結婚の絆
神の王と女官との婚儀は、しきたりに則り厳粛に進んでいた。
その間ティングレイスは笑顔でおとなしく玉座に座っていた。
ただ、王が王妃の手を離さず、繋いだままな事だけは異例であった。
当然ながら、二神が手を繋いでいるのは内緒話の為で――
(彼の詠唱はまるで歌声だね。
とても美しいね)
(陛下、何かお気づきになられたのでは?)
(うん。彼もきっと仲間だよ。
ユーチャリスもそう感じたんでしょ?)
(はい。父様から頂いた命の欠片が共鳴したのです。
それに父様の口癖も。
ですので、この方は兄様ではないかと)
(その共鳴なら僕も知ってるよ。
それに、やっぱりって感じ♪
『神は許す者でなければ』って僕も思い出したよ。
だから彼もドラグーナ様の御子で間違いないよ)
詠唱が終わった。
「今この時より、夫婦として如何なる時も共に生きる者となりました。
善き道を歩めますよう、皆の祝福をお受けくださいませ」
エーデラークが玉座の横に控えると、一斉に放たれた祝福の光が、やわらかく、そして優しく、王と王妃を包み込んだ。
「ありがとう。皆も、ありがとう。
ところでキミ、名前は?」
「エーデラークと申します。
以後、お見知りおきくださいませ」
〈戦いは今、始まったのです。
本気で演技なさいな〉
「うん♪」〈はい! 頑張ります!〉
「皆は宴したらいいよ~。
僕達は日課に行かなきゃ、ね?
その後は好きにしてていいよね?」
「はい。
お疲れになられましたでしょう?
どうぞお休みくださいませ」
「うん♪ ユーチャ♡ 行こっ♪」
手を引いて退室した。
―◦―
ティングレイスは記憶を辿りつつ廊下を進んだ。
〈もしや、何方なのかお分かりに?〉
〈うん♪ とってもお世話になった方だよ♪
さっきの心話で気づいたけど、まだまだ『たぶん』なんだよね。
でも……ホッとしたよ。
えっと、ここかな?
まだ記憶の蓋が開ききってないんだよね〉
扉を開け――「えっ……」
〈陛下?
『日課』なのですから驚いてはなりませんよ〉
〈……そうだね。
この水晶って……こんなに大勢……獣神様が封じられていたなんて……〉
部屋に入り、扉を閉めた。
〈同様の『開かずの間』は他に2箇所。
そこにも獣神の気が多くございます。
封じられております獣神と同じくらい大勢が堕神にされております。
まずは――〉〈修行するよ!〉〈――はい♪〉
〈修行して神力を高めなければ何も出来ない。
前は500年もかかってしまったけど、今度は本気で、最短で高めるから!
必ず! 皆様を出しますからっ!!〉
―・―*―・―
「ナターダグラル様、只今戻りました」
死司最高司の執務室に入ったエーデラークは胸に手を当てて恭しく礼をした。
「愚王の様子は?」
「ただ嬉しい、それだけで御座います」
「そうか」クククッ。
「ナターダグラル様……失礼極まります事、重々承知の上でお尋ねさせて頂きます。
どうか御容赦くださいませ」
「ふむ。畏まって如何したのだ?」
「結婚につきまして、正しく御理解なさっておられますか?」
「神にとっては全く無意味だが……好き合った者達が共に暮らす為、家族となる為に形ばかりの絆を結ぶのであろう?
貴族にとっては家や位の保持の為、それも重要と考えておろうがな」
「やはり……然様で御座いましたか……」
「何だ? はっきり申せ」
「結婚にて結ぶ絆は、とても強いもので御座います。
神と神が結ぶ絆の中では最強とも申せましょう。
その強さ故に結べば解く事能わず、生涯ただ一度しか結べないので御座います。
その絆は、両者の力を共有させた上、増強するので御座います」
「では……あの愚王が強くなる、と……?」
「御存知の上でお許しになられたと解しておりました。
ですが御心配には及びません。
あの女官の神力は そもそも基底が低く、修行も全くしておりません。
神力が皆無に等しい二神が力を合わせようとも脅威には程遠いと申せましょう。
ですので最善の御判断と感服致しておりましたので御座います」
「だが……確かめるに至ったのは何故だ?」
「王が伴侶を得たのならば、当然ながらナターダグラル様も対抗措置としての絆を結ぶのでは? と考えましたのに、その手配の御指示が無かったからで御座います」
「確かにな……ふむ。
強き者を妻として選べばよいのだな?」
「はい」
「……妻、か…………」
「妻となさりたい女神がいらっしゃるので御座いますね?
