再会、そして
金錦と藤慈は、ジョーヌが踏み込んで直ぐにオンブレ教授の研究室がある棟の近くをバイオリンケースを持って歩いた。
棟の1辺を歩ききる前にキリュウ兄弟かと声を掛けられた二人が、隣の棟との間の中庭らしい木々が点在するだけの芝生地の木陰でバイオリンを弾き始めると、聞こえた両棟に居た人々は すっかり外に出て聴き惚れていた。
これで棟内でオンブレ教授がオーロザウラ化しても人々を避難させられると、二人は奏で続けていたのだった。
『アンリエッタ!!
待ってくれアンリエッタ!!』
その叫び声に驚いて人々が向くと、鳥でも追っているかのように手を空に伸ばしたオンブレ教授が必死の形相で蹌踉めきながら走って来ていた。
【青生兄様、魂片摘出は終わったのですね?】
【無事に終わったよ。
命を支えていた神力は無くなったから、走るのは心配なんだけどね】
【そうですね……】
金錦と藤慈も演奏を止めて見詰める。
「私を置いて行くなアンリエッタ!!」
「教授! お気を確かに!」
何人かが止めようとしたが、振り解いてソテールは よたよたと走り続けた。
「おううっ……」 「先生!」「教授!」
胸を押さえて踞ったので大勢が駆け寄った。
「アンリエッタ……私の……」
「救急車を!」「医者を呼んでくれ!」
騒然とする中、少し離れて見ている子供達に黒装束の男が並んだ。
「あなたは?」長男、小声で。
「見ての通り、死神です。
他の皆さんには見えていません。
間も無く身体から離れる、あの魂を待っているだけ。
審判の天秤が待ち構えていますからね。
ま、あの男には罪人としてではなく、名誉ある教授として死を迎えられただけで満足と思ってもらいますよ。
最悪の事態は忍者達が防いでくれましたからね」
「母さんは?」
「ジョーヌに連れて行ってもらってください。
今、幸せを掴んだところですから、結婚式をしてあげてくださいね。
ああそれと、あの男の財産は貰っておくべきですよ。
全額、何処かに寄付するにしてもね。
せめて善い事に遣ってあげてください」
「解りました」
「遺伝子だけは仕方ないよな」
金錦がしていた心臓マッサージを学内診療所の医者が引き継いで暫く。
救急車が到着した。
「完全に離れましたので、連れて行きますね」
そう告げた一瞬後には、死神はソテールの魂の手を引いて昇っていた。
「最期って、あんなものか……」
「結局、書いてくれなかったな」
「でも鎖が切れて、母さんは幸せになれたのよね?」
「そう信じたいね」『来てください!』
人垣の中からジョーヌの声が聞こえた。
「遺伝子としては親だもんな」「だね」「行こ」
―◦―
オンブレ教授と子供達を乗せた救急車が病院へと走り、キリュウ兄弟も金髪青年と話しながら去って行った。
集まっていた人々はキリュウ兄弟は彼と会う為に来ていたのかと納得して、各々の居場所へと戻りつつあった。
「アンリエッタと言ったか? 誰だ?」
オンブレ教授の助手が これからを思ってか少し不安気な顔で、もう一人の助手と並んだ。
「20年も前に亡くなった奥様だよ。
教授を迎えに来たんじゃないか?」
後ろ楯を失くした思いで、もっと不安そうだ。
「そうか。導かれたのか……」
「お子さん達も奥様の実家の火事で亡くなったとか言ってたのになぁ。
帰省中だったとか話してたから、きっと奥様が命懸けで助けたんだろうなぁ」
「生きていて、感動の再会を果たせたんだな。
間に合って良かったなぁ」
「果たせたからこそ奥様が導きに現れたとか?」
「あ~、そうかもなぁ。
これから……どうなるのかなぁ……」
「どうすべきなんだろうなぁ……」
―・―*―・―
「アルベール先生!」
「アンリエッタさん……」
ソテールとの十数年を帳消しにしてもらった姿で、アンリエッタはジュールに飛んで寄った。
その胸に飛び込みたい衝動はグッと堪えて。
驚いたものの、ジュールはアンリエッタと合わせた目を弧に細めた。
「また会えて良かった。
だから今、山を無事に下りたら言いたかった言葉を言わせてください」
もう肺も心臓も無いが、ジュールは目を閉じて呼吸と鼓動を整えるように胸に手を当てた。
「アンリエッタさん……僕と結婚してください」
「はい♪」
「あ……」
「はい?」
「そんな即答して……いいのですか?」
「はい♪」
「会えて……本当に良かった……」
ようやく胸に飛び込めたアンリエッタをジュールは最初は躊躇いがちに、そして想いを込めてシッカリと抱き締めた。
―・―*―・―
青生 瑠璃 彩桜は夕方のパリから夜中の稲荷山に戻り、琢矢からオーロザウラとカーリザウラを摘出していた。
闇が小さ過ぎて闇呼吸着が無理なのはソテールと同じなので、彩桜は琢矢とオーロザウラへの治癒眠と浄化を維持しつつカーリザウラと話していた。
《僕……いろいろ見てしまったから……。
だからオーロは僕を従えようとしたんだと思うんだ》
〈何を見たの?〉
