留学最後の授業
翌日は1年生としての授業の最終日。
内容は学年末テストの解答解説だったので、彩桜とサーロンは終始にこにこで受けていた。
その最後が社会科と地域社会科だった。
地域社会科は県の歴史や産業、偉人などについての内容なので、狭い範囲の社会科を詳しく学ぶ事になる。これも狐松が担当していた。
「――正解とした模範解答は以上です。
質問はありますか?」
手は挙がらない。
「では、私から1つ、お話ししますね。
社会科は、1年生は地理でしたが2年生からは歴史になります。
2年生は邦和史、3年生は世界史です。
その邦和史の最初に学ぶ箇所が新たな発見、解読に依り変更になりました。
まだ教科書には反映されませんが、とても大きな変更です」
歴史研究部員の瞳が輝く。
「これまで稲作は大陸から邦和に伝わったとされておりました。
それが邦和から大陸へと変わったのです。
稲は南方、熱帯や亜熱帯の湿地などに自生する植物です。
ですので東南アジアでは湿地で勝手に育ったのを刈り取っていただけなのです。
確かに、次の年の為に籾を蒔く程度の事はしたでしょう。
ですが邦和のように地を耕し、水を引き入れて田を整え、苗床を作って少し育てた稲を整然と植えたり、その後も稔るまで世話をしたりという稲作は していないのです。
琉球に自生していた稲を運んだのは、鳥や海流、また新天地を求めて移動した人々なのでしょう。
ですが邦和中部以北は稲の自生には困難な気候です。
古代の邦和人達は工夫を重ねて稲を育てたのです。
稲にとっては寒い地でしたので、そうして育った稲は糖分を蓄えた ふくよかな米を稔らせたのです。
やがて、その丸みを帯びた米が大陸――今の漢中国や百済国へと伝わります。
南方からの細長い米とは比べ物にならない甘味と、もちもちとした粘りのある米は、その育て方と共に瞬く間に広まったのです。
その証拠が漢中国の洞窟に描かれた壁画と、現代の漢字の元となった古代漢字の文の解読から導き出されたのです」
黒板に大陸と邦和の簡略化した地図を描き、そこに稲の伝達ルートを書き込んだ。
そして大陸に2つの丸。
「漢中総科大学の龍教授が解読した洞窟は、この2箇所です。
より東の洞窟には、
『陽の出の方角から海を渡って人が来た。
人は丸い米を持っていた。
初めて食べる旨いものだった』と書かれていたそうです。
西の洞窟には、
『東の人から丸い米を貰った。
とても美味しかった。
育て方を習う約束をした』と書かれていたそうです。
西でも南でもなく、海の向こうの陽出る国、邦和国から稲作は伝わったのです。
この古代漢字の解読方法を見出だしたのは、煌麗山大学の輝竜教授です。
そして輝竜教授は、稲作は邦和から大陸に伝わったという論文も、邦和側の証拠を添えて発表しておりました。
龍教授は、その裏付けを強固にしてくださったのです」
「彩桜の金錦お兄さんですよね!♪」
「それでパーティーに呼ばれたのか♪」
「そぉなの~♪」「はい♪」
「じゃあ、これからはサーロンが証拠集めするの?」
「はい、します♪
ボク、歴史研究部員ですから♪」
【狐儀師匠。邦和が恐竜人の国で、現世の門の真下だから、獣神様が真っ先に稲作を教えたんだよね?】
教室での話は続いているが、並行して心話も始めた。
【そうですよ♪
狩りを好まない恐竜人への安定した食料確保策として稲作を教えたのです。
それを金錦様が証明したのですよ。
古代漢字の解読も主様にご相談なさいまして解明しましたので確かなのですよ。
今は、縄文人と呼ばれている恐竜人を古代邦和人として大陸の人とは別人種だと証明しようとなさっておられます】
【金錦兄すっご~い♪
龍教授って? 獣神様? 欠片持ちさん?】
【いいえ、普通の人です。
とても邦和好きで穏和な方です。
ですので大陸に渡った恐竜人の子孫なのでしょうね。
煌麗山大学の虎威教授の方が攻撃的で、かつては『龍虎の対決』などと揶揄されておりましたが、今では親友となったようですよ】
【狐儀師匠よく知ってる? もしかして!
