坊っちゃんにまで
翌朝、次は東京周辺の店を回ると言うリカイネンを連れて、白久は社宅と寄贈する住宅が並ぶ場所に行き、北欧家具を置こうと考えているリビングに入った。
その部屋には電動暖炉モドキの位置を示すダミーが置かれてあり、白い壁には煉瓦が洒落た感じに配されていた。
「こういう部屋でないと当社イチオシの暖炉モドキが置けませんからね。
そうなると家具は調和する木のぬくもり、北欧のものになりますよね。
暖炉と北欧家具のモデルは牧場イベントのアンケートでもダントツ人気でした。
ですから押し付けでもウケは良いと思うんです。
他の洋室は自由なアレンジを楽しめるようにシンプルなものにしています。
もちろん和室もあります。
部屋毎に雰囲気を変えて楽しめるのも現代邦和家屋ならではですので」
他の部屋も見せて回った。
「わくわくしますね。嬉しいです。
北欧家具を選んでもらえた事も、部屋毎にアレンジを楽しむと知ることができたのも。
他の国の家具や雑貨も調達できますので、何かあれば連絡してください。
邦和、大好きになりましたから♪」
「この隣の区画にも同様の住宅を並べる予定なんです。
その時もまたお願いしますね」
「はい♪
ドイツに帰国したら、すぐに資料を送ります。
国毎の特色を僕なりに纏めたものです」
「ありがとうございます。
助かりますし、個人的には楽しみで、とてもワクワクですよ♪」
外に出ると、来月から結解が住む家の前で、まだ鳴らない呼び鈴ボタンを押しては首を傾げている琢矢が居た。
白久はリカイネンをその場に留めると、そっと近付いて肩に触れた。
「うわあっ!?」
「何をしている?」「なんで常務!?」
「何をしていると聞いたんだが?」
「ここ、ユゲさんの家ですよね!?」
「来月からな。
あと1週間で全ての家が完成する。
入居はそれからだ」
「じゃあユゲさん、どこですか?
独身寮、空き部屋になってたんですよ」
「会って、どうしたいんだ?
またダラダラ話したいのか?
受けたい会社は見つかったのか?」
「その相談がしたくて……」
「そんじゃあ明日、会社の帰りにサ店に行くよう言っておく。
来週は試験じゃなかったか?
勉強は? もう十分なのか?」
「勉強……します。
あっ、常務の家、行っていいですか?」
「来て、どうしたいんだよ?」
「見たいんです。
シッカリ生きてる人の家を」
「ふ~ん。ま、そのうちな。
今日は これから東京に行くから駄目だ」
最近ウチの周りをウロウロしてるじゃないかと思いつつ、追い返して本当に東京に向かった。
―・―*―・―
そして翌日の夕刻。
先に着いてしまった結解が前回と同じ奥の席で待っていると――
「ユゲさぁぁん!」
――カランコロンと鳴るドアベルの音に情けない声が重なった。
「また、どうかしたのですか?」
向かいの席にどうぞと手で促しつつ。
またカフェオレを頼んで待ってから、甘い湯気を見詰めながら話し始めた。
「募集してる会社なんてないんですよぉ」
「それは……そうでしょうね。
考えての事だと思っていました」
「あったのは営業ばかりで……俺、営業だけは嫌なんですよ」
「ミツマルでしたら常時どの部所も採用試験をしていますが?」
「もっと嫌ですよぉ。
同じようにサカモトも募集してましたけど……」
「栄基土木ですね? 良いのでは?」
「どっちもどっちじゃないですかぁ」
「土木と建築は違います」
「じゃなくて! 元ワルだらけってトコ!」
「ミツマルを嫌っているのは、敷かれたレールを走るのが嫌だからではなかったのですか?」
「それも。その上に、ですよ。
同期が元ワルだらけって……」
「では、自分は これで。
もう会うべきではないと思います」
琢矢の分も伝票を取って立った。
「え……?」
「前科者だと……お話しした筈です」「待って!」
「いえ、失礼しま――」「ごめんなさい!」
縋りついた。
「忘れてました! ごめんなさい!」
「過去が どうであれ、皆、坊っちゃんよりは確かに今を生きています。
採用試験に合格したから社に居るのです。
白久サンは甘くはありませんので。
では、これで」礼。
逞しい腕がスッと抜けて去り、呆然としている琢矢の方を見る事なく、結解は支払いを済ませて出て行った。
「見捨て、られた……?」
ガックリと肩を落とすと涙が頬を伝った。
それでもまだ、戻って来てくれるのではないかという期待も捨てきれず、動けずにいた。
カランカランコロン♪
その音に嬉しさを隠す事なく顔を上げた。
「マスター、何時までいいですか?」
「何時まででも。お好きなだけどうぞ」
響とソラに続いて、夏まで仲間だったバンドメンバー達が入り、勢揃いになった。
「打ち合わせさせてくださいね♪
コーヒーゼリーデラックスで♪」
次々とメンバーからの注文が続く。
どうやら琢矢には気付いていないらしいが、席に沈み込むように隠れる事しか出来なくなってしまった。
―◦―
2時間後、慰霊祭のセットリストを確定させて帰る響達を、琢矢はついつい追ってしまっていた。
当然ながら響とソラは気付いていたが、奏も一緒なので触れずに他の話をしながら輝竜家に向かっていた。
〈ねぇソラ。この尾行、何だと思う?
