ファンを増やすクレープ
文屋は梨山の分もクレープとコーヒーを買って、テーブルで向かい合った。
「シンプルなシュガーバターだけど最高に旨いぞ。
バターも自家製。マーズバターだからな」
「ありがとうございます……」
「新聞記者時代に世話になったのか?」
「はい。新人の頃に。
あの頃は、あんな強引な人じゃなかったんですよ。タフで、よく笑ってて。
皆見さんの下になってからなんです。
怒ってばかりになって……」
「それでテレビに?」
「明るい方が好きなんですよ。
テレビの方に希望が見えたんです。
新聞の方は、どよどよしてて……」
「そう。悪評高い彼らから離れたのなら、君もマーズからは手を引くべきじゃないかな?
隠すから暴きたい、それが記者の性なんだろうけど、野蛮じゃないかな?」
「それは……」
「この前メーアと直に話したんだ。
と言っても通訳を介してだけどな。
メーアもマーズに賛同していて、フリューゲル&マーズでの収益は全て寄付すると言ったんだ。
だから世界規模の支援活動だ。
マーズは邦和の巨大財閥の総帥達を一致団結させたり、あのメーア=ドンナーを動かしたり出来る強い存在だ。
会場に来ている客達も、マーズが活動してくれるのなら正体なんて知らなくていいと思っている。
暴こうとしているのは俺達、記者だけなんだよ。
俺達は既にマーズだけじゃなく、マーズファンにとっても敵なんだ。
読者や視聴者の為に、なんて自惚れでしかないんだよ。
だから君も、妙なのには加担するな」
「知ってたんですか?」
「バーガーショップで近くの席に居たんだ。
聞こえてしまったんだよ。
もうスタッフにもバレていた。
だから声を掛けたんだ」
「……そうですか」
「メーアは悪事なら好きなだけ暴けばいいと言った。
でもマーズに悪事は皆無だ。
それなのに顔を隠しているからって理由だけで その仮面を剥がしたいだなんて、初対面の女性に服を着ているから脱がすと言っているのに等しいと言ったんだ。
マーズの事を――思いや過去や重荷や、そういう諸々を何も知らないで無遠慮に暴いて晒そうとするな、と。
だから俺は、これからはフリューゲル&マーズのメーアを通してのマーズを、仮面のままの彼らを取材しようと思っているんだ。
君もコッチ側に来ないか?」
「そうか……一般人をしている彼らには触れずに、見せてくれているマーズだけを追えばいいのか……。
どこに住んでる誰なのかなんて、マーズに救われてる人にとっては、その救いが絶たれる事に比べれば どうでもいい情報なんだ……」
「どうでもいいどころか要らない情報だよ。
生活を助けてもらえただけじゃなく、音楽やパフォーマンスで楽しませてもらえてのストレス解消も救いだよな」
「ですよね! 僕も加えてください!」
「そうと決まれば策を練らないと。
ライブが終わって騒ぎになってしまう」
「そうですね!」「おかわり、ど~ですか?」
「「あっ」」
右耳に小さなコック帽の馬頭な男がポットを軽く上げた。
「お願いします」
「ん」カップの蓋を開けて注いだ。
「そちらは?」
「お願いします! あのっ――」
「オレかぁ? マーズスタッフだ。
マーズは表に出てる7人だけじゃない。
賛同した大勢もスタッフとして動いてるんだ。
警備員もマーズスタッフだし、バイトの中にも入ってるんだ。
だから記者達の動きは全て把握してる。
仮面のままのマーズで良けりゃあアイツらもインタビューに応じるだろーよ」
「「そうですか!♪」」
「今の報道の仕方も変えてもらえたら ありがたい。
ソレも叶うならマーズは報道関係者も仲間だと認めるだろーよ」
「今の報道……?」「確かにそうですね」
「ソッチは理解してなさそうだが、ソッチはスノボの時に来てたんだな?」
「はい。財閥総帥達から暴いて晒したら放ったらかしだと言われましたよ」
「だよな。
マーズをキレイにラッピングしたギフト箱だとすると、今の報道はリボンを引き千切り、包装紙を破って、箱もグチャグチャにして中身を出すだけ出したら放置って状態だ。
マーズは営利目的で活動していない。
だから晒された後、身を守る金なんか持ってないんだ。
平穏な日常を奪われて、何処かに隠れ住むしかなくなるんだよ」
「ですが財閥やメーアが――」
「助け船は出してくれるだろーよ。
けど、そんな船に乗るヤツらだと思えるか?」
「……ですよね……」
「マーズは表舞台に立たなくなる。
で、何処の誰が得するんだ?
大勢が困るんじゃないのか?
