栗木と桜マーズ
コンコンコン。
運転席で顔を伏せて泣いていた栗木は、窓ガラスを叩く音に職務質問だろうかと顔を上げた。
「マーズ!?」
「入っていい?」
「その声……昨日の?」
「うん♪」
「どうぞ」助手席を指した。
「ありがと♪」消えた。
「ッ!? わあっ!?」
消えたのに驚いてキョロキョロしていると助手席に座っていた。
「忍者だから~♪」
「そ……う……」
「うん♪
あのね、取材しないと帰れないんでしょ?
でも会場に行けなくて困ってるんでしょ?」
「昨日、あんな事をしてしまったから……」
「うんうん。
アレね、悪霊なの。取り憑かれてたの。
でも他の記者さん達には言えないでしょ。
信じてもらえないもん。
だから城多さんは気が動転してたって説明したの」
「そう……悪霊、ね……」
「信じられないでしょ」
「そうだね。でも納得したよ」
「ん♪ 海、飛び込んじゃダメだよ。
ちょっとなら答えるから。
あ、お腹空いてる?」
「そうだね。昨日の夕方に食べたきりだよ」
「すぐ戻るから待っててね♪」瞬移。
「あ……これも書いていいのかな?」ボソッ。
「ん? 忍者だってのは書いていいよ」
戻った途端、食欲直結の幸せな匂いが充満した。
「クレープいろいろ~♪
コーヒー苦手なんだよね?
だからホットはちレモにした♪ はい♪
好きなの食べてね~♪」
栗木のお腹が鳴っているので食べ始めてもらう。
「でね、馬ぬいセット。
マーズの手作りなの♪
それとフリューゲル&マーズの初CD♪
来月発売なの♪
ジャケ写、馬ぬいに決まったの~♪」
貰った馬ぬいはメーアのステージ衣装の色違いを着ているが、ジャケット写真は忍者装束だった。
「んんっ!?」
「あげるから落ち着いて~。
コレだけでも記事なるよね?」
頬張っているのでコクコクコク!
「ん♪ あのね、俺達ホントは静かに暮らしたいの。
忍者だし、悪霊祓い屋だから目立っちゃいけないの。
でもね、みんなを笑顔にしたいの。
だからマーズするの。
それだけだから、正体とかナイショね?」
「さっきのテレポートは?」
「忍者移動♪ ど~やって、とかナイショ♪」
「うん。企業秘密だよね?」
「うん♪」
「悪霊祓い屋も常識人達から胡散臭いとか言われそうだし、秘密にしたいだろうから書かないよ。
でも僕は信じたよ。
昨日の光も僕を攻撃したんじゃなくて、その悪霊を祓ってくれたんだよね?」
「うん♪ 悪霊退散、浄化の術~♪
戦う言ったのも悪霊にだよ」
「うん。今、理解したよ」
「ね、昨日の夕方、何かあった?
ぼんやり、その後からでしょ?」
「あ……言われてみると確かに。
夕方ね……あ! 関西弁の2人!
バーガーショップで列の先頭に割り込んで店員さんと揉めたから、店を出てから注意したんだ。
報道全体が嫌われるから。
そうしたら追い掛けられて胸ぐら掴まれて……何か言われたけど覚えていないんだよね。
そこからずっと意識が浮上したり沈んで朦朧としたりを繰り返していたよ。
関西弁の記者達からは、城多さんと男女ペアの記者さんに助けてもらったと微かに覚えてる。
あと、ふらふら歩いていてホール近くで柿谷さんに話し掛けられたかな?
顔見知り程度だけど知り合いだから、たぶん心配してくれたんだと思う」
「関西弁の記者さんも浄化したけど……もっかい行ってみるねっ」
「ありがとう。
あんな事をしたのに……」
「忍者あんなの刺さらないし~。
倒れたの、枝も浄化しないとだったし、分身悪霊 乗ってたの避けたからなの。
投げさせたの悪霊だから気にしないでぇ」
「そう……キミ、優しいね」
「俺、桜マーズ♪
兄貴達は金マーズ、銀マーズ、青マーズ、黒マーズ、赤マーズ、藤マーズなの♪
長ってリーダーね。長が金マーズで、副長なサブリーダーが銀マーズなの~♪」
「兄貴達? もしかして兄弟?」
「忍者の先輩なの~♪ だから兄貴♪
マーズとしての呼び名はメーアが、この帯の色ってライブで言ったからなの♪
だから俺、桜マーズに決まったの~♪」ヒラヒラ~♪
「昨日の昼公演?」
「うん♪」
「桜マーズ君は未成年だよね?」
「うん♪ だからライブは20時までなの~」
「そうか、だからか。終演が早いと思ったよ」
「でしょ。だからアンコールごめんなさいで終わっちゃうの~」
「これは書いていい?
マーズはアンコールに何度でも応えたいけど仕方ないんだって」
「うん、いいよ~。
俺まだまだ20時までだから~」
「声変わりもしていないもんね」
「うん。オトナ遠いのぉ」
栗木が笑顔になったので切り上げようと片付け始めた。
「あっ、クレープ全部、貰っていい?