狐儀師匠、龍教授の助手とかしてる?】
【彩桜様、拾知ですか?
その通り、私と理俱の分身が資料集めの助手として奔走しておりますよ。
これからは学校が休日なサーロンも伴って活動しますね♪】
【え?】【そっか~♪】
【勿論サーロンも私の分身ですよ♪】
【どうして……ですか?】ぱちくり。
【先程サーロンも証拠集めをすると言ったでしょう?】
【あっ……】
【それは冗談です】くすくす♪
【サーロンは消えるのではありません。
漢中国に帰国するのです。
邦和に戻るまで、誰かの分身が存在を維持しますよ】
【ありがとうございます!】
【増馬教授の講義にはソラがサーロンとして参加してくださいね。
その間、大陸のサーロンはインターネットで受講しておりますので】
【はい!♪】
―◦―
帰宅後、アトリエでの勉強会に1時間程 参加していた彩桜とサーロンだが、
「青生兄トコ行ってきま~す♪」
「店番の時間です♪」
と出て行った。音楽番組に出演する為に。
「いつも こうなの?」純玲が怪訝顔。
「彩桜がキリュウ兄弟の末っ子なのは知ってるよな?」
堅太が手を止めた。
「文化祭で演奏してたわよね。
放送でクラシック界の超新星だって説明してたし」
「だな。で、彩桜の兄さん達は音楽じゃない仕事を選んでたんだ。
秋から二足の草鞋を始めたんだよ。
彩桜も一緒にデビューした。
これからも音楽は続けるんだろーよ。
けど彩桜は獣医になりたいんだ。
兄さん達と同じよーに二足の草鞋を履くつもりなんだよ。
で、三番目の兄さんが獣医で開業医だ。
だからその手伝いをしに通ってるんだよ」
「手伝いって中学生が?」
「入院動物の世話とかしてるんだ。
ドッグランで運動させたりもな」
「彩桜にとっては動物も友達だからね。
ところで勉強しないの?
堅太の邪魔なんだけど?」凌央が睨む。
「するけど疑問だらけで落ち着かないの!
なんか疎外感?
壁があるとしか思えないの!」
ガタッと立ち上がって身を乗り出す。
「「純玲ちゃん」」両側からクイクイ。
「一日二日で親密になれると思う方が おかしいと思わない?」
「なっ――!」
「純玲ちゃん、その通りでしょ」
「勉強しましょ?」
夕香と銀河が引っ張って座らせた。
「そーいや悟と竜騎は? 乗馬か?」
堅太、また手を止める。
「うん」もうすぐ出演だなんて言えない。
皆、今は打ち合わせ中だろうかとワクワクで勉強に戻った。
純玲だけはイライラだったが。
そうして暫くは静かに勉強していたが、
「あっ、フリューゲル&マーズが出たよ♪」
恭弥がノートパソコンのモニターを指した。
皆がノートパソコンに集まる。
「もうっ! また勉強してないじゃない!」
「マーズはキリュウ兄弟の友達なんだから、これだけは別だよ」
「心を洗ってもらって、また勉強だ♪」
「陽野(夕香)さんと月羽(純玲)さんも見ない?」
銀河は既に橙マーズだけを目で追っている。
「見せて♪」「私も見るわよ!」
「キツいね~」「女王様だぁね~」
美雪輝と愛綺羅が苦笑。
「ウルサイわね!」「純玲ちゃん」クイクイ。
「ほ~ら「女王様♪」だぁよ~♪」
「早く来ないと終わってしまうよ?」
もう夕香は銀河と並んで見ている。
「もうっ!」ズンズンズン!
