メデタク卒業
白久が支社長室に戻ると、ソファに並んでいる琢矢と秀が意気投合したらしく、勉強そっちのけになっていた。
ったく~。
騒いでいる背後の壁に凭れて観察する。
「この前の吹雪の夜、道で常務と会ったんだけど、どー見ても聞いても常務なのに『チゲーよ』とかって。
『早く帰れよ』って家に連れてってもくれなかったんだ。吹雪なのに!
いつも俺こんな扱いなんだよなぁ。
いろんな意味でスゲー人なんだろうって思うけど、そんな尊敬とかって違うと思うんだよな~」
「厳しさが愛ってタイプですかね?」
「かも~。
こんなビシバシ教室いつ終わるんだろ」
「いや、幸せなんじゃないですか?
俺もっと教えてもらいたいんですよね」
「俺と交代するか?♪」
「そんなら坊っちゃんは卒業な」パコン。
「常務!?」
「秀は約束守ってくれたんだな」「はい♪」
「坊っちゃんは来週から好きにしやがれ」
二人の向かいに腰掛けた。
「近々、竜ヶ見台支社を建てる」「ええっ!?」
「ウッセーよ。
場所はタキ電機ショールームの隣。
だから一等地だ。
3年間は支社長を兼務して待ってやるが、その後の支社長は坊っちゃんだからな。潰すなよ」
「ちょっ、待っ、3年後って!?」
「就職は決めたんだよな?」「まだです!」
「ミツケンは嫌なんだろ?」「イヤです!」
「就職浪人かぁ。カッコ悪」「ううっ……」
「そんじゃあ秀、来週は俺の予定が詰まっているから休みだが再来週からだとして何がしたいんだ?」
「経営学的なものってありますか?」
「俺は経営者じゃねぇって」
「でも竜ヶ見台にまで支社を作るなんて、一流経営者ですよ」
「経営者なら一番近くに最高のお手本が居るだろ。
親父さんとか会長さんとか」
「爺様なら話したりするけど、父さんとはマトモに話した覚えないんですよ。
家には母さんと二人きり。
父さんは会社で一人暮らし。
変な家なんですよ」
「忙しいだけだろ。
それだけ真剣に会社経営してるんだよ。
養ってもらってて変な家とか言うな」
「あ~、はい」「あのっ! 俺の話は!?」
「ナンだよ坊っちゃん。
卒業したんだから話も何も無ぇだろ」
「ホントに……卒業……?」
「したがってたろーがよ。
就職活動と資格取得、頑張れよ」
「そんなぁ」
「そんなら俺が決めた会社に入るか?」
「え? ここじゃなくて、あるんですか?」
「ミツケンに入れたりなんかしたら、まだ世話しなきゃなんねぇだろ。
俺は嫌だからな。
別の会社だし、坊っちゃんの将来の為に最善の会社だよ。
3年後には竜ヶ見台支社長なんだからな」
「行くべき……ぽい?」「行くべきですよ!」
「それなら……お願いします」あ~あ……。
「ん。3月30日に挨拶しに行く。
朝、8時に此処な」
琢矢が返事する前にノックの音がした。
『孫が邪魔しに来とるかの?』
サッと動いた白久がドアを開ける。
「邪魔だなんて。どうぞお入りください」
「いやいや。秀、帰るぞ」「ええ~」
「自分の都合だけで動くもんじゃない。
儂の話し相手をしてくれぬか?」
「それならいいよ♪」せっせと帰り支度。
来光寺会長は廊下に白久を引っ張り、出るなりドアを閉めた。
「これから甲斐なんじゃろ?
明日の放送、楽しみにしとるからの♪
馬頭フアンじゃからの♪」
コソッと話してニコニコ。
「馬頭として出るのは各種目の開会式です」
微笑もうと頑張っても苦笑。
「来週、空いとる日はあるかの?」
一転して真顔。
「では月曜の午前中に、如何でしょう?」
「儂は暇じゃからの。楽しみじゃわぃ」
まだ何か言いた気だったがドアが開いた。
「爺様?」「帰ろうな」「うん♪」
「世話になったのぅ」
「いえいえ、お構いもせず」
「本当だよ。長々と消えたりして」
「秀、仕事もあるのに相手をしてもらったんじゃ。礼を言わぬか」
「仕事って?」「経営者に休み無しじゃよ」
「そっか……」「すまんのぅ、まだまだで」
「あ~、ありがとうございました」
「どういたしまして」やっぱり苦笑。
『常務ぅ~』「ったく」
会長と孫がエレベーターに乗ったのを頭を下げて見送ってから部屋に戻った。
「だから何だよ?
