姉様に一目惚れ
「じゃあ話すね」
気を取り直したマディアが姿勢を正した。
「アイツは僕達の代が滝近くで基礎修行してた時に四獣神を見張る為に来たんだ。
でも、とてもじゃないけど森を通れるとは思えない弱さで、伸びて狙ってる枝や根も見えてなかったんだ。
でも気位だけは と~~っても高くて、自分が通れないなんて有り得ないって自信満々で、何度止めても森に入ろうとしてたんだ。
後で知ったんだけど、上級貴族の子で学校では優秀だったらしいんだよね。
何度も何度も森に近づくからとうとうギリギリに行っちゃって、森が騒いでるのに気づいた父様が来て突き飛ばしたんだ。
もちろん直接触れられないから空間ごとね。
そしたら激怒して、父様が禍と戦う為に森の向こうに行ってから、僕達を地に叩きつけたんだよ。何度も何度も。
僕達は手も足も出せないのに。
僕達は無抵抗で、助けも求めずにただただ耐えてたんだけど、禍を封じ終えた父様達が異変に気づいて来てくれたんだ。
で、切り取った空間にアイツを閉じ込めてから、その空間ごと神王殿に四獣神揃って連れてったんだ。
アイツは解任されて、次に来たのがグレイさんだったんだけど、みんなはもうすっかり人神不信になってたから近寄れなかったんだ。
グレイさんは父様と親しそうに話してて森も抜けられたんだ。
すぐに森の向こうで四獣神の友達になったみたい。とっても嬉しそうだった。
みんなは怖がってたけど、僕は今度こそ安心していいんだって思ったよ。
でも……またアイツが来たんだ。
グレイさんが出かけた隙を狙ってたんだと思うんだけど、森の外は子供だけって時に現れたんだ。
また森に向かってくから、横並びになって通せんぼしたら僕が掴まれて……鱗を剥がれてしまったんだよ」
「そんな酷い事を!?
命取りじゃないの!!」
「人神だもん。龍のことなんて知らないよ。
でも僕、前に叩きつけられてから防護を高めてたから、そんなに痛くなかったよ。
背中すっかり剥がされて、もう無理だからって次兄が代わってくれて、次は私だって姉様が前に出た時、狐の長男が姉様を護ろうと立ち塞がったんだ。
それで掴み上げられて、皮を剥いでやるって剣を額に突きつけられた時、グレイさんが戻って止めてくれたんだ。
『僕に任せて、みんなは逃げて』って。
アイツ、グレイさんが止めても森に近づいて、とうとう森に捕まって引きずられて、グレイさんに助けられたんだ。
でも反省なんてしてなくて。
だからグレイさんが面倒見てる兵士さんが縄かけて、神王殿に連れてったんだ。
僕達はグレイさんに助けてもらったのに、みんなの人神嫌いは激しくなってて……拒絶してしまったんだ。
その点は僕の同代もアイツと同じなのかも。
ちゃんとグレイさんを見ようとしなかったんだから。
でも……僕達を指導してくれてた2代上の姉様だけはグレイさんを信頼してたよ。
僕は理由とか どーでもで仲良くなりたくて、みんなには内緒で近づいて、お喋りしたり教えてもらったりしてたんだ。
グレイさんは優しくて、龍のことをよく知ってたよ」
「それは当然よ♪
グレイは私達と500年も一緒に暮らしてたんだから♪」
「だから知ってたんだね♪
グレイさんを指導したのがエーデ姉様達だったんだね?♪」
「そうよ♪
グレイは学校を出るとすぐに、無謀にも たったひとりで最果てに行ったそうなの。
それで父様に王都に送り返されてしまって私達に預けられたのよ。
最初は修行も勉強も嫌いなのかと思っていたわ。
末の弟達と話し始めたら止まらなくて。
いつまでもお喋りして『なんで?』『どうして?』が止まらなかったの。
でもそれは……親が判らないってだけで学校で虐められて勉強どころじゃなくて友達もできなくて……。
だから距離感も分からなくて、とにかく話せるのが嬉しくて、っていうのが溢れてしまっていたのだと、ずっと後で解ったの。
グレイが変わったのは、私のすぐ下の妹が髪と爪を売って、勉強用の黒石板を買って与えたからなの。