そこらで聞いてるヤツら! 答えろよ!」
もっと声を拾おうと、馬頭コックの背後から木やテーブルに隠れつつ、足音を忍ばせて近寄っていた記者達がビクンと肩を跳ねさせて立ち止まった。
馬頭コックがクルリと向く。
「マーズの目的は笑顔を増やしたいってだけなんだ。
邪魔しないでくれよな。
オレのダチを虐めるな!」
サッと身を翻して売店の中に消えた。
「待って!」「もう少し!」一斉に動いた。
「「追うな!!」」
「邪魔するな!」「追え!」
駆け出した記者達の前をクレープ待ちの列が塞いだ。
「アンタ達のせいで待たされたんだからね!」
「いっぱい来てるから待ってって!」
「マーズはミステリアスでいいの!」
「代わりに歌って踊れるの!?」
「踊れても要らない。オジサン達なんか!」
女性達が射るような視線で口々に叫んだ。
気圧されて後退った記者の肩を後ろから文屋と梨山がトントン。
「お話があります。向こうに行きませんか?」
―◦―
体育館とホールでは熱気が沸き立つ程に楽しく大騒ぎし、その外では別の意味での騒ぎが続いているうちに初日のライブは幕を閉じた――かと思いきや、ホールのスクリーンが上がるとマーズが居た。
歓声が爆発する!
『ありがとうございます。
今、体育館はお客様の退場中ですので、お待ち頂く間、少しだけですがパフォーマンスさせてください』
楽器演奏しながらのダンスが始まった。
「終わり間際の立ち見って? って思ったけどサイコー!♪」
「マーズスタッフのお姉さんサイコー!♪」
記者達を追い返したクレープ待ち列の人々はホールの立ち見チケットを貰って、後ろの壁際に居た。
「あの、マーズスタッフとは?」
「また取材オジサン? どっか行って~」
「観たい聴きたいなんだから~」
ウンザリを撥ね飛ばすように
「「きゃーーーッ!♪」」
と大きな歓声をマーズに届けと放った。
―◦―
初日の全てが終わったマーズはフリューゲルを連れて瞬移で帰った。
スタッフには馬頭やジャンパーとキャップを控室に残すよう伝えて、客達と一緒に帰らせた。
勿論マーズは神眼で全員を護衛していた。
最後まで残っていた警備員達は獣神なので何も問題は無い。
――などとは知らない記者達は出待ちをしていた。
ラストが体育館ではなくホールだったので多くがホールを囲んでおり、柿谷と桃川もホールの裏口に居た。
「客は出待ちしないのか……」
「本当に謎でいいと思ってそうだな」
終演が20時だったので、記者達にとっては夜はまだ浅い。
まだまだ待つぞと気合いを入れる二人だった。
―・―*―・―
その頃、輝竜兄弟は夕食と入浴を終えて稲荷堂の作業部屋に集まっていた。
「桜吹雪マシマシ終わり~♪」
「そんじゃあ彩桜もマスコットな♪」
「ぬいぐるみは?」
「ライブ特別バージョンは増やすのが大変だからな。数量限定のままだ」
「けど予約は受け付けてるから後日でよけりゃあ家に届く♪」
「そっか~♪」
「駅北のスーパーに出店するから別バージョンなら手に入る。
慌てなくても――」ピコン♪「――またかよ」
「どしたのぉ?」
「転売だよ。全サイトに網張ってるんだ。
ファン達も通報してくれる。
で、サイトが出品停止してくれたのをソッコー回収だ♪」ポチッ♪
「回収って? お金払うの?」
「売価返金だけな。
儲けさせる気は無い。
けど盗られたなんて思われたくねぇからな。
それは全サイトOKしてくれてるよ」
「さっすが白久兄~♪」
「だろ♪
これから先、マーズのだけじゃなく兄貴や紅火の作品も、こ~やって守るつもりだ♪」
「そっか~♪」
「ありがとう白久」「白久兄、感謝する」
―・―*―・―
「栗木さんは表玄関側ですよね?」
栗木は柿谷が新たに引き込んだ仲間だ。
「そうだよ。
ホールは南北の出入口だけだからな」
「梨山さん、どこなんでしょうね?」
「元々南の予定だったから栗木さんと一緒だと思うんだが……」
メッセージで連絡済み。
「ホールの東西に非常口がありますよ?」
「えっ!?」
「でも非常口から出たら出たで騒ぎになりますよね」
「なる、よな……」
柿谷と桃川は灯りも音も漏れてこないホールを見上げた。
「外は人の気配だらけなのに、中は誰も居ないとしか思えませんよね……」
「マーズは寝たとか?」
「あれだけ動けば、それもアリですよね」
「風呂は? 食事は?」
「楽屋にシャワーがあるとか?
食事は……クレープ?」
「シャワーは可能性あるよな。
クレープなぁ……」
「ツナサラダクレープ、美味しかったですよ」
「そんなのあるのか?」
「サラダクレープいろいろありましたよ。
チキンもタマゴも良かったです」
「いろいろ食べたんだな」
「甘いのも食べました♪
慰霊祭ではパンケーキだったそうです。
食べたかったなぁ」
「ソッチ側のファンも多そうだな……」
「絶対 多いですよ!
何度も行列に並びましたから」
「ホールに入り浸っていたからなぁ。
明日はソッチにも行ってみるよ」
「絶対! 行くべきです!」
柿谷よりも桃川の方がマーズファンなのかも。
マーズクレープとファン達の声で考えを変えつつある記者達ですが、まだ多くが出待ちをしています。
季節は暦の上では春ですが、まだまだ冷え込む2月下旬です。
頑張っていたら風邪ひいちゃいますよ?




