……」うるっ――「ありがと!」
「これからなんだから泣くな。
で、どう呼べばいいんだ?
歳は上で大卒なのにバイトとは、立ち位置が難し過ぎる」
「タクヤで。バンドでも そうだったから」
「バンドもしていたのか?」
「うん。夏までSo-χでギターしてた」
指で『So-χ』と書いた。
「So-χ……あの奏&響姉妹のか!?」
「奏さんと響のデビューライブが、俺の引退ライブだったんだ。
だから……もう関われないと思ってた。
けど、正社員になれたらライブハウスに行ってみる。
また、あの輪に入りたいから。
雑用でも何でも、そこからスタートで。
サポメンでも何でもギター弾きたいから」
『よーし。目標が見つかったな♪』「え?」
バッとドアの方を向く!
「ナンで常務!?」
「ノックはしたぞ~」桐渓が苦笑しながら頷く。
「ほらよ。メンテ済みだ」
「俺のギター!?」
立ち上がりつつ走って抱き着いた。
「そんなに大事なのに忘れてくとは……」
「あの時はショックで何も考えられなくてぇ」
「で、ベースも就職祝だ♪」
「え?」
「博多で騒ぎ起こしたろーがよ」
「あ……」
「ソラに負けないマルチサポメン目指せよな。
ソラはドラムもキーボードも出来るからな」
「そっか……はい!」
「So-χは、いずれメジャーになる。それだけの力を持ってる。
けどソラと響チャンは東京、ヤスは博多だ。
地元サポメンが必要になるだろーな。
だから一流になれよ」
「はい!☆」
「そんじゃあ昼飯な。早いけど渡しとく。
蓋のボタン押したら適温になるからな」
「適温?」
「温めるべくは温め、冷やすべくは冷やす。
それが適温だ♪ そんじゃあな♪」
「あっ「ありがとうございました!」」
ギターとベースを抱いてホクホクで座る。
「ん? どうしてキリタニまでお礼?
あ、弁当か」
「ではなく、コレだ♪」CDケースをヒラヒラ♪
「いつの間に!?」
「タクヤが下向いて話してた間に、だ♪」
立ってセットしに行った。
「プレ2、No.5? まさか!」
流れ始めた。
「新曲だ♪ 次のアルバムだな!♪」
「またフリューゲル&マーズ?」
「そうだ♪ やはり流石だ♪
勉強しなければな♪」上機嫌で机へ。
コココンッ! 「あ……」音量を下げた。
「スミマセン!」琢矢が走って開けた。
「「うるさくてスミマセン!」」
「じゃなくてな」「聴きたくて!」
「たぶんメーア? くらいしか聞こえなかったんだ」
「そうなんですよ。あ、桐サンだ」
どうやら両隣の4人らしい。
「入れよ♪ フリューゲル&マーズの新アルバムのプレだぞ♪」
先輩社員も居るが桐渓もハイになっている。
大喜びでワヤワヤ入る。
「わわわわわっ」
琢矢はギターとベースを持って机に逃げた。
4人が入っても終わらなかったからだ。
「この箱は?」「弁当箱ぽい?」
「触るなっ!
白久サンから貰ったものだ!
先輩でも渡せませんからっ!」
回収して机に逃げる。
「なんの騒ぎ?」「パーティーとか?」
まだ入って来ている。
「パーティーじゃないし!」
「CD聴くだけだっ!」
「誰の?」「フリューゲル&マーズだと♪」
ざわざわワイワイわらわら増える。
どうやら他の棟からも集まっているらしい。
「もう満員御礼!」「一旦 出てくれ!」
『ホントい~っぱい♪
外にテーブル置いたんだ♪
ピザあるからね~♪』
「桜マーズ!?」天井に見つけた者、一斉!
「うんっ♪ 外で食べてね~♪」消えた。
「うわ」「マジ忍者だ」「消えたな……」
『ホントにピザあるぞ!』廊下から。
「先に食べるぞ!」「マーズピザだからな!」
どやどやと出て行った。
「ナンか……マジでスゲー……」
また桜マーズが現れ、
「はいピザ♪」
桐渓に2ピース乗った角皿2枚を渡して消えた。
「アツアツなうちに食おう」
「さっきの忍者?」聞きつつ皿を貰う。
「マーズは忍者だ。
まさかマーズを知らないのか?
その方が不思議だぞ」
「有名なんだ……」
「あのフリューゲルと組んでいるのだからな」
「そっか」ぱく。「わ……すご」
「旨いな♪ ん? 外で音?」
そう呟いたが座り直した。
輝竜家に通ううちに すっかり音楽大好きになっていた桐渓は、マーズとなると人が変わる程にハイになる。
それでも今は気付いていない琢矢が食べるのに夢中になっているので、白久が明かすまでは話すべきではないと、外を確かめたい気持ちに蓋をして静かにしておこうと決めたのだった。
桐渓の語調がバラバラしていますが、アタマからフレッシュマンに変わろうとしている最中ですのでご容赦ください。
学校に行きたくなった中学生達の方は、もうすぐ新年度なので大急ぎで転校手続きをしなければなりません。
誰が? って狐儀でしょうね。
マーズ学園の校長先生ですからね。




