鳳子の前夫
【ソラ兄、昨日は響お姉ちゃん大丈夫だった?】
【うん。楽しかったよ。
随分と引き上げも捗ったし♪
青生先生と彩桜が滑ってるのも観たよ♪】
【ふええっ!?】
【大丈夫だよ♪
響だってスポーツ万能なんだから♪
小さい頃から そうだから疑問にすら思ってないよ】
【そっか~】にゃはは。
【それでね、ゴーグルな彩桜を見て、半分なお面の時と同じだって喜んでたよ♪】
【被り物トキばっかり来てたのぉ】
【その試作って?】
【総合防具なの。ヘアピンなったの~♪】
【もしかしてコレ!?】彩桜とお揃いの!
【ソレなの~♪
貴積さんも、お嬢様達も持ってるの~♪
あ♪ 今夜、受験お疲れ会しないとねっ♪】
【貴積さんで思い出したとか?】
【うんうん♪ 黒瑯兄 リーロン♪】
【【どーした?】】
【今夜、3年生の受験お疲れ会した~い♪】
【【おう、いいぞ♪】】
【3年生6人と歴史研究部と――】
【いつもの1年軍団だろ♪】【うん♪】
【場所は彩桜とサーロンの部屋な】
【どして?】
【白久兄の客が居間なんだよ】【大勢な♪】
【そっか~♪ お願いね~♪】【【任せろ♪】】
【彩桜様、授業は きちんと――】チャイム鳴る♪
【お昼休み~♪ ご飯~♪】
【サーロン、彩桜様のお喋りに付き合うのは程々に――】
〖いいじゃねぇかよ、フェネギ♪〗
【お祖父様まで……】
〖楽しく居るのも大事だ♪ 陽気は正義だ♪〗
【……確かに】
苦笑が止まらないサーロンだった。
―・―*―・―
鳳子の夫だった双真 達空を小さな町工場で見つけた青生は昼休みになるのを待っていた。
「双真さん」
「えっと……どなたですか?」
「輝竜 青生と申します。
夢子さんと魁さんを知っている者です。
少し、お話し宜しいですか?」
「……はい」
町工場近くの河川敷グランドが見えるベンチに腰掛けると弁当を1つ渡した。
「どうぞ。
警戒なさるのは当然だと思いますが、悪意なんて全くありませんので」
お茶と一緒に名刺も渡した。
名刺を見た双真は頷いて、青生の隣に腰掛けた。
「それで……夢子さんと、その、ご結婚を?」
「いえ、俺は魁さんと同世代ですので」
「そうですよね。失礼しました。
あ、いただきます」
「どうぞ」
「あ……こんなに旨いものは久し振りだ……」
あとは無言で箸を進めた。
食べ終えた双真が青生に視線を向けた。
「そろそろお話ししますね。
夢子さんが双真さんと再婚しなかったのは、鳳子さんに脅されていたからなんです。
何度も慰謝料だと金を毟り取られていたんですよ。
来光寺さんと離婚した時に得た財産は全て奪われました。
最後の最後、なけなしの現金と通帳を全て差し出しましたが足りないと言われ、魁さんに掛けた保険金で支払えと。
つまり――」
「魁君の命を奪えと……?」
「はい。それが嫌なら貴方と再婚して、貴方の命を奪えと脅されていたんです。
ですから再婚に踏み切れなかったんです。
最後に全てを渡した場所は卯跳岬でした。
夫を奪ったのだからと言われると何も言い返せなかった夢子さんは、精神的に追い詰められて、岬から身を投じたんです」
「夢子……どうして何も言ってくれなかった……」
「夢子さんのご遺体は見つかっていません。
ですが魂は天に昇りました」
青生は双真が顔を覆っていた手をゆっくりと優しく剥がし、その掌に想いの欠片を乗せた。
《達空さん、ごめんなさい。
魁、ごめんなさい。
昴さんも、ごめんなさい。
私が弱すぎたの……護ってあげられなかった。
ごめんなさい……ごめんなさい……》
「……夢子……謝らないといけないのは僕の方だ……すまない夢子……」
「この『想い』は夢子さんが死を自覚した時のものです。
天での扱いは自殺となりますので、強い『想い』しか保管は許されていません。
会話も出来ません。
俺の勝手な想像ですが、夢子さんは死を選んだのではなく、ただ鳳子さんから逃げたかっただけだと思うんです。
場所が悪く、運も悪く海側に走ってしまった。
夜で、よく見えず、無我夢中で。
本当は生きて、貴方と魁さんとの3人家族で、多少の苦労があろうとも暮らしたかったんだと思うんです」
「きっと……そうなのでしょう。
寂しがりな夢子が、たったひとりで夜の海の孤独なんかに耐えられるとは思えません」
「公には行方不明ですが、俺達はご遺体を見つけています。
誰も入れない場所ですので天然の棺とも言えますが、どうなさいますか?」
「葬儀を……させてください」
「では明後日に。朝、お迎えに上がります」
「魁君は?」
「明日、お会いする予定です」
「そうですか。魁君が元気で良かった……」
「では、そろそろお昼休みも終わりますので」
弁当箱と欠片を回収。
「ああ、そうですね。急がなければ。
では明後日に。失礼します」
慌てて走る背中を見送り、青生は次へと瞬移した。
――竜ヶ見台署内の霊安室前。
青生が廊下の壁に凭れて待っていると、朝明と実弦の件で世話になった刑事達が角を曲がって来た。
どうやら年末の件から大きな人事異動があって東合署から竜ヶ見台署に移ったらしい。
「ああ、輝竜さん。どうも」
「崩落の時にお怪我は?」
「何故あの場所に、とかは聞かないんですか?」
「また調書に書けない内容なんでしょ?