持ち帰って食べてもらいたいんだ。
マーズの優しさが伝わると思うから。
あっ、お金!」財布を!
「試食なの~♪ だからタダ~♪
本日中にお召し上がりくっださ~い♪」
常温クレープばかりだったのでトレーから紙袋に移した。
「だから冷たいのと、あったかクレープ選んで食べたんだ~♪」
「最初はウインナーに惹かれて。
一口で、これは持ち帰らないと、と思って」
「スマホに今日の昼ライブ送っていい?
あと『馬ぬいマーズを探せ』のも♪」
「ありがとう! え? 馬ぬいマーズを?」
「販売エリアに2次元コード置いたの♪
7つの馬ぬいマーズが目印♪」
スマホの写真を見せてから、栗木のスマホに映像データを送信した。
「少しずつグレードアップ?」
「まだまだ手探りなの~♪
今日ね、ライブ後に記者会見あるの。
俺、参加ムリだけど。
でも記者さん達に栗木さんとお友達なったって言ってもらっていい?」
「ありがとう……」うるっ――
「泣いちゃダメなのぉ。
兄貴達クレープとマスコット作ってて来れないから、俺だけ記者会見なっちゃったけどぉ、頑張って書いてねぇ?」
「うん……ありがとう。頑張るよ。
貴重な時間をありがとう」
「ん♪ じゃまたね~♪」消えた。
「マーズは優しさの化身……よし書くぞ!」
涙を拭いてエンジンを掛けた。
―・―*―・―
会場に戻った桜マーズが物販でマスコットを並べていると――
「見つけた! 彩桜!」
「ふええっ!? あ……心太さんだ~。
コッチ来てなの~」
手招きして裏へ。
「呼んでくれたから入っていいですよね?」
「ライブTシャツとスポーツタオル、マーズ鉢巻の青と桜で5千円になりますので、お買い上げ特典のビニールバッグをお付けしますね。
ありがとうございます、奥にどうぞ」
『お兄ちゃん! 馬ぬいも!』
「心愛も並んでるんだろ? 自分で――」
『売り切れちゃう!』
「ああもうっ。馬ぬい忍者セットも」
ライブ特別セットと馬術着セットは既に売り切れていた。
「1万円ですよ?」
「これも全寄付なんですよね?
だったら買います」
「お買い上げ特典とラストでしたのでサンクス特典もお付けしますね♪
ありがとうございました♪」
けっこうな大荷物だ。
なので馬ぬいの塊を心愛に押し付けてから物販裏に走った。
「彩桜!」「桜マーズなのぉ」
「じゃあ短縮で桜な」「うん」耳には同じ~。
「どーして何も言ってくれなかったんだよ?
ニュースで知ったんだぞ」
「スノボじゃにゃいしぃ」
「スノボじゃなくても桜達を追っかけたいんだよ。
だから心咲ねーちゃんに頼んで立ち見チケット貰ったんだ。
あ、今夜 泊めてくれ」
「うん♪」
「青生兄さんは?」
「青マーズなのぉ」
「うん、青さんな」
「クレープ焼いてる~」
「そっか。そんじゃあクレープも食うか♪」
「記者さんいっぱいだから気をつけてね~」
「喋らねーよ♪」
「ライブ終わったらジョーヌさんに案内してもらってね~」
「おう♪ じゃ後でな♪」
―◦―
その頃、販売エリアのゲートでは――
「昨日の事だけじゃない。
これまでの行いだって悪いのだから帰ってもらえないか」
「ここでも騒いで邪魔をしたんだから帰らないと警察に通報するぞ」
警備員達と揉めているのを見て寄った文屋と柿谷の語気は極寒ブリザードだ。
「せやから取材は諦めとるんや。
謝らせてもらいたいんや。「お願いします!」」
矢緒と飛田は土下座した。
「そんな事をされるとコッチが悪者に見えるじゃないか」
「いい加減にしてくれ」
「文屋さん、柿谷さん。
ありがとうございます。
矢緒さん、飛田さん。
お話を伺いますので此方に」
「社長さん、それでは昨日のバーガーショップと同じですよ」
「何が何でも無理を押し通すのが この2人の常套手段なんですから」
「屈したのではありませんよ。
如何なるお話をなさろうとも取材許可は出しません。
ただ此方も伺いたい事があるのです。
城多兄弟の身の安全の為に」
「ああ、そういう事ですか」
「同席させて頂いても?」
「そうですね。
では私の身の安全の為に、お願い致します。
高築さんと橇待君もスタッフなのですからお願いしますね」
「あっ、「はい!」」
到着したばかりで飲み込めていないが、とにかく返事した。
栗木と話して会場に戻ったと思ったら、今度は心太。彩桜、働いてる?
まぁ、やっと仕事に戻ったようですが。
そして釈放されたらしい矢緒と飛田。
まだまだ騒がしい事この上ありません。




