ナターダグラルとエーデラーク
定例の報告の為に謁見の間に集まった臣下達は、ひそひそと話し合っていた。
「如何いたしましょうか?」「陛下は何を?」
「今度は色に走りおったか……」「色とは?」
「人世生物の発情期ですよ」「発情期と!?」
「神には有り得ぬと言うのに……」「確かに」
「何とも情けない……」「困ったものですな」
「何方が声を掛けるのです?」 「嫌ですよ」
「私も嫌で御座いますよ」 「誰しもですよ」
かなり長く堂々巡りが続いていたが、つつき合っていた大臣達の中から一神が前に進み出た。当然ながら渋々で。
「陛下、定例会を開きませんと――」
(どうすればいいの?)(このように――)
動作がユーチャリスから流れてきた。
ティングレイスは顔を上げもせず、手を横に薙いで『善きに計らえ』と示した後、『去れ』と振った。
「で、では、議場にて執り行います。
陛下には後程――は、はいっ、そのように!
畏まりまして御座いますっ」
強く『去れ』と示されて慌てた大臣は、集まっていた全ての者を引き連れてワタワタと飛んで逃げた。
(皆さん、ごめんなさいっ!)
(神王殿内の人神は皆、敵神に操られております。
表面上は己で考え、行動しているように見えましても、根底を握られているのです。
ですので彼らに不信感を抱かれないよう、愚王に徹してくださいませ)
(敵神に伝わってしまう、ってこと?)
(おそらく、でございますが)
(解ったよ。続きをお願いします)
―・―*―・―
臣下達が議場の席に着き、落ち着いた頃、場所が変更になったと案内されて各職域の最高司(:長)達が入場した。
死司の最高司ナターダグラルも案内された席に着いた。
〈エーデラーク、変更の理由は判ったか?〉
席の後ろに控えている側近に尋ねた。
〈どうやら王が謁見の間にて愚行を――〉
途中でナターダグラルが吹き出した。
〈今度は何を?〉クッククク――
〈大臣は『色に走った』と〉
〈そうかそうか。
とうとうそこまで落ちぶれてくれたか〉
嘲笑が止まらない。
〈本日も直接『ご助言』なさいますか?〉
〈いや、お前に任せる。
だが……ひと目だけ見ておくとしよう〉
クックック。
〈ナターダグラル様、神王殿の者達の目が御座います故〉
〈分かっておる。案ずるでない。
王を嫌っておると示すのはエーデラークの前でのみだ。
私は、あのような愚王を許せぬ。
簒奪しておきながら彼奴は政を行わぬ。
上に置いてはならぬ輩だ。
故に私は正当な方法で王となり、神世を立て直したいのだ。
協力してくれるな? エーデラークよ〉
〈勿論で御座います、ナターダグラル様〉
清く正しい神中の神たる二神と謳われるナターダグラルとエーデラークは、湛えている紳士的な微笑みの内側でこれからの策を練るのだった。
―◦―
定例会が終わり、ナターダグラルとエーデラークが謁見の間に入ると――
「逃げないでよぉ、待って~」
「私なんぞには無理でございますっ」
「待てと言うに~」
――王の膝に座らされていた女官が腕からスルリと抜け、飛んで逃げ出したところだった。
「あ、あのっ、私は、そのような――」
「鬼ごっこも良いな♪
捕まえたなら王妃となってくれる?」
「そっ、そのようなっ」
必死だからこそ上手く飛べず、捕まりそうになったところにエーデラークが割り込んだ。
「邪魔するの? キミ……だぁれ?
ユーチャリスの何なのぉ?」
「陛下、私は彼女とは初対面。
ナターダグラル様の配下で御座います。
あまりの見苦しさに、お止めさせて頂きました」
「捕まえたら王妃にするんだ。決めたの。
だから邪魔しないでくれる?」
「御言葉では御座いますが、彼女の心はお確かめにならないので御座いますか?」
「王に逆らうの?
邪魔するなと言っている!
ユーチャリスと鬼ごっこするんだから!」
〈エーデラーク、好きにさせておけ〉
〈しかし、あまりに――〉〈好きにさせよ〉〈はっ〉
「貴女は……心に決めた方がいらっしゃるのですか?」
「いえ……おりません。
陛下をお慕いしておりますが、私は身分低き者でございますので……」
「理由はそれだけ?
嫌ってはいないのだね?」
「……はい」
「それならば遠慮は無用ですよ。
陛下は貴女をお気に召していらっしゃる。
その御心をお受けなさい」
「本当に……よろしいのでしょうか?