彼女の幽霊が出て埋まってると言ったとか」
「そんなところです」
「ですがまぁ、ホトケさん自身のダイイングメッセージがありましたからねぇ。
同様の崩落事故で閉じ込められて、最終的には餓死って事で処理しましたよ」
「行方不明者に所持品とドンピシャ該当者がありましたしね」
「検視もしましたけど、あの状態じゃあねぇ。
誰かと争った形跡はナシ。
骨折はありましたが落ちた時のものと考えるのが妥当。
それだけは確定しましたよ。なので事故。
サンプル取りも終えましたので、ご遺族にお引き渡しください」
「息子さんが居ましたよね?」
「はい。ですが、こんなに早く?
宜しいのですか?」
「卯跳岬は立入禁止になります。
遊歩道の近くでしたからね」
「これから詳しい地質調査が行われます。
簡易的な調査でも幾つもの空洞と、岩壁には穴が見つかりましたからね。
逸筱 夢子さんの件は、最初の崩落で空洞に落ち、続いた崩落で出られなくなった不幸な事故です。
そう、処理されたんですよ」
「処理された、ですか。
解りました。
では、お連れさせて頂きます」
「「またのご協力をお願い致します」」敬礼×2。
「はい」会釈。「行こう紅火」「ふむ」
「「二人居た!?」」
「おや? 見えていませんでしたか?
ちょうど重なっていたのかな?」
―・―*―・―
翌日を休みにしている白久が机での仕事に精を出していると、内線が鳴った。
「はい」
『受付です。来光寺 秀様が――』
「あ~、すまねぇな。上がってもらってくれ」
『――かしこまりました』
すぐに急ぎ足の靴音が迫り、急いたノック音。
まるで逃げて来たかのようだ。
「開いてるよ」
恐る恐るが伝わるくらい少しずつ開いた。
「失礼します」
「いいから座れよ。ど~したぁ?」
「お仕事の邪魔はしません。
居場所が無くて……今は会いたくないのに、どこに居ても来そうで……」
「秀の母親は留守だ。今日は帰らん。
着替えとか纏めてウチの部屋に居ろ。
会長サンと社長サンには暫く預かって教育すると話したからな」
「いいんですか?」
「いいんだよ。
気合い入れねぇと、お前マジで路頭に迷うぞ」
「見限られたんですね……」
「逆だ。
見込みがあるからこそだよ。
そんで、大学卒業したら春日梅グループで社会人としての勉強をしろ。
大きくなって中渡音に戻って来いよ」
「春日梅グループって……あの!?」
「会長サンのご友人が、引き受けると仰ったんだよ♪
だから気合い入れて頑張れ」
「そっか……はい!」
「おう。いい返事だ♪
で、あの部屋を貸すからな。
暫く住むんだから美那チャンには真っ先に謝っとけよ。
勝利サンにもな」
「そうですよね。
でも、あの二人、本当に?」
「マジだよ。だから結婚式に呼んでもらえるくらいになっとけよ♪
勝利サンは頼りになるデッカイ人だからな♪」
「そうですね。迫力ありました」
「覚えてるのか?」
「少しずつ思い出してて……。
それで昨日のも、うわあ~って感じで……」
「そう思えるんなら上等だ♪」
「おバカ行動って言われたのも、よ~く分かりました」
「そっか♪
そんなら真剣にバッチリ教えてやる。
覚悟しとけよ」視線がキンッ。
「っ……はい!
白久さんも迫力あるなぁ」
「ま~な♪」
「俺……」
「ど~したぁ?」
「兄さんとも会って話したいんです。
いろいろ考えてて……マ――母さんが兄さんを追い出したんじゃないかって……。
だったら兄さんが継ぐべきだと思って……」
「明日、俺は魁と会う約束をしている。
慰霊祭の時に約束したんだ。
だから打診しといてやる。
魁も真実を知りたいだろうからな。
秀にも話すつもりだが、今は気持ちを落ち着けろ。
過去を乗り越えて、前向いて踏み出したら全てを話してやる」
「はい」大きく息を吐いて、頷いた。
「あっ、荷造り!」
秀は随分と浄化の効果が現れています。
母親を怖いと思っていたようですね。
だからこそ鳳子から不穏禍を浴びせられて思考停止状態にされていたんでしょうか?
双真さんとの結婚も……鳳子が騙して脅したっぽいですよね。