お姉ちゃん一緒だから無視してるけど~〉
大門に向かう路地にも入って来たので、とうとう響が触れた。
〈気づかないフリして入ろう。
後は神眼で様子を見るから〉
〈ん。不穏は感じないけど不気味~〉
〈そうだね〉
苦笑しつつ大門をくぐった。
響達の足音が大門の向こうで小さくなっていくのを耳を澄ませて確かめた琢矢は、足音を立てないように急いで大門に寄り、開いたままの門に首を突っ込んだ。
キッと自転車のブレーキ音がして、
『もしもし?』
と男性の声。
「うわわわわっ!?」
ビックリして数歩 跳び退る。
「此方のお宅に御用ですか?」
案の定なお巡りさん。
「あのイエそのっ!
すすすす素晴らしい門だと思って!
文化財ファンなんですっ!」
「確かに、素晴らしい門ですよね」
『この良さ、お分かりなんですね!』
嬉しそうな少年の声に続いて駆けて来る足音。
「え? えええっ!?」
人影だけでなく大型犬らしい塊が複数、大門に迫っていた。
『徹クン待って! 送るから!』
少し遠くからのソラの声が追い討ちだった。
「しししし失礼しまっ――わああっ!」逃げた。
「あ……やっと古い物好き仲間を見つけたと思ったのに……」
『ど~したぁ?』
「あ♪ 白久お兄さん♪」
「今お帰りですか?」
「お帰りなさい♪ 光威さんが居たみたいです」
琢矢は路地に入った白久を見て叫んだらしい。
「またかよ。困ったヤツだな」
「お知り合いでしたか。では私は これで」
「いつも騒がしい家で スミマセンねぇ」
「いえいえ」
派出所の空沢は笑ってペダルを漕ぎ始めた。
「徹、もうすぐ入試だな。困ってないか?」
「はい♪ でもまだまだ頑張ります!」
「そっか♪ けど困ったら遠慮せずに兄弟誰でも捕まえろよ?
勿論ソラも捕まえていいぞ♪」
「はい♪」
「それじゃあ体調最優先なので送りますね」
「おう♪ 頼んだ♪」
―◦―
逃げた琢矢は正面から来ている小柄な人影を避けて路地に入り、塀に身を寄せた。
来ていたのは皆を送った彩桜と狐儀サーロンで、路地に逃げた琢矢をシッカリ捉えていた。
【狐儀師匠、あのヒトなんだか違和感?】
【そうですか……私には見えませんが……】
【ふぅん。気絶させて浄破邪していい?】
【そうですね。お願いします】
白久も瞬移して来た。【ど~したぁ?】
【んとね、違和感。だから浄破邪するの~】
【坊っちゃんに違和感?】
【ん~と、すっごく ちょっとだけど理子さんみたいなの感じるの~】
【そっか。頼む!】
【白久兄も双璧する?】
【だな♪ ヤルぞ♪】【私が気絶させます】
近くの路地に入って瞬移。
――路地から様子を窺っている琢矢の背後に出て即、狐儀が気絶させた。
【浄破邪の極み、人用の!】【双璧!】
二筋の光に包まれた琢矢の魂から神耳にだけ届く絶叫が響き渡った。
祓い屋ユーレイ達が次々と現れる。
【何事だぁよ?】〖説明しろドラグーナ!〗
【違和感 消したら大騒ぎ~】
【で、浄滅できたのかぁ?】
【出来たようです】【青生兄~♪】
他の兄達も絶叫を聞いて来ていた。
【引き続き監視は続けます】キリッと白久。
【そんじゃあ頼むなぁよ】ユーレイ達は消えた。
【坊っちゃんにアレが入ってたとはなぁ……】
【俺達や太木さん、結解さんに近付こうとする人、避けようとする人、両方共をよく見なければなりませんね】
【俺、ガンバ~ル~♪】【結解も?】
【太木さんと似た人神様を感じます。
だから白久兄さんはお二人を組ませたんでしょう?】
【そこまで考えてねぇよ。
気が合いそうだな~くらいだ。
あと、結解と百香チャンを会わせてやろうと思ってな♪】
青生に呼ばれた瑠璃が現れた。
【瑠璃、極小の核が見えるから摘出しよう】
【ふむ、確かにな。神火に投じねばな】
【核?】【俺、ダメだった?】
【この核だけは神火でないと浄滅できないらしいんだ。
彩桜は完璧だよ。白久兄さんもね。
残滓になるものすらも残っていないよ】
ミツケンの坊っちゃんこと琢矢もオーロザウラの欠片持ちでした。
正確にはオーラマスクスかオーザンクロスティなんですけど、小さ過ぎて判別不可能だったり、オーロザウラしか残っていないとかの場合は『オーロザウラの欠片/魂片』とします。
青生と瑠璃が言った『核』はオーロザウラの魂核の欠片です。
纏っていた不穏神力込み込みのオーザンクロスティは、彩桜と白久が すっかり浄滅したようです。
それはそうと、結解さんまで怒らせてしまった坊っちゃん。
これからどうするんでしょうね?