私なんぞに、そのような……」
「よいのです。
互いに好いているのならば何も問題なんぞ御座いませんよ。
私共は皆、神なのですから。
神とは、許す者なのですから」
「ユーチャリス解った?
もう逃げないよね?
王妃になってくれるよね?」
「陛下……」
まだ躊躇っているユーチャリスの前からエーデラークが退き、ユーチャリスに頷いた。
「おいで、ユーチャリス♪」両手を広げる。
それでも躊躇うユーチャリスに、ナターダグラルまでもが微笑んで頷き、エーデラークが優しく背を押した。
「陛下っ」胸に飛び込んだ。
「うん。捕まえたから王妃だよ」よしよし♪
〈本当によろしかったので御座いますか?〉
〈構わぬよ。愚王に相応しい娘ではないか。
下手に貴族なんぞの後ろ楯を得られては後々厄介となろうからな〉
〈確かに〉
〈では、助言を頼んだぞ。
ああそうだ。
助言よりも、愚王の気が変わらぬうちに儀式をしてしまえばよい。
早く戻れよ、エーデラーク〉
〈はっ。畏まりました〉
ナターダグラルは湧き上がる笑みを飲み込んで去って行った。
「では陛下、早速で御座いますが、婚儀を執り行いましょう」
(えっ!? 今!?)
(顔にも気にも出してはなりません。
本当に結婚いたしましょう)
(でもそれじゃあキミが――)
(犠牲だなどと思っておりません。
……幼き日にお助け頂きました あの時よりずっと、私はティングレイス様をお慕い申し上げておりました。
ですから神王殿に入り、陛下のお側に仕えたのでございます)
(本当? 本当に僕なんかでいいの?
生涯、断つ事の出来ない絆なんだよ?
ずっと繋がったままなんだよ?)
(私の方こそ……獣の妻なんぞで申し訳ないばかりでございます)
(獣神様だからいいんだよ。
僕は人神が苦手で獣神様が大好きなんだ。
僕は敵神を倒して、神世を立て直したい。
これから……きっと長い長い間になると思うし、厳しい闘いになると思うけど、どうか宜しくお願いします)
(はい。至らぬとは存じておりますが、ずっとお側に置いてくださいませ)
見つめ合って話しているうちに感極まり、周囲の事をうっかりすっかり忘れてしまったティングレイスは、ユーチャリスを抱き寄せると口づけた。
(……ん? ざわざわしてる……?)
(あの……陛下、とても幸せで……嬉しいのですが、あの…………恥ずかしゅうございます)
(あっ!? ごめん!)
(お顔に出されては――)(だったねっ!)
(ですが、そろそろ――)(ごめんなさい!)
(いえ……幸せでございます)
「陛下、支度が整いましたので、此方に」
にこにこなエーデラークが呼んだ。
その声で、ゆっくり離れて見回すと、広い謁見の間には、臣下達やら貴族やらが続々と集まりつつあった。
(うわわっ)(落ち着いて!)(はい!)
気付かれないように ゆ~~っくり深呼吸。
「ん~? 何するの~?」
「婚儀を執り行い、皆に王妃殿下を御披露目して御祝い頂きましょう」
「ん~~~と……うん」
ユーチャリスの手を引いて壇上へ。
「絆を結ぶ重要なお役目、私でよろしゅう御座いますか?」
「うん。お願いね♪
でも……椅子はピッタリ隣にしてよね」
「畏まりました」視線で指示した。
「今日は仕方ないけど、一緒に座れる椅子にしてよね」
「御意のままに。では、どうぞ此方に」
ティングレイスの手を取って玉座に導いた。
え……? まさか――
「如何なさいましたか?」にこっ。
「ユーチャリスぅ」手が離れたと振った。
「ささ、王妃殿下も此方に」お召し物も。
「……あっ、はいっ」
ドレスに変わった事に戸惑いつつ、待たせてはならないと急いで寄った。
これって……共鳴!?
そういえば……
さっき背を押してくださった時も――
ティングレイスとユーチャリスは、優しく微笑むエーデラークに神眼を向けた。
ユーチャリスは神王殿では幼い姿にしています。
獣神は姿を変えるのを得意としています。
偽装の術ですが、擬態の延長線上とお考えください。
この世界の神は有性生殖ではありません。
ですので生物学的な雌雄はなくて、性別毎に持つ特性と、人に見せる場合の姿として男女を選んでいるだけなんです。
あとは……結婚の絆を結ぶ為、かな?
そういう諸々も これから少しずつお話ししていく予定です。