御指示くださればお連れ致しますが?」
「……エーデラーク……」
呼んだものの、視線を外して俯いた。
「……はい? 如何なさいましたか?」
「……女神となってくれぬか?」ボソッ。
「は? 聞き取れず、申し訳御座いません。
何と仰っ――!?」
ガシッと両腕を掴まれてしまった。
「ナターダグラル様……?」
「……前々から……エーデラークが女神であればと……思うておったのだ……」
やっと上げた顔は紅く染まっていた。
「力が欲しいのではない! 決して違う!
エーデラーク! 我が妻となってくれ!」
「・・・は?」
「男神のままでも私と絆が結べるのならば、それでもよい!
私は……エーデラークを愛しておるのだ!」
まさかの両刀使い……?
などと考えている場合ではありませんね。
こうなれば――
「……申し訳御座いません」
ナターダグラルがズズッと床に崩れた。
「嫌だと申しているのでは御座いません。
むしろ、その……とても嬉しく……この上なく幸せと思うているので御座いますが……」
「では……何故……?」
泣いているらしく声も肩も震えている。
「私には妻が居るので御座います。
ですので絆は結べませんが、妻よりもお側にてナターダグラル様をお支え致します事、お誓い申し上げます」
「そう……か……」
「ナターダグラル様、お顔をお上げください。
このようなお姿はお似合になりませんよ。
私も――」
イミシンに言葉を止め、優しさを光に変えて纏うと、ナターダグラルの肩を押し上げて起こし、手を引いて立たせた。
おずおずと見上げてきた弱々しく揺れる瞳に微笑みを返すと、光を帯びた手をその頬に添えて、伝い落ちる涙を消し、顔を寄せた。
いつもの強気な威勢は何処へやら。
まるで少年のようですね。
初めて見ましたよ。
さて、期待が膨らみきったところで――
エーデラークは触れそうになった唇をスッと躱すと、耳元に寄せた。
「私も……ナターダグラル様を愛していると気付きましたので……」
溜めに溜めた言葉を囁き、抱き締めて頬だけを寄せた。
「そうか(♪♡♪)」では、体勢を――
「それでは、神力の為に絆を結ぶ相手を選定しなければなりませんね」
サッと離れて微笑んだ。
「エーデラーク……」
「はい?」にっこり。
「その……女神となってくれぬのか?」
「不自然で御座いましょう?
ナターダグラル様の最もお側に妻でもない女神が仕えているなどと。
疑いを抱かれるような芽を息吹かせてはなりません。
清く正しくを貫かねば、事は成し遂げられませんよ?
私は妻帯者。許されぬ事で御座います」
「そう、か……」残念アリアリ。
「ナターダグラル様ほどの神力で御座いましたならば、更に強めずとも人神の最高峰で御座いますので、貴族の後ろ楯というものを得るのも良ろしいかと存じますが、如何で御座いましょう?」
つらつらつらつら、にっこり。
「いや……」
「ああ、然様で御座いますね。
浅はかで御座いました。お許しを。
念には念を。強めておくに越した事は御座いませんね。では――」
「そうではない。妻なんぞ無用だ」
「しかし、利用出来ますものは利用致しませんと――」
「エーデラーク以外の妻なんぞ要らぬ!」
「あ……」ヤバい……マジだわ……。
「エーデラークだけでよいのだ!」
「お声が大きゅう御座います」
スッと耳元に寄る。
「愛は囁くもので御座いますよ。
では……私だけ、なのですね?」
嬉しそうに抱こうとした手をすり抜けた。
「ふたりだけの時は、エーデとお呼びくださいませ」
ヒラヒラと黒衣を靡かせて離れ、恭しく礼。
「愛称で……では――」
「秘めたる愛……叶わぬとは重々承知。
女神にもなれず、絆も結べませんが……ナターダグラル様を心の夫と思うてもよろしゅう御座いましょうか?」
「勿論だ! はっ――」エーデラークに寄る。
「エーデは私の生涯唯一の妻だ」囁いた。
「はい……ナターダグラル様……」
潤んだ瞳を伏せ、胸元に顔を埋めた。
強化阻止完了。
話の流れの矛盾にすらも気付いていない。
人神とは……流石の愚かさですね。
虜にしておけば憂いなしですが……
兎にも角にも気持ちが悪いですね。
突き飛ばしたい衝動に駆られます。
あ、思考ですらも この話し方に……
すっかり板に付いたのですね。
私もグレイの見本になれるくらい
演技を徹底せねばなりませんね。
エーデラークの正体は?
って、すんごく分かり易い……ですよね?
次回、明らかになります。
ナターダグラルもですが、偽名なのにバレバレなユーレイシリーズです。
神王殿の『開かずの間』には獣神の魂や神力、記憶等を封じた水晶が所狭しと並べられていました。
その3部屋の何処かにドラグーナの子達も、マリュースも居るのでしょう。
必ず、早くと強く決意するティングレイスなのでした。