弟達が獣神にとっての爪の重要さと女神にとっての髪の重要さを教えたら、グレイは黒石板を抱き締めて泣いたそうなの。
それから頑張って大学にも行って、お医者さんになったのよ♪
貴族の後ろ楯を得たら、神王殿に入れる立場になって、神世を変えたいって……。
獣神が虐げられているのは間違ってるって……それなのに……」
「だから僕達が助けようね。
シッカリ調べ上げて、証拠を掴んで、グレイさんは無実だって、みんなに解ってもらわなきゃね」
「そうね……憎いからってアイツをただ滅しても、グレイは救われないわよね。
汚名はアイツに返さないと解決しないわ」
「うん。だから潜入って賛成なんだ♪
その為に、もっと力を高めないといけない。
アイツは強い獣神様の力を盗めるんだから」
「父様の力も盗まれてしまったのかしら……」
「それは防ぎきれたみたい。
マヌルヌヌ様の弟様が浄化域にいらしてて、偽ティングレイスを通さなかったそうなんだ」
「『偽』って分かったの?」
「『神眼の神』って二つ名の神様だからね♪
アイツ、『ひと目 会わせてください!』って懇願したそうだよ。
『ティングレイスならば会わせるが、偽者なんぞが会えようものか』って睨まれて逃げたらしいんだ。
ソレ隠蔽しようとして獣神狩りを始めたんじゃないかなぁ。
それに人神なら騙せても獣神は気をつけてれば見破っちゃうからね~」
「その……弟神様は? ご無事なの?」
「うん。
戻っていらしたけど、僕の上の代は既に捕まってて助けられなかったって……」
「浄化域を護らされていたの?」
「うん。僕の代は再生域――あっ!」
「どうかしたの?」
「今、逃げてる! ちょっと待ってて」
目を閉じた。
「こっちに誘導したよ。
同代はマヌルの里を知らないから」
「マディアは……?」
「ん?
どうして一緒じゃないの? かな?
僕、鱗を毟られてから成長しにくくなっちゃって……だから見た目は子供のまま。
迎えに来た兵士さん達も、そんなだから僕を次代だと思って残しちゃったんだ。
あ、上の姉様――指導してくれてた姉様は、そろそろお迎えが来るだろうからって、父様がマヌルの里に狐や猫達と一緒に連れてったんだ」
「龍ばかりが『護り』の役にされたのは他の獣神と違って沢山 生めるからなのよね?」
「うん。
四獣神への王命を父様が全部 引き受けたみたい。
エーデ姉様の頃って、狐や猫は?」
「居なかったの。
龍は育つのが遅いから先に、って私達だけ。
次の次からは居たらしいけど」
「そっか。確かに遅いよね。
その分、沢山 生めるんだよね♪
でも……育つ度に人神に連れてかれて……。
だから父様も、継がせる為の子はもっと後になるだろうなって諦めてたみたい。
同代とは、それっきり会ってない。
こっちに呼んだけど……なんか……会いたくない、、かな?」
「どうして?」
「きっと……ほらやっぱり人神なんて、ってグレイさんを悪く言われちゃうよ。
違うんだ、って堂々と言えるようになるまでは会えない。聞きたくないもん。
想像じゃなく、ちゃんと証拠を示して説得できなきゃダメなんだ」
「そうね……『護り』をしていたら人神に使われて、益々人神嫌いになってしまっているかもしれないわ。
サティアタクス王は獣神を人神と平等だって宣言してくれたけど、人神の心まで変えるには、まだまだ時が必要だわ。
それなのに こんな事になってしまって……」
「うん。だから僕、先に里を出るね。
エーデ姉様はシッカリ治してから来てね」
「一緒に行くわ。
マディアの治癒が必要ですもの」
「え? ――っとぉ、僕じゃなくても~。
たいした治癒じゃないし~」
「ううん。とっても清々しくて優しいわ。
私には効果絶大よ♪」
「でもカウベルル様とか、もっとずっと強い治癒をお持ちだし――」
「一緒に強くなりましょ。
さ、出発よ♪」
「いいの? 動けるの? 無理は嫌だよ」
「そんなに心配なら……」じ~~~っ。
「な、何!?」顔をペタペタ。
「どーして見てるのっ!?」
「凄く鍛えてるのね。私の負けだわ。完敗。
マディア……一番早い強化方法、知ってる?
