朽ちかけの小さな祠
【あれれ? ジョーヌ師匠コッチ来たの?
ジュールさんの、いいの?】
【気づいていたんですか?】
【うん。俺も浄化しに行きたいの~】
【ありがとうございます。
では明日。アポは取りましたので。
でもイベント真っ最中ですよ?】
【向こう時間 午前中だとそぉなるよねぇ。
でも分身お願いして行く~♪】
【では、お願いします】
【うんっ♪】
握手会の入場ゲートが開いた。
―・―*―・―
慎也と沙織は豊後に上陸した。
「メローペ様をお待たせしてしまいますので昼食を済ませたら直行しますね?」
「はい♪」
〈此処からは瞬移しますよ?〉〈ええ♪〉
慎也は沙織が これまでよりずっと明るくなったと感じて嬉しくなった。
「では此方に」「はい♪」
物陰に隠れて瞬移した。
――「茅葺き屋根、ですね?」
木々の向こうに屋根の上の方が見えていた。
「お食事処ですよ。
雑穀ご飯と山菜の天ぷらが美味しいそうです」
「素敵ですね♪」
「歩き――は、心配しなくてもよかったのでしたね」
「はい♪」
―・―*―・―
着替え終えると即 輝竜家を追い出された琢矢は、何処に行くでもなく とぼとぼと歩いていた。
「あの家……マルチサポメンの家じゃなかったのか。常務の家だったなんて……」
適当に歩いていたのでキョロキョロ。
「中学は……アッチだな。
ここ、響の家の近くか。
常務って、ハク、、何て名前だろ?
どんな字なんだろ?」
栄基土木で何度か『輝竜』と聞いていたのに右から左だったようだ。
「あれ? 響?」
―◦―
奏はライブハウスで発声練習をしようとショウを連れて歩いていた。
歩くには少々遠いのだが健康の為にもと、いつも徒歩だ。
〈なぁ奏、後ろ〉
〈え? 見覚えが……あ、前のギターの!〉
〈知り合いか。そんならいい。ん?〉
大通りに出て横断歩道を渡り、北に向かっていると、信号で止まったばかりの車の助手席側ウィンドウが下りた。
「奏、ショウの散歩か?」
「あ♪ お父さん、どうしたの?」
「昼イチに約束があってな。
何処かで食べてからと思って早く出たんだ。
奏は昼は?」
「ライブハウスで食べようかと思っていたの」
「一緒にどうだ?」
「ええ♪」後部座席にショウと並んだ。
―◦―
「響、誰の車に? まだコッチに居たのか」
蕎麦屋に入ったのが見えたので、少し遠いが走った。
「白だったよな。どの車だろ……?」
昼時なので駐車場はほぼ埋まっていて白だけでも10台を越えていた。
晃典が乗っていたのは社用車なので、面接を受けた『栄基土木株式会社』の文字が宣伝用に側面と後ろに大きく入っているのだが。
―◦―
ん? アイツ、奏を追って来たのか。
ショウは静かにドアを開けて降り、車を覗き込んだ琢矢の背後に回り込むと、勢いをつけて体当たりして植え込みへ。
「わああっ」
起き上がろうとした琢矢とガシッと肩を組むと、植え込みを囲む煉瓦ブロックに座らせた。
〈逃がさないぞ!
親父さんに怒ってもらうからな!〉
待つ事15分。
晃典と奏が店から出て来た。
「あら?」「君は……」
「わわわわわ――」〈逃がさないからな!〉
ジタバタしているが立ち上がれないらしい。
〈コイツ、車を覗き込んでたんだ〉
〈そうなのね〉
「私に何か用かしら?
バンドのことならライブハウスに行きますか?」
「ヒビ――じゃなくて奏さん!?」
「そうだけど……」
〈あ~コイツ、響と間違えたんだな〉
「響に用かしら?
