各々の家族達
「次は俺パーカッションねっ♪」
「黒瑯、たまには前に出たら?」
「そんじゃあ青生がドラムな♪」
「お前らの演奏はサイコーだ♪」
こうして洋館のホールで楽しんでいるのを若威の部屋にも流しているのだった。
若威のマンションの部屋は、突入した時は若威が投げた物で散らかっていたが、本来は物が少ないスマートな部屋に思えた。
家具も少ない広い空間に目立っていたのは今時は珍しくなった大きなシステムコンポステレオで、そのスピーカーも見るからに高価そうなものが臨場感を高めるように幾つも配置されていた。
部屋の中で唯一、全く乱れていなかったラックには、フリューゲルのCDのみが並んでいた。
データ配信で楽曲を得るのが主流なご時世にCDを買い揃えているのは相当なファンだけだ。
そう判断した紅火と彩桜が、改心を促そうと仕込んだのだった。
―◦―
若威が寝かされているのは徳示と麗楓が居た部屋で、その隣の結解が居た部屋では、狐儀に案内された山土達が眠ったままの子供達と対面したところだった。
「これは……?」「寝ているだけ?」
「お稲荷様、無事なんですか?」
「急性薬物中毒症です。
一度は魂が身体から離れておりましたが、今は安定しております。
もう2、3日もすれば目覚めるでしょう」
「英才教育合宿で?」「薬物って……?」
「合宿なんてしておりませんよ。
若威は嘘を言ったのです。
行方なんて知りはしなかったのです。
子供達は家出少年達が集まっている場所で暮らしていたのです。
万引き等の窃盗、恐喝、喧嘩。
それらが、この3ヶ月間の彼等の日常だったのです。
薬物は商品でした。
歳嵩の者達が売っていたのです。
彼等は触るどころか見せてすらももらえなかった。
ですから興味本位で、鍋に全てを入れてしまったのです。
線路の高架下がアジトでした。
吹雪の夜、40人近くが集まり、暖を取ろうとキムチ鍋をしたようです。
歳嵩の者達が、雪が吹き込まないよう板やらで囲いを作っている間、小学生達は手伝えないからと鍋番をしていたのです。
子供には、一口で致死量に達する程でした。
しかも様々な薬が混ざっておりました。
呼吸困難や筋肉弛緩で地獄絵図かという状態になっていたのを、この家の者達が偶然 発見したのです」
「その……他の少年達は?」
「皆、生きておりますよ。
生き返らせた者もおりますが。
今は大部屋で眠っております」
「そうですか」ほ。
「普通の生活に戻れますか?」
「健康上は戻れます。
ですが問題は心の面です。
イジメは双方の心を蝕み、荒ませます。
その結果、家出をし、法を犯す生活をしたのですから」
肩を落とした父親達は息子の名を呼び、撫で擦りながら謝り続けた。
―◦―
【メイ、忠野さんは?】
【ようやく落ち着かれました。
正義君も眠りました】
アパートで夫を確かめた後、立っている事も出来なくなった妻の美都を友だと言って動物病院に保護した瑠璃は、梅華に付き添いを頼んで動いていたのだった。
大部屋の少年少女達の容態を診た瑠璃が立ち上がった時、ホールでの演奏を終えた白久と青生が白衣を着て来た。
【瑠璃、どう? 任せっきりで すまない】
【謝るな。メーア殿も放ってはおけぬ。
折角の来邦だ。楽しませてやればよい。
この二人は食べた量が少ないのだろう。
間も無く目覚める】
【白久兄さん、瑠璃には忠野さんをお願いしたいから俺達だけで二部屋を。
どうです?】
【十分だと思う。で、若威は放置か?】
【付き添いだけを藤慈に頼みましたよ。
反省の為に、ほぼ放置ですけど】
【ま、多いから仕方ねぇか】
動いたら分かり易いように二部屋間の襖を開けて、真ん中辺りに座った。
【それじゃあ瑠璃、お願いね】【ふむ】瞬移。
青生は目覚めそうな二人の間、枕元に座った。
『お~い白久、此処か?』廊下から。
「開けていいぞ、メーア♪」
『おう』襖を開けたメーアがフリーズ。
控え目にしている調光照明が横たわる大勢をぼんやりと浮かび上がらせていたからだ。
「事情も説明するから来いよ」
「音楽学校でも開いたのか?」
「じゃねーよ。
集団で倒れてたのを拾ったんだ」
「いろんな慈善事業してるんだな」
「慈善事業かぁ、確かにな♪」
―◦―
若威の部屋に警部役の空沢と父親が戻ったが、母親はまだ泣いていた。
部下役の甘利は、医師らしく白衣を着ている藤慈から話を聞いていた。
「警部、現状の容態と今後の見込みについては十分 伺えました。
事件ではありませんし、署に戻りますか?」
「そうだな。では また明日、参りますので」
「若威さんは、どうなさいますか?」
「そうだな……おい、猛は生きているんだから、そんなに泣くな。帰らないか?」
「だって……」
「お泊まりになられますか?
