禍の黒い霧
「アイツら今度は被り物で顔隠してやがるな。
ん? キク婆様? どこ行ったんだ?
ま、いいか」
―◦―
菊乃は強い不穏を感じて集中しようとしたところをスザクインに引き上げられ、空で説明を受けていた。
【とにかく危険だから神力を向けないでね。
話し方は獣神秘話法のみ。
曾孫クンを護りに下りてもいいけど、無茶しないでね】
【はい。ありがとうございます。
情報も、でございますが】
【ソッチは いいのよ~♪
ユーレイなら、あの兄弟の音色に魂を委ねたいのは当然なのだから~♪】
―◦―
「もしかしてメーアさん?」
邦和で聞くとは思っていなかった独語に思わず振り返る。
「やっぱりメーアさんだ♪」
「ドイツ語……珍しい邦和人だな。
その通り。メーア=ドンナーだ」
「年始のライブ、素晴らしかったです♪」
「あの兄弟が、だろ?」ニヤッ。
「あの兄弟なら毎日見てますからね。
フリューゲルが、ですよ♪」
「へぇ~、知り合いか♪
だったら一緒に聴こうぜ♪」
「はい♪」
―◦―
菊乃達、メーア達、各々が話しているうちに春希達は到着していて、立ち見である事、子供である事を利用して前へ前へとステージに近付いていた。
2日目は持ち時間が長いのでアレンジを少し変えて長くした『春待ちの鎮魂歌』が、その移動中に終わった。
1日目と同様のMCの後、『桜舞う空を想う』に移る。
その曲の中盤で春希達はベンチ間の中央通路まで出て来た。
ステージ上を鋭く睨む春希は曲の終わりにリュックサックを前に抱え直した。
弟妹は赤光を帯びた虚ろな瞳をただ前に向けているだけだった。
どうやらMCを待っているらしいと感じた青生は、兄弟に伝えて『新たな夜明け』の春アレンジバージョンを続けた。
【イラッとしてねぇか?】
2ボーカルなので、その隙間で春希と対峙しているドラムの黒瑯が青生に尋ねた。
【うん。かなりイライラしているね。
だからMCを入れるよ】
兄弟全てに伝えた。
曲が終わり、苦しんでいる人は名乗り出てほしい、相談してほしいと呼び掛けた。
続いて支援を呼び掛けようと話し始めた時――
「ウルサイ!! ギゼンシャめ!!」
春希が大声を上げ、リュックサックから出した物を投げた。
弟妹もリュックサックの側面ファスナーを開けて掴み出して投げる。
神力を纏わせた手で投げる鋭く飛ぶ白い物を馬頭達が次々と受け止める。
観客達は動けなくされているのか、はたまた演出として見ているのか、喚き、投げ続ける春希達を止めようとはしなかった。
【卵だけじゃないぞ!】
最初に卵モドキな異物を掴んだ黒瑯が叫んだ。
【確かになっ】次に掴んだのは白久。
【紙粘土の内側は火薬とガソリン入りの爆弾に、衝撃で着火するように神力が込められていますね。
これは禍と釘まで入っていますよ】
青生が2つ見せた。
【ったく落ち着いてやがるなっ♪】【兄さんこそ】
【堅固。爆発せぬよう、この中に】
紅火が宙に成した結界に兄弟が次々と卵と卵モドキを込めていく。
どうやら投げる物が尽きてしまったらしい。
「クソッ!! こうなったら――!」
天を突くように両手を挙げ、気を高める。
神や祓い屋達は全方位に向けられている邪悪な神眼に対して破邪盾で防護しつつ、包囲を狭めて身構えた。
ステージ上でも彩桜と青生が浄破邪を放つべく構え、白久は双璧しようと構えた。
金錦と藤慈は浄破邪術を唱え始める。
禍の黒々とした球が現れるかと思いきや、黒っぽい霧が噴出した。
【でも禍クサいよ!【浄破邪の極み!!】】
【双璧!!】【供与!!】【禍呪捕縛網!】
【滅禍浄破邪炎!!】【滅禍浄破邪雷!!】
ステージからだけでなく周囲からも放たれた浄破邪が春希達を包む。
その初擊は閃光だが、保持された破邪光は人影程度なら弱神眼でも見える。
【弟妹残して逃げやがったか!】
操りの神力が抜けたらしい弟妹は座り込んだ。
【紅火、さっきの黒霧は? 吸い込んだだろ?】
【禍だ。此方に向かってきた分は吸着が成せた筈だが……】
ベンチの大人達が ゆらり、ゆらりと立ち上がりつつあった。
立ち見の者達も ゆっくりと前進している。
【弱禍に着火したみたい!