披露宴に招待しなかったから?」
「え?」
「何度も招待状を渡そうとしたそうなの。
でも避けられているみたいだと……ごめんなさいね」
「奏、響と――ああそうか同級生か」
「それとバンドでギターを担当していたの。
響が後を継いだのよ」
「そうか。ま、それだけならいいが。
今後一切、娘達を追わないでもらいたい」
キンッ! と睨む。父親パワー炸裂だ。
「むむむむ娘!? 響のお父さん!?」
「呼び捨てにするとは……」
メラッと怒りの炎が立ち昇りそうだ。
「わああああ! ゴメンナサイ!!」
「翔君、彼を乗せてもらえるかな?」
後部ドアを開けた。
〈はい!♪〉 「ぅえっ!?」
襟首を咥えて立たせると、蹴り飛ばした。
サッカーで鍛え上げていたので見事にシュート。
〈ほらよっ♪〉「わあっ!!」バムッ。
トドメとばかりに押し込んで閉めた。
「お父さん?」
「心配しなくても、アルバイト採用決定だと伝えに行くだけだよ。
彼は今日、面接を受けに来ていたからね」
「そうなのね♪
それじゃあ お父さんも気をつけてね」
「ああ。翔君、奏を頼むよ」
〈はい!〉ワン♪
―・―*―・―
素朴で懐かしくて美味しい『山里定食』に舌鼓を打って更に笑顔が眩しさを増した沙織を連れて、慎也は観光で有名な渓谷の上流へと瞬移した。
「この辺りに小さな祠があると思うんです」
【蛇眼走査!】
「ワタクシも神眼で探してみます」
目を閉じて集中した。
「見つけました」
「はい♪ とても古い祠ですね」
「同じ形の祠が3箇所あります」
「そうなのですか!?」
「はい。メローペ様がいらっしゃるのは此方です」瞬移。
――目の前に朽ちて崩れそうになっている小さな祠があった。
雑草やらで普通には近寄れそうにないどころか、まず見えない。
【メローペ様?】
〖いらっしゃい♪
でも鏡に触れてはダメよ。
吸い込まれてしまうから〗
【他2箇所の祠と、中央の岩に仕掛けがあるようです。
もう暫くお待ちください】
〖ええ♪〗
――360° 若葉な緑しか見えない。
「春で これだと夏には……」ま、蛇は平気だが。
「そうですね。あ、水の音ですか?」
「そのようですね。滝がありそうです。
それも仕掛けに絡んでそうですね。
この状態ですから失礼しますよ」
狐になると同時に沙織を背に乗せて上昇した。
「滝は北ですね。
メローペ様の祠が南。
東西の祠とで岩を囲んでいます」
光を飛ばして示した。
「ふかふか……」さわさわ。
「ん?」
「あっ、いえ何も!」
「獣ですので」ふふ♪
「祠の鏡は全て岩を向いています。
あ……そうか。落ちたのか」
「はい?」
「滝壺に鏡が落ちているんですよ。
滝裏の凹みに置いていたんだと思います。
それと、岩の中にも何方かが眠っていますし、朽ちた注連縄が落ちています。
全てを元通りに戻せばメローペ様は出られると思います」
「理俱様……」
「はい?」
「格好良いです♪」
「え……」
「思ったままです」
「そ、そう、ですか……」
「背中が温かくなりましたよ?」
「木陰に降ります」全身が熱いって!
―・―*―・―
「降りなさい」
「ここ……」
「よく知っている場所だろう?」
「……はい」今朝、常務の車に乗った場所だよ。
『わざわざ拾わなくても』
声だけでなく苦笑まで伝わる。
「監視すると決めましたのでね。
社の敷地内の寮に入れても?」
「では引っ越しはお任せください。
ほら坊っちゃん降りろ」引っ張り出す。
「また常務だ……」
「俺こそ会いたかねーよ」そのまま引っ張る。
ずっと腕を掴まれたまま支社長室へ。
「父さん!?」
光威社長は息子を苦々しく睨んでから晃典に頭を下げた。
「どうか宜しくお願いします」
白久も一緒に頭を下げた。
「光威様とは無関係の青年として扱う事をどうかお許しください」
此方も深々。
「それこそを望んでおります。
東京を逃げ出した時点で親子の縁は切れたものと思っておりますので」「え?」
誰の為に頭を下げ合っているのか解っていないらしく、琢矢は既にソファに座っていた。
大きな溜め息が三重奏。
「琢矢、あの家は手放したからな。
もう帰る場所は無いぞ」
「ええっ!? 婆ちゃんは!?」
「やっと東京に行くと言ってくれたよ。
だから手放せた。
もう甘えられる場所は無い。
大学を卒業したのだから何の支援もしない。
いいな? 甘えるなよ」
呆然として言葉も出せなくなった琢矢をソファごと運んで離し、3人は仕事の打ち合わせを始めた。
ジョーヌの方は明日に決まり、リグーリの方は順調です。
琢矢は……まぁ、お坊っちゃまですからねぇ。