3月30日までは好きにしていいぞ。
けどな、ミツケン社員達は日々学び、努力しているんだからな。
坊っちゃんも精進しろよ」
「ううっ……」
「ほら、坊っちゃんも出てってくれ。
メデタク卒業なんだからサッサと帰ってくれ。
俺は施錠して帰るからな」
―◦―
白久が帰宅すると、台所ではリーロンが夕食を作っているのを黒瑯の弟子達が見学していた。
それをチラリと見て白久は自室へ。
〈黒瑯は?〉
〈楽しく滑ってるよ♪〉
〈リーロンまた留守番かぁ?〉
〈オレは飛んでる方が楽しいからな♪
けど明日は見に行くよ。
コイツらに食事を任せろって黒瑯が言うからな〉
〈へぇ♪ 鍛えようってんだな?〉
〈だろーな♪
居間でジョーヌが困ってるから助けてやってくれ〉
〈ん?〉神眼で確かめた。〈姫様達かぁ〉
〈皆の夕食弁当、も~チョイだからな。
繋ぎ頼む。
伯父貴達が居りゃオトナシクなるだろーからな♪〉
〈あ~そっか。父親だったなぁ〉
〈だよ♪
で、ジョーヌと心咲チャンにはナンでドコ行くとか話してないらしい〉
〈サプライズかぁ?〉
〈らしいな♪〉
―・―*―・―
ソラと響はショウを連れて散歩に出ていた。
ショウとソラは精一杯 離れていて、前を進むショウの内側では、カケルがソラを見ないようにショウと飛翔が頑張っていた。
〈あれ? またタクヤ君。
やっぱり誰かの家、探してる?〉
〈そうみたいだね〉
まだ常務から名前も住所も教えてもらえない琢矢は『ハク』を姓だと思っていて、『ハクさん家』を探していた。
白久が秀に約束させたのは その点で、一人前になるまでは教えないと決めているから話すなと何度も念を押していたのだった。
「コッチ探すよりもユゲさん家に行って聞くべきかなぁ……。
でも見失ったトコ探すのもアリだよなぁ」
ブツブツ言っているのは神眼から伝わる。
白久は尾行されていると知った上で動き、隠れて瞬移したので、まるっきり見当違いな場所をウロウロしている琢矢だった。
〈でも声かけたら逃げるよね?〉
〈そうなのよね~。
ま、事件とかじゃなさそうだし、ユーレイ探偵団の出番じゃないわよね。
ほっときましょ♪〉
〈そうだね〉
〈それより、明日はバイトお休みなんでしょ?〉
〈うん、紅火お兄さんが出掛けるから店が休みなんだ。響は?〉
〈休みにしてもらった~♪
ね、ドライブ行かない?〉
〈いいね♪ 行こう♪〉
行き先を決めながら琢矢から離れて行った。
―・―*―・―
散歩から戻った響がバイトに出掛けた後、アトリエから居間に集まった祐斗達にもサプライズするから行き先は話すなと言ってバスに乗せ、ジョーヌと心咲が最後に乗って出発しようと始動した時、メーアが玄関から顔を出した。
「白久お兄さん、呼んでます!」
「あ~、一緒に行きたいんだな?」降りる。
玄関に入って話し、メーアと若威を連れて戻った。
「若威、通訳としての初仕事だからな、シッカリ楽しめよ♪
で、満席だからガイド席な」「ハイッ」
「メーアも前向けにセットすっからチョイ怖いかもだが大人しく座ってろよ」
「そんなに運転下手なのか?」
「あのなぁ。スキー場に行くんだからトーゼン雪道!
ドイツあんま雪なんか降らねぇからビビるだろーと思ったんだよ!」
「そりゃあ楽しみだ♪」「言ってやがれ!」
「ねぇ、おかーさん。だれ?」
「外国の有名人。芸能人よ!」
小学生には保護者も、としたので、其処此処から そんな会話が聞こえている。
「そんじゃあ出発しますね。
飲み物とオヤツ、行き渡ってますかぁ?
皆、揃ってますかぁ?
よーし行くぞ♪」
補助席まで満員御礼なバスは楽しく出発した。
「ね、お兄ちゃんてば、あれ誰?」
海月と並んでいる陽咲が後ろから兄の頭をつつく。
「世界的有名人なロック歌手だよ」
夏月と並んでいる祐斗がチラッと後ろを向く。
「今度つついたら前後 入れ換わるからな」
「ママ~、お兄ちゃんが怒る~」「ヒナっ」
「恥ずかしいからケンカしないでっ」
「母さんが一番ニギヤカ……」ボソッ。
夏月と海月が笑っていた。
―・―*―・―
これ以上 練習させたらヤバいと思った心太に追い出された青生と彩桜は、他の兄弟が練習している場所を巡っていた。
「青生兄様と彩桜も滑りますか?」
「あ♪ 藤慈兄と狐松先生~♪」
「滑ってもいいの?」
「今は全体休憩の時間なのですよ」ふふ♪
「ですから兄弟誰かが来たらと許可を得ていたのです」
「青生兄 行こ♪」「そうだね」
藤慈と慎介はパラレル大回転。
現れた紅火からアルペン種目用のボードを受け取り、ゲートをすんなり通してもらった二人は、青生が青コース、彩桜が赤コースを同時に滑走し始めた。
右へ左へと見事に揃った動きで下り、ズザッと雪を跳ね上げて止まったところにスタッフが走って来た。
「ほえ?」「どうかしましたか?」
「「エントリーしてください!」」
「俺達はハーフパイプですから」「ね♪」
笑顔で逃げた。
〈選手練習が終わったらパフォーマンスの練習時間ですので戻ってくださいね♪〉
〈最初が大回転?〉〈はい♪〉
メデタク卒業だと言われて突き放された琢矢ですが、まだ白久の家を探しています。
悪神の欠片も摘出したんですけどねぇ。
坊っちゃん2人……1人でも面倒なんて見たくありません。
琢矢と秀が気づくのは いつの事やらです。