人用の浄破邪じゃ間に合わないよ!】
『偽善者め……』『化け物め……』
そんな声が聞こえてくる。
【うわわわゾンビみたいぃい~】
【彩桜、広範囲だから強めよう】【うん!】
その声で周囲からの浄破邪も強まる。
しかし前進は止まらない。
―◦―
「どいてくれ! 小さな子が居るんだ!
春希! 冬輝! 秋葉ちゃん!」
「辰矢クン! コッチ!」
「ソラか! イトコ達を助けたいんだ!
誤解して騒いでるけどホントはイイ子達なんだよ!」
「解ってるよ。だからコッチ。
もう助けてるから。
あっ、恒樹クンと星貴クンもコッチ!」
―◦―
馬頭達が調整の難しい人用の浄破邪を全力で保っていると、誰かがステージに上がってマイクの前で『来ても通さない』と両手を広げた。
『この人達は偽善者なんかじゃない!
少なくとも俺は助けてもらった!
この人達はマジで善人だ!』
それでも前進は止まらない。
ゆっくりと進む集団の先頭はステージに迫っていた。
『顔を見せろ……』『偽善者共めが……』
「角圭君、危険だから下がって。
もう十分だよ。ありがとう」
浄破邪を保ったまま青生が後ろに下げようとした。
「いいえ続けさせてください!
こんなの俺、耐えられませんから!」
またマイクに戻る。
『この被り物は、この人達の覚悟なんだ!
困ってる人、苦しんでる人、ぜんぶ助けるって覚悟なんだよ!
その覚悟、引き継げるなら顔見りゃいい!
できるのかよ! お前ら!』
もう1人、舞台袖から駆け出て、もう1本のマイクの前に。
『私も助けてもらいました!
馬頭雑技団は神様なんです!
私達にとって、本当の神様なんです!』
「篠宮さんも危険だからぁ」
青生と同じく浄破邪キープな彩桜が後ろから服を引く。
「説得こそが弱禍を滅する武器でしょっ」
「あ……。ありがと」
微笑んだ沙都莉が前を向いた。
『私のお父さんはあの事故で亡くなりました!』
『俺は両親共だ!』
『だから高校に行くのを諦めていました!』
『俺は人生全てを諦めた!
高校受験が次の日で落ちたからな!』
『でも救ってもらえたんです!
諦めなくてよくしてもらえたんです!』
『俺もだ! グレ校から大学に行ってやる!』
『私も救ってもらいました!
幸せ、掴めるように仕切り直させてもらえたんです!』
『駅北のマーズタウンは馬頭雑技団の私財で作ったんです!』
司会用のマイクを持っていた京海に続いて百香が走り出て叫び、二人に続けと、家を貰った人や前日に治してもらった人達が支え合いながら舞台袖から駆け出て来た。
マイクを回して一言ずつ話しているうちに、次第に立ち止まる人が増えてきた。
しかし進み続けてステージに達した先頭が上がろうと足を掛けた。
その時、大柄な男が分厚い人の壁を抜けて来た。
「ヤメロ」引き剥がし、肩を押して座らせた。
「ヤメロ!」横に移動して次々と引き剥がす。
そしてステージに上がり、京海からマイクを貰って話し始めたが独語だった。
追って来た もう1人もステージに上がる。
「宮東先輩……」「任せて」にこっ。
「メーアさん、訳しますから」「頼む!」
マイクを貰った。
『フリューゲルのメーアだ。
コイツらはダチだ。
馬頭の顔が拝みたければ代わりに私財を投じて人助けするだけじゃ済まないぞ!