《オーロは楽して王になりたいって、クールサウラ兄様を追い抜くには大きな神力が必要だからって、王妃様とか大臣達とか呼び出しては取り込んでたんだ》
〈取り込む?〉
《うん。吸収しちゃうの。たぶん術。
そんな術だけは勉強してるんだよ》
〈そんな……あ、王妃様って何神も居るの?〉
《オーロの母様と僕の母様だけでも16神。
そうじゃない王妃様も10神くらい。
貴族達が連れて来て増えてるから、僕が知らない王妃様も居ると思うんだ》
〈双子なのに母様が違うの?〉
《違うよ。それ普通だと思うよ?》
〈あ~、フツーだよねぇ〉不均等だったねぇ。
《オーロは城を抜け出して、外でも悪い事してたみたい。
僕にオーロが入って、僕が自由に動けなくなって寝てばかりになって、どんどんヒドくなってったみたい。
オーロに意見すると取り込まれたり、オーロの欠片を込められて下僕にされたりで僕の味方は どんどん減ったんだ。
父様やクールサウラ兄様や先生方は強い神だから、どっちもされなかったみたいだけど。
僕は……起きて勉強したかったんだ。
怠愚王子だなんて言われたくなかった。
でも動けなかったんだ。
オーロに縛られてしまって……》
〈今度は勉強する?〉
《したいな……ちゃんと生きたい。
僕が素材に戻す話を受け入れたのは、オーロを抜いてもらって生まれ直せると思ったからなんだ。
でも、そのまま本当に素材にされて……。
双子は見分けが難しいとは思うんだけど、あんまりだよ》
〈そぉだったんだ……〉
やっぱり光神は基本 真面目なんだよね。
アミュラ様、先生してくれるかなぁ。
《分けてもらえて本当に感謝してる。
イマチェリー、友達になってくれる?》
〈いいの? 王子様でしょ?〉
《僕はもう、ただの素材だよ。
だから呼ぶなら ただのカーリでお願い》
〈カーリは立派な王子様だよ♪
俺、これからカーリ探して集めるね♪
友達だから~♪〉
《ありがとう》
―・―*―・―
近くに居合わせた神達から祝福を受けたジュールとアンリエッタは、夜明けまでチーズ工房で過ごした。
『こちらですよ』
「あれ? ジョーヌ様の声だ。
誰か来てるのかな?
行ってみよう」「はい♪」
外に出た。
「「「母さん!?」」」
子供達が駆け寄った。
「あら……でも……」
「母さんは変わってないけど、あれから20年も経ったんだよ」
「そうなのね」
「でも幸せそうで良かった♪
結婚式しなきゃと思って来たの♪」
「あなた達の?」
「母さんと新しい父さんの結婚式だよ♪」
「僕達は相手を探すのも、これからだよ」
「とっても素敵な教会があるんですって♪
ジョーヌ様♪ お願いします♪」
「空の旅がいいですよね♪
旅と言うと大袈裟で、すぐ近くなんですけど。
乗ってください♪」龍になって伏せた。
「うわ……」「本物? だよね……」
「綺麗な黄色ね♪ ドラゴンとは違うのね♪」
妹が大喜びで、兄達は恐る恐る乗った。
「良かった♪ 間に合ったわ♪」
「スザクインさん?
何が間に――父さん母さん!」あわっ!
「そりゃあ結婚式ですもの~♪ ねっ♪」
「ジュールがチーズを作ってると聞いて……」
「一緒に作れると……ねぇ、あなた?」
「一緒に作ろうよ♪ 工房だよ♪」壁をトンッ。
「あの~、チーズの話は後にしませんか?
結婚式しましょうよ」
「そうですよ♪ 母さんも早く乗ってね♪
新しい父さんも♪ 皆様も♪」
妹、楽し気に手招き。
笑い声をたくさん乗せたジョーヌは、朝陽の爽やかに眩しい光を浴びて鱗を煌めかせながら廃教会の庭に降りた。
「お待ちしておりました」
入口に立っていた司祭が微笑んだ。
「あれ? 死神さん?」降りながら。
「真っ黒じゃないけど、そうよね♪」
ユーレイ達は ふわふわ飛んで降りているが、生き人は大変だ。
「はい。死神は連れて行くだけでなく、天から連れて来たりもするのですよ」
リグーリの言い終わりに合わせてエィムが降りた。
「ごゆっくり どうぞ」
放った光が人の姿を成す。
「おじい!」「おばあ!」「父さん母さん!?」
「あらぁ、立派になって~」
「アンリエッタにも会えるとはなぁ」
桜の花弁が舞う中、笑顔が咲き溢れる。
「さ、中にどうぞ」
司祭リグーリが扉を開けると、心地よい弦の音色が流れ聞こえた。
「あ……輝竜さんまで……」
リーロンが出て来た。
「ほらほらチーズ博士は早く真ん中なっ♪」
ジュールを引っ張りながら新郎らしい服装に。
「参列の皆さんも前の席にど~ぞ♪」
光を放って子供達の服装を整えた。
新婦と父を外に残して、親族が着席すると扉が閉まった。
わらっと現れた祓い屋ユーレイ達が席を埋める。
「ジュールさん、おめでとう♪」一斉♪
その外では――
「もう私だって具現化マスターなんだから~♪
えいっ♪」
――チャムが張り切って新婦とその父を仕上げていた。
「さ、新婦入場よ♪」
超ご機嫌で扉を開けた。
一件落着です。めでたし めでたしです♪
ソテールも収監されるよりは良かったとしておきましょう。