『フリューゲル&マーズの皆さん、ありがとうございました~♪』
ちょうど終わった。
その番組が終わって数分。
4人が階段を上がって来た。
「「たっだいま~♪」です♪」
純玲から逃げる竜騎を庇って、悟は対角に近い恭弥の横へ。
〈悟君。私、純玲ちゃんが動かないように ここに居るね〉
〈うん、白竜が怖がってるから頼む〉
〈マーズ、カッコ良かったよ♪〉
〈彩桜やサーロンみたくはムリだけどな〉
〈私にはイチバン♪〉
〈ありがとな♪〉
彩桜 サーロン 祐斗は座らずに教えて回っている。
凌央は美雪輝と愛綺羅に教えている。
それを見て、また純玲が怪訝顔で首を傾げる。
「勉強しないの?」
「1人で問題を解くよりずっと勉強になるんだよ」
「理解してもらうには、と物凄く考えるからね」
「俺は楽しいから~♪」
「はい♪ 楽しいです♪」
「アタシ達が最高の先生♪」「だぁね~♪」
「ま、理解できなくていいよ。
これなら追い越される心配はなさそうだからね」
「凌央君てば~」
「なんか腹立つ!」
「少し……解った気がする」
夕香が立ち上がって舞香と緋怜の間に。
「何か説明させてもらえる?」
「じゃあコレ?」「私もソレ聞きたい♪」
「ん。頑張ってみるね♪」
「もっとコワイ顔になっただぁね~」
「ね。真っ黒オバケ憑いてるとか?」
「それなら彩桜とサーロンが祓うから心配してないで次の問題ね」
「「はい♪」」ケイレイ♪×2。
「恥ずかしいからヤメて」
挟まれているので天を仰ぐ。
「皆さん、順調ですか?」
「どうして狐松先生!?」
「輝竜家の居候だからですよ」にっこり。
「この反応も定番だよね♪」
「けど懐かしいよなっ♪」
「ま、もう暫くは様子見だね」
「先生は特定の生徒だけ学校の外で教えていたんですか!?」
「楽しく勉強している様子を眺めているだけですよ。
保護者の方々は心配でしょうからね」
『ええ、自主的に学び合っていますからね』
「え? ええっ!? 教頭先生!?」
「もう教頭ではありませんよ」にこにこ♪
「私の叔父も一緒に居候です」にこにこ♪
「言われてみれば似てる……」
「そうでしょう?
私の父とは双子ですので♪」
「兄は櫻咲高校で教頭をしております」
「な、なんなの……そうよ! 学年末の順位!
教えてくださいよ先生!
気になって勉強に集中できないの!」
「個々の成績は教えられません。
ただ、1000点満点の総合で簡単に言えば、歴史研究部は全員970点以上です。
主要5教科の他は苦手なのですか?
それとも眼中に入れていないのですか?」
「高校入試には関係ありません!」
「確かに、その通りですね。
ですが順位を気にするのでしたら、勉強すべきなのでは?
そもそも学力テストの点数で勝った負けたと言うのも どうかと。
その時が どうであれ、入試などの勝負時までに修得すればよいだけの事です。
皆さんは、まだまだ これからなのです。
大いに学んでくださいね」
「はいっ♪」純玲を除いて元気いっぱいに。
「悔しい……次は負けないから!」
「凌央が増えたな♪」
「堅太、何それ?」
「負けない負けないで負けっぱ♪」
「ウルサイ」睨む。
「ま、今回は並んだよな♪」パシッ。
「痛いと何度言えば覚えるの?
あんなのを見せられて並んだと思えるなんて どうかしてるよ」
「へぇ~♪ 成長したな♪」
「歴史研究部の足、堅太が引っ張ってるの自覚ある?」
「急上昇中だ♪ 親は大喜びだぞ♪」
「そ。頑張って」
「おう♪」
久々に まずまず落ち着いて授業と勉強会です。
サーロンは もうすぐ帰国なので、愛おしい日常です。
『サーロン』が漢中国でも維持されるのは、ソラにとっては嬉しくもあり寂しくもあり。
やっぱり自分でサーロンしていたいんですよね。




