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知らない過去は無かったと同じ



 1月中は輝竜家で過ごすように白久から言われ、寮の鍵も預かられてしまった結解(ゆげ)は、一緒に勉強しなければならない徳示(あつし)を先に帰らせて残業したので、足早に輝竜家に向かっていた。


「結解さ~ん! 待って~!」

バスから降りたばかりの女性が手を大きく振っている。


「あれは……」


 待っても何も、同じ輝竜家に向かうのに?


と、逃げたい思いを強引に置き換えて、首を傾げつつ待つ。


 大きなキャリーケースを引きながら更に大荷物を持って走る億野(おくの)十万(とうま)が追って来ている。

「ありがとうございま~す♪」


「荷物、多いですね。持ちます」

二人の大きく膨れたボストンバッグを持った。


「ありがとうございます♪

 それ、旅行のお土産なんですよ♪

 ハワイ行ってたんです♪」


「そうですか」視線は斜め上。


「十万さん? せっかく呼び止めたのに話さないんですかぁ?」


「今……無理……だから……」ぜ~は~。


「もっとジョギングで鍛えないと~。

 それじゃ私はお先で~す♪」

キャスター音を激しくゴロゴロと響かせて走って行った。



「大丈夫、、ですか?

 全部、持ちます。休みますか?」

返事を待たずに全て持った。


「あっ……ありがとうございます……」


 大通りから離れ、道幅が狭くなったので風が遮られて寒さが和らいだ。

結解は緊張で ぎこちなくなりながらも、ゆっくり歩こうと努めていた。


「あの……すみません」


「ん? 何故、謝るのです?」


「呼び止めて……」


「呼んだのは貴女ではありません」


「荷物も……」


「気にせずとも……。

 自分、力仕事をしておりますので」


「歩調、合わせてくださってますよね?」


「それは……夜道に女性を置き去りには出来ませんので」


「優しい、ですね」


「普通です」ずっと視線は斜め上。


「いいえ。優しいです。

 ですから……好きになりました」


「っ!?」思わず足を止めた。


「私では……ダメですか?」


「……自分は前科者ですので……」


「そんなこと……私を断る理由にはなりません。

 罪は償っているのですから、もう関係ありません。

 ……私が償っていないからですか?」


「それは、どういう……?」


「私、横領したんです。

 ご遺族にお渡ししなければならないお金で高級マンションに住んで、ブランド品を買って……」


「何故そのような事を?」


「支援事務所の仕事の中にはご遺族のお宅への訪問もあります。

 ですが歓迎されるなんて全くなくて、冷たい程度なら良い方で、罵声なんて茶飯事なんです。

 それで……つい……」


「何故そのような事に?

 無視、無知な大勢よりもずっと、歩み寄り、改善をと考えている方に言葉の暴力を振るうなんて……」


「今なら解ります。

 どこにも ぶつけられない憤りを、つい、ぶつけてしまったんです。きっと。

 私の顔を見れば、思い出したくもない事故を思い出してしまうでしょうから」


「今、輝竜家にいらっしゃるという事はマンションを引き払ったのですよね?」


「はい。輝竜さんに目を覚まさせていただいて……全てを売って、お金は基金に。

 不足分は輝竜さんが寄付で埋めてくださったんです。

 所長さんは気づかなかったふりをしてくださいました。

 一美(ひとみ)(億野)ちゃんも許してくれて……」


「きちんと償ったのだと思います。

 許して頂けたのが、その証拠です」


「結解さんは……許してくださいますか?」


「許すも何も、自分の知らない出来事です。

 起こらなかったに等しい事です」


「では、私にとっても結解さんの過去は起こらなかったに等しいことですよ」


「ですが、それは――」『お~い結解』

立ち止まって話し込んでいた結解は後ろからポコッと叩かれた。


「白久サン……」


「邪魔して悪いが、俺の言葉を忘れたのか?

 償い終えた前科なんてモンは、もう消え去ったに等しい遠~い過去なんだよ。

 過去は関係ないと言ってくれる女性が現れたなら抱き締めろと言ったろーがよ」

丸めた冊子でポコポコ叩き続けている。


「ですが――」「好きなんだろ?」「うっ……」


「この通りだ。百香(ももか)(十万)チャン。

 このカチコチ頭のバカヤローに幸せってヤツを教えてやってくれ。

 麗楓(れいか)サンから、どっからど~見ても好きを溢れさせてるのに百香チャンから逃げ回ってると聞いたんだ。

 と、お膳立てだけは してやったからな。

 あとは二人で話しやがれ♪」

荷物をガッと奪うと、ダーッと走って逃げ、ニカッと笑って大門を閉めた。



「閉め出されてしまいました?」


「……では、玄関に回りましょう」


「逃がしません!」

タックルするように大きな背中を抱き止めた。

「私は結解さんが好きです。結解さんは?