単純に最低でも倍増。
私達なら5倍は軽く上がるわ。
もちろん私も一瞬で完治するわ」
「そんな方法あるの!?」
「でも……マディアには無理かな……?」
顔を隠すように俯いた。
「教えて! どんな厳しい修行でもする!
何でもするからっ!!」
「どんな? 何でも? 本当に?」
「本当だよ!!
早く強くなりたいんだ!!
そうしなきゃ誰も助けられないからっ!!」
「そう……だったら言うけど、断るのナシね?
その……言い出しておいて悪いんだけど、とっても恥ずかしいから……」
「へ? 恥ずかしいって……?
あっ、でも、断るなんて有り得ないから!
ホント何でもするからっ!!」
「……その方法は、、結婚よ」
「けっ……??? ええっ!?」
「ほらっ! だから恥ずかしいって――!」
顔を覆って叫んだエーデリリィの手を優しく解いたマディアは、その手を包んだまま自分の胸に当て、真剣な眼差しを向けた。
「ううん。そうじゃないんだ。
夢みたいで、あまりに信じられなくて言葉にならなかったんだ。
エーデ姉様にとっては強化でも、僕は真剣に結婚したいと思っています。
エーデリリィ様、僕と結婚してください」
「本当に……?」
「はい。真剣に申し込んでいます。
……って、ホント珍しく僕が真剣なのに~。
会ったばかりなのに? ってお顔だけど、僕には10日も考える時間があったんだよ?
ずっと、そうなれたらなぁ、でも姉様だから無理かなぁ、ってグルグルグルグル思ってたんだよ?
それに……見た目コドモな僕だから夫婦じゃなくて親子に見えちゃうしぃ」
「見た目なんて……中身は私よりずっと上。
遥か高みだって見えたし……格好いいって思っちゃったし……でも可愛いし……あ! 歳の差――」
「どーでもだよ♪
僕の見た目を気にしないのなら、歳なんてのも気にしないでよ。
僕はエーデリリィって女神様が好きなんだ。
結婚が強化だとは知らなかったけど、そういうの抜きでも結婚したいんだ。
マヌルヌヌ様トコ行こっ♪」
「えっ?」
「結婚式♪」鼻ツン♡
「あ……」
真っ赤に染まったエーデリリィの手を引いて嬉しさいっぱいなマディアは飛んだ。
エーデリリィの回想中で、おさらい+α なお話でした。
オニキスが異変に気付いて、同代揃って再生域から脱出した兄弟をマヌルの里に導いたのはマディアでした。
揃ってとは書きましたが、アーマルとウンディは既に捕まっています。
ですのでラピスリが先導して滝に向かっていたんです。
同代の狐や虎達は?
龍の同代が再生域の護りに就いた後もマヌルの里で修行を続けていましたが、この頃は狐の里、虎や獅子の里を護っていたようです。
ユーチャリスはマヌルの里に居たんです。
マディアとも再会していたのですが……。
神王殿で出会った時、エーデリリィもユーチャリスも互いを知らなかったので、里に居た間には会わなかったのか、覚えていなかったのか、でしょうね。