逆斐と皆見ソックリな飛田と矢緒
「お巡りさん暴力です!!」
沙南の叫び声で、バーガーショップで列に割り込んで騒ぎを起こし、それを咎めた男を追って胸ぐらを掴み、止めようとした城多兄弟を突き飛ばした2人組は逃げた。
素早く起き上がった城多兄弟が追う。
「大丈夫ですか?」
「え……あ、はい。ありがとうございます」
胸ぐらを掴まれていた男はフラフラと去った。
「本当に大丈夫かしら……」
「高築先輩、バラバラになりましたよ?」
尾行ターゲットの3記者は駅の南側に出た所で別れて各々の方向に歩いていた。
「きっとまた集まるでしょうけど……あの男が首謀者ぽいわね。
たぶん音楽雑誌の記者だと思うし」
「同じ社の桃川も気になるんですけど~」
「知り合いなら後で何とでもなるでしょ?」
「確かに。もう1人、誰だろ?」
『西邦テレビの梨山だよ』
「「え?」」振り返る!
「東邦新聞の文屋です。
コッチ見てると見失いますよ?」
「「あっ!」」前!
「どうやら『みみさち』の柿谷は またホールで聴くみたいですね。
チケットは?」
「スタッフなんです」「僕はオマケですけど」
「だったら梨山は僕が追いますよ」
「行きましょっ」「はい!」
沙南と橇待はホールに向かっている柿谷を、文屋は駅方向に歩いている梨山を追った。
―◦―
〈白儀社長、あれが『不穏』ですよね?〉
〈その通りです。
何事かあれば深追いせずに知らせてくださいね〉
〈はい。初仕事、頑張ります!〉
〈ユーレイは長く生きられるのです。
気負わなくてもよいのですよ〉
〈はい♪〉〈ノリ、動いたよ〉〈うん〉
〈では無理をしないよう〉〈はい!〉
逃げきれたと確信しているらしくテイクアウトしたハンバーガーを食べていた男達を空から見ていた白儀と典里勇は姿を消した。
―◦―
【瑠璃、また龍で飛んでもらえる?】
【明日も、なのか?】
【そうなるよね♪】
【まったく……】
【昼公演は瞬移すらも無理で翼も消せなくてギリギリだったんだから仕方ないよね?】
【また私の背から飛ぶのだな?】
【うん、好評な演出だからね♪】
【ラピスリ、明日は俺にやらせてもらえないかな? 試したいんだよ】
青ドラグーナがニコニコと青生から生えた。
【では終わってからリハーサルしましょう】
【うん♪ ありがとう♪】
【輝き過ぎないでくださいね】
【白銀が目覚めたから大丈夫だと思うよ】
【夜公演では私に重なってみてください】
【それはいいね♪】
こういうところは青生とよく似ていると、言い出したら聞かないところや、悪戯好きなところを思い浮かべて苦笑する瑠璃だった。
―◦―
公演間に忙しくなるのは売店と物販で、リーロンと同じ馬頭コックコートの黒瑯はクレープを焼いていた。
注文を聞いて精算するのも、クレープ以外の注文品を担当するのも、出来上がりを渡すのも、馬頭な輝竜家の妻達だ。
「次の方どうぞ~♪」
「取材を――」
「メニューにありませんので承れませ~ん♪
他にご注文は?」
「取材の許可を――」
「大勢 並んでるんだ!
マーズの敵はどっか行け!」
「そうだそうだ!」
「マーズのクレープ待ってるんだから!」
「ということですので、次の方どうぞ~♪」
「どいてくれ。
キャラメルカスタードバナナとチョコ苺スペシャル、抹茶カスタード。
それとホットはちレモ2つ」
「ちょうど千円です♪
ありがとうございま~す♪
70番でお待ちくださいね♪
次の方どうぞ~♪」
【黒瑯、記者達が不穏を膨らませてるぞ】
【気づいてるよ!
けどなぁ、どーすりゃいいんだか。
神様♪ ナンとかしてくれ♪】
【こんな時だけ神扱いヤメロ!】
【けど神様だし♪】【ダーーーッ!】
黒瑯を睨みながらリーロンは出来上がりを渡しに行った。
【けど……昼の怨霊も記者達の不穏が原因だとしたら……】
焼きに戻ったリーロンに黒瑯が呟く。
【うわ。ヤなコト言いやがる。
けど可能性は大だな】
【オレ、クレープ配ってくるよ】
【この忙しい時にかっ!?】
【いや、始まってすぐはフリューゲルだけだ。
その間に配るよ。
まさかマーズ本人が配ってるとは思えねぇだろーからな♪】
【そっか。確かに効果的かもな】
【金錦兄にも相談するよ】
―◦―
あちこちに記者達が膨らませている不穏を感じる中、夜公演が始まった。
黒瑯は外で待機している記者達の好みを見極めて作ったクレープと飲み物に封筒を添えて素早く配って回った。
【白儀先生、あとは見ててください!】
瞬移で舞台下のドラムセットへ。
―◦―
「ん? クレープって甘いのだけじゃないんだな。
生野菜たっぷり。スパイシーなチョリソー。
このソース、何て名だろ。売ってるのか?