 私を嫌っているのなら……突き飛ばして走ってください」


「怪我をさせてしまいますので、突き飛ばすなんて……」


「嫌いなら、そうしてください。

 怪我でもしないと諦められませんからっ」


「そうまでも自分なんかの事を?」


「はい! 大好きです!」


「……では、覚悟してください」


「私……嫌われているんですね……」


 力が抜けていく細い腕が離れようとしたのを、()かさず大きく頑丈な手が掴んで止めた。

「覚悟してください。

 ずっと心を固く閉ざし締めていた戒めを貴女が解いたのですから。

 好きです。俺と生涯を共にしてください」

クルリと向き合い、視線を合わせて微笑むと、もう逃がさないと抱き締めた。


「はい♪ 私も逃がしませんので♪」ぎゅっ♡



 暫く抱き合っていたが、寒風を背に感じて状態に気付き、頭の中も少し冷静さが戻った。

結解は身体を離して横に並ぶと、躊躇(ためら)いを含みつつも抱き寄せて、着ているコートで十万も包んだ。


「寒い、ので……嫌ですか?」「いいえ♪」


 礼なのか頷いたのか、結解は少し頭を揺らすと歩き始めた。

緊張で無言のまま大門前を通り過ぎようとしていると、静かに門扉が開いた。

「は?」「自動ドア?」どう見ても文化財級。


『サッサと入れよ。また閉めるぞ?』


「覗き見ですか白久サン」怒りを滲ませて入る。


「ったく、見てねぇよ。聞いてもねぇし。

 そろそろかと出て来たら足音が聞こえただけだよ。

 話があるから早く来いってぇ」

本当らしく薄着な白久は急ぎ気味に庭を通り抜けた。


顔を見合わせた後、白久を追い始めると後ろで門扉が閉まった。

「まさか……」「本当に自動ドア?」


『ナンで止まってるんだよ!』


「「あ……」」

笑みを溢して手を繋ぎ、駆けて入った。



 各々が部屋着に着替えて居間に行くと、白久の向かいには徳示と麗楓も居た。


「食いながらでいいんだろ?」

黒瑯が夕食を運んで来た。


「トーゼンだ♪」

丸めていたパンフレットを開いて伸ばす。


「それは提供する住宅の……」


「だよ♪ だが半分はウチの社宅だ♪」


「「えっ?」」徳示も驚いている。


「結解、9月以降、忙しくさせて悪かったな。

 その詫びコミコミだ。

 好きなのを選んだらいい。

 徳示サンは次な」


「ありがとうございます!」「で、ですが――」


「素直に喜べよなぁ。

 結婚するんだろ?

 今の社宅は独身寮だろ?

 ずっとウチに住む気だったのかぁ?」


「あ……」「ありがとうございます♪」


「コイツ、あの事故の支援事務所 見つけて『コレだ!』と思ったんだろ~な。

 毎月、寄付しに行ってたろ?」


「はい♪」

以前、十万が話したのを白久が出してきたので意図はともかく乗った。


「ウチの社は事業拡大中でな、9月からコッチ忙しくなってたんだ。

 そこに巨大グループからの業務提携。

 どんどん忙しくなっちまったんだよ。


 結解は優秀な現場班長だ。

 どの現場からも結解班にと応援要請が殺到しちまうんだよなぁ。

 んで、支援事務所が閉まってからの退社が続いちまったんだよ」


 白久がペラペラとバラして結解=イイ奴アピールしているのを止めたくて立ち上がろうとした結解の背に、彩桜が子泣きジジイ状態に くっついたので、言葉を発するのが苦手な結解は恥ずかしさMAXなのに言い返せないまま、聞く羽目になってしまった。


「だ~か~ら、睨むなってぇ。

 一美チャンも入れよ♪

 これから遊びに行くトコだから覚えとかねーとな♪」


「はい♪」

廊下で聞いていたらしく、嬉しそうに十万の隣に腰掛けた。


「年末年始に仲良くなるかと思って結解を呼んだら、二人がローマに来てたろ?

 だから今月イッパイに変えたんだ♪」


「まさか……太木サンの件ではなく――」


「一石二鳥を狙ったんだ♪

 だから睨むなってぇ。

 徳示サンのにも適任だったろーがよ」


「はい。頼もしい先輩を得ました」

「俺の方が歳下――! っ……」


「一人称、変えたんですね。

 少しワイルドな感じが良いですね」

「つまり、過去はフッ切れたんだな?」


「それは、どういう?」


「荒れてた頃を思い出すからって理由で『自分』にしてたんだよ。

 あ~♪ その顔、百香チャンと二人キリの時だけ変えようとしてやがったな♪」


「ぅ……」


「カワイイ奴だなっ♪

 で、決まったのか?」


「私、このお家が良いと思います♪

 結解さんは?」


「そ、それ――」「異存なんか無ぇよな」


「ううっ……はい」十万が首を傾げている。


「その家は結解の意見第一で設計してもらったヤツなんだ。

 結解感タップリだろ♪」


「はい♪ そう感じたんです♪」


「徳示サンは?」


麗楓と話し合って二人で指した。

「その隣、こちらを。お願いします」


「い~い選択だ♪

 ソイツは結解プラス俺だからな♪

 結解の意見を踏まえて俺が設計したんだよ。

 で、結解班が建てた。

 隣同士 仲良く、楽しく暮らしてくれ♪


 場所は駅北。繁華街の更に北。

 低学年の小学生でもギリ歩いて駅に行ける距離だ。

 つまり会社も徒歩範囲だ。

 周りは田畑ばっかなんだがな。

 結解、明日 案内しろよ」


「はい」

「あの~、先日ご寄付いただいたのとは別ですか?」


竜胆(りんどう)タウンのを抽選してハズレた家族の数だけ増やしたんだよ。

 どうしても少し不便な場所しか空いてなくてなぁ。

 けど、住むには静かでいいと思うんだ。

 駅側には防音壁も作ったからな」


「いつ!?」


「ついさっきだ♪」「兄貴達と行った~♪」


「は……?」

「楽しみですね♪」「そうね♪」「そうですね」

「私も行っていいですよね?♪」「もちろん♪」







竜騎・彩桜絡みのお話から、結解絡みのお話に移ります。

重た~い過去を背負っていますからね。


結解と十万が入った後、大門を閉めたのは作業部屋に居た紅火の掌握です。

開けっ放しの兄に溜め息をつきながら、です。



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