高額のギャラも支払えよ!
顔を出せば億の金が必要になるヤツらだからな!』
よくテレビで聞く、声優が当てている風に訳した。
騒めきの色合いが変わった。
解けかけていた呪縛が完全に解けたらしく
『フリューゲルの!?』とか
『メーア様と友達!?』とか
『そんな大物なの!?』とかとか聞こえる。
「本当に億が動くのね……」京海が呟いた。
「違うのぉ、大袈裟 言ってるだけなのぉ」
「でも、あの時も言ってたでしょ?」
「あの時も大袈裟 言ってたのぉ」
「ホントに可愛い神様ね♪」
「神様ヤメてなのぉ」や~ん。
【彩桜、そろそろ浄破邪は終わりにしてステージを続けよう。
音色に浄化を込めて届けようよ】
【うんっ♪ あ……】上を見ている。
【まぁ、あれだけの禍なら怨霊化も起こるよね】
上空の神や祓い屋ユーレイ達は複数の怨霊と戦っていた。
【音色で後押ししなきゃだね!】
【そうだね。全力で!】
頷き合ってギターを構える。
他の兄弟も各々の楽器に着き、構えていた。
『解ってくれた褒美だ!
俺も友情出演するぞ♪』
歓声が上がる。
『けど慰霊祭だよな?
こんな騒がしくていいのか?』
ステージに上がっていた遺族や後遺症者達が嬉しそうに頷いた。
客側でも感慨深気に頷いている人達が見える。
『それじゃレクイエムは最後にして、まずは普通にライブしてやる!』
と訳した宮東も遺族達と共に舞台袖へ。
「あ、セトリ……」
「曲名 先に言ってくれたらいいの~♪」
「やっぱ そーだよなっ♪」
―◦―
空になったリュックサックを抱いて踞っていた冬輝と秋葉は、踏まれないように瑠璃が馬頭雑技団のプレハブ控室に運んでいた。
母親も運んで来ていて、テーブルに布団を敷いて横たえ、治癒を当てている。
「春希は……?」
「一種の神隠しですが、必ず見つけ出しますので不安を懐かないでください」
「春希を……お願いします」
「お任せください」
「あら……この歌……」
ステージ進行を確認する為のモニターから流れ始めた歌をよく聴こうと身体を起こした。
「え? 私、すんなり起き上がって……?」
「治ります。そちらもお任せください」
「ありがとうございます。
これでしたら引っ越せます。
この歌、夫が好きだったんですよ。
フリューゲル? でしたか?」
「はい。今、フリューゲルのメーアさんが歌っております。
馬頭の友人ですので」
「そうでしたか。
きっと夫は大喜びしています」
「あ……おかーさん起きてる!」
「ん? おかーさん♪」ハグ♪
同じ布団に横たえていた子供達も目覚めて嬉しそうに母に寄り添った。
「おとーさんの歌だね♪」「ね♪」
「そうよ。今、お父さんも聴いてるわね」
「「うん♪」」
「では、私は離れますので。
後程また参ります」礼。
「あっ、(春希を)よろしくお願いします」
母子に微笑んで外に出ると、待たせていた辰矢達にも微笑んだ。
「今日の治療は終わりだ。
入って構わない」
辰矢とその友人達が入ったのを見届けると、瑠璃は冬輝と秋葉から摘出したオーラマスクスの微細魂片を浄滅する為に術移した。
キク婆様に案内されて来たのはメーアでした。
キリュウ大好きですから来ますよね。
春希が拡散した禍の黒霧は人々の弱禍を刺激し、膨らませて暴動を引き起こしました。
盲目状態の人々を説得しようと動いた遺族や被害者とメーアに、嬉し泣きしそうなくらいの感動と感謝を胸に兄弟は音色を紡ぎます。
それすら聴いていない春希は何処に?
まだ終われない輝竜兄弟です。




