犬と狐に
〈アーマル兄様、此方にお願い致します〉
〈その声、ラピスリか?〉
〈はい。お久しゅう御座います。
ようやくルロザムールの障壁を排除出来ましたので街に戻りました。
兄様とお話しすら出来ず、このような事になってしまい――〉
〈謝るな。こうして生きているのだからな。
して、父様は?
7つに分けられてしまったとは聞いたが〉
〈はい。御記憶は兄様と同様、神世の何処か――おそらくは神王殿の奥に。
ティングレイスでは滅せぬ事だけが幸いなので御座いますが、奪還も果たせず……〉
〈ま、それも追い追いだ。
御健在ならば今は十分。
各々にラピスリの友や弟子が付いているのであろう?〉
〈はい。
奥様も右頭部の金錦様の妻として〉
〈そうか〉現れた。
〈その子犬は? それにその格好……〉
〈私は左頭部の青生様と共に獣医となっております。
街に戻れましたので此方で開業しようと準備しておりましたところ、ティングレイスの子が通り抜けようとしましたので捕らえ、話しまして、このように〉
掌の子犬をよく見えるよう差し出した。
〈王子を……子犬に? 納得したのか?〉
〈何として生きるのか、は伝えておりません。
ですが人世で学びたいと。
神世の記憶も神力も封じておりますので問題ありません。
兄様、この子をお導きくださいませ〉
〈まさか……僕もこの中に、と?〉
〈然様で御座います。
再び人となって如何に御護りするのです?
何も出来ぬ数年の間にランマーヤが浄魂されたら如何なさるのです?〉
〈確かに、な……〉
〈では、お入りください。
飛翔に戻れば、人として生き易くなるよう神としての記憶は封じられ、不都合を生まぬよう調整され――なんぞと兄様には要らぬ説明か。
以下省略で、再生始めますよ?〉
〈してくれるのか?〉
〈この子もトリノクス様の欠片を持っております。
合わせる為、外から再生すべきと存じますが?〉
〈やはり持っておったか。
では任せる。
……もしや、この為に獣医に?〉
〈それは偶然で御座いますよ〉
〈あ! 瑠璃なのだな!? 幼馴染みの!〉
〈ようやくですか?
飛翔の記憶の方に蓋が移ったのですか?〉
〈いや。いろいろと思い出そうと必死でな。
そうか。近くに居てくれたのだな〉
〈今後も近くに居りますよ。
では始めます〉
―◦―
「ただいま。瑠璃、その子は?」
動物病院の入口から順にドアを開けていた青生が、段ボール箱だらけの事務室に瑠璃の背中を見つけて嬉しそうに近寄った。
「手続きは全て終わったのか?」
「うん。承認を得たらすぐに開業だよ」
「そうか。
この子は、外の荷物の上に受け入れ箱を置いたままにしていたら入れられていた。
暫く様子を見、生きられそうならば友人に見せてみようと思っている」
「友人って戌井さん?」
「ああ。癒しになればと思ってな。
では此方の片付けは任せてよいか?」
「あ……お通夜?」
「そうだ。全く知らなかった事も謝りたい」
「この子も任せて。
今夜は澪さんの傍に居てあげてね」
「ありがとう、青生」
―・―*―・―
上空、街の結界の外では――
〈やっとお帰りくださったのぅ〉
〈すまん、リグーリ。
どうしても壁が消された現状を自分の目で確かめたいと、強引に来たんだよ〉
――去って行くルロザムールをディルムとリグーリは並んで礼をしたまま見送っていた。
〈ま、アーマルが無事に入った後で良かったわぃ。
何にせよ儂らは入れぬからのぅ。
付いて行きたくとも此処迄じゃ。
ディルムこそ大変じゃったじゃろ〉
〈我が儘言いたい放題は常の事さ。
すっかり慣れたよ。
でもこれで壊し方が判ったから、次からはコソッと壊してやろうな♪〉
〈おい、話し方が戻っておるぞ。
姿を変えた意味が無いじゃろ〉
〈重厚ダンディな中年神なんて選ぶんじゃなかったなぁ。
疲れるったって……〉溜め息。
〈老神は心まで老け込みそうじゃわぃ〉
苦笑し合う。
〈ま、早くドラグーナ様に復活して頂けばいいってだけだよな。
そうすりゃあ、また相棒として楽しくやってけるよなっ♪
滅多に会えないのも、御復活までの後ほんの少しの我慢だよなっ♪〉
〈その通りじゃよ♪〉
〈あ、そうだ。
情報だけは どうにかして伝えてくれよなぁ。
アーマルらしさ無さ過ぎて、危うく浄化するトコだっただろ〉
〈他の主要な堕神の情報を流しておこう〉
手を繋いだ。
〈しかし今後も……ルロザムールが近過ぎて難しいぞ?〉
〈なんだか気に入られちまったんだよなぁ。
ありがとな。以後気をつけるよ〉
表情を引き締めた後、フッと笑い――
〈では、私は任に戻るとしよう〉
〈儂も弟子達が待っておるからのぅ〉
――頷き合い、二神は消えた。
―・―*―・―
〈待て! 怪しい狐! お前は何者だ!?〉
チラリと振り返った小さな白狐は、笑っているようにも見えた。
〈お前、神なんだろ!?
王子の命令だ! 待て!!〉
現れては消え、少し遠くにまた現れる。
そんな白狐を追う少年神は、既に人世に入っている事にすら気付いていないようだった。
〈ショウを拐ったんだろ!?