この部屋でも構いませんよ」藤慈が微笑む。
「お願いします!」
「おいおい。
本当に、よろしいのですか?」
「はい。
患者さんにとって、ご家族やご友人と共に過ごす時間は生きる力に直結しますので。
その為に自由度の高い和室なのですから。
では、お食事とお風呂は此方です」
―◦―
八郎の部屋で瞑想修行をしていた春希達を彩桜とサーロンが休憩だと誘って居間に連れて行くと、ちょうど山土達も食事を貰って来たところだった。
「あっ」
誰の父親なのか気付いた春希は悟の後ろに隠れた。
「春希どうした?」
その言葉で、ようやく山土達は息子にイジメさせた被害者だと気付いた。
歩を止めた父親達だったが躊躇が勝って、それ以上は動けなかった。
「アッチ行こ」
たっぷり待った彩桜が食堂を指した。
「そうだな。邪魔っぽいよな」
「うん……でも、ちょっと待って。
おじさん達、僕、転校します。
でも中学校は大地君達と一緒の二中です。
ここで元気になって、勉強もして、イジメられないように変わります。
言いたいの、それだけです」
ペコリとして振り向かずに食堂へと駆けた。
彩桜達は春希を追ったが八郎は残った。
「冷めますのでお食事をどうぞ」
視線を交わし、頷き合った父親達は近くの席に着いた。
「春希君にはお子さん達が運び込まれたとは話していません。
ようやく未来に目を向け、ボロボロになった心を修復し始めたばかりですので。
……皆様は先日の多重事故慰霊祭には?」
「あ……いえ」「仕事がありまして」
「私も都合が悪く……」
「ニュースなどもご覧には?
……そうですか。
此方は元々は個人宅です。
表立って病院はしていません。
お稲荷様だけでなく獣神様が よくいらっしゃいますので、密やかに、人知を越えた治療をしているお家です。
ですので治療費なども求めません。
ただ、秘密にしていただければ……それだけをお願いします。
それでは――」「八郎さん?」
悟がドアから顔だけ突っ込んでいた。
「では、ごゆっくり」八郎も出て行った。
「慰霊祭で何が?」「調べるか」「そうだな」
各々がスマホを取り出した。
「それにしても旨いな」「病院食なのにな」
「あったぞ、動画を再生するから見ろよ」
頭を寄せた。
そこに若威の両親も食事を持って来た。
夫は頭を寄せている3人から離れたテーブルを選んだが、その向かいにトレーを置いた妻は3人の方に近寄った。
「失礼しますね。
皆さんも付き添いでお泊まりですか?」
ちょうど動画が終わったところだったので3人は振り向いた後、困惑の視線を交わらせた。
「そうか、泊まりか……」「どうする?」
「あっ、家内!」「「ああっ」」
「慌てていらしたのね?
お家にもご連絡なさって、お泊まりになられては?
私達も先生から、家族と一緒にいる時間は患者の生きる力になると教えていただいて泊まることにしたの。
布団を並べて久しぶりに息子と川の字にと、主人と決めたのよ。
それを許していただける病院なんて他に知らないわ。
こんな優しい病院と ご縁があったのですから、ね?」
「そう、だな」「明日は休みを取るよ」
「先ずは電話しよう」「「そうだな」」
「きっと治ります。
私も、そう信じています」
満足気に夫の所に戻った。
『お~い誰か手伝ってくれ』玄関からの声。
『カツ兄 何人? ストレッチャー? 車椅子?』
『寝たきり1人、付き添い1人だ。部屋は?』
『ん~と、じゃあ此処!』
『それでしたら私が運びますよ』
『いいトコに八郎♪ 頼む!』
『お部屋、準備~』『手伝うぞ』『『僕も!』』
「あの子達もスタッフだったのね。
励ましてくれて……強い子達ね……」
「おいおい泣くな。
必ず治してくれる。そうだろ?」
「ええ。信じていますとも」
その初老夫妻の息子が誰なのかを知らない3人は、妻に電話をしつつ目を潤ませていた。
―◦―
忠野の妻子を乗せた瑠璃の車も着いて、年末に奏と響が居た部屋に案内した。
「あ、お姉ちゃん。ホントにお友達いたんだ」
にこやかに会釈した瑠璃は眠ったまま運ばれて来た正義をベッドに横たえた。
「お迎えがコワモテのお兄さんだったから詐欺か誘拐かって怖かったんだからね」
「そんなの言われても……」
「それで何があったの? お義兄さんは?」
「それが……」「何も聞いていないのか?」
「お姉ちゃんたら『お母さん見てて』だけ。
慌てて電車で行ったら、もう居なかったし。
それっきり電話もしてくれないし~」
「私から話しても?」
「お願い……します。
妹は渡音大生で、美那です」
「美那さん、食事や入浴は?」
「カップ麺だけ~。お風呂まだで~す」
「では栄養のあるものを軽く如何か?」
「いただきます♪」
家族もまた犠牲者です。
母・美都に連れられて引っ越した正義は、栂野原小学校から東合中央小学校に転校していました。
今は何も知らずに眠っていますが……父の死を受け入れられるのか。とても心配です。