全部ウマく纏める ほの甘いクレープか……それにしても旨いな」
とある記者は、ついつい観察しつつも空腹だったのもあって一気に完食し、コーヒーを飲みながら封筒を開けた。
『取材は受けられません。
ライブのレポートならご自由に。マーズ』
「で、立ち見チケット?
ここで立ってるより ずっといいよな」
ホールに向かう。
周囲にも同様にクレープを食べて、ホールに向かう者達が何人も見えた。
「こんなにも集まってるのか……」
呆れ顔で、やれやれと肩を竦めた。
貴方も、その1人ですよ。
上空の狐儀も肩を竦めた。
―◦―
城多兄弟が追っている不穏の塊な記者2人は体育館に侵入しようと、入れる箇所を探していた。
「ドアやら窓やらは施錠されとる思ぅとったが、換気口もナンもかもガッチリガチガチやな」
「どっか壊すか?」
「せやな。あの換気口は大きいな」
頷き合って近寄り、スリットから覗き込む。
『壊すなんて……しないで……』
格子のすぐ向こうでは換気ファンが回っている。
その向こうの暗がりに、ぼんやりと光る人の上半身らしい影が管の床から生えていた。
「だ、誰や!?」
後ろ姿だったらしく、ゆっくりと向こうとしていて、横顔になったのは分かった。
「おい、目ぇが合うたら――」
『其処で何をしている!?』
「――逃げるんや!!」
警備員に追われて逃げる2人は宵闇に紛れた。
〈深追いは不要です。
自ら大声を出して警備員を呼ぶ程に程度の低い者達ですので〉
〈〈はい!〉〉
〈また近寄ったならお願いしますね〉
〈〈はい!〉〉
―◦―
「あれ? 矢緒さん?」
「今は止まっとる場合やあらへんのや!」
走り去った。
矢緒が警備員達に追われているのは一目瞭然だった。
警備員達が通り過ぎてから、梨山も追った。
「行くのかよ」
呟いて文屋も追った。
―◦―
2人組のもう1人、飛田は警備員達に捕まっていた。
つまり矢緒は飛田を見捨てて逃げているのだった。
「俺は記者なんやて!!」
「記者だからと言って換気口からの侵入が許されているとでも思っているのか!」
駅近くは中渡音市の中心地なので、市民体育館の近くには警察署もある。
警備員達にとっては幸い、飛田にとっては不幸な事に中渡音署は目の前だった。
「はい、立って。話は中でね」
署から出て来た警察官達にも警備員の言葉は聞こえていたので、飛田は連行されてしまった。
「せやから無実やて!」
「歩道では邪魔だから中でね」
警備員達は笑いを堪えて背を向けた。
警備員をしているのは獣神達。
矢緒を泳がせているのは他の仲間の有無を確かめている為だった。
―◦―
【ね♪ そろそろ終わらせてあげない?♪】
【どうして楽しそうなの?】
【エィムは楽しくないの?】
【あれだけの不穏なんだよ?
霊が触れたらまた怨霊化してしまうんだから気を引き締めてね】
【はぁい。でもオジサンもうヘロヘロよ?】
【確かにね。他に仲間は居ないらしいね】
【後ろの2人は?】
【知り合いと、その尾行者だろ。
記者というのは何にでも興味を示すらしいね。
人神の欲を固めたような存在だね】
【あ♪ コケちゃった~♪】
【追い付いてしまったね……】
【這って逃げてる~♪】
【狐の狩猟本能を剥き出しにしないで】
【縄でエイッ♪】聞いちゃいない。
【彼には ただの縄だよ?】
【ジューブンでしょ♪】気絶しちゃった~♪
【確かにね】どっちにも やれやれだよ。
「あのっ、その人、何かしたんですか?」
「市民体育館の換気口を壊して侵入しようとしていたのです。貴方は?」
「西邦テレビの記者で梨山と言います。
その人は西邦新聞の矢緒さんです」
「そうですか。
身柄を引き取りたいのでしたら警察でどうぞ。
彼を野放しにすれば今日のライブは中断、マーズは解散してしまうかもしれませんので」
「それは――」「仰る通りだと思いますよ」
「貴方は?」
「東邦新聞の文屋です。
彼、強引な取材で有名ですからね。
君もテレビに移ったのなら関わらない方がいい。
皆見と矢緒は西邦を潰しかねないんだから」
「文屋さんは皆見をご存知なのですか?
指名手配されていますよね?」
「これまでの悪評の話で、居場所なんて知りませんよ。
梨山君、ここはお任せするしかないよ。
行こう」
「そうですね……」
【エィム、微細魂片は回収する。
警察に渡したなら持ち場に戻ってくれ】
【はい♪ お気をつけて、ラピスリ姉様】
【すっかり慣れてしまった】ふ♪
夜になって活性化する不穏者達。
夜も闇も悪くはないのに困ったものです。
飛田と矢緒は、逆斐と皆見よりは若いんです。
どうにも同じとしか思えませんけどね。