俺の縄をどーやって消した!?
答えろ!!〉
ばふっ!「えっ!?」ジタバタ!
〈ナンだよコレっ!?
ショウもこのワナに嵌めたんだなっ!!〉
〈儂の背で暴れるとは無礼な小僧だな。
何用で此処に来た?〉
広い背の深い毛に埋もれていた少年神がプハッと頭だけを出した。
〈お前こそ失礼だっ!!
俺を誰だと――〉
〈ティングレイスの子なのであろう?〉
〈父様をっ――お前も神ならば王と呼べ!!〉
〈友であったからな〉
〈え……? 父様に、友なんて……〉
〈今は然うであろうな。
儂も彼奴が道を過つ迄は友であったのだ。
お前は何も知らず此処に来たのか?〉
〈って……ここ、、どこだ?〉
〈狐儀、妙な者を連れて来るな〉
〈私の友の邪魔となりそうで御座いました故〉
〈そうか。では暫く面倒を見よ。
機を見てショウにも会わせてやれ〉
〈ショウとは?
ああ、あの先回りした子神で御座いますね?〉
〈瑠璃に捕らえられ、飛翔と共に在る〉
〈然様で御座いますか。
ではダイナストラ。
私の弟子としてさしあげましょう〉
〈何を勝手なっ!!
王子に無礼な――〉アォン――キャンッ!
〈力の差がお分かりか?
抗っても無駄というものだよ。
修行し、力を高めれば言葉は戻る。
姿も己が力で戻せばよい〉
見えぬ手で首根っこを摘ままれた格好で、キツネの背から、ごく普通の子狐が引き出された。
地に下ろされてペタンと座る子狐の前に白狐が寄り、鼻先をツンツンと合わせて微笑んだ。
〈この姿の間は力丸と呼んであげよう。
なぁに、数年でショウと同じ姿にくらいはなれるだろうよ〉
人の姿になった狐儀は力丸を抱き上げて微笑み、優しく撫でた。
―・―*―・―・*・―・―*―・―
晩秋となり、飛翔の四十九日法要の翌日、瑠璃は改めて戌井家を訪れた。
「何も知らず、何年も離れてしまって すまなかった」
「それはもう何度も聞いたわ。
帰ってきてくれて、ありがとう。
飛翔のことは……もしも瑠璃が人のお医者さんでも無理だったと思うわ。
手遅れで、どうしようもなかったって……。
苦しまず穏やかに逝けただけ良かったって思っているの。
それだけでも……ね」
「これからはずっとこの街に住む。
だから何でも話してほしい。
今は大変な時だとは解っているが……」
後ろに置いていた籠を寄せた。
「それは?」
「少しでも癒しになればと思ってな」
「あら、可愛いわね。
私よりも紗が喜ぶかしら? 紗~!」
とことこと軽い足音がし、
「ママなぁに?」
たった今まで泣いていたらしい小さな顔が覗き込んだ。
「また……泣いていたの?」
寄って抱き締め、そのまま抱えて戻った。
「見て。可愛いでしょう?」
「あ……♪ こっち見た♪
パパおかえりなさい♪」
「「えっ?」」
瑠璃は慌てて兄が誕生直後の紗に成した封印を確かめ――
「すず、いいこだよ♪ うん♪
ママ、ショウだって♪」
――念の為に封じ直した。
「ショウね……それじゃあパパの字から1字貰って『翔』にしましょうね」
紙に『飛翔』と書いて『翔』の字を丸で囲んだ。
「うんっ♪」
『お~い、澪さ~ん』玄関から声。
「呼び鈴を鳴らせばいいのに」くすっ♪
「利幸は相変わらずだな」
「呼んであげる♪」とことことこ――
『オジサンこっちこっち♪』
『お♪ 今日はご機嫌だなっ♪
でもな、オジサンじゃなくてオニーサンと呼んでくれよな』
『オニーサン?』
『そうだ。オニーサンだ♪
お♪ 瑠璃も来てたのか♪ 旦那は?」
「事務処理をしている。
今日は外来は無いのでな」
「動物病院って儲かるのか?」
「ほぼボランティアだな」
「そっか。んなら援助は俺に任せろ♪」
「安月給リーマンが何を言う。
澪を狙っているのならば許さんぞ」
「おいおい。
いくらバカな俺でもムリだってくらい解ってるよ。
おおっ♪ コイツ可愛いなっ♪」
「ショウだよ♪」
「そっか♪ ショウ、ヨロシクなっ♪」
こうしてショウフルルは犬として、ダイナストラは狐として人世で生きる事となりました。
ここまでの登場神物は、
ドラグーナ(龍):輝竜兄弟に7分割
金錦、白久、青生、黒瑯、紅火、藤慈、彩桜
アーマル (龍):戌井 飛翔
ラピスリ (龍):輝竜 瑠璃
ウンディ (龍):亥口 利幸
オフォクス(狐):キツネ、お稲荷様
トリノクス(狐):蛇狐神、現状は欠片
フェネギ (狐):狐儀
リグーリ(蛇狐):死司の老神リグーリ
ディルム (虎):死司の男神ディルム
ナターダグラル:死司の最高司
ルロザムール :死司の中位神では最高位
ティングレイス:神の王
ダイナストラ :狐の力丸
ショウフルル :犬の翔
です。